第26話:樹海の探索2
樹海の探索は二日目を迎えた。
俺としては樹海で夜を過ごしてもいいと思っていたのだが、スタンピード直後ということもあって、日帰り探索ということになってしまっていた。
今日は少し南のほうに足を向けることになっていた。
「はい、もう一回言って」
「僕は戦わず、後ろで黙って隠れています」
「よろしい」
キャシーがふくれっ面で俺に再度念押しをする。
さっきゴブリンの群れと遭遇した際に、俺が勝手に炎槍を放ったから、怒ってしまったのだ。
「だってさー、余ってたじゃん、一匹」
「そういうことじゃないでしょ。ディージィが風刃で仕留めようとしてたのをあんたが横取りしたんじゃない」
「炎槍を使いたかったんだもん」
樹海を昼間に探索するのはさすがに五歳の体には堪えるようで、体力がなくなって、夜間は泥のように眠ってしまって一人訓練ができないのだ。
せっかく覚えた炎槍を魔獣相手に使ってみたかったのだから、これぐらいは許してほしい。
「だもん、じゃないでしょ。リリアに言われたでしょ、前に出ちゃいけないって」
「前に出てないし。後ろからだし」
「そーいうことじゃないんだってば」
まあ、そうですよね。はい、すいません。
俺がちょっと反抗的な様子を見せると、キャシーも少し拗ねてしまった。
「キャシー、それぐらいにしとけって。別に後方から魔法をぶっ放しているだけなら、危ないってわけでもねぇんだし。そもそも、俺はゴブリンごときに抜かれたりはしねぇって」
「何かあったらアランとリリアに申し訳ないでしょ」
「ディージィもいるんだし、これぐらい問題ないだろ。ていうか、そもそも、アランには多少の戦闘は大丈夫だろ、って言われてるはずだ」
よし、頑張れ、ライネル。俺はお前を応援するぞ。
「まあ、今のは少し数が多かったからちょっと手間取った私が悪いのよ、そう、私のせい」
キャシーは自分を無理やり納得させるようにぶつぶつと呟く。
ちょっと可哀そうだったかな、と少し反省する。
「しかし、思ったよりも魔獣の数は少ねぇな」
ライネルがあたりをきょろきょろと見回す。
「確かにもう少し残っているかと思ったんだけど、どうやら中腹までの魔獣はあらかた外に溢れたんじゃないかしら」
キャシーの言葉を聞きながら、俺はまた索敵をかけてみたが、やはり反応はもうなかった。
さっき遭遇したゴブリンは例外だったようだ。
この分だど、戦闘になる可能性は低いかもなぁ、と俺は少し残念に思った。
今日も樹海の散歩になりそうだ。
「キャシー、どうする? このまま外縁部を中心に歩き回ってみるか? それとも少し奥に行って様子をみるか」
「少しだけ奥の様子を見てみよう」
ライネルの提案にキャシーが賛同する。
その時に、彼女はちらっと俺を見て、目で合図をした。
合図というか、戒めだな。
さっき言ったこと忘れてないわよね、ってことか。俺は肩をすくめて、はいはい、と首を振った。
少し奥に進むと、すぐさま索敵に反応があった。こいつは、おなじみのアレだな。
「ブラッディベアよ!」
キャシーが声を上げ、全員が戦闘態勢になる。
「よし、ここはいったん僕にまかせて……」
「は?」
「え?」
俺の言葉にライネルとディージィが目を丸くした次の瞬間、キャシーに頭を強く叩かれる。
「放置して、回り込むに決まってるでしょう。なんでわざわざ戦わないといけないのよ。なるべく戦闘はしないって言ったでしょ」
冗談なのに。
もう、キャシーは俺のお茶目な冗談も見逃してくれないんだから、本当に真面目で困ったものだ。
「まあ、僕は見てるだけとして、三人ならブラッディベアぐらい簡単に仕留められるんでしょ。わざわざ逃げる必要ないじゃん」
自分で戦えないなら、せめて三人の戦い方を観察させてもらおうと思ったのだ。
ゴブリンや狼ぐらいでは、見る分にも楽しめたとはいえない。
「いいじゃん、やっちまおうぜ。それに、そのほうが勉強にもなるだろ」
さすが、ライネル。斬り合ってるだけのほうが楽でいい、と言い切ったことだけのことはある。
脳筋はこういうときに頼りがいがある。
第一部隊長のグレイルに負けない、と言っていた腕前を見せて欲しいものだ。
「分かったわよ、もう。ノルドは少し距離を取ってなさいよ」
よし、いい感じだ。ええ、俺は後ろで楽しく拝見させてもらうことにする。
「俺が前に出るから、キャシーとディージィは援護とノルドの保護をよろしく」
草むらから、ブラッディベアが姿を現す。大きさは中型ぐらいか、さして脅威にはならないだろう。
ライネルがブラッディベアと向かい合って、じりじりとお互い距離を詰める。
ブラッディベアは二本足で立ち上がると、大きく吠えた。
「グルァァァア」
咆哮の終わりとともに、ブラッディベアが突進してくる。
次の瞬間、キャシーの放った矢がブラッディベアの左目に突き刺さった。相変わらず、彼女の弓の精度は異常だな。
「グルォォォ」
ブラッディベアが悲鳴を上げる。
足が止まり、前足で顔を掻きむしった。
