第37話:対キラーマンティス

 日が落ちてきて、洞窟内が段々と暗くなり始める。

 

 キラーマンティスはまだ洞窟の外にいて、咆哮を繰り返し、何度も洞窟の入り口の岩を削っている。

 鋼鉄の鎧を一刀両断できる鎌とはいえ、岩を削り取るというのはどれほどの威力があるのか。


 それにしても、これだけ長時間俺たちに固執しているのは運が悪いとしかいえなかった。

 仲間二匹をやられて怒りに狂っているのか、それとも俺の炎弾が頭にきたのか。


 そういう意味では、打って出たのは失敗だったのかもしれなかった。

 あの時放置しておけば、諦めてくれたかもしれなかった。


 ライネルはまだ目を覚まさなかった。

 息はしているようだから、命に別状はなさそうだったが、思ったよりも血を失いすぎているのかもしれない。


「キャシーは間に合うかしら?」


 ディージィ―の問いに俺は一瞬彼女の顔を見たが、無言で返した。

 もはや運を天に任せるしかない。


 日は完全に落ち、洞窟の中も外も真っ暗になった。

 

「お姉ちゃん、火を起こそう」

「キラーマンティスを刺激しないかしら?」

「ライネルおじさんの体を冷やすのはよくないよ」


 本当のところを言えば暗闇の中でじっとしていたかったが、そうも言っていられない。

 火につられてキラーマンティスはさらに俺たちから離れようとしないだろう。それでも仕方がない。


 時間は全然進んではくれなかった。

 ただ、俺たちはキラーマンティスが洞窟の奥へと到達するその時を黙ってみているしかない。


 洞窟は入り口が狭いだけで、少し進めば急に高さに余裕ができる。

 ある程度掘り進めて一線を越えてしまえば、後は一気に侵入されてしまう。


 索敵を何度もかけたが、キャシーの反応はひっかからなかった。

 そうしている間に、キラーマンティスの気配がどんどん俺たちに近づいてきている。


 そして、しばらくして、その時はついにやってきた。

 俺はじっと洞窟の入り口を凝視していた。


「どうしたの?」


 ディージィ―の不安げな問いに、俺は何も答えなかった。

 それどころではなかったからだ。


「ねぇ、一体どうしたの?」


 彼女の声を背中に受けて、それでもなお、俺は洞窟の入り口を見つめていた。

 そして、自らの魔力の総量を確認する。


「朝まで持たないみたい」

「嘘でしょ……」

「すでに洞窟の中にキラーマンティスは体をかなり入れてきてる」


 俺のもたらした残酷な情報に、ディージィ―は口を手で覆った。


「持ってあと十数分かな」


 俺は鞘から両方の短剣を抜いた。

 魔力はほとんど回復した。不幸中の幸いか、これで万全の状態で相手ができる。


「ちょ、ちょっと待って……どうする気なの?」

「キラーマンティスを洞窟から引き離す」


 それが俺がずっと考えていたことだった。

 キラーマンティスを仕留めるわけではない、ただ、洞窟から引き離すだけだ。


「待って、そんなことノルドくんにできるわけないでしょ!」

「できるとかできないとかじゃなくて、それしか方法はないと思うんだけど」


 現状、洞窟内で戦うことは選択肢には入っていなかった。

 俺の一番の武器は機動力だ。火魔法を組み合わせながらの一撃離脱。

 狭い洞窟内ではそれは生かせない。


 そして、ディージィ―は戦力として考えていなかった。

 俺は盾役ではないのだ。キラーマンティス相手に、彼女を庇いながら戦うことはできなかった。


「待って、考えさせて、きっと他にも何か解決策が……」

「ないよ」

「お願い、もう少し私の話を聞いて……」


 すでに俺は彼女のか細い声を聞いていなかった。

 もう戦闘態勢に入っていたからだ。

 

