第35話:まだ見ぬ魔獣
洞窟の外にいるのは、かなり大きな魔獣の反応が三つ。
「おい、何も見えねぇぞ」
ライネルが苛立った様子で叫ぶ。
確かに、洞窟の中から外を見る限りでは、魔獣の姿は一切見られない。
「すぐ外にいるのよ、それも三体!」
悲痛な面持ちでキャシーも叫ぶ。
だが、確かに何もいないのだ。
「まさか迷彩持ちか?」
「そうとしか考えられないわ」
「何でそんなのがこんなところにいるんだ!」
「知らないわよ!」
ライネルもキャシーも完全に冷静さを失っている。
それほどの事態なのだ。
俺も前世ですら迷彩持ちの魔獣など相手にしたことはない。目で見えないものとどうやって戦えというのだ。
「何で入ってこねぇ?」
「反応が大きすぎる。もしかしたら、洞窟に入れないのかも」
洞窟の入り口は大人二人分ぐらいの高さしかない。中に入れば高く広くなっているが、入り口は小さいのだ。
つまり、外に待ち構えている魔獣は、大人二人分以上の体長があるということになる。
「サイクロプスとか?」
俺の問いに、キャシーは首を横に振る。
「擬態や迷彩持ちは、昆虫型か蛙や蜥蜴しか考えられない」
昆虫型はまずい。
やつらは俊敏で、しかも体皮がかなり硬い。蜘蛛系などは中距離攻撃も備えていてかなり面倒な相手になる。
「ノルドッ、炎弾をばら撒いてくれない? それで引いてくれるかもしれない」
目で捉えられないとはいえ、索敵である程度の位置は把握できている。
キャシーに叫ぶように指示され、俺は洞窟の中から外にばら撒くように炎弾を放った。
放った多くの炎弾のうち、一発だけが三体のうちの一体に直撃した。
そして、炎で敵の姿が視認できるようになる。
「キラーマンティス……」
ディージィがぽつりと呟いた。
それはカマキリ型の魔獣だった。
「何でキラーマンティスなんかがこんな中腹の入り口にいるんだ!?」
「知らないわよ。スタンピードの影響で溢れてきていたのかも」
ライネルとキャシーが焦ったように口にする。
すでに二人は冷静ではなくなっている。それほどの魔獣ということなのか。
「そもそもキラーマンティスは迷彩なんか使えねぇだろうが」
「バンデッドかも」
バンデッド、つまり特殊個体ってことか。
「ちょっと待って、キラーマンティスってどれぐらい強いの?」
俺はキラーマンティスという魔獣と戦ったことがない。
体がかなりでかいのは分かるが、いくら三体とはいえ俺たち四人をして躊躇するほどの相手なのか。
「普通のキラーマンティス一体で、こっち四人でどうにか対処できるぐらい面倒な相手よ」
「具体的に教えてよ」
「あの両手の鎌が面倒なのよ。鉄鋼の鎧を簡単に両断できるって言ったらノルドにも分かるでしょ」
つまり、一手間違えれば即死ということか。
俺はキラーマンティスところか、ブラッディベアの一撃でも即死だが、キャシーやライネルにとってみればそれは普通ではないのだ。
だが、相手が迷彩持ちとなると、さらにやばいということは分かる。
視認できないのだから、避けることすら困難になる。
「炎弾をもう一回撃って! 火で追い払って!」
言われ、さらに十発の炎の球を洞窟の外にばら撒く。
複数の炎弾が直撃するが、対して影響はなく、キラーマンティスは後退する様子もない。
これはまずい。
火に対して耐性があるようだ。
「駄目だよ。僕の火ではキラーマンティスは引いてくれないみたい」
「どうする、キャシー?」
「ちょっと待って、今考えているわ!」
索敵にはまだ三体が洞窟を取り囲んでいる反応が残ったままだ。
俺たちは洞窟の中に閉じ込められている。
「この洞窟の中にいる限り、彼らは入ってこれないから大丈夫。持久戦に持ち込むしかないわ。このまま洞窟の中にいて諦めて去ってくれるまで……」
キャシーの言葉を遮るように、ガァアンと大きな音が鳴った。
洞窟の入り口の岩が大きく削られたのだ。
「掘ってやがる……」
ライネルが絶望したように呟く。
俺たちがどうしようもなく立ち尽くしている間にも、キラーマンティスはがんがんと入り口を掘っている。
どれぐらいの時間持ちこたえられるのかは分からなかったが、去ってくれるという淡い期待は打ち砕かれた。
「三体同時に相手していけると思うか?」
「ライネルが一体を相手して、ノルドが炎壁で一体防いで、私が残り一体の注意を引いてディージィが風刃で仕留める? 危険すぎる」
せめて前衛がもう一人いれば、とキャシーは悔しそうに言った。
そもそも、相手をしようにも見えないのだ。キャシーと俺はどうにか索敵で相手のだいたいの位置は分かるが、攻撃範囲まで正確に把握できるわけではない。
「この洞窟に居座ったとして、どれぐらい持ちそうだ?」
「さあ、一日か、半日か、分からないわ」
ライネルとキャシーが頭を抱える。
「キャシー、お前が砦まで援軍を呼びに行ったとして、全速力でどれぐらいだ?」
「半日ってところかしら」
「この洞窟が一日持つならどうにか間に合う、半日なら無理か」
