第15話:成長の証

 俺はまたギニア大樹海へと足を踏み入れていた。

 いつも通りの日常。


 皆が寝静まった後に、気配遮断で一人、砦を抜け出していた。


 最近のリリアは、さすがに俺が昼寝をしすぎだと心配し始めている。

 ウェンディは昼寝などせず走り回っているのに、同じ年齢の俺が、真昼間に何時間も眠るものだから、成長できていないのかしら、などと不安になっているぐらいだ。


 だが、男の子は女の子より成長が遅いんだ、とキャシーに指摘されたらしく、それで納得はしているようだった。

 子供万歳。


 身体強化も慣れたもので、強度は日に日に上がっている。

 おそらく、強化をかけた状態なら、砦の傭兵仲間ともやり合えるかもしれない。もちろん、相手が身体強化を使わない素の状態が前提での話だが。さすがに彼らに強化をかけられたら、相手にはならないだろう。


 まあ、要は、普通の成人男性の域を超えているのだ。


 双撃を使えば、イノシシやシカ程度であれば、急所を狙えば一撃で仕留めることができるようになった。

 さすがに前世のように、首を落とすなんてことはできないのだが、そこまで五歳のノルドに求めるのは酷というものだろう。


 というわけで、今日は少し樹海の奥へと進んでいる。

 樹海を舐めているわけではない。単に、外縁部の獣では、訓練として物足りなくなってきたからだ。


 索敵を続けていると、目的の獲物が見つかった。

 ブラッディベア。

 一年ぶりの会敵だ。


「グルㇽㇽㇽ」


 牙を見せ、威嚇をしてくるが、残念ながらそれで恐怖を得ることはもはやない。


 一年前、女を守りながら、という不利な状況でも、どうにかこいつを狩ることができた。今は、背後を気にする必要もない。しかも、俺は遥かに強くなっている。


――炎弾


 同時に三つの炎の球を生み出し、正確にブラッディベアの顔へと着弾させる。

 視界を失ったブラッディベアは両腕で顔を掻きむしりながら、地面を転がった。


 すでにその時には、やつの視界から俺は消え去っている。


――身体強化

――加速


 一瞬でやつの足元へと駆け寄る。


――双撃


 左足首に最大の一撃を喰らわせてやる。明確な手ごたえがあった。


 同時に、俺の手首が悲鳴を上げる。

 即座に治癒の魔法をかける。


 白銀の光は生まれない。対外から治癒をかけているわけではない、体内で直接治癒をかけているのだ。


 アランから衝撃的な事実を知らされてから、俺は最優先で治癒の魔法を体内で直接発動させることに心血を注いできた。すでに、治癒も治療も、体内で発生させることができ、他者からは魔法を発動したことは把握できなくなっている。


「グルァァァァ」


 やけくそで放たれたであろうブラッドベアの攻撃は、俺の頭の上で空を切った。

 視界を奪っているのだから、気配と匂いで何となく俺がいる方向であろう場所へとその鋭い爪を振り放ったのだ。


――炎弾


 再度、複数の炎の球をやつの顔面へと着弾させる。

 怒りの咆哮が空気を揺るがす。だが、もう終わりだ。


 機動力を失ったブラッディベアは、あらぬ方向へ這いずっていた。

 俺は跳躍し、死者と商人の短剣を逆手に持ち替える。そのまま、背中側からやつの首筋に斬撃を加える。


――双撃

 

 確かな手ごたえがあった。深く首の奥へと短剣を差し込み、捻じりこんだ。

 

「グルィィァァアア」


 断末魔の叫びが俺の鼓膜に届く。

 ブラッディベアはその命をはかなく散らせた。


 さすがにまだブラッドベアの首を落とすことはできない。

 だが、今の双撃でも、最大の一撃さえあれば、こうやってブラッドベアを狩ることができる。一年の成長の結果、もはやブラッディベアは俺の敵ではなくなっていた。


 二体を同時に相手にするのは難しいだろう。一体なら、さほど時間をかけずに、危険もほとんどなく、簡単に対処することはできる。だから、俺は外縁部からさらに少し奥へと進んできたのだ。


 ただ、ブラッディベアとの勝利に浸っている暇はなかった。


「え」


 索敵を行うのが一瞬でも遅れていたら、不意打ちを喰らっていたかもしれなかった。

 すでに俺は囲まれていたのだ。


「シャァァ」

「ギャ」

「ギャッ、ギャッ」

「ギャア」

「ギァアア」


 おそらく、ブラッディベアの咆哮に導かれて、こいつらは樹海の奥からやってきたのだ。


 ゴブリンが五体。

 前世では幾度となく相手をした相手だが、ノルドに生まれ変わってからは初めて見る魔獣。


 血走った眼で俺を睨んでくる。すでにやる気満々のようだ。

 それもそうか、相手は自分たちよりも小さな人間だ。やつらの感覚で言えば、俺は狩る相手であって、狩られる相手ではない。


 槍持ちが二体、短剣持ちが二体、残り一体は長剣を携えている。


 この樹海の中でどうやってそれらの武器を手に入れたのか。

 樹海に迷い込んだ人間から入手したのか、それとも、深部にはゴブリンの集落でもあって、そこで自ら製作でもしているのか。


 双撃で痛めた手首を、治癒の魔法で癒す。

 これで戦闘準備は整った。


 やつらは俺を舐めるように、無防備に前へと進んでくる。

 ブラッディベアの死骸が目に入らないのだろうか。脅威度としては、ブラッディベアのほうがはるかに高いのだが。


 もしかしたら、俺がやったのだとは思っていないのかもしれない。


「ギャアァァ」


 叫びながら、槍を持った一体が突っ込んでくる。


 俺は、突き出されたその穂先を回避すると、柄の部分を死者の短剣ではじき、そのまま内側へと体を入れた。

 ゴブリンの体躯は俺とさほど変わらない。

 跳躍する必要もなく、俺の斬撃は彼らの頭部へと届く。

 商人の短剣を水平に振りぬき、相手の両目を切り裂いた。


 やられたゴブリンは、槍を手放し、血が溢れる両目を手で覆いながら、森の奥へと逃げていった。

 まずは一体。


「ギャ」

「ギャッ、ギャッ」


 一体がやられたことで警戒したのが、残り四体が、半円を描くように横に展開する。

 そうではなくては、楽しみがない。


 叫びとともに、短剣持ちのゴブリンが二体が同時に飛び掛かってくる。

 悪くない。

 が、二体じゃあ、まだ俺には届かない。


――斬環


 体を三百六十度回転させ、同時に二体の斬撃を防ぐ。


 斬撃をはじかれ、体のバランスを失ったゴブリンにそのまま追撃の攻撃を喰らわせる。死者の短剣を左眼に突き刺し、そのまま外側へと掻き切った。柔い。ブラッディベアに比べるべくもない。


「ギシャ」


 次の手をどうするか逡巡していたであろう、もう一体に接敵する。足首を掻き切り、前のめりに倒れこんだゴブリンの首筋に商人の短剣を突き刺す。激しく抵抗したが、すぐに動かなくなった。


「ははっ」


 視界の外から突き出された槍を、間一髪で回避する。

 俺の隙を狙った攻撃に嬉しくなって、つい笑いが抑えきれなくなる。

 

 回避直後の俺に、さらに長剣が襲ってくる。

 刹那、俺は片刃の死者の短剣を逆手に持ち、腕に這わせるように持つ。

 刃と刃がぶつかった瞬間に、右腕の力で死者の短剣を外側へとはじく。長剣の刃はあらぬ方向へと振りぬかれた。


 アランとの剣術訓練で、盾を使った修行が多少は役に立ったかもしれない。

 いなしの技術も格段にうまくなっているようだ。


 俺は後方に跳躍し、距離をとって、仕切り直しとする。


「ギャアアアア!」


 また槍持ちが俺へと突進してきた。どうやら、ただのゴブリンというわけでもないらしい。妙に統率がとれている。

 だが、悲しいことに、こっちの手数は近接戦のみというわけではないのだ。


――炎弾


 炎の球がまともに槍持ちのゴブリンの腹に直撃する。

 その瞬間、俺は槍持ちの脇をすり抜け、長剣持ちへと駆け寄る。

 

 その俺の行動は予想外だったようで、長剣持ちのゴブリンは完全に無防備だった。慌ててやつは長剣を振りかぶる。

 だが、遅い。

 

 駆け抜けざまに、そのゴブリンの右大腿を切り裂く。そのまま背後に回り込み、両手の短剣を振りぬく。

 その二つの斬撃は長剣持ちのゴブリンの首を斬り裂いた。


「ギャ、ギャ、ギャ、ギャアアアアアアアア」


 最後の一体は、一際大きな叫びをあげた。

 残り一人になったことで、勝てないことを悟ったのだろう。槍の穂先が地面へと向いた。戦意を失いつつあるようだった。

 少しずつ、後方へと下がり始めた。


「逃がさない」


――炎弾


 今度は顔面を狙った。

 直撃。


 槍は地面へと放り出され、掻きむしるようにゴブリンは両手で顔を覆う。


 視界を失った相手にゆっくりと近づき、その両腕に向かって短剣を振り下ろした。鮮血が飛び散り、両腕がだらんと放り出される。無防備になった顔面に二つの刃を突き刺す。

 

 断末魔の叫びが樹海に響く。

 相手が悪かったな。ブラッディベアとの戦闘を見ていれば、こいつらも俺にちょっかいをかけてこなかったかもしれない。


 ふいに、茂みから音が聞こえた。

 今度は索敵は怠っていなかった。

 最後の一体の叫びを妙に思っていたからだ。

 

 思った通り、茂みの奥から、わらわらとゴブリンが這い出してきた。その数、十。あれは、仲間を呼ぶ、助けを求める声だったのだ。


「これは、奥まできたかいがあったかもな」


 魔力にはまだ余裕がある。こちらは傷一つない。

 五体ではまったく相手にもならなかったが、さて、十体ともなると、それなりに苦労はするかもしれない。


 と思ったも最初のうちだけだった。

 十体いても、同時に十体攻撃できるわけではない。


 俺を取り囲むように、逃げられないように展開するぐらいで、後は五体のときと何も変わらなかった。絶え間なく攻撃が繰り返されるため気が抜けない程度であって、一度に相手にするのは常に二、三体だった。


 炎弾を効率よく使うことで、うまく牽制しておけば、各個撃破できる。

 五体相手にするのに比べて時間は多少かかったものの、十体のゴブリンも相手にはならなかった。


 ほどなくして、十五の死体が転がっていた。

 

 しかし、ほんの少し奥に進むだけで、こんなに多くのゴブリンが、魔獣がわらわらと出てくるのか。

 どうりで魔境と呼ばれるわけだな、と俺は思った。


 もっと奥へと進めば、どれほどの数の魔獣が出てくるのか、どんな強力な個体が出てくるのか、興味はつきなかった。

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