Call
開拓されたばかりの土地では険が立っていがみ合ったり、はたまた浮足立ってはっちゃけたりしがちなユーザーが例に漏れずに
そして、それをするためにはまず、俺に〝あなた〟なんて大いに誤解を招くような名前を付けた父親──時代の寵児としてJ‐POP界に君臨した稀代の天才かつ孤高かつ不摂生なアーティストの話も語らなければならない。でないと、現在進行形で窮地に陥ってる俺が助けてもらえなくなっちゃうからね。
俺の出生については、あんまし誰にも打ち明けたことがない。っていうか、俺も最近知ったんだ。
俺は良家の娘さんである母さんに育てられて、父親のとこのパズルのピースが欠けたまんま、だけどもまあこんな感じの完成形も悪くないかなってことで、何不自由なく暮らしてた。お金には、さ、馬鹿になるような印税のおかげで困ってなかったしね。当然、当時はそれのおかげだとは分かってなかったんだけど。
そんな風に何不自由なく暮らしてたんでも、俺は大迷惑な天邪鬼でね。思春期だとか反抗期だとかって知った風に下されると、余計にむしゃくしゃしてくるんだ。ほんとに、結構暴れたよ。物心着いた頃からそんなようだった気がするんで、たぶん、手の施しようがない先天性の気質なんだな。……父親が判明した後で点と点を繋げてみれば、まあ分からないでもないかなって感じだけど。
件のポップスターは時代の先駆者とも呼ばれたりしてて、ポップソングにありがちな〝あなたがすべて〟とか〝きみしかいない〟とか、ようは天邪鬼な人間からしてみれば「本当に思ってるのかよ」ってな具合の歌詞を安易に綴らなかった。常日頃、人が〝愛〟だとか〝運命〟だとか呼んで簡単に取り繕ってしまうような、血生臭くて泥臭い感情を決してぞんざいに扱わずに作詞して、まるっと歌声で昇華しちまう……だからさ、やっぱり天才だったんだろーね。
母さんは、俺のことを「感受性が豊かだ」とか言って、どんだけ俺のしでかした悪事のツケが回ってきても嬉しそうだった。……そこに、俺への愛情だけじゃなくて父さんの面影を感じていたんだとしたら、むしゃくしゃが再発しそうだけどね。だけどもそれをぶつける適当な相手はいなくなったんだ。
三年ぐらい前かな。稀代のポップスターの訃報が、水を伝う電撃みたいに世間を駆け巡った。母さん、えっらい落ち込んでたからさ。てっきりファンなのかと思ってたけど、いま思えばダーリンを亡くしたんだね。身体の具合を崩すのもそれなら頷けるよ。
んでも、俺に父親のことを死ぬまで打ち明けなかったのは、自分で彼の死を認めるのが怖かったからなのかもしれないな。結局、俺が父親のことを知ったのは、会ったこともない甥っ子を美辞麗句並べ立てて紹介する叔母宛ての手紙に同封された……ようするに、母さんの遺書で、だった。
俺の出生についてだけど、当の俺はそんなに仰天はしなかったな。もう死んでるからってのもあるのかもしれない。別に疑ったりもしなかった、というよりも、できなかった。急激な身辺の変化に、まともな思考力は失くしていたんだ。
でも〝あなた〟って、あんたが付けたのかよ、とは思ったね。ほとんど面倒事しか残していないじゃないか──いつも誰かが側にあるような名前、だって? その側にある誰かに毎度毎度きっちり困惑されるんだから始末に負えない。
このまま行くあてもなく野垂れ死ぬしかないのかなって覚悟をいっちょ前に決めかけていたところで、俺の身元を引き受けてくれたのが母さんの姉、ようするに叔母さんだった。まったく、こんなにも停学遍歴が数多ある問題児をよく引き受ける気になってくれた。持つべきものは血を分けた姉だね……え、違った? まあいいだろ。
とにかく、俺の身元を引き受けてくれた叔母さんは、父親の存在を頑なに打ち明けないせいで実家に勘当喰らってた母さんと唯一親しんでいた家族で──と言っても、叔母さん相手にも父親の正体は明かされてなかったらしいんだけど。だからすごいよ。よくぞこんな、扱いの分かんない隠し子を匿ってくれてる。
それが大体、二年前のことだ。有難かったんだけど、俺は腑抜けになっちゃってたね。別に、母さんが死んだせいじゃない。まあ、それも腑抜けに拍車をかけてはいたんだけど、皮切りはそこじゃない。
俺はさ、世の中を怨んだりすることで生きる動機を得ていたんだ。他人には〝なんでこんなことが分からないんだろう〟って感じさせられることが多いだろ。でもな、その人のことが分からないってことは、イコールその人を傷つけていいことにはならない。そうだろ? 世の中、それを分かってない人間が多過ぎるんだ。
ちょっと話が脱線するけど……俺が中学二年生の時、クラスにどもりがちな少年がいた。いい奴だった。例えば、そつがない女子に放課後の掃除当番を拝みポーズで頼まれちゃうと断れないような、性根が良いのがバレバレなせいで損ばかりしちゃう、いい奴。でね、性根が悪いもんでずる賢くもなる人間は、そういう奴のことを舐めてかかりがちなんだな。