そうこう相談をしている間にも、ガァン、ガァンと外では岩を削る音が聞こえる。
「腹ぁくくるしかねぇな」
ライネルが立てた作戦はこうだ。
キャシーが索敵で把握した位置に向かって矢を放つ。そこにライネルが剛撃を撃ちこむ。
同じようにキャシーがもう一発の矢を穿ち、ディージィが風刃をその先に向かって放つ。
俺の役目はというと、残り一体と俺たちを分断するように炎壁を発生させて時間を稼ぐ。
最後にまたライネルが剛撃で仕留めるという流れだ。
少なくとも、洞窟のすぐ目の前には壁を掘る一体がいることは確実で、その一体に対してはただ洞窟から外へ向かって剛撃を放つだけで吹き飛ばせるだろうということだ。
問題は、ディージィの風刃が正確に当たるかということと、俺がうまく炎壁で分断できるかどうか。
「とにかく、やるしかねぇ。いくぞ」
キャシーが索敵をかける。
同時に俺も敵の位置を把握した。
一体が洞窟のすぐ外に、残り二体がその脇に控えている。
「うまく当たってよ!」
キャシーが矢を穿つ。
同時に、ライネルの剛撃による衝撃波が洞窟の外へと放たれた。
何かが中空へと放り出され、キラーマンティスの姿が露になる。
直撃を喰らって迷彩が解けたのだ。
「次!」
ライネルの掛け声とともに、四人揃って洞窟の外へと駆け出す。
キャシーが二の矢を放ち、ディージィが風刃をその方向へと向かって撃ちだす。
同時に、俺は反対側にいたキラーマンティスの反応の眼前に炎壁を発生させる。
バチィ、と歪な音がしたかと思うと、キラーマンティスの迷彩が解けた。
魔法の効果により迷彩と干渉したのだ。
だが、キラーマンティス自体は仕留めるどころか、傷すら負っていない。
「風刃が効いていないわ!」
こちらに向かってくるキラーマンティスに対し、ライネルがディージィの前に出る。
「見えればどうってことはねぇよ」
振り下ろされる凶器の鎌を紙一重で彼は避けると、返す刀でキラーマンティスの右腕を斬り飛ばした。
「ギュアァア」
キラーマンティスの歪な叫びが樹海に響く。
間髪を入れず、俺は炎弾をその頭部に向かって放つ。
十分すぎるほどに生まれた隙。
「おらぁ!」
ライネルが放った横薙ぎの剛撃が、キラーマンティスの腹部を斬り裂く。
衝撃波とともに、上半分が吹き飛ばされていった。
「残り一匹!」
ライネルの叫びと同時に、俺は炎壁のほうへと振り返る。
だが、その瞬間、炎壁を突き抜けて透明な何かが突っ込んできた。
「ディージィ、避けてっ!」
キャシーの叫びは間に合わなかった。ディージィは回避しきれず、斜めから振り下ろされた鎌が肩口を掠めた。
彼女は小さな悲鳴とともに倒れこむ。
最悪だ、よく考えれば予想できたことだった。
火に耐性があるのであれば、炎壁は防壁としては意味をなさなかったのだ。
「くそが」
ライネル待って、というキャシーの掛け声を無視するように、ライネルがディージィとキラーマンティスの間に体を入れる。
三度放たれる剛撃。
刹那、ライネルは右肩から左腹部にかけて斜めに切られ、鮮血が周囲に飛び散った。
視認できていない状態で放たれた剛撃はキラーマンティスには当たらなかったのだ。
俺は慌てて炎弾をキラーマンティスがいるであろう場所に向かってばら撒いた。
数発が直撃し、一瞬だけ姿が見える。
「ギュラァァ!」
金切声とともに、キラーマンティスが後方へと下がる。
「今のうちに洞窟に避難して」
俺が叫ぶと、キャシーが意識を失ったライネルを抱えて洞窟へと逃げ込む。
ディージィはどうにかまだ自力で歩けるようで、ふらつきながらキャシーとライネルの後を追った。
索敵をかけ、再び炎弾をキラーマンティスがいるであろう方向へとばら撒く。
だが、相手もそれを嫌ったのか、さらに後方へと下がったようで、一撃も入らなかった。
くそっ、俺は舌打ちをして、彼らを追って洞窟へと下がる。
直前に透明なキラーマンティスと目が合った気がした。
逃がさない、まるでそう言っているかのように。
キャシが必死にライネルを引きずって洞窟の奥へと向かう。
「どうしよう、出血が酷い……」
キャシーが消え入りそうな声で言う。
ライネルが受けた傷は即死ではなかったものの、重傷で、口からも血を垂れ流していた。
「ディージィ、早く回復魔法を……」
だが、ディージィはヒューヒューとか細い息を繰り返すばかりで、回復魔法をライネルにかけようとしない。
そのまま、ぺたりと地面に座り込んでしまった。
「ごめ……魔力が練れない……毒持ち……」
「そんな、嘘でしょ」
ディージィの目は虚ろだ。
もはや魔法どころではない。彼女自身も危険だ。
「どうすれば……」
キャシーは唖然と立ち尽くし、次の指示を出せないでいる。
俺たちは失敗した。
そう、完全に失敗したのだ。
敵はまだ洞窟の外にいる。
残りは一体。
だが、まるで手負いの俺たちを待ち構えるかのように、いつまで経っても反応は消えてはくれなかった。
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