第32話:複合魔法

 残念なことに、しばらく樹海の昼間の探索は中止になった。

 まあ、仕方がないだろうと俺は納得はしていた。傭兵崩れとの戦闘は、砦に警戒を促すには十分だった。


 というわけで、しばらくは俺は謹慎という体裁で砦の中で大人しくしていることになる。

 今日は体調不良のリリアの代わりに、ディージィが魔法の訓練に付き添ってくれることになった。

 とはいえ。


「で、ディージィ姉ちゃん、火魔法は使えないんじゃ……」

「そうなんだよねぇ」


 どうしょうかなぁと顎に人差し指をあててディージィは考えているようだ。

 リリアが急に体調が悪くなって代理で呼ばれたのだから、事前に何も予定していなかったとしても仕方ない。


「じゃあ、お姉ちゃんの風刃を斬り落とす練習していい?」

「うん、駄目かなぁ」


 ですよねぇと俺は自分で提案しておいてあっさりと引き下がる。

 ディージィはどこかぽわぽわとはしているが、ちゃんと大人としての良識はあるらしい。

 

「ノルドくん、風魔法の訓練してみる?」

「うーん、あんまり興味ないなぁ」

「複合魔法はどう?」

「え?」


 その発想はなかった。

 要は、彼女の使う風魔法と俺の使う火魔法の複合魔法の訓練をしようという話だ。


「樹海にはまたキャシーやライネル、私と一緒に出ることになると思うんだけど、複合魔法が使えれば便利な場合もあるかなとお姉ちゃんは思うんだけど」

「それ、いいかも」


 俄然やる気が湧いてきた。

 どうしても剣士としての視点しか持っていなかったから、ディージィとツーマンセルで行動する場合、前衛して行動する気しかなかった。ライネルが前衛をしてくれるのなら、二人で後衛として魔法を使うのはありだ。


「風と火の複合魔法っていえば、やっぱり火炎竜巻だよね!」

「それは私には無理……」

「えー」

「お姉ちゃんはそもそもそんな上級風魔法使えないし、ノルドくんだって炎波はまだ使えないでしょ」


 炎波はその名の通り、炎の津波を起こす中級魔法で、広域範囲殲滅型の魔法だ。

 自分でどうにか覚えられる魔法ではないし、そもそも今の俺の魔力量的にまだ足りない気がする。


 ディージィに訊いてみると、炎壁が二十発ぐらい打てるのなら使えるんじゃない? と絶望的なことを言われた。

 今の俺では五、六発が限度だ。


 いいんだ、別に使えなくても。

 俺は剣士だしな。


「じゃあ、何するの?」

「炎弾と風刃の複合魔法で、炎刃とか」

「それって強いの?」

「単体よりは、いくらかは、ね」


 前世でも見たことがなかったので詳しく聞いてみると、風刃単体であれば盾で防がれたとしても、炎で延焼させられるとのこと。


 風刃はどうしても盾持ちに対して弱い。

 そこを炎で補おうということらしい。


「まあ、とりあえずやってみましょ。思っているよりも難しいかもよ?」


 まずはディージィが風刃を発生させる。

 発射はせずにそのまま空中で待機させ、その風刃に重ねるように俺が炎弾を発生させるようだ。


 そもそも風刃は目に見えない。

 魔力の波長を感じて位置を把握する必要があった。


 これがなかなか難しい。

 位置が少しでもずれると成功しない。


 じゃあ、先に炎弾を発生させて風刃を重ねればいいんじゃないかと言ったが、それだと風刃が炎弾を斬り裂いてしまうようだった。


 魔力の波長を捉えようと繊細な作業をするのにどうしても時間がかかってしまう。


「これってさ、この作業をしている間に、炎弾も風刃もとっくに打ち出せるよね?」

「そーね」

「じゃあ、駄目じゃん」

「だからその連携を訓練するんじゃない」


 結局、時間はかかったが、どうにか炎刃を発生させることはできた。


「うーん、これなら一人で風魔法と火魔法を覚えたほうが効率がいいような……」

「たとえ複数属性持ちでも、一人で同時に違う属性魔法を放つのはもっと難しいよ。それこそ大陸で数人とかいうレベルじゃないかなー」


 たしかに、と俺は首肯した。

 そういえば前世でも一人いたかどうか、そんな感じだった。いない、というわけではなかったが。


「じゃあ、次は炎環とかどうかな?」

「何それ」

「風の壁を周囲に円状に発生させる風環の魔法と同時に、炎壁を同じように四方に発生させて。それで全方位を守る炎と風の防壁の出来上がり」


 それって炎壁を四角く発生させるのと何が違うのだろう、と質問してみる。


 風環は主に敵の矢や魔法を防ぐために用いられる風の壁だ。一方で、敵の突撃に耐えうるほどの風を発生できるわけではない。


 逆に炎壁は敵の侵入は防げても、矢や風刃を防ぐことができるわけではない。


 そういうお互いの魔法の弱点を複合魔法で補うということだった。


「へー、いいじゃん」

「理解できたなら、やってみよっか」


 原理は炎刃と同じだ。先に風環を発生させて、同じ位置に炎壁を発生させる。ただし、炎壁は一方向なので、周囲すべてに発生させるとなると四つの壁を一気に生成する必要がある。


 炎環は意外とあっさりと成功した。

 さっきの風刃と違って、風環はある程度肌で風の流れを感じ取ることができるし、多少位置がずれていても問題ない。

 

