第43話:平穏すぎる日常
樹海から戻って数日が経った。
残念ながら、樹海へと赴くのはしばらく禁止になった。
本当に、本当に残念だが仕方がない。
こっそり出かけようとも思ったのだが、そこはキャシーに見抜かれていて、それも禁止された。
もちろん、言わずに抜け出すことは可能なのだが、これ以上勝手に行動するといらぬ心配をさせそうなので、俺も渋々自重することにしたのだ。
というわけで、俺は今、巨狼からもらった深紅の牙を前にして、ルータスという砦の住人と話をしていた。
彼は元は傭兵だったが、怪我で剣を持てなくなり、今は砦で武器や鎧の整備をしている。
歳はアランよりも少しいったところか、五十は超えていないぐらいだろう。
「で、双剣を作りたいんだけど、どうすればいい?」
「俺は正式な鍛冶士じゃねぇからなぁ。整備や修理ぐらいならできるが一から加工ってなると、ヴァリアントまで持っていってやってもらうしかないかもな」
辺境都市ヴァリアントか。
砦からは馬の駈足で半日ぐらいと聞いているから、それほど遠いとも思えない。
だが、俺が一人でヴァリアントに行くってわけにもいかないだろう。
アランやリリアが許してくれるとは思えない。
というか、そもそも俺の体より大きい牙なのだ。
一人では持ち運びができない。
「うーん、じゃあお父さんの帰りを待つしかないのかぁ」
「それがいいだろうな」
俺はこの牙から双剣を二対作るつもりでいる。
一つは今のノルドの体の大きさにあった短剣、もう一つは成長したときに合わせて長剣とするつもりだった。
「そもそも、普段俺らが贔屓にしている鍛冶士じゃ無理かもしれねぇぞ」
「どういうこと?」
「素材が素材だしな。ある程度名の知れた、腕のいい鍛冶士に頼んだほうがいいかもな」
まあ、フェンリルの牙だしな。
一生でこれ以上手に入らないかもしれない素材だ。
しょぼい鍛冶士に頼むのは俺も避けたいところだ。
とはいえ、フェンリルの牙で作った双剣は、一刻も早く手にしたいと思っていた。
前世の宝剣ツインエッジさえ超える剣になるかもしれないのだ。
興奮するなというほうが無駄だ。
「しかし、フェンリルなんて生物がこの世に実在しているとはなぁ。今はその話で砦内は持ちきりだぞ」
そうなんだー、と俺は適当に相槌を打つ。
まあ、それはそれで仕方がないとは思っていた。
「へぇーって、子供のお前には分からんのか」
「いや、フェンリルが珍しいってことは分かるけど」
「そうじゃねぇよ。そもそも、お前のことも普通じゃないってみんな話してるぞ」
「何で?」
ワーウィック・エキスピアスの感覚からしても、ノルドの戦闘力は年齢からして異常ではあるが。
だが、それだけだといえば、それだけの話で。
「何でって、フェンリルだぞフェンリル、戦の神と出会って助けられて友達になったって、そんなことができるやつ、しでかすやつは普通の子供じゃねぇって誰でも思うだろ。神に選ばれた子供だって噂してるやつだっているんだ。神童だ、ってな」
あぁ、そっちか。そういえばこの国ウェスクでは狼が戦の象徴だったんだっけか。
ついつい前世での基準で考えてしまうから、俺としては特に狼に拘りはないんだが。
そもそも、あの巨狼は神でもなんでもない。
ちょっと長く生きた魔獣ってだけだ。
確かに、仮に俺が大人になっても、戦って勝てそうな見込みは全くないが。
あいつが竜と縄張り争いしてるとか言ったら、また変に話が大きくなりそうだな、と俺は独り言ちた。
俺がルータスとあーだこーだと雑談をしていると、ふいに扉が大きく開かれた。
血相を変えたリリアが入ってくる。
「ノルドッ! もうどこに行ってるのよ。探したんだから!」
肩を掴まれ、ぶんぶんと大きく揺さぶられる。
「え、何?」
「何、じゃないでしょ。どこかに行くなら一声かけてってお母さん言ったじゃない!」
そういえばそうだったな、と反省する。
樹海から帰って事の顛末を知ってから、リリアは少し情緒不安定になってしまっていた。
ノースライトの傭兵崩れと殺し合ったことはリリアには知られずに済んだが、さすがに今回のことは隠すのは無理だった。
そもそも俺やライネル、ディージィーの捜索隊を組んでしまったのだ。
申し訳ないとは思うのだが、起きてしまったことは仕方がないのだ。
それよりも身重の状態なんだから、まずは自分のことを気にしてほしい。
「そんなに動き回るとお腹にさわるよ」
「この子も怒ってるわ。今、お母さんのお腹をいっぱい蹴ってるんだから」
それは俺を探して走り回ったせいでびっくりしたからではないのか? と思ったが口にしないでいた。
というわけで、ルータスとのおしゃべりもこれで終わりとなってしまう。
「そんな心配しなくても、砦から出ないってば」
「目を離しているとノルドは何に巻き込まれるか分からないわ……」
おろおろとするリリアを前にして、やっぱり母親というものは違うんだなと感じた。
他の傭兵は俺を神の子だとか神童だとか噂してるらしいが、彼女にとっては俺は単なる一人の息子で。
前世では実の親というものをしらなかったから、くすぐったいというか変な感じだ。
「お、ノルドじゃねぇか」
砦内をリリアと歩いていると、ライネルが声をかけてきた。
傷はもう治ったのか、軽快な足取りで近づいてくる。
「おじさん、もう元気なんだね」
「まあな、あの程度でいつまでも寝てられねぇしな」
脳筋だとは思っていたが、やっぱりライネルはそういうやつだな。
「暇だったら、ちょっと俺と斬り合うか?」
にたにたと笑いながらライネルが提案してきた。
だが、リリアが待ったをかける。
「ちょっと、ライネル! ノルドにそんなことさせないで!」
「別に木剣使うぐらいなら大丈夫だろ。俺も別に本気でやり合ったりしねえって」
俺としてはその提案は魅力的なものだった。
ここ二、三日、まともに剣も魔法も使っていなくてなまっているのだ。
「お母さん、やっていいでしょ?」
俺はわざと瞳をうるうるとさせてリリアを見上げる。
彼女は俺の願いに押されたのか、うっ、と呻いて黙り込んでしまった。
もう一押しだな。
「心配なら、お母さんもついてくればいいじゃん」
「そうね、一応、ディージィーもつれていけば、安心よね」
そこまでしなくても……と思ったが、まあ、リリアを納得させるためなら仕方がない。
というわけで、砦内をうろついてディージィーを見つけると無理やり引き込んで、訓練場へと向かう。
「一回ノルドとやり合ってみたかったんだよ」
はいはい、と俺は適当に相槌を打つ。
「魔法もあり、でいいんだよね?」
「全力で構わないぞ。あぁ、俺は戦技は使わないから安心しろ」
ライネルにそう言われ、俺は即座に炎弾を中空に浮かべる。
一方のライネルは、ラウンドシールドと長剣を構え俺を迎え撃つ形をとった。
「じゃあ、いくね」
炎弾を放つのと同時に、身体強化と加速を併用してライネルの足元を狙う。
だが、全弾を回避されて、さらに斬りこんだ俺の剣はライネルの剣で弾かれてしまった。
後方に跳躍し、いったん距離を取る。
さてどうするか。
俺は再び炎弾を十発放つと、それを追う形で斬りこんだ。
「またそれかよっ!」
炎弾はまた簡単に回避されたが、今度は足元を狙わずに、跳躍して斬環を使う。
ライネルは即座にラウンドシールドを前に出すと、俺の二連撃をいとも簡単に防いだ。
だが、俺もそれでは済まさない。
斬環を放ちつつも、ライネルの背後に炎弾を発生させて打ち込む。
「その手もキャシーから聞いてるぞ!」
即座にライネルは状態を低くして炎弾を回避すると、流れるように俺に向かって木剣を払う。
回避は不可能。
逆手に持ち変えて、双撃を放つ。
凄まじい衝撃とともに、ライネルの剣をはじき返した。
だが、俺も後方に吹き飛ばされる。
「おぉ、それがお前の戦技か。すげえな」
笑いながらライネルが盾を構えて突進してくる。
体重の乗った盾に対して、ノルドの放てる双撃では分が悪いと思った俺は、慌てて炎壁を眼前に発生させた。
すぐさま距離を取り、次の一手を考える。
炎壁を回り込み炎弾を発生させると、時間差をつけてライネルに向かって放つ。
そして状態を低くして再びライネルに肉薄する。
「またそれかよっ!」
素早い動きでライネルが炎弾を回避していく。
俺はそれを追う形で跳躍し、斬環をお見舞いする。
「だから無駄だっての」
俺の放った二連撃はあっさりとラウンドシールドでいなされてしまう。
だが、もともとこの斬環はライネルを狙ったものではなかった。
剣と盾がぶつかった衝撃を使ってさらに俺はノルドの体を宙へと浮かせ、頭部へ向かって連斬環を放つ。
すでに彼の盾は下方へと向けられていて、振り上げるのは間に合わないはずだった。
「そうくるかっ」
刹那、ライネルは持っていた長剣を手放すと、俺の放った剣を手で掴んだ。
そのまま剣ごと俺は振り回されて、放り投げられる。
「それはいくら何でも無茶苦茶でしょ……」
「木剣だからな!」
ちょっと俺はイラっとした。
真剣だったらライネルの手は斬られていたはずなのだ。
「じゃあ、こっちもちょっと本気でいくよ」
俺は炎弾を十発、時間差をつけながら再びライネルに向かって撃ちこむ。
「また同じじゃねぇか」
ライネルは回り込みながら回避していく。
だが、俺はそんなことは想定済みとばかりに、さらに炎弾を放つ。
「しつけぇな」
一発も当たらない。
まあ、だからどうということもない。
というわけで、間髪を入れずさらに炎弾を放ち続ける。
「おいおい……」
剣士としてはどうかと思うが、ちょっとした憂さ晴らしのようなものだ。
まだまだ炎弾は放つことができるのだ。
ライネルが右に左に走り続けながら、炎弾を回避し続ける。
「ちょっと……この……いい加減にしろっての」
さすがに焦れたのか、ライネルが回避を止めて一直線に俺に向かって突進してきた。
回避のみでは対処しきれなかったのか、盾を使って炎弾を防いでくる。
そして、俺に向かって剣を振り下ろそうとした。
が、そこに俺はいなかった。
「あれ……」
炎弾を盾で防がれたその一瞬の隙を狙って、俺はライネルの足元に体を滑りこませていた。
そして両手の剣で薙ぎ払う。
確実にライネルの足元に一撃を加えたはずだった。
だが、まるで大木を相手にしたかのような衝撃が俺の手首を襲う。
「あ、戦技使った!」
強皮を使われた感触があったのだ。
「つい使っちまった……」
「使わないって言ったじゃん!」
「いや、すまん」
というわけで、無理やり俺の勝ちということにさせてもらった。
まあ、ライネルは剛撃も他の戦技も使ってはいないので、これで勝ちにするのは気が引けたが、子供相手なのだから別にいいだろう。
「五歳の子供とはやっぱり思えないよねぇ」
観戦していたディージィーからそんなお褒めの言葉をいただき、俺は久々の戦闘を楽しめたのだった。
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