第39話:出会い
それは懐かしさすら覚える奇妙な感覚だった。
目の前に数十体のスケルトンが立ちはだかったのだ。
地面に散らばる人骨、そしてあたりに巻き散らされた瘴気。
条件は整い過ぎていた。
「グルゥウウ」
子狼は俺とスケルトンの間に立ちはだかり、まるで俺を守るように唸る。
小さな体で可愛いものだな、と俺は独り言ちた。
「さて、どうするかな」
俺は無手だ。
炎弾は数十発撃てるほどには魔力は回復しているが、スケルトン相手には火魔法はあまり効果はない。
逃げの一手もあるが、子狼のことが気になって仕方がない。
今となっては俺の仲間みたいなものだ。
とはいえ、相手のスケルトンも特に武器は持っていない。
一撃で即死になるようなこともない。
やれるところまでやってみるか?
――祝福
銀色の光を浴び、自らの体に女神リーズの加護を得る。
これを使うのはノルドの体に転生してから初めてのことだな、と感慨深く思う。
身体強化と加速を併用しながら、眼前のスケルトンの腹に拳をぶち当てる。
当たった瞬間に銀の光が爆ぜた。
スケルトンは腹部が粉々になり、そのままばらばらに崩れていった。
「お前は下がってろ」
子狼に命令するが、まったく分かっていない様子で一つ吠えると、近くにいたスケルトンの足に噛みついた。
子供とはいえ、さすが狼といったところか、スケルトンの足首の骨を噛み砕いた。
バランスを失ったスケルトンが地面に倒れこむ。
「無茶するなよ」
そう言うと、子狼はどや顔で一つ吠える。
スケルトンは俺に腕を振り下ろしてくるが、緩慢な動きで相手にならない。
祝福を帯びた拳で殴りつけると、体を纏う瘴気を浄化され簡単に崩れていく。
徒手空拳で戦うことになるとは思っていなかったが、身体強化と加速でどうにか肉弾戦はできそうだった。
数だけが取り柄のスケルトン相手に時間はかかったが、無傷で戦闘を終える。
辺りが静寂に包まれると、子狼は嬉しそうに俺に飛びついてきた。
「はいはい、お前も頑張ったよ」
褒めてやりながら、もふもふの頭を撫でてやる。
もしかしたら、さっきの子狼の傷はスケルトンにやられたのかもしれなかった。
しかし、本当に樹海というのは謎なところだな、と俺は思った。
人骨がここに大量に散らばっているということは、それだけの人間がこの場に到達していたということだ。
まあ、最近のことなのか、ずっと以前のことなのかは分からないが、砦での様子からすると、きっと最近のものではなさそうだ。
祝福がつかえて本当に良かった。
これが転生した状態ではなく、聖魔法が使えなかったら、もう少し手間取っていたかもしれない。
あまり長居もしていたくなかったため、先を急ぐ。
さらに樹海の奥へと進むと、水の音が聞こえてきた。
音のする方向へと進むと、大きな川が流れていた。
瘴気に汚染されているかどうか分からなかったため、一応手ですくった水に祝福をかけて飲み干す。
子狼も喉が渇いていたのか、夢中で水をがぶ飲みしていた。
まあ、こいつは魔獣だから、多少瘴気に汚染されていても問題ないだろう。
まあ一応ということで、飲み終わった子狼に祝福をかけてみる。
すると機嫌がよくなったようで、また嬉しそうに一つ吠えた。
「生き返ったな!」
俺が笑いながら子狼に話しかけると、こいつも同じ気分なのか俺に飛びかかってくる。
「で、どっちに行くんだ?」
そう問いかけると意思が通じたのか、子狼はまた一つ吠えて、先導を再開する。
軽快な足取りで、子狼は先へと進んでいく。
しばらく進むと、急に森が終わって視界が開けた。
何もないだだっ広い広場が姿を現した。
樹海の先にこんな場所があるのか、と俺は不思議な感覚に包まれる。
索敵をかけるが、特に反応はない。
ふいに、子狼が足を止めた。
何かあるのかと思って俺が身構えると、大きく遠吠えをした。
刹那、何か巨大なものが飛んでくる。
やばい、と思った瞬間、飛んできたそいつが地面に着地した衝撃で俺は大きく吹っ飛ばされた。
地面を転がりながら、慌てて身体強化を使い、立ち上がって戦闘態勢を取る。
だが、視界に入ったそれを見て、俺は死を覚悟した。
目の前には、巨大な狼が立っていた。
銀色の毛並みを持つそいつは、あのサイクロプスの数倍はあろうかという巨体で、深紅の瞳で俺を見つめていた。
頭は砦の外壁よりも遥かに高い。三階建ての家ほどはあろうか。
巨狼の口から見える牙も、瞳と同じように真っ赤に染まっていた。
纏う瘴気もただ事ではない。
前世で戦った、あのエルダーリッチのハーミットの纏っていた瘴気よりも遥かに濃いかもしれない。
その身から放たれる威圧と、瘴気の濃さも相まって、俺は酷い吐き気に襲われた。
「まじかよ……」
こいつはどうしようもない。
無手だから、だとか、ノルドの小さな体だから、とかそういう次元の話ではない。
