第13話:剣術訓練
今日はまた、アランに言われて剣術訓練になった。
小ぶりな木剣を渡される。今まで使っていた木剣の中で一番小さい。こんなサイズは今までなかったのだが。
俺が訝し気な表情をしていると、アランは自慢げに胸を張って言った。
「新しく作ったんだ。これで新しい訓練をする」
そしてこれまた小ぶりなラウンドシールドを手渡される。
おぉ、これは、今までのような両手剣ではなく、片手剣の練習をするのか。
「だいぶ腕力もついてきたからな」
「でも両手剣の練習は?」
「何がお前のスタイルに合っているか分からんからな、片手剣を試してみるのも悪くない」
すいません、両手剣も片手剣も好みじゃないんです。
というより、双剣以外を使う気はない。
そうも言えず、とりあえず受け取った剣とラウンドシールドを装備して構えてみる。
「まずは、盾を使って、父さんの攻撃を防いでみろ」
放たれた攻撃を、盾を使って外側へと弾く。
正面からまともに受けたら、腕がやられるか、体ごと吹っ飛ばされてしまう。
「お、何だ、ノルド、お前……」
再びアランの剣が俺へと迫る。
明らかに力が抜かれ、振り下ろされる剣速が遅いということは分かっている。
それでも普通の四歳児にとっては、怖い、という感情を受けるほどの攻撃ではある。
のだが、ブラッディベアの爪に比べれば、どうということもない。
斜めに盾を出し、剣と盾が接触する瞬間に、力を込めて外側へとはじく。
「こいつは……」
まあ、実際のところ、片手剣と盾というのは、双剣での戦い方と似ている部分がある。
剣を逆手にもって腕の力で相手の剣筋をいなすというのは、盾を使ってはじくのと原理的には同じだからだ。
実際には、剣でいなすほうが技術がいるから、盾でいなすほうがはるかに簡単なのだが。
二度も剣をいなされて、アランは驚愕の表情を見せている。
「驚いたな、ノルド、お前、才能あるんじゃねぇか?」
本当に嬉しそうに笑う。
息子に戦いの才能があることを知って、喜びが抑えきれないのかもしれない。
「じゃあ、今度は反撃してみろ」
そう言われ、逡巡する。
身体強化と加速を使えば、おそらく一撃を与えることは可能だろう。つい、そう思ってしまったのだ。
いやいや、とその感情を押さえつける。
俺は普通の四歳児なのだ。その場の感情で力を見せることはできない。
「いくぞ」
三度、アランの剣が放たれた。
俺はまた盾でその攻撃を外側へといなすと、返す刀で、体を地面へと傾けながら、左の剣をアランの左足首へと振り放った。
瞬間、アランは左足を上げ、そのまま俺の剣ごと地面へと踏み抜いた。
その強烈な衝撃で、俺は剣を握り続けることができず、手放して落としてしまう。
「おい、今のは」
しまった、やっちまった。
樹海での訓練が身に染みていた俺は、相手の足首を狙うことが自然になってしまっていた。
どう考えてもおかしいだろう。
剣に、戦いに慣れ親しんでいないガキが、いきなり相手の機動力を奪いに的確に狙いを定めにきたら、訝しまれるのも仕方がない。
「何で足首を狙ったんだ」
「だ、だって、か、体には届かないし……」
「ふむ」
うまくごまかせたか?
普通に考えれば、盾でいなした後、剣は正面に垂直に振り下ろす、そうなるのが妥当だ。
これから剣を覚えます、という四歳児のガキが、いきなり、体を傾けながら、足首を正確に狙ってきたらおかしいだろう。
「悪くはない、悪くはないんだがなぁ、理にかなってはいるんだが、それは……」
でしょうね。
やはり納得できていないようだ。俺でも不審に思う。
「背が低いんだから、仕方ないじゃん!」
やけくそに反論する。
「ま、まあ、それはそれでいい、だがな、今度は正面に打ち込んでこい」
俺の勢いに押されて、アランは渋々といった様子で感じていた疑問を放置したようだ。
地面に落ちていた剣を拾ったのだが、手首に違和感があった。どうやら、剣を無理やり踏まれた衝撃で痛めたようだ。
「手首がちょっと痛い」
そう申告すると、アランは慌ててジャーヴィスを呼んできてくれた。
彼に治癒を受ける。さすがベテランの聖魔法使い、まだひよっこの俺とは違って、一瞬で痛みは消えた。
「僕も聖魔法覚えようかな。治癒が使えたら便利でしょ?」
「それは無理だな」
「何で?」
「成人にならないと祝福の儀は受けられない」
アランから知らなかった情報をつげられて、俺はついつい前のめりになる。
「成人ってことは十五歳ってこと?」
「そうだ」
「祝福の儀って?」
「聖魔法を覚えるための儀式だ。教会で唯一神トリスタンの祝福の儀を受ける必要がある」
何だよ、それは。
そんなものはきいたことがない。
バールステッド大陸では誰でも女神リーズの祝福を受けることができた。
聖魔法が使えるかどうかは才能と問題だとされていた。もちろん、子供も大人も変わらない。子供でも使えるやつはいたし、大人でも使えないやつはいた。
「それを受けないと、聖魔法は使えないの?」
「まあ、基本的にはそうだな」
「基本的には?」
「例外もある」
おっと、何だ、そういうのを求めていたんだよ、俺は。
祝福の儀を受けていない俺が、何で治癒や状態回復の魔法を使えるのかはどうでもいい。
そもそも前世で使えていたんだから、ノルドの体で使えても不思議はない。
前世から引き継いだ知識と経験ってことで納得できる。
「例外って?」
「稀にだが、祝福の儀を受けなくても聖魔法が使えるものがいる」
おお、じゃあ、俺はその例外ってことでいいんじゃないか。
これで治癒や治療を堂々と使える。
「だが、儀式なしで使えるものは『神の使徒』として教会に徴用されるのが一般的だな」
徴用って、要は、教会に連れていかれるってことか?
