第10話:ヴァンデッド

 今日はいつもの訓練とは少し趣向を変えてみた。


 砦の外に隠していた死者のローブを身に纏い、顔を隠して、ギニア大樹海には向かわず、平野のほうへと足を向けた。

 位置的には、ちょうどジリク砦から辺境都市ヴァリアントへと向かう方角になる。


 目的は、特にない。


 あえて言うとすると、ちょっとそっちのほうに何があるのか、気になっただけだ。

 身体強化の訓練を兼ねての、地理調査、といったところか。


 もちろん、何かあったときのために、帯剣はしている。


 アランの話によると、ヴァリアントにはいつも馬を使っているとのことだったので、朝になるまでにヴァリアントに行って砦に戻ってくるのは不可能なことは分かっていた。一時間ほど走って、行けるところまでいって、戻ってくるだけの予定だったのだ。


 そのはずだったのに。

 索敵に何かが引っ掛かってしまった。


 このまま進めば、俺の前方を通り過ぎるような形で、人が一人、北から南に向けて移動していた。

 速度からいって、馬に乗っていることが分かったが、かなりの速度が出ている。


 それを追う形で、さらに三人の反応がある。

 こちらもかなりの速度が出ている。おそらく、同じように馬で追っているのかもしれなかった。


 まだ視界には入らない。


 深夜ということもあって、おそらくかなりの距離に近づかないと視認はできないだろう。

 しかし、このまま真っすぐ進めば、ちょうど俺とかち合う距離にはあった。

 

 走りながら、どうしようか悩んでいると、前方を走っていた一人の反応が急に止まった。

 落馬したか、それとも馬が疲れで止まったか。

 

 その一人の反応が、再び動き出した。ゆっくりとした様子で、少しずつさらに南へと移動する。

 だが、いかんせん遅すぎる。あと数十秒もしないうちに、後ろの三人に追いつかれるだろう。


 状況からして、同じ集団とは思えなかった。

 落馬したにしろ、馬が疲れて止まったにしろ、仲間なら、前方の一人は、後ろの三人を待ってもよいはずだ。


 困ったな、と俺は独り言ちた。


 とりあえず、気配遮断を使いながら、視認できる距離まで近づくことにする。

 こちらは身長わずか大人の腰程度の四歳児なのだ。

 仮に向こうの索敵に引っかかっているとしても、小さな魔獣程度にしか思われないだろう。


 ある程度の距離まで近づくと、女の悲鳴が聞こえた。


「来ないで」


 声質からして、少女ではない、二十代から三十代ぐらいの感じがした。

 

 後方の三人が追いつき、ゆっくりとした足取りでその女へと向かう。

 困ったことになった、と思いつつ、俺はさらに距離を縮めた。雰囲気からして、追手のほうは俺に注意を払っていない。


「手間かけさせやがって!」


 暗がりで風貌はよく分からなかったが、怒鳴り声をあげたのは男だった。


 一歩前に出たその男が、女に向かって蹴り上げる。

 ぐぅ、という呻き声とともに、女の体が少し跳ねた。


「てめぇが馬を奪うから、ウェスクまで出向く羽目になっちまったじゃねぇか」


 倒れこんだ女に対して、同じ男がしゃがみ込んで言う。

 彼女の髪を掴み、顔を引き上げて、もう片方の手で頬を引っぱたいた。


 話から察するに、ノースライト王国から逃げた女を男たちが追ってきた、ということなのだろう。


 状況だけ見ると女が被害者で、男たちが加害者の構図に見えるが、実際のところはどうだか分からない。

 女がスリか何かで男の金を奪って逃げたのなら、彼女は捕まって当然ということもあるだろう。


 とはいえ、俺がのこのこ出て行って、まずは話を聞かせてください、というわけにもいかない。

 男たちはかなりご立腹のようだし、暴力も辞さないという感じだ。

 やはり相手を無力化してからじゃないと話はできない。


 だが、無差別に喧嘩を売ってたんじゃ、身バレしたときにアランやリリア、砦のみんなに迷惑がかかる。

 理由付けが必要だ。正当な理由が。


 女が襲われていました、だから、助けようとした。それで十分か。

 

