第14話:五歳
時を重ね、俺は、ノルドはやっと五歳になった。
身長も少しずつ伸び、とはいってもまだアランの腰を少し上回った程度ではあるが、握力も脚力も成長し続けている。
双撃を放っても、威力を調整すれば手首や手の骨が折れることもなくなった。
ただ、ヒビは多少入るのか、強い痛みが残るため、治癒なしでの連発はまだできない。
飛斬はあまり練習していないこともあって、まだ実用にはほど遠い。
射程は伸びているとはいっても、本当に気持ち程度だ。
近距離戦闘で相手を混乱させる程度には使えるかもしれないが、溜めがいるため、使いどころはやはり限られる。
魔力の総量もかなり増え、炎弾であれば五十発以上放っても、まだまだいけるほどになった。
上限は分からないが、百はいかないぐらいか。加えて、威力自体も少し強くなった。
アランは何度か仲間を連れて、ノースライト王国との国境へ旅立ち、長いときで二、三か月の間、砦を空けることがあった。
だが、戦闘は散発的で小規模なものだったらしく、誰一人大きな怪我をすることもなく、砦に戻ってきていた。
要は、毎年定期的に起こる、小競り合いのようなものらしい。
そんな俺が、これから何をしようとしているかというと、リリアに連れられて訓練場に来ていた。
アランと剣術の訓練をしている区画ではない、魔法や弓の試し打ちをする標的が用意された区画のほうだ。
そう、五歳になったということで、ついにリリアに火魔法を教えてもらうのだ。
区画の端には、ジャ―ヴィスとその娘のウェンディもいる。彼らも魔法の訓練をしているようだ。
「ノルドに何の魔法の適性があるか分からないけれど、そうね、火だといいのだけれど」
不安そうにリリアは言う。
まあ、ノルドはアランとリリアの息子なのだから、順当にいけば、火魔法の適性は最低あるだろう。
それが血の力というものだ。
リリアは単一属性の魔法使いで、火魔法しか使えない。
俺に火の適性がなければ、教えられない。それを懸念しているのだろう。
だが、残念ながら、適性があることはもう分かっているのだな、これが。
すでに炎弾も炎壁も使えますよ、とは言えないので、黙っているしかないのだが、早く使って安心させたかった。
「まずは、体を巡る魔力を感じて」
うん、と言いながら、目を閉じて魔力を感じている振りをする。
「そしたら、手のひらに炎を浮かべるイメージをしてみて」
右手を上に向け、そして逡巡したが、炎の球を出すことにする。できない振りをする必要もないだろう。
そして、実際に、小さな炎の球が生成された。
「え、も、もう?」
いや、これでも大きさはかなり小さくしてはいるんだが。
「できた?」
「も、もちろん。こんな早くできるなんて……」
「天才?」
「そ、そうかもしれないわね、ほんと」
一回でできたので、さすがにリリアも戸惑っているようだ。
まあ、これぐらいは許容範囲だろう。
俺としては、さっさと火魔法の使い手として認知してもらいたいのだ。
そうすれば、好きなだけ火魔法を使うことができる。
剣術と違って、魔法というのは適性や才能次第で、すぐに使いこなしたり、子供の頃から上級魔法を使う者たちもいる。
それが特別ではあっても、稀ではない。
「魔力はどうなのかしら、だるく感じたり、眩暈がするようなことはない?」
「ないよ」
「そ、そう。そしたら、その火の球をあの的に向かって飛ばせるかしら」
言われた通り、右手をかざし、炎弾を的に向かって放つ。
俺の手から放たれた炎は、真っすぐに的に当たった。まあ、威力は抑えてあるから、射貫くことはできなかったが。
「あ、当たるの?」
「当たったね」
「制御も、え、本当に?」
まあ、毎晩、樹海で訓練し続けてきたからなぁ。
そもそも動く的に向かって当ててきたのだ。静止している的なら一発で当てるのも造作ない。
上目遣いでリリアの様子を見る。あまりの驚きで目を見開いている。
「も、もう一回やってみましょうか」
「はい、お母さん」
炎弾を再び同じ的に当てる。驚愕のせいか、リリアの口は開きっぱなしだ。
何だか、ちょっと楽しくなってきた。
「もう一回やっていい?」
「え、えぇ」
俺は今度は炎を二つ生み出し、同時に射出した。
さすがに二発同時に着弾した威力に耐えられなかったのだろう、的は割れて吹っ飛んだ。
想定外のことだったのだろう、リリアは絶句している。
いや、ほんと、その反応を見ているだけで楽しい。
「リリア、ちょっと、そこで見てたんだが……」
気が付けば、ジャ―ヴィスとウェンディが傍まで近づいていた。
ジャ―ヴィスは俺をちらりと見て、そして、俺が射抜いた的に視線をやって、そしてリリアに話しかけた。
「ノルドは炎弾がいつの間に使えるようになったんだ?」
「え、えっと、今なんだけど……」
「今?」
「えぇ、今教えたばかりなんだけど……」
二人して黙ってしまった。
いや、そんな深刻に考えなくても。
「これは……アランと剣術の訓練するより、リリアと魔法の訓練をしたほうがいいんじゃないか?」
「そ、そうかな」
「天才の域だろ、これは」
「まだ打てるのかい? だるく感じたり、眩暈がしたりとかはしてないかい?」
またそれか。残念ながら、俺はまだまだいけるのでね。
「まだいけるよ」
