第17話:スタンピード1
日が落ちた頃、俺や他の非戦闘員は、西門近くにある地下壕へと身を寄せていた。
四十名ほどはいるだろうか。
避難してきた仲間の中には、俺の乳母であり、また、ジャ―ヴィスの妻であったクリスタもいる。彼女は、不安そうな表情でウェンディを抱きかかえていた。
地下壕は四十名がぎりぎり入れるといった広さしかなく、食料は少ししか運び込むことができなかった。
もって数日、といったところか。
だが、早ければ今晩、遅くとも明日朝にはスタンピードが起こることを考えると、長くとも明日の夕方頃まで耐えれば十分と言える。その頃には、すでに魔獣たちはジリク砦を抜けて、辺境都市ヴァリアントへと向かっているだろう。
俺はただ身を縮こまらせて座っているだけではなく、索敵を何度もかけていた。
索敵を砦内でかけるのは今までは避けてきた。五歳の俺が索敵を使えることは隠してきたからだ。だが、そうも言ってられない。
すでに膨大な数の魔獣の反応がジリク砦の東に集中していた。すぐに、砦に到達するのは間違いないと言えた。
「大丈夫、大丈夫だからね、きっとお父さんがどうにかしてくれる」
クリスタが念仏を唱えるように何度も呟く。ウェンディは彼女の腕の中で震えていた。
索敵で引っ掛かった魔獣の数は、もはや数えることもできないほどに膨れ上がっていた。万を超える、と言っていたアランの言葉に嘘はなかった。
同時に、砦内の様子も索敵で把握を試みる。
三つの門に、それぞれ人が展開しているのが手に取るように分かった。
東門に配置されたのは第一部隊だ。
部隊長は黒髪長髪のグレイルで、左手にラウンドシールド、右手に長剣というスタイルの剣士だった。アランと何度か手合わせをしていたのを俺は見ている。
グレイルの戦い方は実直そのものといった感じで、もし第一騎士団にいれば、それなりの地位を得ていただろうほどに強かった。
彼にアランを加えた部隊二十一名が最も激戦となるであろう東門に配置されるとのことだった。
アランや彼がそこらへんの魔獣に手を焼くということはないだろう。アランの両手剣であれば、俺がてこずったブラッディベアも一撃で屠れるはずだ。
北門は、第二部隊の二十名が守っている。
部隊長はジャ―ヴィス、風魔法と回復魔法の使い手だ。ウェンディの父親でもある。俺は彼の戦いをみたことはない。だが、アランは彼の力を信用しているようだった。
南門を守るのは、弓使いのエルフであるキャシー率いる第三部隊だった。リリアも第三部隊のメンバーだ。
この三つの部隊には明確に違いがある。前線に出て、戦端を開き、盾役を負っているのが第一部隊なのだ。それ故に、戦闘力が最も高いのが第一部隊と言えるだろう。
第二部隊には比較的魔法士が多いらしい。後方からの援護射撃を中心とした戦闘スタイルなのかもしれない。
第三部隊は遊撃と斥候が主だ。中・遠距離攻撃に秀でたものが多く、また、足が速い。だから、弓使いのキャシーが率いているらしい。
「クリスタおばさん、前にスタンピードが起こったときはどうだったの?」
俺の問いに、彼女は悲痛な面持ちで答えた。
「前は、私たちはヴァリアントに避難していたのよ。スタンピードが起こるかもしれない、って何日か前にアランに言われてね」
「でも、お父さんやお母さんは砦に残ったんでしょ?」
「そうね、戦いは酷かったらしいとしか知らないけれど、結果、二人亡くなってしまったわ」
二人、という数字が少ないのか、多いのか、俺には判断がつきかねた。
「前の時も、同じぐらいの傭兵がここにいたの?」
「いえ、前はもっと少なかったわ。半分よりちょっと多いぐらいかしら」
今、三部隊の総勢は六十名を超える。六年半前が仮に四十名とすると、今回はもっと楽になるのかもしれない。
そもそも、平野で魔獣を相手にするのとは違う。
砦に籠った防衛戦なのだ。
相手は攻城兵器を使うこともなく、魔法で遠距離攻撃をしてくるわけでもない。外壁から一方的に攻撃できる。仮に砦の外で戦闘したとしても、分が悪くなれば、砦にまた戻ればいいだけの話だ。それほど死者が出るとは思えない。
だが、と考える。
実際に、六年前には二人が死んだ。
その二人が、アランとリリアにならないとは限らない。
クリスタとウェンディの家族である、ジャ―ヴィスになるかもしれない。
索敵を繰り返し、状況把握に努めていると、一人の老婆が近づいてきた。名前をマーシャといったか。アランは、昔よく世話になっていた、そう言っていたことを聞いたことがある。
「ノルド坊ちゃん、索敵が使えるんさね」
びくり、と俺は体を震わせた。
非戦闘員だからと、索敵を感じ取ることができないだろう、そう侮っていた。
「何で」
「あたしも、昔は冒険者をやってたからね。今となっては、寄る年波にも勝てず、怪我で足を痛めてしまってもう戦うことはできなくなってしまったけどねぇ」
失敗した、そう思った。アランにもリリアにも、俺が索敵を使えることは知らせていない。非戦闘員しかいない、そうたかをくくってしまった。元冒険者、元傭兵がいたって不思議じゃないのだ。
だが、今更だ。知られたところで、索敵を使わないわけにはいかない。今はそんなことを言っている余裕はないのだ。
マーシャは俺の葛藤を知ることもなく、自然な様子で俺に話しかけてくる。
「火魔法も使えるっていうじゃないか、リリアにはそう聞いてるよ」
「ちょっとだけだけどね」
「それでも十分に心強いさね」
屈託のない様子でマーシャは笑う。
「そいつは、何だい?」
彼女は俺の傍らにあった二振りの短剣を指さした。
「護衛用にって、お父さんにもらった」
「一本、あたしに貸してくれないかね。足は悪いけど、これでも多少は戦えるかもしれんしね」
「駄目。二本ともお父さんにもらった、僕のだから。僕だけのものだから」
元冒険者ってことで、多少は戦えると思っているのだろう。
剣が三本あれば、俺も一本渡していたかもしれない。だが、残念ながら、俺には二本必要なのだ。
「二本とも、か。その目、アランには似てないね。アランが小さい頃は、もっとおどおどしてたもんさね」
「お父さんの小さい頃を知ってるの?」
「あぁ、アランの父親と顔見知りだったからね。黒狼傭兵団だった昔の話さ」
黒狼傭兵団?
名前は聞いたことがある、たしか、百名を超える傭兵を抱える、ウェスク王国で一番の傭兵団のはずだ。
アランの父親が黒狼傭兵団にいた?
そんな話は聞いたことがない。
ではなぜ、アランは黒狼傭兵団ではなく、似たような名前の赤狼傭兵団の団長をやっているんだ?
俺の疑問に気づかないように、マーシャは地下壕の外へと視線をやった。
「で、外の様子はどうだい?」
「もうすぐ、魔獣が外壁に到達するみたい」
途端、魔獣の軍勢の先頭のいくつかの反応が消えた。おそらく遠距離魔法が放たれ、戦闘が始まったのだ。
東門に展開している人数は三十名ほどだ。北と南にはそれぞれ十五名ほどが守りについている。西門の物見櫓に二名。
二十名ほどが東門から外に出た。
外に出て戦うのか?
ジリク砦は、砦という名を冠してはいても、他国との戦争目的の砦ではなく、外壁は石造りではない。
あくまでギニア大樹海の監視のための施設といえる。
だからなのか、外壁は丸太を組み合わせて作られている。ゴブリン程度であれば突破は不可能だが、ブラッディベアやオークの突撃には何度も耐えられないかもしれない。だから、討ってでているのか?
まさか門を開いて戦っているわけではないだろう。脇には小さな通用口があるから、そこから出入りをしているのかもしれない。
東門では、猛烈な勢いで魔獣の反応が消えていく。
一つの反応の周りで、多くの命が刈り取られて、十数の反応が消えていった。きっと、この反応がアランに違いない。
この分だと、東門は大丈夫かもしれない。
何人かが砦の中へと戻り、また再び外へと戦いに出ていく。
きっと、回復魔法を受けたのだろう。彼らはまた砦の外の戦場へと戻っていく。これを一晩繰り返すことになるはずだ。
俺は少しほっとした。
魔獣の軍勢は雪崩のように樹海から溢れ、明らかに東門に集中している。だが、赤狼傭兵団の働きには目を見張るものがあった。
魔獣の種類は分からないが、やはり傭兵の敵にはならないらしい。敵の侵攻を止めるどころか、むしろ押し返している状態だ。
問題は、相手の数が多すぎることだ。今は押していても、いずれこちらは疲れ切って、守勢に回ることになるかもしれない。
だが、今は、その様子は見られない。
さらに複数の魔法でも放たれたのか、魔獣の軍勢の中ほどの反応がごっそり消えた。敵の流れが大きく揺らぐ。
「どうだい、様子は?」
「今はかなり優勢みたい」
マーシャの問いに、俺は彼女、地下壕にいるみんなを安心させる言葉を吐いた。
実際のところ、この調子で行けば、耐えきることは可能なように思えた。
北門の状況も悪くはないようだ。ある程度の敵は北門への侵入を試みているようだが、大部分の魔獣の反応は、攻めあぐねている北門を無視して、さらに西へ、ヴァリアントのほうへと流れている。
ジリク砦ですべての魔獣を止めるのはそもそも無理なのだ。
後は、ヴァリアントの守備隊にまかせるしかない。
だが、南門の様子を索敵して、俺は眉をひそめた。
おかしな反応がある。
二つの反応が南門からゆっくりと離れていっていたのだ。
誰か負傷した?
それなら治癒すれば済む話だ。各部隊には回復魔法が使える人員が配置されていると聞いている。あんなに南門から離れる必要はないはずだ。
治癒で対処できないほどの傷を受けた?
部位欠損であれば治癒の魔法では対処できない。血を止めることはできても、失った腕や足を再生させることはできないのだ。そのためにはもっと高位の魔法が必要になるが、俺は、それを見たことがない。前世でも噂で聞いたことがある程度だったのだ。
もともと南門には少ない人員しか配置されていない。
しかも、遊撃や斥候がメインの第三部隊だ。二名も離脱してしまったら、戦力の維持は可能なのか?
俺の疑問は、さらなる戦況の変化で不安へと変わった。
東門の戦闘がうまくいきすぎていたのだ。いつの間にか、魔獣の流れが大きく変わってしまっていた。
押されていた魔獣の一部が、南へと転進したのだ。
無数の魔獣の反応が、南門へと迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます