第22話:アラン対ノルド

 俺の目の前には、両手剣を構えたアランが立っていた。

 訓練場の一画、対峙する俺とアランから少し離れたところに、リリア、キャシー、そしてジャ―ヴィスが見ている。


「隠し事はなしだ、いいな、ノルド」


 スタンピードが終わり、数日後にヴァリアントから戻ってきたアランは、俺が南門でキャシー達と共闘していたことを知ると激怒した。

 リリアは顔が蒼白になり、俺のことを心配した。


 だが、キャシーとジャ―ヴィスが俺の戦いのことを説明すると、状況は一変した。


 サイクロプスを単騎で仕留めた。

 二百体近くのゴブリンやオークを無力化した。

 二刀を振るい、炎弾や炎壁を駆使していた。


 それは、アランやリリアの想像の範疇を超えていたようだ。信じられない、という言葉を彼らは連発した。

 だが、目撃者はキャシーやジャ―ヴィスだけではない。第三部隊のほとんどが俺の戦いを目撃していたことで、アランもリリアもその事実は信じざるを得なかった。


 それでもなお、アランとリリアは、信じきれない、いや信じたくない部分があったようだ。


 そして、現在に至る。

 アランは、自らの目で確かめる、そう言ったのだ。直接剣を交えることで、俺の戦闘力を測りたかったのだろう。


「アラン、相手はノルドなのよ。手加減を忘れないでね」


 リリアが悲痛な面持ちで言う。彼女は最後までアランと俺が戦うことに反対していたのだ。


「もし本当にキャシーの言うことが事実なら、手加減はできない。そのためにジャ―ヴィスがいるんだ。何かあればすぐに回復魔法をかけてもらえばいい」


 まあ、自分で回復はできるんだが、とは言えない。神の使徒なんかには認定されたくはない。


「さぁ、ノルド、全力でかかってこい」

 

 すでに俺の本気の戦闘はキャシーにも第三部隊にも見られている。今さら、回復魔法以外の手の内を隠す必要はなかった

 それに、俺の中にも、アランと本気でやってみたいという気持ちはあった。

 勝てるとか勝てないとか、アランの実力を少しでも知りたいとか、そういうことではない。今までの修行の成果がどこまで通用するか、ただ試してみたかった。


 俺の両手には、特別に用意された木剣が握られていた。今回の戦い用に、俺の体のサイズに合わせて作ってもらったものだ。これで、本気でやり合うことができる。


「じゃあ、いくね、お父さん」


 身体強化をかける。そして、体を低く、剣を構えた。


――加速


 俺の身長はアランの腰ほどしかない。まともに斬り合うことなどできない。だから、戦い方はいつもどおり、ブラッディベアやサイクロプスと対峙するときと何も変わらない。


 一瞬でアランの足元へと移動する。そのまま、凪ぐように水平に剣を払い、アランの足首を狙う。

 アランは足を上げ、そのまま俺の剣を地面へと踏み抜こうとする。

 瞬間、俺は体を捻じり、剣が踏み抜かれるのを回避して、体を一回転させて剣戟をアランの膝へと直撃させる。


「ぐぅ」


 アランがくぐもった声を出す。

 以前の剣術訓練のときは、ここで剣を踏まれ、その強烈な衝撃で、俺は剣を落としてしまったのだ。同じ轍は踏まない。


 そのまま、いったん後方に下がり、加速で接近し、今度は逆の足を狙う。


「ちょこまかと!」


 アランの両手剣が振り下ろされる。

 瞬時、右手の木剣を逆手に切り替え、右腕に添えるように持ちかえる。


 腕と一体となった木剣が両手剣とぶつかった瞬間、そのまま、手前に引き戻しながら剣戟をいなす。

 返す刀で、左の木剣でアランの左太ももに打撃を与える。


 だが、まるで鉄でも斬ったかのように俺の剣戟が弾かれる。

 戦技の強皮か!


