第25話:樹海の探索1
ついにこの日がやってきた。
正式に樹海に出られるのだ。あまりの嬉しさに昨夜の野外訓練は自重したほどだ。
編成はフォーマンセルで、索敵と後衛のキャシー、前衛の男性ライネル、魔法士の女性ディージィ、そして俺という組み合わせだ。
いや、実際、キャシーたちにしてみれば実質スリーマンセル+お荷物の俺、といったところだろう。
「ノルド、何度も言ってるけど、絶対私の命令には従うこと、いいわね?」
キャシーが俺の肩をがしっと掴み、じっと俺の目を見つめてくる。
「分かった!」
子供らしく元気よく答える俺を、キャシーがジト目で睨んでくる。
「何か、信じられないのよね、その顔が」
顔だと?
この幼い顔のどこに疑う要素が見られるというのだろうか。
「もうすぐ六歳なんだから、キャシーの言ってることはちゃんと理解できるよ、僕は」
「そうね、その六歳だからっていうのが、不安なのよね。すぐ飛び出しそうで。ていうか、スタンピードのときも私の言葉なんか聞かなかったっていう前例があるじゃない」
「あれはあれ、これはこれ、だよ」
不安だわぁ、とキャシーはため息をつく。そんなに心配されても困るんだが。
「そもそも、私は子供、苦手なのよ」
「え、僕のこと? こんなに愛らしい子供なのに」
「そーいう生意気なところよ! ともかく、前に出ないでね!」
子供であることは差し引いても、キャシーも俺の戦いを南門で散々目にしているはずなのだから、戦闘面で心配されることはないはずだ。
「まあまあ、キャシー。その辺でいいじゃないか。ノルドくんの戦いはこの目で見たが、外縁部を回るだけなら、全然問題ないだろ?」
おぉ、素晴らしい援護射撃。悪くないな、この男は。
ライネルは黒髪の剣士で、片手剣とラウンドシールドという模範的な前衛タイプだ。年は三十手前といったところか、薄く生やした髭が男前をさらに引き立てている。
赤狼傭兵団は比較的年齢が若い。二十代後半から三十代前半が一番多いだろう。
体力的には主戦力で一番脂の乗った年頃とはいえ、経験豊富な年齢層の四十代が薄い。爺さんのデイサズを除けばアランが年長者になるだろうか。
そういえば、いつ頃傭兵団の立ち上げがあったのかは知らないなぁと俺は思った。
「ですよねぇ、炎槍が使える時点で中級魔法士クラスじゃないですか、十分援護してもらえるぐらいですよ」
ディージィもライネルの言葉に同意してくれる。
でも、俺は剣士なんですけど。
彼女は倒れたリリアを地下壕に運んでいたために、俺がサイクロプスやオーク、ゴブリンを仕留めたところを直接は見ていない。どちらかといえば、訓練場で火魔法を使っている俺のほうが認識としては強いのだろう。
「まあ、いいわ。魔獣とはなるべく接触しないように移動するから、戦いはなるべく避けること」
キャシーに言われて、少し残念に思った。
とはいえ、ガンガン狩りまくろうぜ、と俺が言ったところでキャシーは許可はしてくれないだろう。
「魔獣はともかくさ、イノシシとかはどうするの? 狩って肉を持って帰るの?」
「スタンピード後の樹海の様子を見ることがメインだから、狩りはしないわ」
そうなのか、と再び落胆する。
まあ、今さらイノシシ狩りをしたい年頃でもない。何て言ったって俺も来月には六歳だからな!
ライネルの技量を見たいというのは少しあったが。
キャシーが索敵をかけながら、樹海の奥へと進んでいく。
隠すことでもないので、俺も一緒に索敵をかけていたが、やはり哨戒をメインにする歴戦の傭兵とは練度が違うようで、キャシーのほうがはるかに広い範囲で魔獣の位置を把握できていた。まあ、ショックではない。俺はあくまで剣士だからな。
最近は魔法ばっかりだからか、双剣使いとしての矜持を失いつつあって、剣士だと自分に言い聞かせることが多くなった。
そう、早く双剣を手に入れたいものだなぁ、などと思いながら樹海を進んでいた。
「ノルドくんは何で二刀流を選んだんだい?」
索敵をかけながら歩いていると、ライネルがふいに俺に声をかけてきた。
「え? かっこいいから?」
「かっこいいか。てっきりアランと同じように、両手剣というか、大剣使いになるんじゃないかなぁと思っていたんだけどね」
「あー、お父さんと同じ道っていう」
「そうそう」
そもそも、俺は前世で二刀流を自ら選んだわけではない。
騎士団長ルーベルトから与えられたのが、家宝の双剣ツインエッジだったから、だから二刀流を習得せざるを得なかっただけだ。先に双剣ありき、そういう背景があった。
だが、それを後悔はしたことはない。
二刀流には二刀流の長所があり、双剣ツインエッジはその長所を最大に生かしてくれた。
片手剣や両手剣に比べて修練は厳しいものだったが、俺は第一騎士団、いや、皇国随一の強さを得ることができたのだ。
今さら、片手剣や両手剣を習得しようとは思わない。
二刀流の、双剣使いとしての高みにさらに上り詰めれば、今度は一人でもハーミットを屠ることが可能だという自信があった。
何より、この新しいノルドの命を得て、幼い頃から修行ができているのは素晴らしいことだった。
前世で初めて剣を握ったのは十歳の時だったのだから。
「ライネルさんは、二刀流のことをどう思ってるの?」
