第23話VS魔人戦(1)

「エ、エライソくん! とにかく信号弾を使って先生に知らせるぞ」


 教師から自分達では対処できない魔物が現れた時は信号弾を使うよう言われていたのでハーカスはその言葉には従おうとする。


「余計なことをするんじゃねえ! すぐにこの魔人を葬ってやるから黙ってみてろ!」

「無理だろ。ここはすぐに助けを求めた方が⋯⋯」

「そんなことをしたらお前を殺すぞ」

「わ、わかった。だけどやばくなったらすぐに信号弾を使うからな!」


 ハーカスは直ぐ様この場を離れ、建物の陰からエライソと魔人の戦いを見守ることにした。


「スリエ! てめえもどっか行ってろ! 邪魔だ!」

「は、はい」


 そしてスリエは震える足を何とか動かし、暗い森ダークフォレストから抜けるのだった。

 ハーカスやスリエはもちろんのことだがエライソは強気な発言をしているが心の中では魔人の存在に恐れをなしていた。

 何故なら魔人はこの数十年スレイヤーに狩られることはなく生き延び、そして逆に大勢の人間を抹殺してきたからだ。


 エライソは気配を消しながら魔人の後方にある木にゆっくりと登り様子を窺う。


(くそっ! 特に奴から攻撃を受けた訳じゃねえのに震えが止まらねえ。これが本物の魔人ってやつか。だが逃げるわけにはいかねえ。ここで逃げたら俺は本当に臆病者になっちまう!)


 エライソは心の中で自分を奮い立たせ、恐怖を克服しようとする。何故エライソは1人で魔人と戦おうとするのかそれは先日起きた出来事が関係していた。


 時は遡り一昨日の深夜、警報音がなった頃。


「22区画に魔物が現れただと! トンゴが住んでいる所じゃねえか!」


 エライソはベッドから飛び起き急ぎ服を着替え始める。もちろんすぐに22区画に向かい、トンゴを助けるためだ。


「エライソ様大変です!」


 ノックもせず部屋に飛び込んできたのはエライソの屋敷に仕える執事のヒルズだ。

 エライソの家は代々18区画の長を務めており、屋敷には何人もの使用人がいる裕福な家系だった。


「わかってる! 今から22区画に向かってトンゴを助けに行く。まさかデビュー戦がこんな形になるとはな。腕がなるぜ」


 この時のエライソは22区画へと向かうきであった。しかし⋯⋯。


「それはなりません! 旦那様からも討伐に行かせないよう強く言われています」

「俺はBランクのスレイヤーだぞ? 魔物ごときに遅れを取ると思っているのか?」

「そ、それは存じ上げています。ですが今回の相手は⋯⋯」

 

 ヒルズは顔を真っ青にしながら言葉に詰まる。その様子を見てエライソはただ事ではないことを察した。


「まさか魔人が出たのか?」

「⋯⋯おそらくは。旦那様から魔物の進行速度が早すぎるため魔人がいるのはほぼ確実だと」


 この数十年魔人を討伐した者はいない。逆に人間はどれだけ殺されたのか数えきれないほどだ。


「マイカ様もエライソ様に無茶をしてほしくないと仰っています」

「くっ!」


 マイカとはエライソの妹に当たり、幼き頃より重い病に侵されている人物だ。


 ヒルズは卑怯だと思いつつエライソがマイカを溺愛しているのを知っているため、敢えてその名前を口に出した。

 するとヒルズの予想通りエライソの足は1度止まる。


「⋯⋯マイカを悲しませる訳にはいかねえな」

「その通りです」

「なら必ず無事に帰ってくる。親父にもそう言っといてくれ」


 エライソはそう言って部屋から飛び出す。


「エライソ様!」


 ヒルズの声は届かずエライソは屋敷の廊下を駆ける。


 早く行かなければ手遅れになるかもしれない。エライソは全速力で走るが、その足が外に出る前に髭を生やした中年の男性がエライソの行く手を遮った。


「私はヒルズにエライソを部屋から出すなと命じたはずだが⋯⋯」

「親父頼む! 行かせてくれ!」

「お前は一応私の後継者だ。危険だとわかっている場所に行かせるわけにはいかん」

「トンゴを助けたらすぐに帰ってくるから頼む!」

「やれやれ。この家の当主である私に逆らうとはな。少し教育のしかたを間違えたか」


 エライソの父親であるヴォロスの手には既に茶色の剣が握られていた。


「ま、まさか親父⋯⋯」

「言うことを聞かない子供に躾をするだけだ」


 そしてヴォロスは一瞬でエライソまでの距離を詰めすれ違う。


「が⋯⋯はっ⋯⋯」


 するとエライソは床に膝をつき、そのまま意識を失い倒れてしまうのだった。


「私の攻撃を防げぬ者が1人前の口を聞くんじゃない。ヒルズ⋯⋯後は頼むぞ」

「承知しました」


 こうしてヴォロスの手で意識を失ったエライソはトンゴの元へ行くことが出来ず、そして目を覚ました時は早朝だったため、既に22区画は滅ぼされていたのだ。



 俺はもうあんな屈辱を味わう訳にはいかねえ! てめえがトンゴの仇なのかわからねえがここで死んでもらう!


 エライソは魔人の背後から黒い矢を何本も放ち攻撃する。すると黒い矢は全て魔人に命中するのだった。


「けっ! 魔人なんて恐れられているが大したことねえな!」


 魔人は矢が向かってきた方向や声が聞こえる方向を推測して接近を試みるが、そこにはすでにエライソの姿はなかった。


 そして矢を放った後移動していたエライソは、再び魔人の背中に向かって黒い矢を射つ。


「くっ!」


 すると先程と同じ様に矢は全て魔人に命中し、魔人は苦悶の声を上げる。


「思ったより雑魚いな! このままなぶり殺してやるぜ!」


 魔人はエライソの暗い森ダークフォレストによって姿を捉えることが出来ず、一方的にやられる状況となっていた。


「お、おい。中の様子は暗くてわからないけどこれはエライソくんが押してるんじゃないか?」

「エライソ様⋯⋯凄いです」


 魔人が現れたことにより絶望に落とされていたハーカスとスリエだが、エライソの形勢が有利だという言葉を聞いて心に希望の光が灯り始める。

 このまま行けば魔人に勝てる、魔人を倒せるという気持ちが沸き上がってきた⋯⋯が。この後すぐにその思いが全て打ち砕かれ、魔人相手にすぐに逃げなかったことを後悔することになるのであった。

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