樹海編

第24話:訓練のある日常

 ある日、俺はリリアと訓練場の一画にいた。

 魔法の訓練のためだ。


 スタンピード以来、遊ぶことも許されず、俺は毎日のように長時間、剣術と魔法の訓練を受けていた。


 アラン、そしてグレイルの率いる第一部隊と、ジャーヴィスの率いる第二部隊は、ウェスク国境の哨戒任務のため、砦を一か月ほど離れていた。残ったリリアに、今は毎日魔法の訓練を受けているのだ。


 視界の端では、俺と同じようにウェンディが風魔法の訓練をしている。

 ジャ―ヴィスはいないから、キャシーの第三部隊の魔法士から手ほどきを受けているようだった。


「炎弾と炎壁はもう教えることがないから、今日からは炎槍を覚えてもらうわ」


 炎槍か。


 戦場では火魔法使いが最も多用する魔法だ。

 中級魔法士のレベルといったところか。


 炎弾に比べて魔力も精度の高さも必要になるが、炎弾に比べて貫通力が増し、高威力が期待できる。いくら俺が剣士であったとしても、覚えて損はない。飛斬がまだ使い物にならないため、中・長距離の選択肢が増えるのは有難いことだった。


「炎弾に比べてイメージを強くしなさい」


 うーん、やはり中級魔法士のレベルともなるとうまくいかない。

 そもそも俺は魔法士ではないし、前世でも炎槍など使ったことがないのだ。


「それじゃ、ちょっと楕円形になった炎弾よ」

 

 リリアから突っ込みが入る。

 せめて槍使いであったなら、イメージももっとやりやすかったのかもしれない。残念ながら槍も得意ではない。


「これだけ失敗しても、まだ魔力に余裕があるのが凄いわね」


 三十発ほど炎槍の出来損ないを放ったところで、リリアが呟く。

 褒められているのか、けなされているのか分からない。


「イメージ、イメージかぁ」

「もっと火の密度を濃く、尖らせるイメージを持つのよ」


 密度はどうにかなるとして、槍のイメージがなぁ。


 あぁ、とそこで俺は気が付く。なまじ炎槍なんて名前がついているから、槍のイメージをしなければいけないと思い込んでいたが、尖っていればそれでいいのかもしれない。


 別に槍でなくてもいいのだ。

 実際、炎槍は、本物の槍みたいに長いわけでもないからな。


「あ、今のは良い感じじゃない?」


 リリアに褒められて、俺は無邪気にも飛び跳ねた。

 俺がイメージしたのは剣だった。そもそも、炎槍といったところで、実際は長剣程度の長さしかないのだ。

 

 一回こつを掴んでうまくいけば、後は簡単だった。

 俺の放った炎槍は、形を保ったまま的にぶちあたり、貫通して炸裂した。

 

「いいじゃない、次は複数ね」


 と言われて、とりあえず三つの炎槍を放ってみたが、また失敗に逆戻りした。


 困ったことに、なまじ剣のイメージをしているものだから、三つの剣のイメージが同時にできないのだ。二つまでなら問題ないのだが、三つ同時となると、うち一つが炎弾になってしまった。


「ノルドがこう失敗するのを見ると、なんかお母さんはほっと安心するわ」


 いや、それはそれで嬉しくないんだが。

 子供が失敗して喜ぶ親っていうのはどういう受け取ればいいんだろうか。


 ここまで言われると、また夜に樹海で訓練して、リリアを驚かせる必要があるかな、と俺は一人ごちた。


 魔法の訓練を日々こなしていて、俺はやはり剣士なんだと痛感させられた。

 基本的に魔法使いは体を動かすわけではない。やはり体を動かさないと、訓練をしている、戦っているという感じがしないのだ。


 とりあえず、夜は樹海で剣術の訓練をしているから、体がなまってしまっているということはない。


「うーん、難しいなぁ」


 やはり何度やっても炎槍を三つ同時に展開させることができない。


「まあ、ノルドでもできないことはあるわ」


 慰めにもならない言葉をリリアからかけられて、俺は少し不貞腐れる。

 と、そこでふと閃く。


「いいこと思いついた」


 ありったけの魔力を込める。

 炎壁を超える膨大な魔力を注ぎ込んで、巨大な炎の塊を空中に生み出した。


 三つ同時に展開できないなら、数ではなく、質で勝負するのだ。


「ちょ、ちょっと、何やってるの!」


 リリアの驚きをよそに、俺はさらに魔力を炎の塊へと注ぎ込んでいく。さらに巨大になっていく炎は円錐状へと形態を変えていく。


「穿て」


 そして、細く尖った巨大な一つの炎槍を放つ。

 凄まじい爆風とともに、前方にあった五つの的を丸ごと吹き飛ばした。


「成功!」

「成功、じゃないでしょ、そんなことしろなんてお母さん言ってないでしょ!」


「そりゃそうだけど、敵が五人いるとするでしょ、炎槍は五本撃てないとするなら、まとめて五人ごと吹き飛ばせる一本の炎槍を撃てばいいんじゃ、という……」

「まとめて五人吹き飛ばせばいいって……」


 いや、我ながら素晴らしい逆転の発想の賜物だと思う。

 五人ちまちま斬っていく時間がないのだったら、五人まとめて斬ってしまえばいいという。


 自分で自分を褒めていると、明らかに不機嫌そうなウェンディが近寄ってくる。


「ちょっと、ノルド、あっちの的はあたしの練習用なんだけど!」


 おお、そういえば、ウェンディの使っていた的までまとめて吹き飛ばしてしまったようだ。

 

