第8話:四歳

 時はさらに経ち、俺はやっと四歳になった。


 体はまだ少し成長した程度で、身長はまだアランの腰程度しかない。

 まあ、アランが大男すぎるというのもあるが。

 

 アランの稽古は毎日続いていた。


 両手剣の練習をさせられるのは正直困っている部分ではあったが、握力が強くなっているのは実感していた。木剣の扱いにもだいぶ慣れてきている。


 利き手の右であれば、片手でも取り扱えるようになっていた。まあ、子供用の木剣で、さらに一番小さいものを選んでくれているのだから、実戦にはまだ遠いのだが。


 いつもどおり、深夜になると砦を抜け出して、夜間訓練に勤しんでいた。


 樹海の非常に浅い部分で今までは訓練をしていたが、キャシーに殺した動物を見つけられて注目されてきたため、少し奥へと進むようにしていた。


 最近は、狩りや身体強化よりも、火魔法の練習に時間を割いている。

 体の成長が追いつかず、剣術を中心とした戦技の練習をするのにはまだ少し早いと判断したからだ。


 そもそも、双剣使い、もとい二刀流の俺の技を磨くためには、死者の短剣一つでは足りない、もう一本、剣が必要だった。


 砦の木剣をこっそり拝借しようとも思ったが、いくら身体強化で木剣が取り扱えたとしても、その長さが死者の短剣とバランスが悪く、訓練にも実戦にも使えなかった。


 魔力の総量はゆっくりではあるが、順調に増えているようで、やっと炎弾を一日に五十発程度まで放てるようになっていた。

 だが、まだ複数を一度に放つことはできていない。


 できれば、一対多の戦闘を想定して、弾幕を張るために数発でもいいから一度に放つことができればいいのだが、魔力の総量の問題ではなく、技術的な問題で連弾が不可能なようだ。こればかりは、練習を繰り返すしかない。


 だから、一発の威力を強化しようともしたのだが、炎弾を大きくすると、今度は制御が困難になった。


 いくら威力が上がっても、当たらなければ意味がない。スピードもゆっくりになってしまって、着弾までの時間もかなりかかってしまい、まったく使い物にならなかった。


 だから、今日は別の魔法を試すことにしていた。

 魔力の総量が、その魔法を使うのに十分な域に達したと思ったからだ。


 体内のすべての魔力を一気に放出するイメージで、右手を左から右に振りかざし、一気に眼前に解き放つ。


――炎壁


 途端、目の前に巨大な炎の壁が発生した。

 高さで言えばアランの身長を超えている。

 幅も、複数の敵の視界を遮ったり、分断させるには十分なように思えた。


 成功だ。

 炎弾で弾幕が張れないなら、炎の壁を代わりに使う。


 当然、この魔法は防御用だ。

 もしくは、撤退時に敵の足止めに使う。


 だが、魔力をごっそりと持っていかれたのが分かる。一回の炎壁で半分近くの魔力を使い切ってしまった。あと一回、どうにか放てるかどうか、といったところかもしれない。


 目くらましには少し過剰すぎると言える。そのために魔力を使い果たすのは良い選択とは言えなかった。


 まあ、威力はたしかにある。

 戦術が増えるのは良いことだ。手数が増えれば、戦いの幅にも自由度が生まれる。


 成長は素晴らしい。

 あと一、二年あれば、砦の傭兵にも負けない、そう思えた。


 すでに腕力、脚力ともに身体強化を使えば対等と言えるところまで達している。

 

 さすがにアランと力比べをしたらあっさり負けてしまうだろうが、他の傭兵なら、勝てないにしても、数合打ち合う程度なら十分だった。あとは、炎弾や炎壁を組み合わせれば、撤退することも可能だ。勝つ見込みはなくても、負けずに逃げきることは可能と言えた。

 

 そもそも、俺は的が小さいのだ。

 相手にとってはやりにくいこと、この上ない。


 剣は振り下ろしの後半が最も威力が大きくなるが、その位置に俺の身長はまだ達していない。地面まできっちり振り下ろさないと当たらないのだ。当然、威力はだいぶ弱くなる。

 

 一方で、俺は、逆に大人の頭部を狙うのは不可能だが、足元は非常に狙いやすくなる。機動力を失わせる戦い方が中心となるのだ。一度でも相手の足元を斬りつけられれば、後は、逃げの一手という作戦もとれる。


 相手が両手剣だろうが、片手剣だろうが、魔法士だろうが、そこは前世で培った経験がある。


 ただ、弓使いとは少し相性が悪いだろう。彼らは的が小さいのが当たり前だし、何より近距離戦に応じてくれない。遠距離から一方的に矢を放たれれば、さすがに俺も厳しいだろう。


 などと対傭兵の戦闘をイメージしながら、樹海の中を走り回っていると、索敵に人間の反応が引っ掛かった。

 数百歩先に、反応が一つある。


 ギニア大樹海の深さを俺はいまだ知らない。


 だが、外縁部からは一時間以上奥まできているのだ、外縁部でさえ、この一年以上、人と出会うことはなかったのに。


 俺の索敵は、まだ洗練されたものではない。

 魔力の波動を流したことで、相手にもこちらの存在が気づかれているかもしれない。


 たとえ、友好的な人間であっても、向こうも樹海で一人でいる俺のことを訝しがっているだろう。

 距離を詰めてこられると、一戦交えることも最悪想定しなくてはならないかもしれない。


 だが、向こうはこちらの存在に気付いているのか、いないのか、動くこともなく、一か所にとどまったままだった。


 逡巡したが、様子を見に近づくことに決めた。

 この暗闇の中で、的の小さい俺を追い続けるのは難しいだろう。


 やばいと思えば、炎弾を目くらましにして逃げの一手だ。最悪、炎壁はどうにかあと一回使える程度の魔力は残っている。炎壁を使えるようになった自信が俺を強気にさせていた。

 

 気配遮断と感覚強化を併用しながら、少しずつ近づいていく。

 

 そこにいたのは、木の根元でうずくまる一人の男だった。

 どうやら眠っているようだ。


 よくこんな樹海の中で眠ることができるな、と俺は呆れた。


 身なりからして、冒険者や騎士という感じではない。見たところ、武器も防具も持っていない。小さな鞄を大事そうに胸に抱えて、ぐっすりと眠りこんでいるようだった。


「おじさん、こんなところで何をしてるの?」


 男は目を覚まさなかった。

 かといって不用意に近づくのは避けたかった。眠っている振りをしているだけかもしれなかったからだ。


 仕方なく、彼のいる木の幹へと炎弾を一発撃ちこむ。

 激しい音とともに、彼は飛び跳ねるように起き上がった。


「な、なんだ、え、何」


 本当に眠っていたようだ。瞼を何回もこすって、俺を何度も見直した。


「何してるの、こんなところで」

「子供?」

「僕のことはいいよ、そんなところで寝てたら、魔獣に襲われるよ」


 彼は慌てた様子で、鞄の中から短剣を取り出し、震えた手で俺に向かって突き出した。


 おぉ、と俺は歓喜に打ち震えた。

 何て小ぶりなんだ。

 それ欲しい。


「おじさん、別に僕は敵じゃないよ」

「なんでこんな樹海の中に子供がいるんだっ」


 いや、それは俺が逆に言いたい。

 いまだ短剣は俺に向けられたままだ。仕方なく、炎弾をもう一発、木の幹に向かって打ち込む。


「その剣、下ろして。でないと次は当てるよ」


 彼はその衝撃音に怯えて、短剣を落として頭を抱えた。


「分かった、分かった、俺が悪かった」

「で、こんなとこで何しているの?」

「ヴァリアントに行こうとして、それで……」


 辺境都市ヴァリアントか。ということは、ノースライトからウェスクに移動してきたのか。

 でも、だったら何で樹海にいるんだ?


「普通、樹海なんか通らないでしょ。おじさん、怪しいな」

「怪しくない、怪しくない。ただ、ちょっとノースライトで色々あってな、関所を通れないから……」


 関所を通れないって何したんだよ。


「犯罪でも犯したの?」

「違う、違う、ちょっと商談で失敗してな、借金取りに追われているってだけだ。関所にはきっと追手がいるだろうから、仕方なく、樹海を抜けようとして、それで道に迷って……」


 ひどく怯える様子を見て、盗賊とかではないだろうと判断する。

 自称どおり商人もどきなのかは分からないが、人殺し特有のひりつくような感覚を感じない。


 別に彼を助ける義理はなかったが、俺は彼より、その地面に転がる短剣が気になって仕方がない。


「樹海から出て、ヴァリアントに向かう道を教えてあげるよ」

「本当か?」

「その代わり、その短剣ちょうだい」


 男は驚いたように目を見張った。


「こんなものが欲しいなら、くれてやる。それで、樹海から出る方法を知っているのは本当なのか?」

「まあ、樹海には詳しいからね」


 男は半信半疑のようだったが、意を決したように立ち上がった。まあ、そうだろう。垂らされたのが蜘蛛の糸だったとしても、樹海で彷徨い続けるぐらいなら、その糸がたとえ細くても掴むしかないのだから。


「それで、お前は一体なんなんだ?」

「樹海に住んでる単なる子供だよ」

「ウェスク王国にはそんなやつもいるのか……」

「まあね」


 適当な答え過ぎて、俺自身笑いをこらえるのに必死だった。そんなやつはいない。


 というわけで、俺は彼を樹海の外まで案内した。

 ヴァリアントまでは後は道なりに進めばよい、と教えてやる。


 まあ、俺自身がヴァリアントに行ったこともないから、実際のところ最短距離なのかは分からないが、ジリク砦との位置関係からすれば、西に進めばいつかはぶつかるだろうし、後のことは知ったことではない。


 男の名はファウルというらしかった。まあ、今更どうでもいいが。


 そして、俺は商人の短剣を手に入れた。

 錆びていた死者の短剣とは違い、こちらは十分に手入れされていて、十分な殺傷能力が期待できた。

 素晴らしい!


 死者の短剣と、組み合わせて、俺はやっと二刀流使いとしての第一歩を踏み出すことができる。

 双剣ではないのは仕方がない。


 残念ながら、双剣使いと二刀流とは違う。

 二つの武器を使って戦うのが二刀流、これは戦闘のスタイルであり、流儀の一つである。


 一方で、双剣使いとは、その名の通り、双剣を使うもののことである。

 つまり、一対の剣、二つの剣で一つのものとして作られたもの、それが双剣なのだ。


 当然、単に二つの剣を手に入れるだけではない、双剣として作られたものを手に入れる必要がある。


 双剣のほとんどは宝剣であったり、古代の遺物であったりする。それらは国で管理されていることが多く、手に入れるのは至難の業だ。

 実際、前世で使っていたツインエッジも、皇国の宝の一つであった。


 ともかく、双剣ではなくとも、二刀流は可能になった。これで明日からは戦技の練習ができるのだ。

 また一つ、俺は強くなれる。


 再び両手に戻った剣の感触は、俺を高揚させた。

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