第34話:再び樹海へ
キャシーとライネル、そしてディージィという馴染みのあるメンバーでまた樹海探索が始まった。
外縁部に傭兵崩れの残党はもういないと判断されたのだ。
そして、今回は外縁部ではなく、さらに中腹へと進むことになった。
日帰りでは不可能なほどに奥へと進む、つまり、樹海で一泊、お泊りということになる。
俺はもう、うきうき気分だった。
一人では進めない樹海の奥へと進めるということもあったが、それが許されたということは、彼らの信用を俺は勝ち得たことになるからだ。
以前なら、スリーマンセルに加えてお荷物一人、という感じだったろう。
今ではちゃんと一人の戦力と認めてくれたということなのだ。
「そうやって調子乗らないでね!」
またキャシーがせっかくの気分を帳消しにするようなことを言う。
とはいえ、樹海の中腹がどんな感じなのか俺には分かっていないので、どのみち慎重にはなるのだが。
「はーい」
「ほんとに分かってる? なんか反応が軽くない?」
「分かってるってば。キャシーは心配性なんだから」
リリアに心配かけたくないのよ、とキャシーは何度も繰り返した。
事あるごとに彼女はリリアのことを口にする。
まあ、その心づかい自体は俺にとってもありがたいことではあるのだが。
リリアはもういつ産気づいてもおかしくないらしい。
ノースライトとの国境からアランがまだ帰ってこないから、間に合うかどうか微妙なところだそうだ。
「ノルド、あんたはお兄ちゃんになるんだから、色々自重しないと」
「樹海から帰ったらもう六歳だしねぇ」
「そう言うとなんかおじさん臭く聞こえるわ……でもまだ六歳なのよね、そうよね」
大丈夫か、キャシー?
ちょっと会話するだけでぽつぽつと呟き始める彼女を見て、果たしてこれが部隊長でいいのか、と俺は疑問になる。
まあ、戦闘の技量自体には文句はないのだが。
そんなこんなで雑談を交わしながら、俺たちは樹海の奥へと進む。
いまだ魔獣どころか、シカやイノシシ、ウサギ一匹にすら出くわすことはなかった。
「なんか拍子抜けだなぁー」
獣道を歩きながら俺がため息を吐くと、「何が?」とキャシーから突っ込みが入る。
「奥へと進めば進むほど、こう、連続的に魔獣が出てきて、連戦で、敵の強さが上がっていって、ってな感じかなぁと」
「そんなことになったら奥まで行かずに引き返すわよ。体力持たないし」
俺みたいな戦闘狂の考え方してるな、とライネルが笑いながら茶化してくる。
そんなのはやだやだ、とディージィは首を横に振る。
まあ、樹海の奥のことを詳しく知らないから仕方ないじゃん、と俺は不貞腐れる。
だいたい、何時間こうやって歩いていると思っているのか、と。
「キャシーお姉ちゃん、野営の場所は決まってるんだよね?」
「そうよ、いくつかいつも使っている場所があるから、そこから一番近い場所を選ぶわ」
まあ、そういうことなら、野営を楽しむとしようか。
砦の外で食べる食事もちょっとした旅行みたいで気分が変わるというものだ。
結局、何度か休憩を挟みながら一日近く歩いたが、魔獣と出くわすことはなかった。
「で、ここが野営場所?」
「そう」
キャシーに指示されたのは、小さな洞穴だった。
まあ、確かに四方や上空を警戒しなくて済むから、洞穴は野営場所としてありなのかもしれない。
「中に何かいたりしないよね?」
「奥は浅いわ。まあ、中は毎回調べないといけないんだけど」
そう言いながら、索敵をかけたのが分かった。
同時に、覗き込むように彼女は洞窟の中へと進んでいく。
「何もいないみたいね」
洞窟は大人が十数人入っても何ら問題ないほどの広さではあったが、奥はそれほど深くはなかった。
入り口さえ警戒すれば済むため、確かに泊りにはうってつけのように思えた。
「ここってもう中腹なの?」
「ちょうど境目ぐらいかしら」
ほうほう、と俺は頷く。
「私とライネルが交代で見張りをするから、ノルドとディージィは休んでいいわよ」
日が落ち、辺りは漆黒の闇に包まれる。
夜食ということで、干し肉とパンを口にした。
さすがに子供の俺にとって丸一日歩き続けたのは体に堪えたようで、ほどよい疲れが眠気を誘う。
後で食べようと思って、干し肉をいくつかポケットに忍ばせる。
「ちょっと軽く寝ていい?」
「ちょっとどころか、朝まで寝てもいいわよ」
とはいっても、ごつごつした洞窟の中で横になって寝れるわけでもなく、背を壁に預けて眠ることにする。
何時間ぐらい眠ったのだろう、再び目を覚ました時、三人は火を囲んでいた。
「僕、どれぐらい寝た?」
「さぁ、三、四時間ぐらいかしら。まだ日は変わってないと思うわ」
洞窟の外は真っ暗で何も見えない。
感覚強化と索敵を組み合わせてみたが、外には何の反応もなかった。
「ちょっと外を散歩したいなー、なんて」
「駄目」
「ですよねー」
キャシーに否定されて、俺は仕方なく三人と同じように火を囲む。
「何の話してたの?」
そう問うと、ライネルがにやりと笑った。
「お前の話だな」
「何、何?」
「それは秘密だ」
そんなー、と俺は抗議の声を上げる。
だが、ライネルだけではなくディージィもにやにやするだけで結局教えてはくれなかった。
「しかし目覚めた瞬間に夜の樹海に出たいとか、ほんとお前は狂ってんな。これが単なる子供ならこっちもまともに取り合わないが、お前が言うとこっちも真剣に考えちまうよ」
