第3話:第一歩
数か月が経ち、魔力の取り込みは順調に進んでいた。
まだ、聖魔法の治癒や状態回復を試すところまでには至っていないが、かなりの魔力を体内で生成できるようにはなっているはずだ。
空気中の魔素を取り込んでも、無限に魔法が使えるわけではない。
魔素を取り込んで、すぐに魔力に変換して魔法の源として使えるわけではないのだ。
魔素を取り込んで体内で自然と魔力に変換されるのに一日から二日かかる。だから、魔法士が一度の戦闘で使える魔力の総量には限界があり、使い果たしてしまうと当然戦闘の続行は不可となる。
魔力の総量は魔法士の強さに直結するのだ。
子供の頃から特訓をしていれば、その分だけ、総量を増やすことができる。とはいっても、当然限界というものもあり、当人の適性に応じて、上限はあるようだが。
俺は魔法士になるつもりはない。
だが、もし母リリアと同じように火魔法の適性があるのであれば、戦闘のバリエーションは増える。火魔法で目くらましをすることもできるし、態勢立て直しの際に迎撃に仕えるかもしれない。魔力の総量が多いにこしたことはない。
普通の赤ん坊なら、魔素の取り込み方を知るはずもなく、教えることもできないだろう。普通、魔法士の家系に生まれたとしても、どんなに早くても五歳ぐらいから覚えさせると聞いていた。俺はすでに五年のアドバンテージがあるということだ。
そういう意味では、日々魔素を取り込むだけの単調な作業を延々と繰り返しても、それが苦にはならなかった。俺は、俺自身がどのように成長できるのか、楽しみで仕方がなかったのだ。
その日、俺はリリアに抱かれ、会議らしきものに参加した。
視界に入る窓の外には、ちらちらと雪が舞っている。
「ノースライト王国の様子はどうだ?」
口火を切ったのは父アランだった。どうやらこの赤狼傭兵団を仕切っているのはアランらしかった。
また聞いたことのない国名が出てくる。一体、ここはどこなのだろうか。
「変化ないよ。いつもどおり、春を待たないと動かないんじゃないかな」
会議に参加しているのは、父アラン、母リリア、そしてさらに四人の男女だった。
アランの問いに答えたのは、そのうちの銀髪のエルフだった。名をキャシーという。
「ルービス共和国は?」
「あっちも膠着状態だね。連邦と小競り合いはあるようだけど、豪雪の影響で散発的な戦闘がある程度、みたい」
再びキャシーが答えた。彼女は諜報担当なのかもしれない。
共和国? 連邦? どうやら戦争状態のようだが、この周辺はきな臭い話ばかりなのか。
傭兵団があるのだから、常時戦争が起こっているのは当然のことかもしれないが。
「南は?」
「アリステア連合国は相変わらずだよ。いたって平和」
「樹海も変化なし、だしな」
「気温が低いからね、魔獣の動きも下火になって当然」
机の上に置かれた地図を見ると、どうやら、俺のいる場所はウェスク王国というらしかった。
南にアリステア連合国。
西にルービス共和国。さらに西方にはエステル連邦という巨大な国がある。
北にノースライト王国。
このうち、俺たちの住んでいるウェスク王国と仲が悪いのは北のノースライト王国のようだ。
東にはギニア大樹海と呼ばれる、大きな森林があり、魔獣が跋扈しているようだ。その向こうは海になっている。
俺は頭を抱えた。どの国も聞いたことがない。それどころか、この地図に載っている大陸の形を見たことがない。
皇国はどこにある?
ここはバールステッド大陸ではないのか?
まさか別の世界なんてことが?