その時にはすでにライネルがブラッディベアの横側に回り込んでいた。
大きく剣を振りかぶり、一刀のもとに右前足を斬り落とす。
彼は倒れこんだブラッディベアの首筋に、剣を突き刺し、一気に引き裂いた。
「グルァァァアアアアアアア」
断末魔の叫びが樹海に響く。
たった三手で彼らはブラッディベアを仕留めてしまった。
中型だったから、まあ、その程度の相手だったという側面もあるが、それでもその三手の中で感心する部分はあった。
まずはやはり、キャシーの矢の命中率だろう。
狼との戦闘でも明らかだったことではあるが、彼女が外すイメージが湧かない。矢を放つ一連の動作は流れるように速やかであり、その威力も申し分ないものだ。
次に、ライネルの剣士としての実力か。
ブラッディベアの堅い表皮をものともせず、一刀で足を斬り飛ばす力は素晴らしい。おそらく、キャシーの援護がなくとも、一人でブラッディベアなど造作もなく屠れるだろう。
最後は、キャシーとライネルの連携か。
キャシーとライネルはお互いがお互いの役割を理解しており、目で意思疎通を図ることなく、協働していた。
これは、彼らが同じ第三部隊であるというだけではなく、今まで長い間一緒に戦ってきた経験の蓄積の賜物に違いなかった。
いやぁ、一瞬だったが、いいものを見せてもらった。
惜しむらくは、ディージィの能力がいまだ未知数なところだが、彼女の役割の主たる部分は聖魔法で回復をすることにあるので、俺を守るように立ち回っていたから、そこは残念だが仕方がない。
ただ、これなら、俺が一人単独で暴れ回っても、三人は三人でうまく連携を取って立ち回ってくれるというものだ。
恐れていたのは、三人の連携がちぐはぐで、何かあったときに、俺が三人のサポートに回らなければならないという状況だったが、それはなさそうだと判断し、俺は少し安心した。
同時に、俺がこの三人と戦って勝てるかどうか、ということを想像してみたが、ちょっと無理そうだな、と思った。
まず、キャシーとの相性が悪すぎる。
距離を取られて、矢をあの精度で放ち続けられたら、こちらは削られておしまいになる。
接近戦に持ち込もうにも、ライネルに防がれるだろう。そもそも、ライネルはさっきのブラッディベアとの闘いで身体強化を使った形跡はあったが、戦技は使ってはいなかった。手の内が分からない以上、俺は攻めきれないと言えた。
せめて飛斬がもう少し使いものになればなぁ、というところだが、そこはまだ仕方がない。
だが、この三人に加えて俺の四人ということになれば、大抵の状況には対応できそうだと思った。
相性がいいのだ。俺は接近戦主体ではあるが、炎弾や炎槍で中距離も対応できる。ライネルは同時に二人を守ることはできない。その穴を埋めることができ、ちょうどこの三人の足りない部分をカバーできるのだ。遊撃としても俺は役に立つだろう。
この情報が得られただけでも、ブラッディベアの戦いを見学する価値はあった。
「何黙ってるの。私たちが強かったからびっくりした?」
キャシーがにやにやした様子で俺の顔を覗き込む。
「まあ、そうだね」
「何その上から目線」
「いや、ほんとに、ライネルは強いなぁと思ったよ」
え、それ私は褒めてないじゃん、とキャシーが頬を膨らませて抗議する。
俺はそれを無視して、樹海の奥へと歩みを進める。
「さ、次いこ、次、次」
「ちょ、待って……」
何なのよもう、とぶつくさ言いながらキャシーが俺の後をついてくる。
俺はふと思いつき、ライネルに声をかける。
「ねぇねぇ、ライネルおじさんはどんな戦技が使えるの?」
「戦技?」
「そうそう」
そうだなぁ、とライネルは逡巡した後、
「機会があったら、また実際に見せてやるよ」
と彼はにやりと笑った。
えー、と反抗しては見せたものの、ライネルは頑として教えてはくれなかった。
まあ、どんな戦技が使えるかはおいそれと人に話すようなことでもないからな。手の内を明かすということになる。とはいえ、子供の俺には教えてくれるかと思ったのだが。どうせ、他の二人は同じ部隊だから知っているんだろうし。
たぶん、教えたくないというよりは、彼なりに実際に見せて俺を驚かせようと思って、口では言わないだけなのだろう。残念。
それから数時間、樹海の中を探索はしてみたが、特に魔獣と出会うこともなく、俺たちは帰途につくことになった。
これじゃあ、樹海に単に散歩に出ているだけで、俺、何にもしてないじゃん、とちょっと悲しくはなった。
今日やったことと言えば、炎槍をゴブリン一匹に撃っただけだった。
まあ、彼ら三人の戦いを見るのは楽しかったからよしとすることにする。
今は信頼を勝ち取ることが重要なのだ。樹海に出しても問題ない、ということになれば、これからいくらでも機会はある。一人では躊躇する樹海のさらに奥へと連れて行ってくれるかもしれない。
とりあえず、二日目の成果としては十分かな、と俺は独り言ちた。
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