「うーん、難しい質問だなぁ。そもそも二刀流使い自体が珍しいからね。ただ、扱うのが難しい剣術だとは思うよ。俺には無理だな。例えば、敵と斬り合うにしても、俺の場合はまず盾で相手の攻撃をいなすという選択肢が取りやすいが、二刀流だとその技術が難しい。剣でいなすのは技量がいるからね。しかも、相手が両手剣だと、まず間違いなく力負けするだろう」
ですよねー、と俺はふむふむと頷く。
「片刃の剣を使って、腕ごと弾くっていう方法もあるんだけど」
「へー、よく知ってるね。アランは二刀流にも造詣があったのか。てっきりアランは力押しのタイプかと思っていたよ」
どうやらアランから教えられた知識だと誤解を受けたらしい。
まあ、訂正するほうがおかしいので、俺は黙っていた。
「ほら、でも、二本あれば、片方の剣が折れても、もう片方の剣で戦いを継続できたり、するし」
実際のところ、片方の剣が折れてしまえば、双剣使いとしては片腕をもがれたも同じだ。
そもそも、片手剣で普段から戦っていないのだから、バランスがうまくとれず、同じ片手剣の剣士のようには戦えない。気休めといったところだ。
「ところで、ライネルさんはなんで赤狼傭兵団に入ったの?」
「あぁ、俺? アランについていって、黒狼傭兵団を抜けたから、その流れで、まあ、それだけだな」
おお、また出た、黒狼傭兵団。地下壕でもその話を聞いたな。
「ということは、マーシャおばさんも一緒に?」
「あぁ、そうだ。他にも何人か抜けて、一緒に立ち上げたのが赤狼傭兵団だからな」
マーシャが言っていた、アランの父親が黒狼傭兵団にいたと。
「他って?」
「部隊長全員と、あとデイサズの爺だな」
つまり、創設メンバーのほとんどが傭兵団の中で要職についているってことになるのか。
あれ、そうするとこのライネルだけが部隊長にもならず、参謀というわけでもなく、アランの開く会議とかには出席していないことになる。
「お、何で俺が部隊長になってないんだ? って顔してるだろ」
「ばれた」
「俺はなぁ、隊長って柄じゃないんだよ。人に命令するのは好きじゃないんだ。斬り合ってるだけのほうが楽でいいってな。分かるか、ノルドくん。子供には分かんねぇか。けどな、剣士としての腕前なら第一部隊長のグレイルにゃあ、負けないぐらい強いんだぞ」
へぇ、と俺は相槌を打ちながら、別の疑問に向かい合っていた。
グレイルもジャ―ヴィスもキャシーもそれなりに強い傭兵だと思うのだが、抜けるときに揉めなかったのだろうか。
というか、そもそもアランはなぜ父親のいた黒狼傭兵団を抜けることになったのか。
「ねぇ、それって……」
言いかけたとき、先頭を進んでいたキャシーが振り返った。
「複数の反応があるわ。真っすぐこっちに向かっているから、このまま進めば接敵する」
俺も索敵をかけてみるが、反応はない。射程外なのか、かなり先にいるようだ。
「どうする? 予定通り引くか?」
「かなり足が速い。狼系かもね。こっちが風上だからすでに気づかれているかもしれない。迎え撃ったほうがいいかも」
ライネルの問いを否定したキャシーの指示で、迎撃の体勢を取ることになる。
「ねぇ、狼って夜行性じゃないの?」
「普通はね。というか、そもそも狼系は理由は分からないけれど外縁部には出てこないのよ。本来は、中腹か、さらに奥が生息地なんだけど、こんなところまで出てくるなんてスタンピードの影響なのかも」
そういうことか。今まで夜間の樹海で狼系の魔獣には出会ったことはなかった。
狼なんて一般的な獣だと思うが、なぜ外縁部にはいないのだろうか。
餌となるイノシシやら何やらは外縁部に溢れているというのに。
「来るわよ。数は三」
阿吽の呼吸で、ライネルが前に出る。
キャシーが弓を構えると、流れるような動作で矢を放つ。
おいおい、敵はまだ視界に入っていないんだが。
「まずは一匹」
キャシーが冷静に呟く。
次の瞬間、木々の間を抜けて二匹の狼が姿を現す。
深紅の瞳をした狼は、それが単なる獣ではなく、魔獣であることを示していた。
え、さっきの一射で本当に一匹仕留めたのか?
「ライネル、先頭の一匹をお願い!」
キャシーの指示に従って、ライネルが前に駆ける。
飛びかかってきた狼をラウンドシールドで叩き落すと、構えていた片手剣を喉元に突き刺した。くぐもった狼の悲鳴が樹海に響く。
ライネルの戦闘に目を奪われている間に、すでにキャシーは第二射に行動を移していた。
放たれた矢が、最後の一匹の眉間に刺さり、頭蓋を貫通する。
「はえぇー」
自然と俺の口から感嘆の言葉が漏れる。
介入する余地がまったくなかった。
隙を見つけてどうにか一匹ぐらい相手をしようと思っていたのだが、その隙間すら見つけられなかった。
「終わったわね」
「キャシー、凄いんだね」
「当たり前でしょ」
さすが部隊長を任されることだけはある。
指示の的確さもそうだが、本人の技量も俺の想像を超えたものだった。
弓の飛距離、精度、威力、どれをとってみても、一流の射手といえた。
頭蓋を貫通することからみても、普通の威力じゃない、何らかの戦技なのだろう。
皇国でも数えるほどしかいないレベルの弓使いだ。
「これで分かった、ノルド? あなたは後ろで見てればいいの」
何でもない事かのように言うキャシーを見て、まあ、これはこれで見ていて楽しめるからいいかもな、と俺は納得した。
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