百二十四話 笠司、夏至(二)
グループ本社であるムラモト工芸から送りこまれてきた研修生二名の挨拶は、社屋内で一番広いデザイン室で行われた。シフトの関係もあってうちの社員の顔ぶれは約六割だったが、いつもなら業務真っ最中の朝の九時に手を休めて集まり、若いふたりを見つめている。いや、大半を占める男子社員ほぼ全員の視線はふたりのうちの片一方、すなわち
無理もない。
「この春ムラモトに入社したぴちぴちの新人、あおいひまり二十二歳です! エム……、エム……。あれ、なんだっけ?」
言葉に詰まり部屋を見回してヒントを探す
「そう、それ! エムディスプレイズさんにお世話になります。めっちゃ頑張りますんで、よろしくお願いします!」
悪びれることなく大声で貫き通した
「複数形じゃなくていいから。エムディスプレイ、って正しく覚えてね」
どう反応していいのかもわからないおっさんたちは、笑いを噛み殺して俯いていた。それに動じることのない
「なんかすげえ破壊力だな、あの
後ろから背中をつついてくるサンタさんに、僕はやむなく小声で応えた。
「残念なことに、高校の後輩なんです。前に行った渋谷での研修のときにも絡まれちゃって」
「やったな。ただいま入居者募集中のお前さんには、渡りに船じゃねえか」
背中越しにそう言ってくるサンタさんのにやつく顔は、振り返らなくたってわかる。
もうね、勘弁してください、って!
*
「冷たいじゃないですか、皆川先輩! 私と先輩の仲なのに」
なりゆきで社屋の案内を仰せつかった僕に、
頼むからやめてくれ、その距離感。僕を社内の村八分にしようってのか。あと、無言で後ろを付いてくる彼の視線がめちゃくちゃ恐いよ。
実際、どの部署に行っても
その度にもうひとりの研修生と顔を見合わせるのだが、心が通じ合うのは一瞬のことで、すぐに険しい目つきに戻ってしまう。
*
午前中まったく仕事にならなかった僕は、これまたサンタさんからのご指名で、ふたりを近くの飯屋に連れていく役目まで押し付けられてしまった。
「本社の新卒採用には一芸枠ってのが毎年ひとり分あるって話だが、今年はあの葵って子が本命だな」
送り出すサンタさんが付け加えたひとことに、僕は大きく頷いた。
「ふたりともいっぱい食べれるよな」
先導して坂を下る僕は、ふたりの返事を聞かずに話を続ける。
「戸越銀座ってとこは古くからの商店街だからおしゃれな店なんかはあんまり多くない。でも、安くて旨くてボリュームのある定食屋ならまだまだ残ってるんだ」
「皆川先輩、地元の人みたい」
そう言って笑う
青年、頼むからそんな眼で僕を見ないでくれ。
「もう地元の人だよ。この町に住んで三ヶ月近くになんだから」
「え。先輩、この辺住んでるの?」
「こっから歩いて五分だ」
「すごい! 溜まり場確定じゃないですか!」
高校や大学じゃないんだから、と返しつつ、僕は通りに面したあまりお金を掛けていない店構えの白い暖簾をかき上げた。
『食事処 一十三』
薄暗い店内は、いつもの通りで三分の入り。カウンターで早くも焼酎を飲んでいる馴染みの爺さんに会釈して、僕らは奥の座敷に上がった。
「渋っ!」
壁いっぱいに貼り巡らされたお品書きの短冊を見回す
「あら珍しい。お友だち?」
空ジョッキ三つとでかい麦茶ポットを手にしたおばちゃんが声を掛けてきた。
「や、うちの会社に研修に来た親会社の新人さん」
「どうもこんにちは。皆川先輩の彼女です。よろしくお願いしまーす」
エプロンのポケットから出したおしぼりを受け取った
「ちょ、やめろ
先輩は怒りっぽいなあ、とけらけら笑う
軽く受け流したおばちゃんは、まるでなにもなかったかのように注文を聞き取っていった。もちろんだが、後日根掘り葉掘り聞かれるのは確定した未来だ。
おばちゃんが去ったところで居住まいを正した僕は、青年を見据えて切り出した。
「挨拶が遅れたけど、あらためて。僕は皆川笠司。きみらと同じくこの春入社の一年目だ。四月の御社での研修に二日だけ参加させて貰ったんで憶えてるかもしれないけれど」
正面からの攻勢に狼狽えた感じの彼は、それでも体勢を立て直して口を開く。
「大文字隼人。出身は水戸。大学は茨城大で、今は本八幡の寮に住んでる」
「私もやるの?」
麦茶を注ぐ手を止めて僕の表情を窺う
ま、いっか、と呟いてポットを置いた
「
合コンかよ?
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