第9話:戦技
樹海の中に隠しておいた死者の短剣と、商人の短剣を手に取る。
やはり良い。
前世の感覚が戻ってきて、体に馴染んできているのが分かる。
今晩、ついに戦技を試すときがやってきたのだ。
まず試すのは、はやり双撃だ。
これは、威力が非常に高く、攻撃力が低い今の俺にとっては、願ってもない技になる。
一刻も早く覚えたかった。
基本は順手で持った両手の剣を、魔力を帯びさせた状態で相手に打ち込む技になる。
逆手で刺突として使う場合もあるが、確実に相手を仕留めるときにしか使わない。
手ごろなイノシシを見つけて、まずは四肢に攻撃を加える。機動力を失わせた後、短剣に魔力を十分に纏わせる。
――双撃
順手で持った短剣を、V字型にイノシシの首元に打ちこむ。
それは十分な威力をもってイノシシの首筋を切り裂き、絶命の咆哮が周囲に響いた。
イノシシの首を斬り落とすのには十分ではなかったが、一撃で殺せる程度の威力は確認できた。
だが、その威力の代償は大きかった。
手首が衝撃に耐えられず、ミシリと言う音を立てたのが、何となく分かった。
激痛が俺を襲う。
短剣を落とし、俺は地面にうずくまった。
手首が少しずつ腫れてくるのが分かる。
間違いない、骨が折れたか、亀裂が入ったのだ。
手首に治癒をかけると、少しずつ痛みと腫れが引いていった。
魔力も技術も、双撃を放つことができる十分なレベルに達していたことは僥倖だった。そういう意味では成功だと言えるだろう。
しかし、体がついてこない。
魔力と技術が十分でも、身体強化をかけてなお、四歳の小さな、成長途中の体には耐えられないのだ。
たしかに、治癒を使えば、再度双撃を放つことは可能だろう。
だが、実戦向きとは言えなかった。これでは連戦はできない。
せいぜい、一日一発、しかも怪我を覚悟しないと使えない。
最後の、どうしても追い詰められたときの保険ぐらいにしか使えないだろう。
うーん、と俺は唸った。
纏う魔力を下げるなり、五分の力で斬りつけるなどして威力を下げることもできるが、それでは双撃である必要性がない。
身体強化の強度をさらに上げなければならないが、それは一日二日でどうにかなるものでもない。訓練が必要だ。
当分は、自身の成長を待ち、身体強化をさらに極めることに時間を費やす必要があるかもしれない。
次に試すのは、斬環。
体を三百六十度球状に回転させながら、複数の斬撃を周囲に展開させる。
これはかなり使い勝手の良い戦技の一つで、一対一でも一対多でも使える。
一対一なら、敵の攻撃をいなしながら、さらに反撃として相手に斬撃を浴びせることができる。
剣戟を与えながら、自身の体を相手の上部や左右に展開させ、無防備になった相手に続けて双撃を当てるなど、特殊な使い方ができる。
一対多なら、周囲から一斉に襲ってきた敵の斬撃を、同時に防ぐことができる。
厳密にいえば、完全に同時に放たれた複数の敵の攻撃を斬環で防ぐことは不可能だが、現実的にはそんな状況はほぼありえない。敵の攻撃に少しでもズレがあれば、それぞれの攻撃に対して反撃として使える。
また、無防備な集団に突っ込んで、一度に複数の敵を攻撃する際にも使える。
まずは、その場で跳躍し、体を捻って球状に回転させる。
うん。
まあまあ、うまくいく。いや、むしろ、前世のワーウィック・エキスピアスの時よりも体が軽く、動きやすい。
次に斬撃を繰り出してみる。
――斬環
体を三百六十度回転させながら、可能な限り多くの斬撃を放ってみる。
何度か繰り返してみたが、一回転している間に放てるのは、運が悪ければ二撃、頑張ってうまくいったとして、三撃が限界。
思ったよりもうまくいかない。
最低でも四撃、できれば、五から六撃欲しい。
でなければ、四方を同時に囲まれたときに防御として使えない。
できない理由は酷くシンプルだ。
回転が速すぎる。
体が小さく、軽い分、三百六十度回転するのが一瞬で終わってしまう。当然、その間に放てる斬撃は限定されてしまう。
もう一つの理由は、跳躍力が足らず、高さが低すぎることだ。
地面に着地するまでの時間が短い。
回転が速いうえに、滞空時間が短いせいで、放てる斬撃が限られてしまう。
考えを少し変えてみた。
一回で足りないなら、二回すればいい。
――連斬環
二回の斬環を連続して繰り出す。
これで斬撃は四つとなった。
回転が速く、一回の斬環の滞空が短いことを逆手に取った考えだ。
が、うーん、やはり一回目と二回目の斬環の間に、敵が攻撃できるだけのわずかな空白が生まれてしまう。
敵の攻撃が散漫で、同時でなければどうにか役に立つかもしれない、といった程度か。
おそらく防御用としては戦場では使えないだろう。
集団戦で、斬りこむ分には使えるか?