また訳の分からない話が出てきた。
「つまり、十五歳にもならずに、しかも祝福の儀を受けていないのに、聖魔法が使えるっていのは特別なことだから、そういう人は教会のために働く必要があるってこと?」
「まあ、そうなるな」
おいおい、特大の地雷じゃねぇか。
「それってどれぐらいの間、教会で働かないといけないの?」
「さあ、知らん。そもそも、祝福の儀を受けずに聖魔法が使えるなんて話自体が稀だからな。聞かないってこともないが、ウェスクでも数例聞いたことがあるかどうか、って程度だ。十五歳にならずに使えるやつがいたら、それは間違いなく大騒ぎになる」
最悪だ。
単騎でブラッディベアを狩ったどころの話じゃない。治癒や状態回復を使っているところを見られた途端、教会送りってことじゃねぇか。
「教会って、ウェスクの王都とかの?」
「違う、本山だな」
トリスタン教国ってことか。
ああ、もはや、人前で治癒や状態回復を使うことはできなくなったと言える。
最低、十五歳までは待つ必要があるのだ。
十年以上先だ。
長すぎる。
最悪、トリスタン教国送りになったとしても、神官騎士になるとか、対ハーミット戦に向けて戦い続けることは可能かもしれない。
だが、俺にはトリスタン教国がどういうところか分からない。自由があるのかどうかすら分からない。下手をすれば、死ぬまで治癒と治療要員で働かされる可能性もなくはない。
状況からすると、なぜ祝福の儀を受けてもいないのに聖魔法が使えるのか、実験台になるとか、そんな悲惨な未来もありえる話だ。
「ま、祝福の儀を受けるのには金も手間もかかるし、お前が聖魔法を覚える必要はない」
うちには、ジャ―ヴィスや他の聖魔法使いもいるしな、とアランは笑いながら付け加えた。
そういう問題ではないのだが。
今の状態で双撃を放つと、間違いなく、手首や手の骨がもっていかれる。
あと数年経てば、それもどうにか解決されるかもしれないが、それまでの間、どうするのだ、ということになるのだ。
しかも、魔獣にしろ、人相手にしろ、戦えば傷を負うことは十分にありうる。
その際に、治癒も状態回復も使えないというのは困る。
今のように、近くにジャ―ヴィスや他の聖魔法使いが常にいてくれるというわけではないのだ。
せめて、目に見えない傷、例えば双撃を放った後の手首の痛みなどは、隠れて治癒できるようにしておかないといけない。
聖魔法を使った際の、白銀の光を見られてはならないのだから。
前世では、一部の熟練した聖魔法使いたちは、内部の傷を直接治すことができた。
傷の外側から魔力を浸透させて治癒させるのではなく、体の内側で直接聖魔法を発動させて治すというやり方だ。
骨折や、体内の出血、そして毒や麻痺などの状態異常であれば、自らの体内で直接治癒・状態回復するのだ。
他者の治癒や状態回復にはこの方法は取れない。
だが、少なくとも自分の傷は、自分で、他者に気づかれず治すことが可能だ。
これは最優先で取り組まないといけない。
そんなことを真剣に考えていると、アランが再び両手剣をもって構えた。
「さ、痛みも消えただろ、続けるぞ」
アランに言われて、再び剣と盾を拾って構える。
片手剣の訓練を続けながら、俺は上の空だった。それをアランに悟られることもなく、剣術訓練は続いていった。
アランの剣を盾ではじき、反撃の剣筋をお見舞いする。
すべては簡単に彼にかわされていたが、そんなことはどうでも良かった。
今はまだ、昼間は、体内で聖魔法を発動させる実験を行うことはできない。失敗すれば、聖魔法を使えることがばれてしまう。
夜が来るのを待つ。
なるべく早く、聖魔法の問題を解決しないとならない。
もし、トリスタン教国送りになれば、砦のみんなや、アラン、そしてリリアはどう感じるだろう。
喜びはしないだろう。きっと困らせて、そして、悲しませてしまうだけだ。
二人の涙は見たくない、そう思った。
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