「ごめん、ごめん」

「謝ったら済むってものじゃないんだからね」


 スタンピードのときは地下壕でぷるぷる震えていたのだが、その後はウェンディはやたらと強気に俺にからんでくるようになっていた。

 なぜ上から目線なのかは分からないが、やはり自分のほうが年上だと思っているからだろうか。

 

「まあ、的なんてなくても壁に向かって撃てばいいじゃん、風刃」

「風刃を馬鹿にしてない?」

「してない、してない」

「あたし、もう三つ同時に風刃使えるんだからね」


 えっへんとウェンディは胸を張る。まあ、この年でそれだけ使えれば自慢してもおかしくはない。

 俺は転生ボーナスがあるから別なのだ。


「しかし、相変わらずノルドくんは規格外ですね」


 そう言いながら、近づいてきたのは、ウェンディの訓練の手伝いをしていた、キャシーの部隊のディーリィという黒髪の女性だ。

 二十代前半ぐらいだろうか、スタンピードのときにリリアの傍にいてくれたのでよく覚えている。


 たしか、治癒が使える魔法士だったはずだが、ウェンディに付き添っているということは風魔法も使えるのだろうか。

 ジャ―ヴィスみたいだな、と俺は思った。


「ノルドはやりすぎで母親としては困ってるぐらいなのよ。そういえば、今度、樹海に行くのにノルドに付き添ってくれるんだって?」

「えぇ、キャシーにそう言われています」

「よろしくお願いね。ちゃんと指示には従うようにきつく言っておくから」

 

 え、聞いてないんですけど、俺。


「樹海に行けるの?」


 俺の問いに、リリアは納得していないかのように顔を歪めた。


「キャシーが樹海の定期哨戒に出るのに合わせて、連れて行ってもらうことにしたわ」

「本当に?」

「お父さんも承知の上よ」


 おお、昼間の樹海に出れるのか。

 それは僥倖、僥倖。

 

 昼間の樹海というのはどんな感じなのだろうか。魔獣は夜とは違うのか?

 夜行性のものとは種類が違うのであれば、戦いがいがあるというものだが。


「あくまでついていくだけだからね、先頭で戦おうとかしないこと」

「やった!」

「ちょっと、今の話聞いてた? 先走って前に出ないのよ、いいわね?」

「らじゃ」


 要は先陣を切らなければいい、ってことだ。

 最初の一匹はキャシーの弓で処理してもらうとして、残りの魔獣は俺がもらう。


 これでリリアとの約束は破っていないことになる。そう、リリアの指示は破っていない。


「ウェンディも樹海に行きたい」

「うーん、ウェンディちゃんはまだ早いわ。ジャ―ヴィスも今はいないし、私からは許可できないの。ごめんね」


 リリアの言葉を聞いて、ウェンディは落胆した様子でしゅんと顔を伏せた。

 まあ、確かにウェンディにはまだ樹海は早い。


「ウェンディはまずは風刃を動く的に当てられるようにならないとな。それができるようになればジャ―ヴィスおじさんも許可出すんじゃないかなぁ」

「動く的?」

「そう、こんな風に」


 俺は、木剣を拾ってきて、壁に向かって放り投げる。そして炎弾を撃って、空中の木剣に直撃させた。


「こんな感じ?」

「こんな感じって、そんなことすぐできるわけないでしょ!」


 唖然とした様子でウェンディがぷりぷりと不満を口にする。


「いや、できれば、自分も動きながら、同時に動く相手に向かって魔法を当てられるのがいいかな」


 言いながら、俺は再び木剣を拾うと、空中に高く放り投げ、そのまま身体強化で壁を蹴って跳躍すると、宙返りをしながら炎弾を放ち、木剣を空中で撃ち落とした。


「こんな感じかな」

「そ、そんなことあたしにできるわけないじゃん! ば、馬鹿じゃないの、ノルドは」


 見ると、リリアとディーリィが口をぽかんと空けている。そんなに驚くことか?

 

「魔獣は止まってはくれないし、相手が複数いたら、こっちも回避して動き続けないといけないだろ? 宙返りしろとは言わないけどさ、走り続けながら魔法を撃って当てられるようにならないと」

「それはそうだけど……」


 明らかにへこんでいる。まあ、でも適当なことを言っても仕方がない。

 俺と違って、ブラッディベアとかに出くわしても今のウェンディは太刀打ちできないのだ。樹海はまだ早い。

 そもそも、聖魔法が使えないんだからな。


「ノルド、そこらへんにしときなさい。あんたは特殊なのよ。特殊。ウェンディちゃんはウェンディちゃんでゆっくり頑張ればいいんだから。そもそも、この年で風刃を三つも撃てること自体、本当なら凄いことなんだからね」

「ですよねぇ」

 

 リリアの慰めの言葉に、ディーリィが同調する。彼女はどっちに賛同したのだろう。俺が特殊なことか、それとも、ウェンディが天才の部類だということか。まあ、両方かもしれないが。


「さ、雑談もこれくらいにして、練習に戻るわよ」


 そして、俺たちは再びそれぞれの魔法の訓練に戻った。


 結局、一日頑張っても俺は三つの炎槍を撃つことはできなかった。まあ、人それぞれ、と言われたとおり、俺にも向き不向きというものがある。そもそも、俺は剣士であって魔法士ではない。できなくても落胆することはなかった。


 しかし、ついに昼間の樹海に出られるのか、そう思うと楽しみで仕方がなかった。

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