第33話:デイサズ

 このジリク砦には、デイサズという名の爺さんがいる。

 長い髭が特徴の、砦内では参謀役と言われている爺さんだ。


 俺はそのデイサズを探して砦内をうろつき回っていた。

 樹海にはまだキャシー達と出られないから、昼間は訓練がないと暇なのだ。


 ライネルの話だと、デイサズという爺さんが赤狼傭兵団の創設メンバーの一人だと言っていた。

 他はアラン、そして部隊長の三人であるキャシー、ジャ―ヴィス、グレイル、それに加えてライネル、マーシャが一緒に黒狼傭兵団を抜けたということだった。


「おじいちゃんを探してたんだよ」


 どうにか見つけたとき、デイサズは砦の端っこで日向ぼっこをしていた。

 覇気もなく、ぼーっと空を見上げている。


「あ、なんだ。ノルドの坊主じゃないか、何か用か?」


 こんな爺さんが何で参謀役なんだ、と俺は思っていたが、こういった参謀とか戦略を練る人間は見た目の印象と中身が違うことが多いから、このデイサズという爺さんもそういった系統なんだろう。


「ちょっと色々と訊きたいことがあって」

「何じゃ」

「黒狼傭兵団のことを教えて欲しくて……」


 彼がくしゃりと笑うと、顔の皺がさらに深く刻まれた。


「アランかリリアに聞いたのか?」

「ライネルのおじさん」

「あぁ、あいつか」


 こんな子供に難しい話をしおって、とデイサズは苦笑した。


「で、黒狼傭兵団の何が訊きたい?」

「全部」

「まあ、暇だし、いいじゃろ」


 黒狼傭兵団は二百名以上の傭兵を抱えるウェスク王国では最大の集団だった。

 歴史も古く、五十年以上ウェスク王国で活躍しているとの話だった。


「今の団長はパトリック、お前の父さんアランの兄じゃな」

「ほんとに? じゃあ、僕の伯父さんじゃん」

「厳密にいうと違うな。アランとパトリックは血は繋がっていない。アランは養子だったからな」


 詳しく話を訊くと、アランは元孤児で、黒狼傭兵団の前の団長グレアに拾われたらしい。

 パトリックはグレアの実子だから、アランとは血が繋がっていないのだ。


「そうすると、お父さんはそのパトリックって人と仲が悪いの? だから黒狼傭兵団を抜けたの?」

「別に仲が悪いわけじゃないが、傭兵団の在り方については意見は異なるわな」

「ほうほう」


 黒狼傭兵団は傭兵という名を冠しているとはいえ、実質的には軍に近く、規律がかなり厳しいとデイサズは話した。

 ウェスク王国のために働くことを第一に行動しており、そのためには、戦場で味方を冷徹に見放すことも厭わない。


 アランや他のメンバーは、その割り切りを受け入れられなかった、と話した。


「アランは優しい男じゃからなぁ、どちらかと言えば傭兵団の仲間のことを家族と思っておる。仮にウェスクが敗戦することになっても、味方の生存を優先して撤退する選択をするじゃろう。最悪、ウェスクを離れることも厭わない。黒狼傭兵団はそうじゃないんじゃ」


 黒狼傭兵団は歴史が長いこともあり、ウェスク王国とのつながりが複雑でしかも強固なんじゃ、と付け加えた。


「おじいちゃんも黒狼傭兵団に不満があったの?」

「儂はそもそも外様じゃからな、黒だとか赤だとか関係なく、手厚くしてくれるほうにつく」

「外様って?」


 詳しく話を訊くと、どうやらデイサズはウェスク王国の生まれではないらしい。


「もともとはエステル連邦で戦略士をやっておった」

「西のほうの大国だよね」

「ウェスクの西にあるルービス共和国のさらに西じゃな。ルービスとはずっと戦争状態だった」


 戦略士とはその名の通り、戦争の際の戦いの戦略を練る役割だ。参謀との違いは、より戦争に特化して方針を考える役割といえば分かりやすいだろうか。


「何でウェスクに流れてきたの?」

「そこはあれじゃ、坊主には分からん政治的なしがらみで連邦にはいられなくなった。かといって儂の名前はルービスでも知られておったからな、ルービスにもおられん。西に向かって流れ着いたのがウェスクってだけじゃ」

「ふーん」


 まあ、戦略士ということであれば、政治的な中枢にもきっといたのだろう。

 戦争の敗因の責でも取らされたとか、そういうことなのだろうと俺は勝手に解釈した。


「で、黒狼傭兵団と、赤狼傭兵団のどっちが強い?」

「なんじゃ、その質問は」

「気になるじゃん」

「そりゃ、黒狼傭兵団じゃろ。規模が違うわ」


 アランの兄であるパトリックという男も相当な手練れではあるらしかった。団長同士で戦ったとして、アランとどっちが強いか訊いてみたが、おそらくパトリックのほうが強いということだった。