その教師は、現国を担当してる〝先生〟とも迂闊には呼びたくないような若い男でさ、どもりがちなクラスメイトを指してはあからさまなため息を吐いた後で着席させるっていう、ちっとも面白くもなんともないクソユーモア劇場を毎回繰り広げていたんだ。で、俺はそれにムカついてね、そいつを四階の踊り場から突き飛ばした。
死んでもおかしくなかったし、死んだら可笑しかったんだけど……憎まれっ子世に憚るってのは真理かもしれないな。そいつは不格好な前歯で復活して、俺はあえなく停学処分を喰らった。
モハメドアリみたいにさ──俺はみんなが熱狂的になってる時に乗っかってやれない。みんなが熱狂的になる状況ってのは、傍から見るとすげえ滑稽なもんだから。
ミサイルの性能競争も、グッズのタオルを首に巻いてペンライト振るコンサートも、戦争反対のデモ行進も、マスクチルドレン撲滅運動も……どんな主義主張を唱えてるとか関係なしに、生まれながらの天邪鬼である俺はそういうの、分っかんないなあ、って思うんだ。
それでも、しっちゃかめっちゃかにしてやろうとかはない。そうなったら愉快だろうなあとは心底思うんだけど。……ほら、分からないことイコール傷つけていいことにはならない──でもね、向こうから侵略してくるんじゃ、大いに受けて立つよって話だ。
その教師は、俺が好きだと感じるような人間を攻撃した。だからって、憎しみを抱いていいんだ。俺はそういう時、本当に相手を憎むし、死んでもいいだろって考える。
この胸の内側に潜む炎はいつになったら鎮火するんだろうって、上手に幸せそうに生きてる人間を目の当たりにするとちょっとばかし虚しくなったりもしたんだけど、実際に鎮火する時期が来ると、これだけはご免被りたいって気持ちになった。
無抵抗主義とも言われる〝アンナタ〟が遅効性のウイルスみたいに蔓延し始めた時、俺は俺の輪郭を見た気がした。……だからさ、俺がずっと主流にしてたような破壊だの再建だの何だのと熱狂的に喚き立てる世間を斜に構えては見下し斜に構えては見下し……こんなスタイルが、今度は仮想現実の主流になりだしたんだ。
俺は天邪鬼で〝みんなといっしょ〟がとことん嫌だ。つまるところ、どうしていいのか分からなくなっちゃったんだ。今更、熱狂的な方へ迎合できるわけでもないし……俺は色んなものを見下し過ぎて、なんにもなれなくなっちゃったわけだ。こういうのって本当、人間が群れを作る社会で生きづらいもんだぜ。
でだ。──ざっと、なんの教訓にもならないような、孤高っつーか孤独な一匹狼少年こと俺の身の上話を語ったところで、ようやく本筋に──オンブズマンについてを語らせてもらう。
学が無いもんで大した要約にはならないだろうけれど、オンブズマンっていうのはつまり、アンフェアな物事が起きないかどうかを見定める──この話の中で言うところの──仮想現実の監視者だ。
生まれてこの方、外側から眺めることばかりをしてきた俺には自分事のように理解できるんだけど、内側にいる人間はそこで巻き起こる物事への判断力が鈍くなる傾向にある。コンサート会場でアーティストにお熱になってる観客の財布をスルのは割に簡単だろうし、デモ行進とかしてる人間は「我らの主義主張を受け入れない人間はゴミクズなりー!」とでも思ってるんじゃないかってな感じのヤバい目つきをしていることもある。
オンブズマンは、そういったシラフなのにラリってるみたいな連中をフラットな眼で監視する役割を担っているわけで……んでも、こっからが仮想現実の妙なんだけど──まずね、本当にフラットな眼で物事を判断できる人間は誰もオンブズマンになりたがらないわけだ。だって、考えてもみなよ。
フラットな眼で物事を判断するってことは、どんな人間も平等に扱うってことだ。たとえ傍から見たら間違いだとしても、その人にとっては大事な思い入れがあることなのかもしれない……トロッコ問題に直面して、ぐるぐるぐるぐる、その内に思考がショートしちゃうような人間こそが真にフラットな眼で物事を判断できる人間なんだと、俺なんかは思うね。しかも、どうせ批判や非難はオンブズマンがどんな裁定を下そうと少なからず噴出するんだ。
たまに考えるけど、本当に優しい人間が統治する国ばかりならば戦争は起きない。んでも、人間が人それぞれの個人である以上はさ、やっぱり、ある程度は残酷な人間が、トロッコ問題を合理的に思考できる人間がそういう席に着くんだよ。
仮想現実におけるあれやこれやを裁定したことが民意になり得る以上、オンブズマンの役割を担うのも、そういう人間になるはずだった。
だけど、権力が言論を弾圧する図式に嫌気が差したユーザーはとことん拒んだ。──どうしてもオンブズマンを制定するんなら、本当に信頼を置ける、言っちゃえば同類の、親しみを持てる人間にしかその役割を任せたくはない、ってね。
