第27話:樹海の探索3

 樹海の探索はついに三日目を迎えた。


 昼間の樹海ということで、夜と何か違うのかと思って最初のうちは警戒していたのだが、やはり夜の樹海よりも危険度は低かった。


 まあ、当然、より視界は確保されるし、スタンピードの後だからか、それとも夜行性の魔獣がいないせいか、そもそも魔獣と出会うことも少ない。


 そもそも、キャシーがいるせいで索敵の範囲が広い。急襲を警戒する必要もない。

 危険極まる樹海の探索というよりは、森の散歩みたいになっていた。


 というわけで、俺の仕事はもっぱら、雑談というか、情報収集になっていた。


「ノースライト王国ってどんな国なの?」


 索敵に集中しているキャシーは放っておいて、手持無沙汰にしているライネルに話しかける。


「どんな、って、とりあえずウェスクとは仲が悪いな。ウェスクの北の領地を巡って数十年争い続けているからなぁ」

「小競り合いが続いているだけなんでしょ」

「ここ数年はな。十年近く前にはかなり大規模な戦争があったがな」


 へぇー、と俺は新しい情報に胸を躍らせる。


 そういえば、前に、ノースライトは今は王族の継承権争いがどうとかでウェスクとの戦争どころじゃない、とリリアが言っていたな。

 継承権争いっていうのは何年も続くものなのか。まあ、単なる一剣士だった俺には想像もつかない話ではあるが。


「父さんは今、その小競り合いに出ているんだね」


「小競り合いっつっても、小隊レベルが稀にぶつかる程度で、死者が出ることもほとんどねぇ。ウェスクとしては北に侵攻するつもりはないらしいからな、今ある防衛ラインを死守できればそれでいいって話だ。実際は哨戒で見回っているぐらいだな」


 それを聞いて俺は少しほっとした。

 アランに限って死ぬなんてことはないと思いたいが、戦場では何があるか分からない。

 リリアの悲しむ姿は見たくなかった。


「それだったら、常駐の王国軍だけで事足りるんじゃないの? わざわざ傭兵を雇わなくても」


「短期的に見ればそうだが、いつ暴発するかも分からんからな、王国軍と連携を取るために訓練を兼ねてるって話もあるし、そもそも定期的に仕事を発注しねぇと食いっぱぐれた傭兵が他国に移動しちまうからな」


 なるほど、と俺は納得する。

 ということは、ノースライトの継承権争いが終わったら、いつまた大規模な戦争になってもおかしくないということか。

 それまでに俺も戦場に出られるようになればいいのだが。


 もうすぐ六歳とはいえ、さすがにこの年では出してもらえないだろうなぁ。あと数年、ノースライトが待ってくれればいいのだが。

 とはいえ、現状の戦闘力では、さすがに俺も不安要素が多いから、まだまだ修練は必要なのだが。


「でもさぁ、ノースライトって治安悪いんでしょ。樹海に逃げてくる人が多いって」


「あー、治安が悪いっていうか、ウェスクほど肥えた大地が少ないからな、慢性的に食糧難だとさ。税も高いらしいし、それを締め付けるためにかなり色々厳しいらしい。ウェスクへの移動も制限されているっていう話だからな」


 樹海でノースライトの人と遭遇したが、やはりそういう背景があったのか。

 ウェスクと戦争をしているのも、豊かな土地を奪うのが主たる目的なのだろう。


 ライネルとそんな話をしていると、キャシーは突然歩みを止めた。

 真剣な表情で前方の一点を見つめ続けている。


「キャシー、どうした?」

「かなり先に反応がある、魔獣じゃない、しかも人数は十二」


 ライネルとディージィが顔を見合わせる。ライネルは剣を抜き、眉間に皺をよせながらキャシーに問う。


「どうする? ノースライトから逃れてきた商人と護衛程度ならいいが、全員が完全武装した集団なら何かあった時にノルドを守りながらじゃ相手するにはきつい人数だぞ」


「分かってる。相手は移動はしていないから、こっちから近づかなければ接触は避けられるけど」


 俺も索敵をかけようと一瞬思ったが、やはり止めた。

 おそらく、何もひっかからないだろう。それほど、キャシーの索敵範囲は広い。


 しかし、十二か、確かに相手にするには多いな。

 

「向こうからこっちに向かってくる可能性は?」


「索敵持ちが向こうにもいるなら気づかれたとは思うけど、それでも、こっちの位置はばれてないはずだわ。どういう輩なのか、一応確認はしたい。視認できる距離まで行くわ」


「何かあった時に、ノルドを担いで逃げるなんて御免だぞ」


「だから、ある程度の距離まで近づいたら、その先は私だけが先行する。何かあったら引き返すから、いつでも撤退できるようにしていて」

 

 それなら、とライネルが納得する。


 彼らの話を聞きながら、俺は考えあぐねていた。キャシーだけ前に出すというのは、一つの手としてはありだろう。おそらく、彼女が最も足が速いだろうし、索敵にも秀でている。


