百二十五話 瑞稀、夏至(二)
金曜日のランチは定例の総務部女子会ですが、今日の話題は私絡みになっちゃいました。というのも、本会リーダー格の涌井さんが午前中のインタビューのお相手だったから。
「やあ、ほんと緊張したよ。正面切ってのインタビューなんて久しぶりだったからさあ」
「涌井先輩、前にもされちゃったことあるんですか?」
チーズ乗せハンバーグを切り分ける手を止めて、水晶ちゃんが聞き返しました。相変わらず言葉選びが、らしいって言うか。
「水晶ちゃん、ひと聞きの悪い言い方しない! ただのテレQ街頭インタビューを受けたことがあるだけよ。大学生時代の二月にソラリア前で」
「それってもしかして、バレンタイン特集かなにかで?」
桜子さんの合いの手に、そ。とだけ答えて箸を口に運ぶ涌井さん。摘まんでるブリのお刺身の美味しそうなこと。私もお刺身定食にすればよかったかも。
「ひゃー。彼氏さんにはどんなチョコをあげますか、みたいな! それでそれで? 先輩なんて答えたんですか?」
食事そっちのけで乗りだしてくる水晶ちゃんに構わず、湧井さんはマイペースでもしゃもしゃと
口の中のものを飲み下してナプキンで軽く拭ってから、湧井さんはおもむろに返しはじめました。
「どうもこうもないわ。だってそのときは自分の買い物しに来てただけだったし、なによりも、付き合ってた相手とは一月末に別れたばっかりだったから」
「最悪のタイミング!」
水晶ちゃん、めっちゃ楽しそう。
「こっちもむしゃくしゃしてたから、言いたいこと全部言ってやったわ。おかげでオンエアはされなかったけどね」
「どんなことお話しされたんですか?」
珍しい。桜子さんが食いついてきてる。
「そりゃあもう、どんだけ気の利かないヤツだったかを一から十まで。チョコレート? そんなん、買うとしても自分のために決まってるでしょ。って」
そりゃ使われっこない、と噴き出した水晶ちゃん。
桜子さんも笑って応じます。
「どんだけ駄目駄目さんだったんですか、元カレさん」
涌井さんはホントによ、と頷いて、添え物のお新香をポリっと齧りました。
街頭インタビューでここぞとばかりに自説を展開してる涌井さんの姿を想像して、私もちょっと笑ってしまいます。
「ねえ瑞稀さん、涌井先輩は今日もそんな感じだったんですか?」
「そんなワケないじゃん! ミズキっちにはちゃんと答えるよ」
水晶ちゃんの例によっての失礼な物言いに、箸を置いて抗議する涌井さん。
そうですよ水野さん。涌井さんにはきっちりお応えいただけましたよ。
「にしてもリモートなんて普段使わないから、やたら緊張しちゃったよ」
お店の前で水晶ちゃんの会計を待っている間、涌井さんが漏らしたそんな独り言を受けた桜子さんが私に尋ねてきました。
「そうそう。あのインタビュー、どうしてリモートにしたんですか? 涌井さん相手なら対面でもできるのに」
「そうよ。第四はミズキっちが抑えちゃってるし、別の会議室取るの面倒だったんだから」
ふたりして詰め寄ってきているところに、支払いを終えて出てきた水晶ちゃんもワケがわからないまま加わってきました。そんなとこで共闘しなくたっていいのに。
「あの、ですね。今回のインタビューは、全国三十人の社員さんにインタビューするって企画の一環だったんです。それこそ北は北海道から南は鹿児島まで。その中で福岡本社の方は、涌井さんと営業の住之江さんのふたりだけ。つまり、おふたり以外の二十八人の取材はリモートでしかできないんです。サイトに載っけるときの各回の均質性を担保するためには、対面でインタビューできるおふたりにも他の方々と同じ取材方法を取る必要がありまして……」
「なるほど。たしかにそうですね」
よかった。桜子さんは納得してくれたみたい。他のふたりも得心した表情です。
身を翻して会社への足を踏み出した涌井さんが引き取ってくれました。
「ま、そんなとこかとは思ったんだ。ミズキっちもやたら他人行儀な聞き方してきてたしね。質問も定型っぽかったし」
そこでいきなり振り返った涌井さんは、でもね、と続けます。
「正直あのモニター画面、私めちゃくちゃ顔色悪く映ってたの。その辺の修正、ちゃんとやっといてくれるんでしょうね」
「あ、いや、その辺りはちょっと。なにぶん編集も私がやるんで……」
下からねめ上げるようにして私を睨む涌井さんの目は想定外に真剣で、思わずあとずさりなんかしちゃいます。
「私の未来の旦那様になる人が見るかもしれない動画なのよ。 そーゆー意識、しっかり持っといてもらわないと、ホント困るんだから!」
え? そんなこと考えてるんですか? 私、もしかしてヤバい人選しちゃったかしら。
慄いている私を見つめた湧井さんの貌が、瞬間でふわっと和らぎました。
「なぁんてね。頑張ってるミズキっちを困らせちゃだめだよね。いいサイト作って、うちの地味なイメージを吹っ飛ばしてちょうだいね」
応援してるからと締めくくった彼女は、何事も無かったかのように前を向き直って歩み始めます。あとをついていく後輩ふたり。
その後ろで肌を粟立た私は、しばし立ち竦んでいました。
なんか、いろんな意味で責任重大になっちゃったなぁ。
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