微妙なところだ。
体が小さく、回転が速いというのは良いことでもある。その分、敵に即座に攻撃を加えられるということだ。
だが、それなら普通に跳躍して攻撃すればいいだけの話になる。
滞空時間が短いのはいかんせんともしがたい。
双撃と同じく、体の成長を待ち、身体強化を高めて、跳躍力をさらに上げるしかない。
使えなくはない。だが、切り札として使えるかというと、まだ少し微妙といったところか。
双撃に続き、斬環も今のところは微妙な結果になった。
最後は、飛斬。
順手でも逆手でも構わないが、魔力の斬撃を飛ばす技になる。まともな攻撃魔法が使えず、近距離主体になっていた前世の戦いでは、これが中距離の敵相手、特に魔法士や弓使い相手に有効な手段になっていた。
目標は眼前の大木。
――飛斬
魔力を纏った斬撃を前方に放つ。
が、木の幹には傷一つ付かなかった。
とりあえず、前世の最大距離だった幅を取ってみたのだが、届かなかったらしい。
距離を木から二十歩ほどに縮めて、再度、飛斬を放ってみる。
やはり、目標には届かなかった。
十歩メートルほどに近づいてみる。
何度か飛斬を放ってみたが、まったく届く気がしなかった。
五歩の距離まで縮めてみた。
だが、それでも斬撃は木の幹に傷を与えることはできなかった。
飛斬が成功している気はするのだが……。
斬撃が当たるか当たらないかの距離まで木に近づいて、再度、飛斬を試してみる。
やっと木の表皮が削れたのが分かった。
絶望的だ。
魔力の斬撃が飛んでいることは確認できた。しかし、それは、顔一つ分といったところだ。
これでは、短剣の斬撃の軌道の外側に、魔力の斬撃がさらに重なっている程度の感覚だ。
飛斬とはいえない。
斬撃が飛んでいない。いや、実際には飛んでいるのだが、それがわずかな距離すぎて、攻撃範囲がわずかに広くなったに等しい。
おそらく、魔力の密度が薄くてすぐに霧散しているのと、斬撃が遅すぎるのが原因だ。
前世のワーウィック・エキスピアスのときだった頃と、今の四歳のノルドを比べるのはまだ早いのは分かっている。
魔力の総量も比べ物にならないのは分かっているが、ノルドは前世で使えなかった火魔法を習得しているから、魔力の操作についてはそれなりの練度に達しているものと思っていた。
だが、それは思い違いであったらしい。
戦場で幾度となく戦いを繰り返し、飛斬を使いこなしていた俺は、自分でも知らぬうちに魔力の操作に秀でていたのかもしれない。
斬撃の遅さについてはどうしようもない。
これも結局、ノルドの体の成長を待ち、身体強化をさらなる高みに上げないといけないらしい。
飛斬はまったく実用には耐えなかった。
だが、対中距離の相手に関しては、ノルドとしては、火魔法がある。炎弾が使えるのだから、飛斬をすぐに実践に使えるレベルまであげる必要はなさそうに思えた。
問題は、双撃と斬環か。
双撃習得による、斬撃の火力の向上は急いでどうにかしたい問題ではある。
今は、イノシシ一匹狩るのにも、いくつもの攻撃を繰り返し、相手を消耗させてやっと狩れるという状態だ。
戦法としてそれしかない。
イノシシ程度ならそれで大丈夫だが、これが熊やオークといった耐久力の高い相手となると、時間がかかりすぎてこちらの体力が持たない可能性がある。
そもそも、耐久戦となると、不意の一撃をもらってしまう可能性がある。一撃で屠れる火力を持つことは重要だった。
一対多における戦法も練らなければならない。
斬環はその対応策となる戦技だった。
それが使えないとなると、やはり、また火魔法でどうにかカバーするしかないかもしれない。炎弾による牽制や、炎壁による敵の分断など、戦い方を前世とは変える必要がある。
だが、悪い話ばかりではない。
双撃も斬環も、飛斬も、今はまだ実用には耐えないとしても、使えることは確認できた。
あとは自身の成長に合わせるだけだ。
そもそも、火魔法が使える時点で、戦い方は前世とは変えることができる。
いや、変える必要がある。
戦技や絶技だけに頼らざるを得なかったワーウィック・エキスピアスとしての俺とは、ノルドの俺は違うのだ。
それからの俺は、双撃と飛斬の練習はいったん止めることにした。
斬環については、少なくとも一対二ぐらいであればまだ使い道がありそうだったので、精度を上げることにした。
特に、二回連続で繰り出す際の、その流れをなるべくスムーズにできるように特訓をした。
前世では連続で繰り出すことはそもそも不可能だったのだ。
一度の滞空時間が長すぎ、着地から、次の斬環に移るまでの隙が大きすぎたからだ。
だが、今の俺は、体が小さく軽い分、着地から次の斬環に移行する隙は小さくて済む。
仮に連斬環と名付けてはみたが、割と使い勝手はいいかもしれない。
もちろん、まだ実戦ですぐに使えるというレベルには達していないのだが、そのうち使いこなせるかもしれない。
戦技を試すうちに、俺は少しずつ考え方を変えていった。
俺は、現世でも前世のワーウィック・エキスピアスとしての力を取り戻すことを目標としてきた。だが、その必要はないのかもしれなかった。
要は、あのエルダーリッチであるハーミットを再び屠ることができればいいのだ。
それは前世と同じ方法でなくともよい。
ノルドとして、今の俺の持てる力、得られる力すべてを持って、やつを倒すことができればそれでいい。
そう考えると、視界が一気に広がったように感じて、俺は嬉しくなった。
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