 それは一瞬だが、アランの左足の防御力を飛躍的に高めていた。


「狙いが分かっていれば、対策は取れるというものだ」


 そう言うアランの目は、もはや、自慢の息子を見る眼差しではなく、敵と対峙するものだった。

 どうやら、最初の一撃で彼の戦意に火をつけてしまったらしい。


 一旦後方に下がり、再び、加速でアランへと突撃する。

 今度は水平にアランの両手剣が迫ってくる。どうやら、振り下ろしでは、体の小さい俺には不向きだと判断したらしい。

 だが。


――斬環


 体を三百六十度回転させ、アランの両手剣に一つ目の斬撃を当て、その反動で回避して跳躍すると、二つ目の斬撃をそのままアランの右手の甲へと打ち込む。


 今度は強皮は間に合わなかったらしい。完全に予想の範疇外だったのだろう。


「こいつは……」


 驚愕の表情でアランが呟く。

 

「本気で来い、って言ったよね。だから、全力でいくよ」


 加速をかけ、再び、アランの左手から回り込んで、左足を狙う。

 足を狙うのはこれで三度目だ。


「そう何度も同じ手は通用しない!」


 再びアランの両手剣が薙ぎ払われる。

 だが、それでも高すぎる。


 アランの身長では地面すれすれに剣を払うことは不可能なのだ。

 俺はそれをさらに体を低くして滑り込みながら回避すると、足首へと狙いを定めた。


 瞬間、アランの右足が俺を襲う。

 慌てて、両腕を交差させ、アランの放った強烈な蹴りをまともに喰らう。衝撃をすべて吸収することもできず、俺は大きく吹っ飛ばされた。


「通用しないと言っただ……」

 

 言いかけて、アランの視線が宙を舞った。

 そして、彼の両手剣が後方へと振りぬかれる。


 そこには、俺の炎弾が十発生成されていて、アランへと向かって放たれていた。それを彼は両手剣ですべて斬ったのだ。

 俺は囮であり、本命は、アランの背後からの魔法攻撃だった。

 

――炎壁


 俺は急いでアランやリリアたちとの間に炎の壁を生成させる。

 目的は一つだ。彼らの視線を排除するためだ。


 両腕はアランの蹴りで酷い痛みを負っていた。折れてはいないにしても、まともに剣を振れる状態ではなかった。

 急いで回復魔法をかける。体内で魔法をかけたとしても、万が一でもそれに気づかれたくなかった。


 きっと、彼らの目には、俺が距離を取り、時間を稼ぐために炎の壁を作ったのだと思っただろう。

 炎の壁が消えると、真剣な面持ちのアランと、驚きのせいか口をぽかんとあけたリリアやキャシー、ジャ―ヴィスの姿が見えた。


「今のは驚いた。自らを囮にして魔法攻撃をするという戦い方を考えたこともそうだが、あれほどの攻撃をしながら同時に俺の背後から炎弾を放つなど、しかも、そんな素振りを一切気取られずにだ。俺が魔力の流れに気づかず、炎弾の熱を感じ取れなければ、防げなかったかもしれない。こんな芸当ができるのは、この砦の中にもいないかもしれない」