「ライネルおじさんをよろしく」


 それだけ言うと、俺は洞窟の外へと向かって駆けだす。

 索敵と感覚強化で把握しただいたいの位置に向かって炎弾を三発ばら撒く。


 全弾がキラーマンティスに直撃する。

 迷彩が解かれ、その姿を視認できるようになった。


――炎槍


 巨大な炎の槍を相手に向かって放つ。

 キラーマンティスはその爆風で砦の外へと吹き飛ばされた。


 そして、俺も洞窟の外へと出る。

 これで広い場所でキラーマンティスとやり合うことができる状態を作り上げることができた。


 残念なのは、炎槍でもキラーマンティスの装甲に傷一つついていないことか。

 耐性があるのだから、仕方がないといえるが。


「さて、うまく俺を標的にしてくれよ」


 炎弾をばら撒きながら、キラーマンティスの右翼へと自らを展開させる。

 歪な咆哮が樹海に響く。


 気持ちの悪い音をさせながら、四足でキラーマンティスが俺へと迫ってくる。

 俺はまた炎弾を数発発射し、相手の注意を俺に向ける。


――加速


 身体強化をかけながら、後退しつつ、さらに炎弾を放つ。


「こい、相手は俺だぞ」


 俺の叫びと呼応するかのように、キラーマンティスが叫ぶ。


 予想よりも、相手の速度が速い。

 単純な足の速さであれば、すぐに追いつかれてしまう。


――炎弾


 さらに数発の炎弾をばら撒く。

 すでに迷彩の必要性はないと思っているのか、それとも、怒りでそれどころではないのか、キラーマンティスの姿はまだ見えるままだ。


 これならどうにか対処できるか。


「こっちだ、こっちに来い!」


 煽るように俺は叫ぶ。

 だが、やはりキラーマンティスの動きが想定していたよりも素早かった。


 両手の鎌が俺へと迫ってきた。

 すんでのところでどうにか回避すると、迎撃とばかりにまた炎弾をキラーマンティスの頭部に炸裂させる。


「ほら、こっちだ!」


 これが単なる一対一の対決ならば、俺はとっくの昔にここから離脱している。

 それができないのはディージィ―とライネルを守るためだ。


 距離も一定以上とるわけにはいかなかった。

 つかず離れず、炎弾の射程距離を保ちながら、そして相手の鎌の攻撃範囲内には入らないように気を付ける。


 なるべく洞窟から離れないといけない。

 もうキラーマンティスが戻るのを諦めてくれるほどには。


 ぎりぎりの攻防が続く。

 キラーマンティスが距離を詰めてくると、俺はまた炎弾を放ち、その隙に距離を取る。

 

 そして、すでに俺も洞窟の位置が分からなくなるほどに樹海の奥へと進んでしまった。


 ひたすら通ってきた道を真っすぐ戻れば、洞窟に戻れるかもしれない。

 けれどそれに確信が持てないほどに離れてしまった。


 魔力もすぐに切れるだろう。

 ここらへんで打ち止めか。


 ここから先は、俺自身がキラーマンティスから逃げないといけない。

 かといって、一直線に洞窟のほうへと逃げれば、またキラーマンティスを呼び戻すことになってしまう。


 仕方なく、俺は遠回りを選択することにする。


――炎弾


 ありったけの魔力を込めて炎弾を周囲にばら撒く。

 そのうちの複数がキラーマンティスの頭部に直撃して目くらましになったことを確認すると、加速で一気に離脱した。


 全速力で樹海の中を駆ける。

 索敵をかけ、キラーマンティスから逃げおおせたことを確認すると、俺は大木の陰で一息をついた。


 すでに索敵にはキラーマンティスも、ディージィ―やライネルの反応もない。

 射程外になっていることを確認する。


 これで大丈夫なはずだ。

 とはいえ、悠長に休息を取っているわけにもいかない。

 

 今度は急いで洞窟に戻らなければならない。

 万が一ということもある。キラーマンティスが踵を返して再びディージィ―とライネルの元に戻らないとも限らなかった。


 俺は加速をしながら、再び樹海の中を駆ける。

 念のため、また索敵をかけた。


 え?

 

 すぐ真横に巨大な反応があった。

 視線を向けるが、そこには何もいないはずだった。


 瞬時にその方向に炎弾を十発ばら撒く。

 爆炎とともに、隠れていたそいつの姿が視界に入る。


 また迷彩持ちのキラーマンティスか!

 

「くそっ」


 炎をものともせず、さっきの相手の倍はあろうかという巨大な鎌が迫ってくる。

 回避しきれない。


 一瞬双撃で迎撃しようとも考えたが、短剣ごと真っ二つされることを恐れ、対応を変える。


――斬環


 体を回転させ、振り下ろされたキラーマンティスの鎌の横に剣戟を当てて、その反動で回避をする。

 だが、中空に投げ出された俺に向かって、もう片方の鎌が横薙ぎに迫ってきた。


「くそったれ」


――連斬環


 さらに体を回転させ、再び剣筋を鎌の上部に当て、回避しながら後方へと跳躍する。


――炎弾

 

 キラーマンティスに向かって十発の炎弾をぶっ放す。

 その爆風で、俺はさらに後方へと自身の体を吹き飛ばした。


 これで距離を稼げたはずだった。


 だが、それは俺にもまったく想定外の出来事だった。

 着地すべき地面がそこにはなかった。


「まじかよ……」


 キラーマンティスが大きく咆哮する。

 それは、まるで俺を仕留めそこなったことに対する慟哭のようでもあった。


 落ちていく。


 俺がキラーマンティスから距離を取ろうとした先は不運なことに崖だったのだ。

 暗闇の中で滝の音が聞こえた。


 底なしの闇の中へと俺は落ちていく。

 両腕で頭を守ろうとしたのと同時に、俺は水の中へと落下した。

 

 足がつかない。

 体が流されていくのが分かる。


 息ができない。

 無我夢中で腕と足を動かし、どうにか水面へと出ようと藻掻く。


 どうにか水面に顔を出せて呼吸ができたと思ったら、すぐに水流に巻き込まれて引きずり込まれる。


 死ぬ。


 ノルドの体で泳ぐのは初めてだったが、ワーウィックの知識からどうにか泳げるはずだった。

 だが、水流が強すぎるのか、それともノルドの体が小さすぎるのか、うまく泳ぐことができない。


 駄目だ、息が。


 がむしゃらに腕と足をばたつかせる。

 そんな俺をあざ笑うかのように、水が、川が、体をぐちゃぐちゃに水の底へと引きずり込もうとする。


 口から、鼻から水が入り込んでくる。

 俺はただ、ひたすらに勝つことのできそうもない戦いに藻掻いていた。


 駄目だ、意識が、保てな……。

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