 とはいえ、炎壁を四つ同時に発生させると魔力がごっそり持っていかれた。


「うーん、これはこれでいいけど、使いどころが限られるかなぁ」

「だよねぇ」


 というわけで、俺の魔力はほぼ底をついてしまった。

 仕方なく、今日の訓練は終わりになる。


 複合魔法の勉強ができたのは僥倖だったが、結果としてせめて中級魔法が使えないと魔法士同士の連携は難しいということが分かった。


 戦場だと火炎竜巻あたりは広域殲滅型の魔法として重宝されるのだが、中級・上級魔法持ちが二人いないと無理というのはやはり難易度が高い。


 解散しようかとも思ったのだが、せっかくディージィが付き添ってくれているのだ。

 もう少し、何かできればいいのだが。


「お姉ちゃんは風弾とか使えないの?」

「使えるけど、威力がね」


 風魔法の世界では、風刃よりも風弾のほうが扱いが難しい。

 その割に、威力が釣り合わないのだ。


 風の球をぶつけて相手を衝撃で吹き飛ばすことはできても、ただそれだけなのだ。

 一方で風刃であれば確実に相手を出血させられるし、当たり所によっては相手を無力化させることができる。


 簡単に放てる風刃があるのに、わざわざ面倒で威力の低い風弾を使う必要性がないのだ。

 それ故に好き好んで風弾を使う魔法士はいない。


 とはいえ。

 その威力のなさが今回の場合は利点になったりもする。


「風弾を斬る訓練がしたいんだけど」

「ごめん、ちょっとお姉ちゃんには理解が追いつかないんだけど」

「いや、そのままの意味で、風弾を斬りたいんだけど」

「どうやって?」


 どうやらディージィには風を斬るという発想が思いつかないようだ。

 厳密には剣で斬るわけではない。

 魔力の剣戟で斬るのだ。


 今のところ、俺の飛斬は飛距離も短くて実戦には使えない。

 だが、魔力を乗せた斬撃はわすかではあるが発生できてはいるのだ。

 つまるところ、魔法は斬れる。


 飛斬のことは知られたくなかったのでそこはぼかして、斬れること自体を丁寧に説明してみるとディージィもやっと理解できたようだ。


「樹海でも思ったんだけど、ノルドくんは、その、あれだね、本当に天才なんだね」

「そう?」


 前世では結構普通のことだったのだが。

 別に俺だけができたわけではない、他の皇国の騎士たちも得手不得手はあっても多少はできた技術だ。


「まあ、風弾なら大丈夫。そもそもお姉ちゃんの風弾の威力は低いし」

「じゃあやろう、やろう」


 俺は木剣を両手に持ち、態勢を整える。


 そして、訓練場である程度距離を取り、ディージィが風弾を射出した。

 不可視の風の球が俺に迫る。


 目には見えない。

 だから、感覚強化で風の流れを感じ取り、同時に、魔力の波長を汲み取る。


――飛斬


 袈裟懸けではなく、垂直に剣を振り下ろす。

 風弾の衝撃は俺には当たらなかった。


 一発で成功。


 実際に剣で斬っているわけではなく、その剣戟の外側に発生した魔力の斬撃で斬り裂いているわけだから、手ごたえはない。


「本当に斬っちゃうんだ……」

「当然!」


 やっぱり魔法の訓練をしているより、剣の訓練をしているほうが楽しい。

 彼女の反応も妙に新鮮だ。


「お姉ちゃん、何発まで同時に撃てる?」

「うーん、風弾は慣れてないから、二発が限度かな」

「じゃあそれで。順番に撃つんじゃなくて、別方向に二発撃ってみて」


 今度は連撃になる。

 V字に射出され、俺を狙って飛んでくる風弾を正確に把握する。


 俺の持つ短剣では、一振りで二つの球を同時に斬り落とすことは不可能だ。

 だから、手数で対応する必要があった。


――斬環


 体を回転させてまずは右の風弾を斬り裂いた。そのまま中空で体を捻じり同じ剣で、左の風弾を迎撃する。

 ぎりぎりだったが、どうにか対処することができた。


「おぉー、すごいね」

「あぶな」


 斬環に飛斬を乗せているので、名付けるとすれば飛斬環といったところか。

 そういえば前世でも使ってはいたが、別に名前など付けていなかったなと独り言ちる。


 とそこで俺は致命的なことに気づいた。

 なぜ俺は斬環で対応しようと思ったのか。二刀流なのだから、それぞれの剣で斬り落とせばよかったのに。


 そこまで考えて、俺は自分が完全にノルドの体に準じた思考に染まっていることに気づいた。


 そうなのだ。

 前世の俺なら間違いなく斬環など使わずに、普通に両手の剣でそれぞれを斬り落としていただろう。


 それができないことが薄々分かっていたから、自然と斬環を選んだのだ。


 残念ながら、今のノルドでは飛斬を同時に両手で放つことができない。

 どうしても溜めが必要なのと、威力の関係で利き腕の右の剣でしか飛斬を使えないのだ。


 あぁ、俺はやっぱりノルドに生まれ変わったのだ、と思い知らされる。


「どうする? もう少し続けてみる?」

「あ、はい、お願いします」

 

 それから数回、風弾を斬る訓練にディージィは付き合ってくれた。

 成長していることは嬉しかったが、同時に、前世の力を取り戻すのには先が長いなと俺は少し落ち込んだ。

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