そこで、仮想現実の構築にも助力した最新AI技術の出番ってわけだ。
死人に人権はないのさ。ある日、俺は新しい住処に押しかけてきたパッキリ糊付きスーツ姿の大人達に度肝を抜かれた。
──あなたのお父様がオンブズマンとして制定されることになりました、ここに親類縁者の許可を云々かんぬん……ってさ。
正直に言うと、俺は母さんの遺書に書かれてあったことを疑うわけじゃないにしろ、信じ切ってもいなかった。なのに、稀代のポップスターのオンブズマン化の許可を頂戴しに現れた訳知り顔の連中を目の当たりにした瞬間……まったく、俺の出生は酷く面倒くさいものなんだと思い知らされてしまったんだ。
俺はちょうど、腑抜けの自分に対してやらニアミスな天涯孤独の状況やらで行き場のないムカつきを抱えている時期だったから、分かったからさっさと行けよ、って、連中を罵声交じりに追い返したんだ。……いま思い返せば、もうちょっとまともな思考力を働かせていればよかったって、若干悔やまれるんだけど。
死人が生前に残して逝ったありとあらゆる記録を読み取った後で殆ど生き写しみたいな人格を現世に再構築したAIは──この人ならばこう考えるだろう、そしたらばこう言うだろう──そんな途方もない分析の繰り返しの果てに、仮想現実内で無数に存在するコミュニティへの公平極まりない裁定を下した。オンブズマンは時が経つにつれて、仮想現実における〝神〟のような存在になった。……人間って都合良いよな。結局、AIがやってるってことは変わりないのに、人間の見かけになれば納得つくし、生前の人望が厚ければ厚いほど従う人間も増えるときた。
そいで、稀代のポップスターの人格を模倣したAIこと、現状の仮想現実内で絶大な信頼を置かれているオンブズマンは、つい最近、アンナタの布教に力を入れ続けているANATAに<危険因子>の裁定を下した。
それまではね、ANATAは件のポップスターのことを「現代人が指標にすべき存在だ」とか「世界の真理を正しく認識する稀有な賢者だった」とか称揚してたんだ。だけど、仮想現実内で絶対と称せるほどの影響力を備えるオンブズマンが<危険因子>の裁定を己らが所属するコミュニティに下した途端、手のひらクルーだ。
「こんなことはあってはならない」ってさ、死後もなお根強い親愛を集めるポップスターのファンを陰謀論だなんだで扇動しようとしてる。どこに? って……どこにでもないんだろ。あんな連中の考えることなんか、俺に分かるもんか。
そんな戦々恐々とした状況を目の当たりにしたユーザーは、オンブズマンの裁定のこともあるし、ANATAの無様な取り乱しようのこともあるし……それまでに肯定的な姿勢を示していたことを恥じるように、アンナタの思想だけを便利なシールドアイテムみたいに持ち帰って散り散りになった。
墓穴を掘るって、ああいうことを言うんだろうなと思うよ。ANATAがアンナタを布教をするために起こした過去の行動に纏わる問題点が、ボロボロボロボロ、やたらに焦ったようなANATAメンバーのやることなすことから顕わになってくるんだ。
それはむしろ、ANATAが挽回しようと企んだ目論見とは裏腹に、ANATAが掲げるアンナタの正しさを裏づけるどころか、肉体を捨てた形で仮想現実に蘇ったオンブズマンの正しさを裏づけることにしかならなかった。……いっそ、みんなの意識からアンナタに紐付けられるニヒリズムが抜け出てくれれば、俺も存分に天邪鬼を発揮することができるんだけど。
ところで、俺がビザールにこんな打ち明け話をする気になったのは、とある一つの予感からだ。
あんたがリトルプレイヤとして提供している魔法みたいな空間に入り浸ったせいで、この頃の俺にはどうも……理屈じゃ説明不可能な力を感じ取る機会が増えた。仮想現実のみならず、現実でもそうだ。
よくよく、考えてみたんだ。こんな流れは異常だろ?
陰謀論者ってのはつまるところ、ありもしない事実に〝ある〟事実よりも怯えたり怒り狂ったり暴挙に出たりもし得る、頭のイカれた連中だ。死人に口なしのポップスターが──ようするに俺の父親が──ANATAの支持者だと盲信し切っている連中に俺の存在がバレたらどうなる? 〝生まれてこないほうがよかった〟……アンナタの思想を掲げる団体の支持者が子を持つわけはないだろう?
いま、外の世界は危険で溢れているような気がする。この存在を抹消しようとする邪悪な気配で満ち溢れている気がするんだ。
だけど、俺はただでやられる気はない。──だから手始めに、ビザール、あんたに助けを乞うてみることにしたんだよ。あんたは、ANATAに繋がりがあるんだろう?
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