 アランより強い男か。

 機会があれば一度は見てみたいものだ。


「傭兵団同士で敵対しているってことはないんだよね?」

「それはないな。うちも別にあっちに対抗しているわけでもないし、そもそも黒狼傭兵団のほうもうちをそんなに気にしてはいないじゃろう」


 結局、規模も歴史も違う、という話だった。

 黒狼傭兵団からしてみれば、赤狼傭兵団など眼中にないといったところか。


 赤狼傭兵団自体が設立からまだ歴史が浅いということもあり、ウェスク王国内でも立場が強いわけでもないようだ。


 アラン自体が戦功を気にするような感じでもない。

 傭兵団同士でひと悶着あるようなら、今後、俺も気を付けないといけないと思っていたのだが、そういう危惧はなさそうだった。


「そういえば、何で赤狼傭兵団って名前なの?」

「あぁ、それはリリアが火魔法使いだからじゃな」

「どういうこと?」

「黒狼傭兵団を抜けた後、新しい傭兵団を立ち上げて名前を決めようとしていた時に、アランがリリアと出会った、それでリリアにぞっこんだったアランが、その火魔法から赤を取ったってだけじゃ」


 アラン、そんな理由で傭兵団の名前を決めたのか。

 単純というか、何というか、それぐらいリリアに惚れこんでいたのか。


「狼は?」

「ウェスク王国では狼は戦の神として崇められておる。だからじゃな」


 ほー、と俺は納得する。

 それぞれの国に、戦の神として崇められている獣がいるらしかった。

 例えばノースライト王国は鷹が祭られているんじゃ、とデイサズは教えてくれた。


「で、そのノースライトのほうはどうなの?」

「どう、とは?」

「大きな戦争は最近はないって聞いてるけど」

「どうじゃろうな、あっちの継承権争い次第じゃな。内部で揉めてるうちはいいが、片がついたらすぐに動くじゃろうな」


 つまり、王位継承権を持つ誰かがウェスクとの戦争に出ると、その留守を狙ってノースライト国内で反乱が起きかねない、それ故に戦力を外に出すわけにはいかないということだ。


 まあよくある話だな、と俺は思った。

 そのごたごたがあと一年で終わるか、五年になるかは分からんが、と彼は付け加える。


「坊主、お前さん、そんなことに興味を持つのはまだ早いぞ」

「いいじゃん、気になるんだから」

「スタンピードのときは魔獣を何体も仕留めたそうじゃな。だからといって戦場に出られるわけじゃないんじゃぞ」


 はいはい、と俺は適当に受け流す。

 戦場に出たいのはやまやまだが、まあ、それが難しいことも理解はしている。


 とはいえ、状況の把握は重要だ。


「で、実際のところ、ノースライトが本気で侵攻してきたらウェスクは勝てるの?」

「単純な力比べならウェスクに分があるが、戦争はそんな簡単なもんじゃないしのぉ」


 ノースライトの背後にはトリスタン教国の影がある、そうデイサズは言った。

 唯一審トリスタンを崇める宗教は各国で分派状態にあり、ウェスクの信者が厳密にトリスタン教国の指示に従うわけではない。結果、ノースライトは教国寄りだが、ウェスクは違う。だから、教国はウェスクのことを快く思っていないという話だ。


 宗教は複雑なんじゃ、と彼は説明した。


 加えて、ウェスクは西のルービス共和国と同盟関係にあるが、もしエステル連邦との戦端が同時に開かれれば、彼らからの援軍は期待できない。単独でノースライトと教国の二か国を相手にしなければならない事態も想定されるのだ。


 結局のところ、国同士の戦争は単純な力比べだけでは済まなく、他国との関係も影響してくるということだった。


「戦場には何歳ぐらいから出られるんだろ」

「お前さん、何歳じゃ」

「まだ五歳だけど、もうすぐ六歳」

 

 それを聞いてデイサズはけらけらと笑う。

 お飾りの指揮官役の王族なら出ても不思議じゃないんじゃがな、と俺にはどうしようもないことを言われた。


「でも、傭兵ならまだ成人前でも戦場に出ることはあるでしょ?」

「子供が戦場に駆り出されるのはそりゃ末期じゃな。それでも十歳かそこらじゃろう。そもそも戦力にならん」


 まあ、その心意気を持ってるだけでもすごいことではあるがな、と彼は苦笑する。


「戦力になれば出られるかな?」

「子供の手を借りるほど、ウェスクも赤狼傭兵団も追い詰められとらんわ」

「おじいちゃんが推薦してくれればどうだろ」


 儂に期待するな、と釘を刺される。

 この前、ノースライトの傭兵崩れを五人殺した、と言えば評価は変わるのだろうが。


 マーシャに口留めするように言われているので、それを明かすこともできない。


「子供は今のうちに遊んでおけ。将来どうなるか分からんのじゃからな」


 まあ、まだすぐにノースライトとの戦争が始まるわけではなさそうだから、戦場に出れるように工作するのはおいおい考えるとしよう。

 

 この傭兵団の中で俺への認識を大きく変える何かがあれば、戦場に出られるかもしれない。

 リリアは反対するだろうが、戦える力があるのにそれを行使しないのは、俺の矜持に反する。


 戦争が起こらないほうがいいのは分かっている。

 だが、傭兵団というものが維持されている以上、それはいつか起こりうることとして誰もが理解しているのだ。


 ノルドとして生まれた以上、俺がその道を進むのはある程度定められた運命なのだ。

 いずれは、仇敵ハーミットとの再戦をしなければならない。


 だが、それまでの間は、俺は赤狼傭兵団の一員として、この大陸を生き抜いていかなければならない。

 できる限りのことをしよう、そう俺は心に決めていた。

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