「冬が終わるまであと二か月、しばらくは穏やかに過ごせそうだな」
言葉とは裏腹に、アランが残念そうに言う。
「今年はどこも不作だったと聞いておる、戦争どころではなかろうて」
デイサズという名の、長い髭が特徴的な老人が答えた。
傭兵というには年を取りすぎているように見えたが、戦闘要員なのだろうか。助言役なのかもしれない。
「そこは少し気になるが、追い詰められて食料目当てに進軍してくる可能性は?」
アランの質問に、デイサズが「そこまで酷い状態ではない」と答える。
彼には少し訛りがある。もしかしたら、別の国の出身なのかもしれない。
赤狼傭兵団には三つの部隊がある。
それぞれ二十人程度の傭兵が所属していて、五人ずつの四班に分かれている。
第一部隊の部隊長はグレイルという男で、片手剣の剣士だった。母リリアとは同郷らしく、俺の前で、よく二人で故郷の話をしていた。
第二部隊の部隊長はジャ―ヴィスという魔法士の男で、聖魔法つまり回復魔法を何度か使っているのを見たことがあった。
第三部隊の部隊長はキャシーというエルフの女で、弓を携えていた。母リリアは彼女の部隊に所属しているらしかった。
今、この会議に参加しているのは、アラン、リリアを除けば、デイサズを含む各部隊長だった。
「じゃあ、しばらくは魔獣狩りや盗賊退治で日銭を稼ぐしかないな」
アランが寂しそうに言う。傭兵団というだけあって、おそらく金を稼ぐ主な手段は戦争なのだろう。
戦争がないということになれば、冒険者まがいのことをするのは仕方がないことだ。
皇国では、他国との戦争はほとんどなかった。敵はアンデッドの軍勢だったから、季節関係なく、一年中どこかで戦闘が起こっていた。残念ながら、アンデッドは雪が降っているからといって侵攻を緩めてくれたりはしないのだが。
「さ、定例会議も終わったことだし、これからはノルドの時間よ!」
え、と俺は声に出さずに心の中でぼやく。
俺の時間とはどういう意味だ。
「リリアも完全に母の顔になっちゃったわね」
キャシーが茶化したように言う。
アランとリリアが一度部屋の外に出ると、お盆に乗ったいくつもの食事を持ってきた。見ると、大きな鳥の丸焼きが机の中央に飾られた。
「ノルド、一歳の誕生日おめでとう!」
リリアが大きな声で俺の誕生日を祝った。六人全員が拍手をする。
「一歳で鳥の丸焼きなんて食べられるのか? 離乳食なんじゃないのか?」
黒髪のジャ―ヴィスが呆れたように言う。
「これは、まあ、ないと寂しいかなと思って用意してもらっただけよ。ノルドはつぶしたご飯と野菜を食べましょうね」
いや、俺もその鳥の丸焼きを食べたいのだが……。
という言葉は「おいもあるわぁ」と訳の分からない言葉しか発音できなかった。一歳ではまだまともな言葉を発することもできない。
残念だ。非常に残念。
「肉を細かく潰せばいいんじゃないのか?」
ジャ―ヴィス、ナイスアシストだ。できれば焼けた鳥の皮を食べたいところだが、肉の部分で我慢してやろう。
それから、俺の誕生日会は、俺を抜きにして楽しげに進んでいった。
傭兵団といえば、俺の知っている限りでは、上下関係が厳しく、軍隊のようにぎすぎすとしているところが多かった。だが、赤狼傭兵団は違うらしい。家族のような関係が言葉の端々に感じられた。
アランが団長をしていることが大きいのかもしれない。
彼はあまり上下関係に拘るような性格はしていないようだった。そういう意味では珍しい傭兵団なのかもしれない。
だが、逆を言えば、そのような傭兵団が戦場でどのような働きをするのか、少し不安になる部分もあった。
時には味方を見捨てる非情さも指揮官には求められる。アランにそのような決断ができるのだろうか。
ともあれ、居心地は非常に良かった。大きな家族のようなもので、アランとリリアの子供として新たな生を得たことを、俺は女神リーズに感謝した。
離乳食を口にしながら彼らの話を聞いていると、どうやらこのウェスク王国は、肥沃な大地に恵まれた国らしかった。そのため、北の痩せた大地が多いノースライト王国からたびたび侵攻を受けているらしい。
そのため、西のルービス共和国と、南のアリステア連合国と同盟を結んで対抗しているようだ。
西のルービス共和国はまたさらに西方のエステル連邦からの侵攻を受けており、ウェスク王国からの援助を必要としている。おそらく、ウェスク王国にとっても、ルービス共和国が陥落すれば次は自らが連邦の脅威にさらされることになり、共和国に落ちてもらっては困るというところだろうか。
俺は皇国に戻り、復活するであろうハーミットと再び戦うという使命がある。
しかし、今となっては皇国がどこにあるのかすら分からない。
この国を取り巻く環境を鑑みると、目先、他国との、特にノースライト王国との戦争に巻き込まれる可能性がある。
まずはそこを生き残らなければならないようだ。
やはりすぐにでも成長して、戦えるようにならないといけない。
魔力の総量は順調に増えている。だが、限界が来るまでもっと、できる限り総量を増やしていく必要がある。
誕生日の祝いが終わった後、俺はまたベッドに戻され、都合の良いことに一人になった。
周囲を取り囲む木の柵を眺め、はいはいをして、柵に手をかける。
木に人差し指をこすりつけ、小さな棘を指に突き刺す。
柔らかな肌が裂け、小さな血がぷくりと浮かび上がった。
――治癒
女神リーズの聖なる白き光が指を纏う。
裂けていた肌が、再び元の柔らかな皮膚へと再生する。
成功だ。
魔力がごっそり減った感覚を得る。
この分だと、今、治癒を使えるのは日にせいぜい数回といったところだろう。
効果もせいぜい小さな傷を治すぐらいかもしれない。
だが十分だ。
毎日ひたすら同じ作業を繰り返す。
魔素を吸収し、魔力の総量を増やし、治癒を何度も使って魔力を減らし、また魔素を吸収して、飛躍的に総量を増やしていく。
繰り返すことで、治癒の効果も増大していくことだろう。
残念ながら、状態回復の効果を試すことはできない。
さすがに毒や麻痺、状態異常を今の体に受けることはできないからだ。それでも、治癒の魔法が成功するなら、状態回復の魔法も成功するだろう。
おそらく、もう少しすれば立ち上がることもできるだろう。
総量が増えた状態なら、身体強化や加速も使えるかもしれない。
俺はそれが楽しみで仕方がなかった。
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