 まあ、そもそも、身バレしては困るのだが。


 とそこまで決心がついたところで、じゃあノルドの体で勝てるのか、という話になる。

 一対三、それも貴重な初めての対人戦ときた。簡単じゃない。

 だが、相手はこちらに気づいていない様子だし、不意打ちをかけられると考えれば勝機は十分にあるか。


 どうやら、男たちは女を殺すつもりはなさそうで、抜刀もせず、彼女の髪を掴んで引きずって馬の元へ戻ろうとしていた。

 では、いきますか。


――身体強化


 気配遮断をかけたまま、地面をすれすれに体を低くして、男たちへと背後から急襲をかける。

 射程距離に入った瞬間、右手をかざす。


――炎弾


 三つの炎の球を男たちに放つ。一人は後頭部に、後の二人は背中に命中した。


「ぐぁ」

「何、だ」

「頭がぁぁ」


 そのまま、女の髪を掴んでいた男の足元へと駆け寄り、両足の腱を斬った。

 これで一人目の無力化に成功。


 だが、


「何だ、ゴブリン!?」

「樹海から出てきやがったのか?」


 おいおい、暗がりで、しかもローブで顔を覆っているからといって、ゴブリン扱いはないだろう。

 そっちがそういう扱いなら、俺にも言いたいことがある。


「ギャッギャッギャッ」


 はい、俺はゴブリンです。

 おかげさまで身バレしなくて済むので、ありがたい。


「何でゴブリンが魔法使うんだ?」

「あれだ、ヴァンデッドっていう特殊個体じゃねぇのか」


 そう言いながら男たちが抜刀する。装備は最低限のようで、革製のベストと長剣のみのようだ。

 次の手は考えてある。


――炎壁


 残りの男たち二人を分断するように炎の壁を出現させる。

 これで同時に俺に襲い掛かるのは不可能になった。


 右手の死者の短剣を逆手に持ち、腕に這わせるように持つ。


「ゴブリンごときがぁ、舐めてんじゃねぇぞ」


 大ぶりな剣筋に対して、俺は右の短剣をあてがう。刃と刃がぶつかった瞬間に、右腕の力で死者の短剣を外側へとはじく。

 二刀流の最も初歩的な、いなしの技の一つだ。


 両手剣と片手剣じゃ、普通に力負けしてしまう。だから、片刃の剣を利き手に持って、腕に添えてその腕の力を使ってはじくのだ。


 相手の動きが一瞬崩れた。

 刹那、俺は左手に持っていた商人の短剣を使って、相手の大腿部を斬りつけた。


「あ、がっ」


 斬りこみは浅かった。だが、殺すことが目的じゃない。

 膝をついた男の顔は、ちょうど俺の視線の高さまで低くなった。そう、真正面に相手の顔がある。


 俺は右手を突き出し、呟く。


――炎弾


「ぎやぁぁああああああ」


 まともに顔面に炎の球を喰らい、男は叫びながら地面をのたうち回った。両手で、必死に火を消そうともがく。

 まあ、四歳児の手の大きさ程度だ、少しの火傷と髪の毛を焦がすぐらいで済むだろう。


 男の足元に転がっていた長剣を、遠くへと放り投げる。

 これで二人目。


 息つく暇もなく、炎の壁を回り込んで、三人目の男が斬りかかってきた。

 

「ギャッギャッ」

 

 ゴブリンらしいゴブリン語を話しながら、俺は後方に跳躍して距離を取る。

 そこで最後の一人は、追撃してこなかった。どうやら、慎重な性格らしい。これは要注意。


「ヴァンデッドだか何だか知らねぇが、ゴブリンごときにやられてたまるかよ」


 じりじりと男が回り込む形で移動する。


 俺は、視線を周囲に散らす。女はすでに姿が見えなくなっていた。

 馬も一頭いない。なんと逃げ足の速い。


 これで、女を守る必要もなく、その女に襲われることを注意する必要もなくなったのだと考えると、ありがたいことこの上ないが。


「ギャッギャッギャッ」


 相手をからかうようにゴブリン語で笑う。

 さて、どうくるかな?


「舐めやがって」

 

 突撃してきた男が選んだ選択肢は、右斜め上から左斜め下へと向かう袈裟懸け。

 だが、角度がほとんどない。横薙ぎに近い一撃。


 それは悪手だ。


――斬環


 体を回転させながら跳躍し、相手の刃が俺の下を通り過ぎる。そのまま、俺は二つの刃を相手の手の甲へと喰らわせた。


「ぐぉ」


 呻き声とともに、剣が地面へと落ちる。

 そのまま、男は両の手の甲を押さえ、前かがみになって地面にひれ伏す形になった。


 駄目だね。


 一見すると無力化できたような感じだが、まだ戦意が駄々洩れだ。

 そもそも、ノルドの力では、手の表面を軽く切り裂いたに過ぎないのだから。


――炎弾


 何発も連続してうずくまった男に打ち込む。


 おそらく、男はとどめを刺そうと近寄った俺に体当たりでもするつもりだったに違いない。剣より体術に自信のあるタイプなのかもしれない。


 さすがにこの対格差で締め技でもされたら、たまったもんじゃない。

 距離を取ったままでいさせてもらう。


 全身に何発もの炎の球を打ち込まれた男は、叫びながら地面を転げ回った。

 後の二人も、何やら叫んだり、呻いたままだ。


「ギャッギャッ」


 索敵をかけたが、女の反応がない。どうやら、馬は十分に駆けてくれたらしい。

 どこに逃げたのかは分からないが、うまくヴァリアントにでも着けばいいのだが。


 というわけで、俺もこの場から撤退することとした。


 一応、三人とも無力化できたと思うが、再び剣を取らないとも限らない。このまま続けたら、完全に殺し合いになってしまう。

 こちらとしては殺すつもりはないのだ。


 三人が地面に転がっているのを見届け、全速力でこの場から逃げ出した。

 勝ったほうが逃げ出すというのもおかしな話だが、面倒ごとにこれ以上巻き込まれるのは御免だ。

 

 ノルドの体での対人戦の経験、という意味では今日の戦闘は十分な価値があった。

 不意打ちであれば一対三でもどうにかなることも証明された。


 予定外のことといえば、一週間ほど経ったころ「双剣のゴブリンが平野に出るらしい」という噂が立ったことぐらいか。

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