「いくつまで炎を生み出せそうだ? やってみてくれないか?」
うーん、と俺は唸った。生み出すだけなら、十はいける。だが、それをすべて制御するのは不可能だった。的に当てるなら、三発が限度といったところか。
かといって、十の炎を生み出すのはやりすぎな気もするし、それで判断されて魔法一本でいきましょう、剣術の訓練はやめましょう、っていうのも困る。かといって、三発放って、全弾命中させてしまうと、生み出すだけならもっといけるんじゃないかと思われてしまうだろう。
ここは手抜きが必要なところか。
「やってみる」
俺は炎弾を三つ同時に放った。二発は新しい的に、一発は意図的に手前に着弾させる。
「ほぉ」
「ノルド、凄い……」
リリアとジャ―ヴィスが感嘆の声を上げる。
まあ、初日だからこの程度が妥当なところだろう。炎壁にいたっては、おいおい、まあ、物事には順番というものがある。
「五歳でこれか。天才だな」
「ちょっと、ジャ―ヴィス、そんな持ち上げないでよ」
「どっからどう見たって天才じゃないか?」
「それはそうかもしれないけど……」
興奮するジャ―ヴィスに比べて、リリアは戸惑っている様子だ。
リリアの様子が俺には少し不満だった。
確かに驚き、喜んではいるのだが、なぜか不安げな感情が勝っているように思える。
「お母さんはあんまり嬉しくないの?」
「そういうわけじゃないんだけど、凄いのよ、ノルドは凄いんだけど、ちょっと驚いちゃって」
やはり、どうも様子がおかしい。何か、気になることでもあるのだろうか。
そんなことを考えていると、ウェンデイがジャ―ヴィスの裾を引っ張っていた。
「ノルドより、あたしのほうが凄いもん!」
ウェンディは顔を少し赤らめて、胸を張って言う。
「ウェンディはもう風刃が使えるんだったかしら?」
リリアの問いに、ウェンディは鼻息荒く、もちろん、と答えた。
「へぇ、見てみたいな」
本当に使えるなら、それはそれでウェンディは凄い。
彼女も俺と同じ五歳なのだから。
風刃は風の攻撃魔法の基本中の基本だが、射程、攻撃力ともに使いやすく、戦闘で役に立つ魔法だった。
「じゃあ、仕方がないからリリアおばさんに見せてあげる」
頼んだ俺じゃないのかよ、と突っ込みそうになったが、ちらりとウェンディを見ると、彼女は睨むように俺を見返した。
どうやら、ライバルだとでも思われているらしい。
「ウェンディの腕前を見て!」
風刃が放たれる直前、俺は感覚強化を使った。
直接風の刃を『見る』ことはできないが、これで、空気を切り裂いて何かが『飛んでいく』のを感じることはできる。
前世ではよく飛斬で迎撃したものだった。
ウェンディから放たれた不可視の刃が、一番遠くの的に直撃し、半壊させた。
おぉ、と、俺はつい驚きの声をあげる。
射程も申し分なし、威力も十分だ。
さすがに、相手の腕を斬り落としたりするほどの威力はなさそうだが、傷は与えられるほどの効果はあるようだ。
もはや実戦でも使えるだろう。
人間相手であれば、痛手を負わせて、引かせることぐらいはできるかもしれない。
とはいえ、致命傷にはなりえないだろうから、イノシシを狩る場合は、二、三十発は必要かもしれないが。
「ウェンディ、凄いわね」
「でしょ、でしょ」
リリアから褒められて、ふふん、とウェンディはさらに胸を膨らませ、満足げといった様子だ。
まあ、五歳でこれだけできれば天才の部類なのかもしれない。
「リリア、ノルドに風魔法の適性があるかどうか試してみるかい?」
「そうねぇ、複数属性持ちっていう可能性もあるかもしれないけれど……」
そうきたか。
まあ、火魔法を一発で成功させたんだから、他の属性も使えるかもしれない、と思うのは当然だよな。
だけど。
「いや、いいです」
「なぜだい?」
「お母さんに教えて欲しいので、今は火魔法を習いたいです」
まあ、リリアうんぬんは言葉のあやで、実際のところ、風魔法の訓練に時間を割いている暇はないのだ。遠距離攻撃は炎弾で十分だし、そのうち風刃の代わりになる飛斬も使えるようになるだろうし。
それよりも、さっさと火魔法の使い手として認めてもらわないと、教えてもらってもいない炎壁とか間違って使ってしまうかもしれない。何で教えてもいない魔法が使えるんだ、とかなっても困るし。
だが、その言葉は、想像以上の効果があったようだ。
さっきまでの不安げな表情はどこかへ、リリアは満面の笑みを見せた。
「じゃあ、ノルドは当分、お母さんと火魔法のお勉強ね」
「うん」
まあ、勘違いさせたことは申し訳ないが、リリアと訓練するのが楽しいのは事実だ。
あまり成長が早いと、この訓練もすぐ終わってしまうかもしれない。
もう少し、ゆっくり手の内を明かしてもいいかもしれない、そんなことを考えた。
「炎弾そのものはともかく、複数の炎を制御することを一回で成功させるっていうのは、一体どういう……」
ジャ―ヴィスが去り際にぶつぶつ言っていたのを俺は聞き逃さなかった。
まあ、普通そう思うよな。
次に会ったときに、三発同時に的に命中させると、きっとジャ―ヴィスはひっくり返ってしまうのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます