第41話:捜索隊
私は樹海の中を必死に駆けていた。
砦に戻って、援軍の部隊十名の手配を済ませると、彼らを連れて踵を返したのだ。
「キャシー、洞窟はまだなのか?」
「もう少しよ。頑張って」
聖魔法士を連れているせいで全力で駆けることができず、私は苛々していた。
私一人であればもっと早く洞窟に戻ることができるのだが、場所を正確に把握しているのが私だけなせいで、先行することができない。
「一度休憩が必要だ。このまま到達してもこの体力じゃキラーマンティスとやり合うのは無理だぞ」
「分かったわよ!」
もう少しなのだ。あと少しで洞窟に到達するというのに。
こんなところで足止めを食うなんて。
「落ち着け。急いでいるのは分かるが、敵はキラーマンティスだけじゃないんだぞ。いつどこから他の魔獣に襲われるのか分からないんだ」
「索敵はちゃんとしてるわ」
彼らの言うことは正しい。
けれど、ディージィ―やライネル、そしてノルドのことが心配で居ても立っても居られない。
水分を補給して、再び索敵をかける。
やはり周囲に反応はない。
「お前だけ戻っても一人でキラーマンティスとやり合うのは無理だと分かっているだろう?」
「分かってる、分かってるってば」
息を切らす仲間の様子を見ながら、私は樹海の奥へと視線をやる。
私は大丈夫、この程度なら息は上がっていない。
仲間が一息ついたのを確認すると、私は再び彼らに声をかけ、先へと進む。
早く、一瞬でも早くあそこに戻らないと。
ふいに、索敵に反応があった。
すぐさま私は弓を番え、その方向へと矢を射る。
魔獣の咆哮が樹海に響く。
「あそこよ!」
茂みから姿を現したブラッディベアに向かって指示を出す。
仲間の一人が炎槍を放った。
火達磨になったブラッディベアは、這いずるようにして樹海の奥へと引き返していった。
「どこかへ行ったわ。無視して先に行きましょう」
仲間にそう言って、私は先へと進む。
もう少し、後少しで洞窟が見えてくるはず。
樹海の奥へと皆で進んでいくと、やっとあの洞窟の入り口が見えた。
「あった、あそこよ。戦闘態勢を取って! 見えない相手よ」
索敵をかけるが反応はない。
かといって安心もしていられなかった。迷彩持ちだったのだから、隠密持ちのキラーマンティスがいないとは限らなかったからだ。
日が暮れるまでに戻ってこれて本当に良かった。これが暗闇ならキラーマンティスとやり合うのは苦労しただろう。
「半分だけ洞窟の中に先行する。後の半分は洞窟の入り口を防衛して」
聖魔法士を含む仲間を連れて、洞窟の中へと侵入する。
洞窟の奥で、横たわるライネルと、その傍にいるディージィ―の姿を確認できた。
「ディージィ―、ライネル!」
声をかけると、彼女は立ち上がって泣きながら私に抱きついてきた。
「キャシー、あぁ、良かった」
ディージィ―は毒にかかっていたはずだ。自分で状態回復ができたということなのか。
だが、ノルドの姿がない。
「ノルドは?」
「外に、キラーマンティスを洞窟から引き離すって……」
血の気が引いた。
洞窟の外にはノルドはいなかった。
「外のみんなに伝えて! ノルドを探してって!」
仲間の一人が洞窟を急いで出ていく。
「ライネルの様子は?」
「大丈夫、息はあるわ」
仲間の聖魔法士がライネルに治癒をかける。
だが、すでに彼の血は止まっていた。おそらくディージィ―が治癒をかけていてくれたのだろう。
ライネルが死ななかったのは僥倖と言えた。
だが、意識は戻っていないのか、まだ横になって眠ったままだ。
「ライネルは血を失いすぎたのかも」
彼の胸に手をあてていた私に向かってディージィ―が言う。
日が完全に暮れるまでにライネルと手負いのディージィーを砦に連れて帰らないといけない。
せめて、なるべく外縁部には連れて行かないと、いつまたキラーマンティスに襲われるとも分からない。
だけど、ノルドがいない。
「ノルドはどうして一人で外に出たの?」
「キラーマンティスが洞窟の中に侵入してきて、それで仕方なく……」
意気消沈するディージィ―を見て、私は彼女をそれ以上詰問することはできなかった。
彼女は悪くない。そんなことは分かっている。
「たぶん、私は足手まといだからって……」
ノルドが考えそうなことだ、そう私は腑に落ちた。
せめてライネルが無事だったなら、ノルドもそんな危険な選択はしなかったと思うのだけれど。
「ともかく、ノルドを探さないと……」
だが、仲間の一人が待ったをかけてきた。
「キャシー、もうすぐ日が暮れる。ディージィ―はともかく、ライネルを砦に連れて行かねぇと」
彼の言っていることは正しい。
ディージィ―はともかく、ライネルは一刻も早く安静にしないといけない。
「何人か見繕ってライネルとディージィ―を砦に連れて帰って。残りでノルドの捜索をするわ」
半分の五人を帰還に回して、残り五人と私でノルドの捜索を継続する。
それが適切な対処だと思った。
「日が暮れたら捜索は無理だろ? 一旦砦に帰って立て直したほうがいいんじゃねぇのか?」
「じゃあ、ノルドはどうするのよ!」
自然と声を荒げていた。
これは私が招いた結果なのだ、万が一のことがあってはならない。
「うるせぇな……」
ふいに、ライネルが目を覚ます。
上体を起こし、不思議そうに私たちを見つめた。
「大丈夫? 無理をしないで……」
ディージィ―が彼を支えるように背中に手を当てる。
ライネルは私とディージィ―の顔を見た後、真剣な顔をしている他の仲間にも視線をやった。
「これはどういう状況だ?」
私はあれから起こったことを彼に説明した。そして、ノルドがキラーマンティスを相手にして行方不明になっていることも。
「あいつ、余計なことを……」
そう言いながらライネルは立ち上がろうとするが、貧血なのか、足元がおぼつかなく、洞窟の岩壁に体をぶつけた。
「ライネル、あなたはまだ血を失いすぎているのよ、無理しないで」
「そんなこと言ってられるかよ」
ライネルはやはりまだ戦える状態ではない。
やはり、第一選択としては、彼を砦に送り届けることが必要だった。
でなければ、また彼を守りながらキラーマンティスや他の魔獣とやり合うことになる。
「ライネル、あなたとディージィ―は一旦他の仲間と一緒に砦に戻って」
「ちっ、この状態じゃ仕方ねぇな」
そして私は他の仲間に告げる。
「残り五名と私でこの洞窟に残る。ノルドが戻ってくるかもしれないから。日が暮れるまで周囲を捜索して、また朝になり次第、捜索を再開するわ」
そして、ライネルとディージィ―は仲間五人に連れられて砦へと帰っていった。
ライネルが一人で歩ける状態ではないから、砦に着くのは朝になるかもしれない。
「それで、どこをどう捜索するっていうんだ?」
残った仲間の一人に問われ、私は方針を決める。
「三人ずつに分かれて、まずは北と東を。日が暮れ次第、この洞窟に戻ってきて。明日は南と西を捜索しよう」
私は仲間二人を連れて、北の方角へと足を向けた。
ディージィ―の話によると、ノルドはキラーマンティスを洞窟から引き離す、そう言っていたようだ。
倒す、そう言ったわけではないのだ。
そうであれば、炎弾を駆使しながら、距離を取りつつ一定の方角へ逃げたはずだ。
それがどの方角なのかは分からなかった。
樹海の地理に詳しいわけではないだろうから、おそらく、無我夢中で逃げたに違いない。
しかし、砦の方角、西である可能性は低かった。
そうであれば砦から一直線に向かってきた私たちとかち合っているはずなのだ。
向かったのは、北か東か、あるいは南か。
私たちは北のほうを丹念に調べたが、戦闘の様子も見られなかった。
索敵にも何も引っかからない。
時間だけがどんどん過ぎていく。
すでに太陽は沈みかかってきており、だんだんと暗くなりつつあった。
「キャシー、これ以上進むと日が暮れるまでに洞窟に戻れねぇぞ!」
切羽詰まった様子で仲間の一人が叫ぶ、
分かってるわよ、と私は小さく呟く。
焦る気持ちが私の心を平静でいられなくする。
今もどこかで、血を流したノルドが死にかけているかもしれないのだ。
「聞いてるのか!」
「聞こえてるわよ!!」
せめてキラーマンティスでも見つけられれば、その周囲にノルドが隠れているかもしれなかった。
再び索敵をかける。
するとかなり遠くで反応があった。
だが、それは私が求めていたキラーマンティスの反応ではなかった。
「何、これ……」
巨大な魔力の反応が凄まじい速さで動いている。
今まで感じたことないほどの、膨大な魔力の反応だった。
「何だ、何があった?」
仲間に問われても、あまりの衝撃で私は何も答えることができなかった。
並みの魔獣ではない。
今まで遭遇したこともない、膨大な魔力を秘めた何かが、索敵のぎりぎりの範囲を縫うようにして進んでいた。
そいつは一直線に樹海の外へと向かって進んでいる。
そして、その先には砦があった。
「何か、分からないけど、巨大な魔獣が砦に向かってる……」
「はぁ?」
ノルドが、ノルドを探さないと……。
でも、これは……。
「おい、どういうことだよ! キャシー、説明しろっ!」
「砦が危ないかも……」
いや、このままいけば、ライネルやディージィ―と砦の直前でぶつかるかもしれない。
なんで、なぜこんなことに。
「なんか分からねぇが、でけぇ魔獣が砦に向かっているっていうんだな?」
「そうだけど……」
方向からして、このまま魔獣が進めば砦に到達するのは間違いなかった。
「砦には今、戦える人間はほとんどいねぇんだぞ」
仲間に指摘され、私は考えたくなかった事実に直面させられる。
ライネルやディージィ―、ノルドを助けるために、主要な仲間はみんな連れてきてしまったのだ。
「一旦、砦に戻るしかねぇだろ!」
「でも、ノルドが……ノルドを探さないと……」
ふいに、バチンと頬を叩かれた。
冷静になれ、と仲間から叱咤を受ける。
「キャシー、ノルドはまた探しに戻るしかねぇ。今は砦の安全を確保しねぇと、だろ?」
ノルドなら、きっとあの子なら大丈夫。
ノースライトの傭兵だってあんなに簡単に仕留めたのだから、今回だってきっと生き残っているはず。
私は自分にそう言い聞かせることしかできなかった。
たった五歳の子供を樹海に一人残さなければならないことから目を背けるために。
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