 だが、四人しかいない人数をさらに分けるというのは、個別撃破される可能性が高くなるということだ。

 何もなければいいのだが。


 俺たち四人は、警戒しながら、ゆっくりと樹海の中を進む。

 一応、気配遮断と感覚強化を自分自身にかけておいた。昼間だから視認されれば気配遮断はあまり意味がないが。


「なるべく音は出さないでね」


 キャシーが顔を強張らせ、誰に言うでもなく注意する。

 ある程度進んだところで、彼女は歩みを止めた。


「ここで待ってて。相手が移動していなければ、問題ないはずだけど。何かあれば鳴り矢を放つから、全力で撤退して」

「キャシーは大丈夫なのか?」

「逃げの一手で、私が捕まると思う? ノースライトの正規兵でも無理よ」


 ライネルの懸念に対してキャシーは自信満々にそう言い残すと、樹海の奥へと駆けて行った。


 鳴り矢とは、獣の角などに穴を開けたものをつけた矢のことで、風を受けると鋭い音を発するものだ。戦場における開戦や撤退の合図として使われている。


 樹海の静寂が不気味にすら思える。

 ライネルとディージィは周囲を何度も見渡し、警戒を続けていた。


「ライネルおじさん、僕、身体強化が使えるから、大人と同じように逃げることはできるよ」


 一応、足手まといにはならないことを念押ししておく。

 ライネルには南門での戦闘を見られているから、分かってくれているとは思ったが。


「まあ、そうならないことを祈る」


 そう呟く彼の言葉には、不安の感情が残ったままだった。

 

 キャシーの帰りを待ちながら、俺は十二の相手をする場合の対策を考えていた。こちらは四。単純に考えれば一人で三人の相手をすることになる。普通に考えれば、相手との力量差がない限り、無理筋な話だ。


 いや、そもそも、四ではなく、三なのだ。敵も味方も、俺を戦力としては考えてないだろう。

 そこが突破口になるか?


 そこまで考えたところで、俺は樹海の静けさが妙に気持ち悪く感じた。

 

「おじさん、索敵かけていい?」

「駄目だ」


 二の言葉もなく、否定される。


 ここまで近づいたのであれば、俺の索敵でキャシーや相手の位置が把握できるはずだが、相手が気づいて索敵をかけられれば、こちらの位置がばれてしまう。危険性のある行動であることには違いなかった。


 だが、この静寂が俺をなぜか苛立たせる。


 気持ち悪い。

 ただ、警戒しながら待っているというこの状態にではない。


 そうだ、何か、口では言い表せない違和感がある。

 前世の戦場で何度も感じた、あの感覚。

 そうだ、これは……。

 

――ピィィィイイイ


 突然耳に届く笛の音。


「鳴り矢? キャシーか?」


 ライネルの言葉と同時に、俺は全身の毛が逆立つ感覚を覚えていた。

 違う。


「おじさん、後ろだ!」


 振り返った瞬間、俺の右頬を矢が掠めて通り過ぎていく。

 最悪だ、回り込まれていたのか。

 

「ぐっ」


 ライネルの右肩に矢が突き刺さり、彼は地面に倒れこむ。

 刹那、俺は急いで魔法を展開する。


――炎壁


 魔法を放つ一瞬の間に、後方の叢に伏兵の存在を視認した。


 剣を抜き、索敵をかける。

 炎の壁の向こうに敵が一人。相手もこちらと同じように斥候を放っていたのか。


 おそらくさっきの笛の音で、他の敵も戦闘態勢に入っただろう。このままだと挟み撃ちになる。


「おじさん、大丈夫?」

「あぁ、この程度ならなんてことはない」


 さすが、傭兵。

 だが、状況は最悪だ。このままだらだらとこの場にいるのはまずい。


 さっさと前の敵を殺して、撤退するか?

 しかし、キャシーはどうする?


 相手はキャシーの索敵に引っかからないほどの手練れなのだ。すでに回り込まれていたなら、彼女も同じように包囲されているかもしれない。


 その時、鋭い音が樹海に響いた。

 今度は間違いない、キャシーの放った鳴り矢だ。


「キャシー、遅えよ」


 吐き捨てるようにライネルが呟く。

 炎壁の効果が切れて、視界が広がった。


「ディージィ、右だ、風刃を!」


 言いながら、ライネルが俺を庇うかのように位置取りを変更する。

 次の瞬間、風刃が右手の叢を刈る。だが、すでに敵はそこにはいなかった。


「援護を頼む」


 ライネルが盾を構えながら、前方へと駆け出す。彼は撤退することよりも、まずは目の前の敵を排除することを優先したようだ。

 背後から矢を放たれることを嫌ったのかもしれない。


 俺は剣を構えたまま、敵とディージィの射線上に自らの体を配置する。

 ライネルが援護を頼んだのは俺ではなくディージィだということは分かっていたが、体が勝手に動いていた。


 しかし、敵の矢を斬り落とせるかといえば、自信がなかった。


 前世ならともかく、今の俺は剣戟の範囲が圧倒的に狭い。斬り落とそうとして少しでも距離感を違えば、俺が矢を受けてしまう。

 これが俺だけならば、移動しつづけて回避することも可能なのだが。


 仕方ない。

 今はディージィの安全を確保することが優先だ。


――炎壁


 再び敵の射線を切る。


「これじゃ、ライネルを援護できないわ!」

「おじさんは大丈夫だよ、きっと」


 敵は斥候型のはずだ。近距離であればライネルに分があるだろう。

 いや、そうでないと困る。


 炎壁が消えたとき、視界の先には、こちらに向かってよろよろと歩いてくるライネルの姿が見えた。

 彼の剣からは血が滴っている。


「やっつけたの?」

「あぁ、だ、が、これは、ちょっとまず、いな」


 俺の問いに途切れ途切れの言葉で答えると、ライネルはその場に崩れ落ちた。

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