前世のワーウィック・エキスピアスの体だったとしても、まともにやって敵う相手とは思えなかった。
だが、恐慌状態に陥っている俺を気にしないかのように、子狼は嬉しそうに巨狼の元へと駆け寄る。
跳ねまわりながら、巨狼に向かって吠えまくる。
こいつはこの巨狼の子供なのか。
どのみち巨狼の群れの仲間であることには間違いなさそうだった。
これは死んだかもな。
そう思いながら、俺は抵抗することも逃げることも諦めて、身体強化を解いた。
だが、驚きはそれでは済まなかった。
「人間とは久しいな」
ふいに巨狼から放たれた言葉に驚愕する。
人語を話すのか。
唖然としている俺を前にして、巨狼は真紅の牙を見せつけるようにくつくつと笑う。
「何だ、人間の子は話もできんのか?」
問われ、俺は絞り出すように声を出す。
「そういうわけじゃない」
吐き気を押し殺しながら苦しんでいる俺の周りを、子狼が飛び跳ねている。
こいつは本当に無邪気だな。
どうやら、子狼は俺を自分の親か群れの長に会わせたかったらしい。
「人間の子供よ、何でこんなところにいる?」
「好きでいるんじゃない、川でおぼれて流されてきたんだ」
「それは不運なことよ」
人語を話す狼、魔獣など、前世でも聞いたことがない。
伝説上の話だ。
会話しているこの状況が不思議で仕方がない。
「あんた、この狼の親なのか?」
「そうだな、うちの子が世話になったようだ」
まじか。
これは運が良ければ見逃してもらえるかもしれない。
「傷を負っていたから、聖魔法で治癒をした」
「そうみたいじゃな」
「というわけで、俺を見逃してもらえると助かるんだが」
あまり下手なことは言いたくなかったが、恩を売ってここは見逃してもらうほかなかった。
「心配するな、別にお主を食ったりはせんよ」
まるで人のようにげらげらと笑う巨狼を前にして、俺はほっと一息をつく。
どうやら話は通じるようだ。
「なけなしの干し肉もくれてやったんだ、感謝してほしいぐらいだ」
「うまかった、こいつもそう言っておる」
見ると、ハッハッと小さく息を吐きながら、楽しそうに子狼が俺を見つめている。
こいつは本当に無邪気だな、と俺は心の中で毒づいた。
「で、俺はもう行っていいか? 子供も引き取ってくれるなら、俺に用はないだろ?」
そうおずおずと問いかけると、巨狼は前足をどんっと大きく一つ地面に叩きつける。
その衝撃だけで吹き飛ばされそうになった。
「そうはいかんな」
「俺に何の用が?」
「礼をせなばならん」
子狼を助けたことを言っているのか。
どうやら俺にもやっと幸運が回ってきたらしい。
「じゃあ、樹海の外へ連れて行ってくれ。食料も水もないんだ。このままだとここで野垂れ死んでしまう」
「は、そんなことでよいのか。よかろう……ん?」
だが、巨狼はその深紅の瞳を細めて、急に黙り込んだ。
その恐ろしい顔を屈め、品定めするように俺を見つめる。
「お前、普通の人間ではないな?」
「どういう意味だ?」
「これは珍しいこともあるものだ。お前のような人間を見るのはあたしも初めてだ」
この巨狼は雌なのか。
それより、俺が普通の人間ではないとは一体どういうことなのか。
「だから、何の話をしているんだ?」
「お前、魂と体が一致しておらんぞ」
あぁ、なるほど。
ノルドとワーウィックの差をこの巨狼は見抜いたのか。
さすが、人語を扱う狼といったところか。普通じゃないな。
「それはあれだ、もしかしたら俺が転生したからかもな」
今さら隠すことでもないので、俺はそう真実を告げた。
「転生だと?」
「そうだ、この体には前世の記憶がある。正確にいうと、転魂の儀とやらで前世の魂が入り込んでいるらしい。らしい、っていうの俺にもよく分からないからな、訊かれても困る」
「面白いな、そんな人間がいるのか」
そう感心すると、巨狼はくつくつと笑う。
何が面白いのか俺には全然分からないが、どうやらこの巨狼には気に入られたようだ。
とりあえず食い殺されないだけましか。
「好き好んで転生したわけじゃない」
「そうか? あたしからすれば興味深いがな。この数百年、そんな話は聞いたこともない」
数百年だと?
本当に伝説上の生き物だな、と俺は口に出さず心の中で驚嘆する。
だが、それだけ長く生きているなら、俺の前世のことを知っているかもしれない。
「グレゴリア皇国という国を聞いたことはあるか? バールステッド大陸は?」
「さあ、知らんな」
駄目か。
数百年生きたというこいつでも知らないとなると、ますます状況は絶望的になってきた。
「まあ、知らないなら仕方がない。じゃあ、樹海の外まで送ってくれると助かる」
「その前に、お主に一つ確認したいことがある」
そう告げると、巨狼はにやりと笑い、瘴気を口から吐き出した。
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