第21話:後片付け

 南門の惨状は酷いものだった。

 スタンピードが起こったのだ。仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれなかったが。


「穴を開けられた南門はいいとして、これはどうするんだろうか」


 俺は呟きながら、地面に転がった無数の魔獣の死骸を眺める。数百体のゴブリンやらオーク、さらに巨大なサイクロプスの死骸が見渡す限り転がっている。

 ゾンビを除く他のアンデッドなら、死ねば消えてしまう。処理は必要ない。

 だが、魔獣となると話は違う。死んでも死体は消えないし、そのまま放置していれば異臭を放ち、病気をばらまき始める。腐った肉はその地の水を汚染する。

 樹海に運ぶか、燃やすか、土の中に埋めるか、だが、まあ、全部燃やしてしまうのが一番楽かもしれない。


「ノルドッ!」


 肩を掴まれ振り返ると、眉間に皺を寄せたキャシーがその場に立っていた。

 あぁ、これは駄目なパターンだな、と俺は心の中で独り言ちる。


「何でこんなとこにいるの! っていうか、何で戦ってるの! 地下壕で隠れてなさいってアランやリリアに言われたでしょう!」

 

 早口で彼女は叫ぶ。これはどうやら、おこ、だな。


「いや、南門の状況がやばいかなぁと気づいて」

「何でそんなことが分かるのよ!」

「索敵したから。ほら」


 そう言って索敵を使う。きょとんとした様子でキャシーは目を丸くした。俺の発した魔力の波動を感じ取ったのだ。


「ちょっと待って、整理させて。索敵が使えるのね? いや、まあ、あれだけ戦えるのだから索敵が使えてもおかしくはない、そりゃそうなんだけど。えっと、さっきの様子だと身体強化や加速も使えるのね? もう、何が何だか分からない……」


 頭を抱えて彼女はその場で蹲る。すくっと立ち上がると、再び眉間に皺を寄せて俺に詰め寄ってきた。


「アランやリリアはこのこと知ってるの?」

「このことって? 南門に来たこと?」

「違うわよ! 索敵や身体強化、加速が使えるってことよ」

「知らないよ」

「どういうことなのよぉ、もう」

 

 アランやリリアにどう説明すればいいいのよ、とぶつぶつ呟きながらキャシーはぐるぐるとその場で回り始める。

 何か、ちょっと可愛い。

 銀髪エルフのキャシーはどこか冷めた、冷静な感じがしていたから、ここまで動揺されてあたふたしている様子を見るのは楽しい。


「それより、この死体の山、どうするの?」

「そんなことじゃないでしょう! まあ、それはそれで問題なんだけど、それは大人でどうにかするから、ノルドは地下壕に戻ってなさい。どこかでまた魔獣が残っているかもしれないんだから」


 いや、そんなのいても一人でどうにかできるよ、とは言わなかった。キャシーの指示を無視して、話を先に進めることにする。


「僕も手伝おうか? 燃やすんでしょ、どうせ」

「まだ魔力残ってるの!?」

「多少は」


 言いながら、炎弾を死骸に打ち込んでいく。さすがに数百体の死骸を燃やし尽くすだけの魔力は残っていない。というより、そもそも魔力が回復したとしても、数百発も炎弾は打てない。残りは他の魔法士に頼むしかない。


 ふと見ると、東門と北門のほうでそれぞれ二本の狼煙が上がっていた。


「ねぇ、あの狼煙はどういう意味なの?」

「あれは安全が確保されたことを知らせてるのよ。東門と北門ももう大丈夫みたいね。あ、こっちも狼煙をあげないと……」


 そう言って、キャシーは慌てて他の傭兵メンバーのところへ駆けて行った。

 相当パニックだったんだな、と俺は心の中で笑う。


「ノルド、ここはいいから、もうお母さんのところに行ってなさい」


 ゴブリンの死骸を燃やしていると、声をかけられた。顔をあげると、ジャ―ヴィスが近くに来ていた。


「うーん、お母さんのところに行ってもできることないし。そもそも、ジャ―ヴィスおじさんは火魔法使えないでしょ」


 うぐっ、と彼はくぐもった声を出す。痛いところを突かれて、反論できなくなったらしい。

 実際、リリアのことは心配だが、体調が悪い原因が妊娠だとすると、回復魔法も効かないし俺にはどうしようもない。傍には人がついているのだから、俺はここで後片付けをしたほうがみんなの役に立つと考えたのだが。


「いつからそんなに火魔法が使えるようになったんだい? 前に見たときは三発が限界だったと思ったんだが……」


 十の炎の球を次々と死骸に打ち込んでいる俺の様子を見て、不思議そうにジャ―ヴィスが問う。

 炎壁を使ったところは彼には見られていない。それを知ったら、さらに驚かれてしまうのかもしれない。


「うーん、最近かな。でも、もう魔力切れるから、終わったら地下壕に戻るけど」


 さすがの俺も、もう魔力はない。後は大人に任せよう。

 そう考えていると、駆け寄ってきた魔法士の一人がジャ―ヴィスに声をかける。


「ジャ―ヴィス、ここはキャシーに任せて東門に戻ってくれ。アランはヴァリアントに報告に向かうらしい」

「分かった」

 

 東門へと向かおうとしたジャ―ヴィスに俺は質問を投げかける。


「お父さんはヴァリアントに行くの?」

「あぁ、魔獣が砦を抜けたから、そうみたいだな」

「どれぐらいかかるの?」

「馬の駈足で半日ぐらいか」


 へぇ、と俺は相槌を打った。そういえばそんな話を前にリリアに聞いた気がするが、忘れていた。馬でそれなら、歩きだと丸二日はかかるだろう。キャシーが避難が間に合わないと言っていた理由が今更ながら理解できた。


「お父さん一人で大丈夫なの?」

「魔獣の侵攻よりは早いからな。たぶん、魔獣の群れを避けて回り込んでも、先にヴァリアントに着くはずだ」


 ノルドは地下壕に戻っておきなさい、と彼は去り際に大人の言葉を吐いていった。

 念のため、索敵をかけてみるが、砦内に魔獣の反応はなさそうだった。

 まあ、それでも一応ということで、ふらふらと砦内を探索してみたが、侵入したはぐれ魔獣はいなさそうだった。


 こっそり遠目から東門の様子をうかがってみたが、混乱している感じはなさそうだった。ジャ―ヴィスがてきぱきと指示を出しており、第一部隊のメンバーが忙しなく働いてはいたが。

 北門の様子も落ち着いていた。そもそも、魔獣はそれほど攻めてきてはいなかったはずだ。南門の状況が特別だっただけなのだ。

 再度索敵をかけるが、すでに砦の周囲にも反応はなかった。西へと抜けていったことは間違いないようだ。


 井戸に行って、水を浴びる。全身、魔獣の血でぐちゃぐちゃで異臭を放っていたから、それを洗い流せてとても気持ち良かった。

 その後、地下壕に戻ると、リリアが横になってマーシャとクリスタが傍で介抱をしていた。

 リリアは目を閉じ、眠っているように見えた。


「ノルド坊ちゃん!」

「ノルドちゃん」


 次々と声をかけられて、俺はばつが悪くなり俯く。

 彼らの意志を無視して地下壕を抜け出して外に出たのだ。あまり心地よい状態ではなかった。


「大丈夫だったのかい!?」


 血相を変えたマーシャに詰め寄られて、俺はあまりの勢いに後ずさりする。


「外はもう終わったみたいだよ」

「それは良かった。けど、あんたは怪我はないのかい?」

「特に」


 見せつけるように、俺は両腕を上げる。さっき浴びた水が、腕から滴り落ちた。


「びしょ濡れじゃないかい」

「井戸で水を浴びてたから……」

「何してるんだい、まったく」


 マーシャが呆れたように言う。


「僕のことはいいよ。それより、お母さん、大丈夫なの?」


 リリアの胸は上下し、息はしている。出血をしている様子もない。

 マーシャとクリスタが傍についていてくれて良かった。


「今のところは大丈夫さね。たぶん貧血が酷いのかもしれない」

「良かった。お母さんのおなかの中には、子供がいるんだよね」

「あぁ、そうさね」


 新しい命が彼女の体内にいるのか。不思議な感じだった。前世でも俺は一人で生きてきたからだ。両親というものさえ知らなかったのに、妹か弟かができることに俺は違和感を覚えずにはいられなかった。だが、嬉しいこともまた事実だった。


「もう少ししたら、地下壕からは出られると思う。お母さんをベッドに運んでもらえますか?」

「今はまだここからは動かせそうにはないね。リリアが起きて、動けそうだったら、そのほうがいいかもねぇ」


 マーシャが愛おしそうにリリアの髪を撫でた。

 彼女はアランの子供の頃を知っている、と言っていたが、リリアともかなり古い付き合いなのだろう。どういう関係なのか、落ち着いたら訊いてみてもいいかもしれない、と思った。


「ノルド、魔獣と戦ったの?」


 クリスタの背中に隠れていたウェンディが、怯えた様子で俺に質問する。

 そして、周囲の視線が一気に俺に集中した。


「多少は、ね」


 俺は曖昧にぼかして答えた。さすがに、前線で剣を振るっていたとは言えない。俺の暴走を止めることができなかった彼らは、自らを責めてしまうだろう。


 とはいえ、両手に短剣を持っている状態では否定することもできない。さすがに、後で俺の戦いのことは遅かれ早かれ知られてしまうだろうことは予想できたが、別に今でなくともいいだろうと思った。


「怖くなかったの?」

「全然」

「ノルド、凄い、ね」


 クリスタの背中をぎゅっと握りしめて、ウェンディは俺を眺める。


「ウェンディも凄いよ」

「何で?」

「ちゃんとクリスタおばちゃんを守っていただろう?」


 彼女は驚いたように目を見開くと、怯えていたさっきまでの様子が嘘のようにぱぁっと顔を綻ばせた。

 ウェンディはウェンディで地下壕で戦っていたのだ。

 恐怖と不安に。


「ウェンディも、ノルドみたいに魔獣と戦えるようになるかな?」


 ぽつりとウェンディは呟く。前世からの知識を引き継いでいる俺とは比べようもないが、すでに風刃を使える彼女であれば、あと数年もすればゴブリン程度楽に狩れるようになるだろう。


 問題は、命を刈り取る覚悟できるかどうか、なのだが、それは年齢が解決してくれるだろう。


「もっと魔法を練習すればいいんじゃないかな。ウェンディにはジャ―ヴィスっていう凄いお父さんがいるだろう?」

「そうだね!」


 しばらくリリアの様子をみていると、地下壕から出てもいい、と連絡が入る。

 スタンピードが過ぎ去ったことを告げる知らせだった。

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