 どうやら、アランには楽しんでもらえているようで何よりだった。


「びっくりした?」

「まぁな。しかも、失敗したとみるなり、すぐさま炎壁で時間を取って態勢の立て直しか。魔法もそうだが、お前のその場慣れに驚く」


 とりあえず、本当の目的には感づかれていないようで助かる。

 まあ、祝福の儀を受けないと回復魔法が使えないというのであれば、まさか俺が使えるとは想像もしないのだろう。


「それで、腕は大丈夫なのか?」

「全然」

「やりすぎたかと思ったのだがな。そこまでの練度の身体強化なのか……」


 いや、かなりやばかったんですけどね。

 アランが今、身体強化を使っているのかどうかは分からないが、おそらく使ってはいないだろう。

 使われていれば、両腕は折れていたに違いない。


「さて、お父さん、全力はまだだからね」

「それは楽しみだ」


 加速で走りこみながら、同時に炎弾を放つ。

 アランはそれを一瞬で見切ると、両手剣で十発すべての炎弾を斬りはらった。


 だが、十分に隙はできた。再び彼の左側に回り込み、執拗に彼の足を狙おうとした。

 刹那、俺の中で警報が鳴る。


 振りぬかれたアランの両手剣の柄には、彼の右手しか握られていなかった。

 片手で剣を振ったのか。


 振り下ろされる左腕の裏拳。

 今度は防御するわけにはいかない。さっきは運よく痛めるだけで済んだが、今度は両腕がいかれてしまうかもしれなかった。


――斬環


 斬撃をアランの左手にあててその反動ですんでで回避し、さらにもう一撃で跳躍する。

 さらに体を捻じり、三百六十度体を回転させる。


――連斬環


 連撃をアランの左腕に叩き込む。

 だが、アランの強皮によって俺の追加の二撃はあっさりと弾かれてしまった。バランスを崩した俺は、着地すると、いったん距離を置こうと回避行動に移ろうとする。


 だが、アランはすでに両手で剣を握り、大きく振りかぶっていた。

 早すぎる。回避は間に合わない。

 瞬時、俺は両手の木剣を逆手に持ち変える。


 風切り音とともに、振り下ろされる両手剣。

 凄まじい剣圧で、まともに喰らえば骨折は避けられそうになかった。


 俺は覚悟を決めた。一か八か。


――双撃


 振り下ろされたアランの両手剣と、交差した俺の両手の木剣が激突する。

 衝突の瞬間、凄まじい音が爆ぜた。


 アランの両手剣が弾かれる。だが、同時に、俺も剣ごと後方へと弾き飛ばされた。


「ぐぅう」


 自然と俺の口から呻き声が漏れる。

 耐えきれず、俺は木剣を地面に落とした。


 手首が完全にいかれた。折れてはいないようだが、もはや剣を握ることすらままならない。

 あまりの痛みで、俺は地面にうずくまった。


「そこまで!」


 ジャ―ヴィスが叫ぶ。リリアが、俺の元へと駆け寄ってくるのが視界の端で見えた。


「ノルド、だ、大丈夫?」


 あわあわと慌てたリリアが俺の傍でしゃがみ込み、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「折れてはいないみたい」

「ジャ―ヴィス、回復魔法を!」


 ジャーヴィスに治癒をかけてもらい、やっと痛みが消えていく。

 ふと顔を上げると、何か考え事をするように真剣な顔をしたアランが立ち尽くしていた。


「アラン、あなた、やりすぎよ!」


 リリアが顔を真っ赤にして抗議する。キャシーは一言も発せず、目を丸くしていた。


「済まなかった。つい、やりすぎてしまった」

「お父さん、やっぱり強いね」


 アランが身体強化を使っている様子はなかった。

 彼が他にどんな戦技を使えるのかは分からないが、本気で対応されれば、もっと早くに戦闘は終わっていただろう。


 さすが、傭兵団を率いる長といったところか。

 分かってはいたことだが、あの強さに到達するにはまだまだ先は長そうだ。


「あぁ、ノルドもな」


 ぼそりと呟くアランの様子は、俺を称えるふうでもなく、驚くようでもなく、まるで心ここにあらず、といった感じだった。


「ノルド、今日はここまでだ」


 そう言って、アランは一人、先に訓練場を出て行ってしまった。


「気にしなくていいわ、ノルド。お父さんもびっくりしているのよ、ノルドがこんなにも強くなっていたから」


 リリアの言葉はあまり慰めにはならなかった。

 こうなることは予想はしていた。だから今まで俺は力をひた隠しにしていたのだから。


 どんな親だって、サイクロプスを単騎で仕留め、ゴブリンやオークを二百体も屠る能力を持った五歳児の戦闘を見れば、称賛だけでは済まないだろう。


 そこには、恐れや不安、そして何より、なぜそれほど強いのかという大きな疑問が生まれるはずだ。

 アランの反応もあながち間違ってはいない。


「ノルド、他に怪我をしたところはない? 痛いところは?」


 心配そうに俺の体を調べるリリアの慌てた様子を見て、俺は、大丈夫だよ、と言いながら苦笑した。


 とりあえず、目先の目標はできた。

 アランに本気を出させる。それが、しばらくの俺の目指すべきところだ。やはり魔獣との闘いよりも、はるかに得るものがある。


 何より、剣士との闘いは本当に楽しかった。

 再戦がいつになるかは分からないが、いつか、本気でアランとやり合いたい、俺はそう思った。

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