「せっかくの樹海なんだから楽しまないと」
「その考え方がやべぇんだよ」
ライネルが肩を竦める。その様子を呆れたようにキャシーが眺めていた。
「ノルド、中腹は外縁部と違って魔獣の質が違うのよ。ここはまだ入り口だからいいけれど、さらに奥だと何が出てくるか分からないの」
血気盛んな俺を宥めるようにキャシーが落ち着いた声色で言う。
キャシーは心配性だが、まあ、そこらへんは理解はしている。
とはいえ、四人いれば、多少の魔獣はどうにかなるだろうと思っていた。
「外に出れないなら、何もすることがない……」
「ガキは寝ろよ」
「この時間になると自然と目覚めるようになっていて……」
「どーいうことだよ、それは」
ライネルが意味が分からないと呟く。
何年も夜に樹海に出るということを続けてきたために、自然と深夜に目覚めるようになっているのだ。
まあ、薄々彼らには樹海に俺が一人出ていることは気づかれているようだから、話しても特に問題はないのだが。
「仕方がないから、何か僕に面白い話してよ」
「はぁ?」
「そうだなぁ、ノースライトって強いの? 傭兵団ってどんなのがいるの?」
ノースライトで一番有名な傭兵団は藍鷹傭兵団というらしい。
三百名を超える大傭兵団で、実質ノースライトの傭兵の中では一強状態とのことだった。
後は中小の傭兵団がひしめきあっていると。
「ウェスクの一番は黒狼傭兵団でしょ。どっちが強い?」
「どっちもどっちだな。人数では藍鷹傭兵団だが、個々の力量では黒狼のほうに分があるな。二つ名持ちが黒狼には多いからなぁ」
へぇーと俺は相槌を打つ。
黒狼傭兵団には二つ名持ちが何人もいるのか。
「そういえば、赤狼傭兵団には二つ名持ちっているの?」
「いねぇな」
「何で?」
「二つ名がつくようなでかい戦争は、設立以来起こってないからなぁ」
なるほど。
しかし、もともと赤狼傭兵団の設立メンバーは黒狼傭兵団にいたのだから、そこで二つ名がついていてもおかしくないのでは?
そう質問すると、ライネルは困ったように顔を掻いた。
「アランの実力ならついてもおかしくねぇんだが、実力はパトリックのほうが上だったしなぁ」
「そのパトリックさんにはどんな二つ名が?」
「大剣のパトリック、だな」
「かぶったんだね……」
つまりアランは二番煎じになってしまっていて、より実力のある兄に二つ名を取られてしまったということか。
それはまあ、何というか、不幸というか、アランには同情する。
二つ名は傭兵であれ騎士であれ、戦うものにとっては勲章みたいなものだしな。
そんな雑談をしばらくしていると、夜はどんどん更けていった。
翌日も探索するのだからとキャシーに注意されて、俺とディージィ、ライネルは休むことになった。
しばらくキャシーが警戒を続けて、途中でライネルと交代するらしい。
座りながら寝るというのはかなり難しく、寝付くのに時間がかかったが、疲れが完全に取れていないということもあり、しばらくすれば俺も再び眠りについた。
その日、俺は夢を見た。
ハーミットと戦った戦場の光景だ。
巨大な槍がマークの胸を貫き、その鮮血が周囲に飛び散る。
ハーミットの攻撃でジークハルトが吹き飛ばされる。
騎士団長ルーベルトが何かを叫んでいた。
俺は体中を暗黒槍で貫かれ、地面に伏している。
俺は自らに祝福をかけ、持てる最後の力を振り絞って、双撃をハーミットに放った。
だが、届かなかった。
障壁に阻まれて、俺は反撃の暗黒球を喰らってしまう。
ハーミットがけらけらと笑っていた。
――お前の、ノルドの剣では我には傷一つつけられんよ
そこで夢はぷっつりと途絶えた。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
目覚めると、ライネルが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
汗で背中がびっしょりと濡れていた。
嫌な夢だった。
前世で俺は確実にハーミットを屠ったはずだった。だが、夢の中では俺の剣は届かず、まだハーミットは笑っていた。
剣を振るっていたのは、ワーウィック・エクスピアスではなく、ノルドだった。
だから、俺の力はハーミットに効かなかったのだ。
「うなされてたようだが……」
力が足りない。
まだ、子供のノルドではハーミットには届かないのだ。
それを俺自身がよく理解していて、それ故に、あんな夢を見ることになったのだ。
「おい、本当に大丈夫か?」
「あ、うん、問題ないよ」
「それならいいが」
ディージィが眠っていたキャシーを起こす。
洞窟の外はすでに白み始めていた。
「体が痛いわ」
キャシーがぶつくさと文句を言う。
洞窟の中で眠っていたのだから、仕方がないだろう。俺は子供ということもあってか、特に痛みは感じなかったが。
「さ、軽く食事を取ったら行きま……」
そこで、キャシーが何かを感じたように言葉を止めた。
ふいに、真剣な表情になる。
「最悪。囲まれているわ……」
刹那、ライネルが剣を抜く。慌てた様子でディージィがライネルの背後に回る。
俺も索敵をかけると、洞窟の外に三つの魔獣の反応があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます