第19話:スタンピード3
南門が破られ、雪崩のように魔獣の群れが砦内へと侵入し始めた。
その大部分はゴブリンの群れだった。ぽつぽつとオークが散在している。そして、南門に開いた穴をくぐるように、サイクロプスが顔を出していた。
前方は溢れんばかりの魔獣の軍団。
ひしめき合うようにして、南門に開いた穴を潜り抜けて、わらわらとこちらへと向かってくる。
――炎弾
今度は狙う必要もない。
前方すべてが的なのだから。
十の炎の球を、ただ真っすぐに、ゴブリンの群れへと放った。
――炎弾
――炎弾
さらに、十の炎の球を放ち、間髪入れず、さらに十の炎の球をゴブリンの群れへと直撃させる。
先陣を切っていた十数匹のゴブリンが火達磨になった。
「ノルドッ、何でこんなとこにいるの!?」
キャシーがその自慢の銀髪を振りかざし、驚愕の表情を浮かべていた。
「援護して」
ただ、それだけを言って、俺は群れの中へ突っ込んだ。
――身体強化
からの――斬環
前方にいた二体のゴブリンの顔面を一度に斬りつける。
着地と同時に、体を反転させ、その二体の大腿を切り刻んだ。
俺は振り返り、両手を掲げる。
――炎壁
南門の前に、巨大な炎の壁が現れる。これで、しばらくの間は、魔獣は砦内に侵入は不可能になった。
きっと、炎の壁の向こう側で、キャシーや他のみんなは血相を変えていることだろう。
ゴブリンの持っている武器は多種多様だった。
先に向かって直径が大きくなる棍棒を持っているタイプ、長槍状の尖った棒を持っているタイプ、そして、肉切包丁のような危なっかしい武器を持つタイプまでいる。
だが、個体差はあまりなく、首領のようなゴブリンがいるのかどうかは分からない。
やはり殲滅するしか手はなさそうだ。
右翼にいたゴブリンの前に飛び込む。その腹に右手で短剣を突き刺すと、そのまま、左手の短剣の柄を沿え右肘を引く形で横一線にゴブリンの腹を掻っ捌く。
血飛沫が舞い、俺は頬にかかった血を拭った。
「次!」
突き出された槍状の棒を避けながら、隣にいたゴブリンの懐へと入った。
最も柔らかい部分であろう腹部を切り裂く。
今度は上から棒が降ってくる。
半身になり、ぎりぎりでゴブリンの攻撃を避けると、直進して首元に短剣を突き刺した。
ごぼり、と粘ついた血が吐き出される。
短剣を持った右手を一捻りすると、ゴブリンは声にならぬ声を上げて血とともに倒れこんだ。
「きりがないな」
いちいち仕留めていたんじゃ時間が足りない。
そんなことを考えていると、その隙を狙ってか、俺の顔に向けて真っすぐに棒が突き出されてくる。
寸前で顔を捻って躱すと、俺は持っていた短剣をゴブリンに向かって投げた。胸の真ん中に短剣が刺さった状態で、ゴブリンは叫びながらよろよろと後退する。
「準備運動もお前で終わりだな」
そのゴブリンの真正面に立つと、胸に刺さっていた短剣をさらに奥深くへと突き刺す。
ぐるりと短剣を一周させると、それが致命傷だったのか、血を吐いてその場に倒れた。
間髪入れず、炎弾を十発、手薄になっていた左翼へと放つ。
こうしている間にも、南門からはさらに多くの魔獣が入り込んでくる。
これは、ゆっくりはしていられない。ちまちま、一体ずつ殺していては侵入を抑えきれない。
――加速
体を低くして、数体のゴブリンやオークの間を駆け抜けながら、彼らの足首の腱を斬って回った。仕留めるのには時間がかかるから、俺は、敵を無力化することを優先としたのだ。
三十、四十、五十、六十……。
途中で数えるのが面倒になってしまった。地面には死に損なったゴブリンやオークの群れで埋まっていった。
だが、群れはさらに増えていく。
炎の壁も、ついに消えてなくなってしまった。追加で炎壁を出すのは、魔力の残量を考えると得策ではなかった。
「キャシー姉ちゃん、東門から人を呼んで」
彼女はオークに向かって、いくつもの矢を飛ばして倒していた。
「何言ってるの! そんなことより、早く、ノルドは後ろに下がりなさい!!」
べぇ、と舌を出して無視する。説明している暇はない。
無作為に炎弾を放つのを止め、集中的にオークやゴブリンの顔面を狙った。これで少しは動きを止めてくれるはずだ。
さらに炎弾を放とうとしたとき、ふいに頭上から棍棒が降ってきた。
大ぶり過ぎて避けるのは余裕だったが、当たれば一発で即死だっただろう。
「さて、大物の相手もしなきゃいけないな」
真紅の一つ目が俺を見下ろしていた。
サイクロプス。
ブラッディベアよりも遥かに大きく、アランの身長の三倍はあるだろう。
相手の体が大きかろうが、俺のやることは変わらない。どうせ、俺は小さいのだ。同程度の身長のゴブリンならともかく、オークやサイクロプスなら、相手を地面に這いつくばらせない限り、勝ち目はない。
まずは小手調べだ。
――炎弾
三発同時に、サイクロプスの一つ目へと直撃させる。視界を奪えれば最高だが、まあ、そうはうまくはいかないだろう。実際、腕で防がれてしまったしな。
だが、隙は十分に生まれた。
体の大きすぎるサイクロプスでは、地面を走り回る俺はさしずめ鼠か。捉えにくい相手には違いない。
――双撃
右の足首に二つの斬撃をお見舞いする。
「グモァァァアア」
サイクロプスの憤怒の咆哮が、辺り一帯の戦闘を一瞬止めた。手ごたえは十分にあった。サイクロプスは右膝を地面についた。
手首と指の骨に治癒をかけながら、いったん距離を取る。
――炎弾
再度の炎の球を顔面へと射出する。見透かされていたようで、また腕で防がれる。
だが、それもすべて予定通り。
俺は加速して。今度は左足首を狙おうと、双撃の準備をした。
瞬間、左の裏拳が振り下ろされる。何のことはない、ただ無茶苦茶に腕を振り回しているだけだ。
だが、それもサイクロプスの腕であれば、大木の丸太ほどの太さと重量がある。
まともに喰らえば、ノルドなど全身の骨が粉々になるだろう。
まあ、当たれば、の話だが。
――連斬環
三百六十度回転しながら、サイクロプスの腕を斬りつけつつ、さらに斬環を繰り返し、上腕部へと遡る。
そのまま、跳躍して、がら空きになったサイクロプスのうなじに視線をやった。
空中で、短剣を逆手に持ち替える。
「終われ!」
――双撃
ありったけの魔力を込めて、最大火力の双撃をサイクロプスのうなじにぶち込む。
逆手に持った短剣を突き刺し、そのままうなじを左右に引き裂いた。
「グルァァァアアアア」
断末魔の咆哮が周囲に響く。
これで一番の大物は地にひれ伏した。
終わってみれば、かつて死闘を繰り広げたブラッディベアと大差ないな、と独り言ちる。
体毛がない分、ブラッディベアよりは柔らかいかもしれない。
「何なのよ、一体……」
いつの間にか、キャシーが俺の傍までやってきていた。
弓を絶え間なく放ちながら、倒れたサイクロプスの様子を唖然とした表情で横目で見ている。
俺は俺で、キャシーを背にして、向かってくるゴブリンの相手をしていた。
「それで、東門からの増援はまだなの?」
飛び掛かってきた二体のゴブリンを、斬環で返り討ちにする。
もう百体は超えているのではないだろうか。さすがに少し疲労を感じ始めていた。
「狼煙を上げたわ。五分もすれば来てくれるはずよ」
全身、魔獣の血でぐちゃぐちゃだ。
少し疲れたな、と思いつつ、南門に開いた穴を超えてきたゴブリンの群れに向かって炎弾を放つ。
索敵の反応だと、サイクロプス級の大きな反応は南門近くにはない。
しばらくは、ゴブリンやオークの相手をしていればいいようだ。
「それで、あんたは、ノルド、なのよね?」
「そうだけど、それが何?」
「そうよね、ノルドよね……」
ノルドじゃない何か、キャシーにはそう見えたのかもしれない。
サイクロプスを単騎で仕留める五歳児がいたから、幻覚でも見ているんじゃないかと自分を疑ってしまったってところか。
まだまだゴブリンやオークの掃除の仕事は続くが、すでに嫌になってきた。
魔獣の駆除がではなく、後々のアランやリリアへの説明をどうするか、ということだ。
炎弾。
炎弾。
ゴブリンだけなら、もはや数も問題にはならなかった。
南門が全開ならともかく、サイクロプスが開けた穴から入ってくる魔獣は一度に十数匹だ。一方のこちらは、十三名のキャシー率いる第三部隊も健在だ。
押し戻せないにしても、砦内に侵入させることは食い止めることができていた。
後は、東門からの増援が来るのを待つだけだ。
――加速
さて、増援が来るまでの残り時間で、あと数十体は無力化して、大台の二百体に到達させるか。
魔力の総量の残りは四割といったところか。双撃や炎壁の連発はできそうもない。
ここからは行動をより省力化して、効率的に敵を無力化していかないとならない。
何も殺す必要はないのだ。俺は一人ではない。キャシーも、第三部隊のメンバーもいる。
体をできる限り低くして、ゴブリンやオークの群れの隙間を駆け巡る。すれ違いざまに、彼らの足首や大腿を斬りつける。
――斬環
これだけ群れが密集していると、この戦技が非常に役に立つ。複数の相手を一度に攻撃できるうえに、魔力の消費もほとんどない。
「ギャッ」
俺が行動不能にしたオークの眉間に、キャシーの放った矢が突き刺さる。
両足の腱を斬ってやったゴブリンに向かって、第三部隊のメンバーが放った風刃が襲い掛かる。
どうやら役割分担はうまくできているようだ。
さて、援軍が来るまでもう一息。
「ノルドッ、お願いだからもう下がって!」
キャシーが叫びながら俺の肩を掴もうとする。
それをひらりと躱すと、また、べぇと舌を出して、俺はそのまま加速を使ってゴブリンとオークの群れの中に突っ込んだ。
すでに百体倒したんだから、さらに百体倒したとしても何も変わらないだろう。
どうせアランとリリアには怒られるのだ。どうせなら、やるだけやってしまおう。
斬る。
斬る。
ひたすら斬り続ける。
南門に開いた穴からは、無限と思えるほどに魔獣がわらわらと湧いて出てきていた。
その光景を前に、俺は、ワーウィック・エキスピアスとしての戦いを思い出していた。ハーミットの生み出したスケルトンやグールどもも、こうやって無限に湧き出していた。その戦いに妙な懐かしさを覚えながら、俺はひたすら刃を振るっていた。
東門から増援がきて、南門の外へと魔獣を押し出せるようになったのは、すでに俺が数えきれないほどの魔獣を仕留めた後だった。
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