第53話 内通者


~前回までのあらすじ~

 ゴドーさん、セリナさんと別れることになったボクらだが、二人がいなくなったと思った途端にシノ様は元気を取り戻した。シノ様は、マーディーシャの雪原を目指すと宣言。

 えっ、なんですか、それ。


 ***


 お昼になる前にはしばらく滞在した小屋を後にした。

 折角登ってきた道を一日戻り、翌朝、道なき道へと踏み出した。


「シノ様、本当にこんなあてずっぽうに歩いて大丈夫なんですか?」

「うるさいわね。追跡を撒くためなんだから、ちょっとくらい危険でも目をつぶりなさい!」


 シノ様が理不尽に怒鳴ったのは、自分でも不安に思っていて図星を突かれたからに違いない。

 シノ様はそういうとこある。


 これまで右手に見ながらすり抜けてきた山々の連なりを、ボクらは通れそうな場所を探しながら横切っている。


 シノ様によると、谷を三つ違えたパーリ谷の奥、シュンケル山とペネペネスディ山との間にマーディーシャの雪原と呼ばれる高地があるらしい。

 雪原と名がつくだけあって年中雪に覆われた場所だが、しっかり雪原が凍り付いた状態且つ晴れてさえいれば、通り抜けられないこともない、と、グルンさんから聞いているそうだ。


 マーディーシャの雪原へたどり着くためには、パーリ谷を目指す必要がある。


 しかしボクたちは、すでにベング谷をほとんど踏破してしまっていた。

 この夏の内にフミル入りを目指すなら、谷の入り口まで戻って改めてパーリ谷に入り直す時間的余裕も食料的な余裕もない。


 そこで、山を突っ切る強行ルートを選択した。道なき道を山越え、谷越えすることになるが、トモン峠越えのルートを選ばなかった以上は仕方がない。


 だが、そこまでしても今年のフミル入国は運次第だ。


 雪原を抜ける道の状況は分からない。

 もしかしたら着いた時点で深く新雪が降り積もり、通行することはかなわないかもしれない。


 しかし、アマミヤの追跡を振り切るためには予定のトモン峠越えを諦めて別の道を探すしかないというのがシノ様の考えだった。


 初めにそれを聞いた時、アマミヤの追っ手なんて、しばらく思い出しもしなかったことを何で今更と思った。


「あの二人ね、たぶん、アマミヤだわ」

 そうシノ様は言った。


 シノ様はアマミヤの追っ手について、ボクがさらわれて以来ちらとも名前を聞かないので安心しつつも薄気味悪く思っていたらしい。

 そしてガインさんの取り出した護符を見て、すぐにきな臭いと気が付いた。


 シノ様はグルンさんに護符と説明していたが、あれは遠視の術の為の呪具だったそうだ。


 何者かが、グルンさんたちを通してこちらを覗いている。

 そう気づいたシノ様はグルンさんを説得して呪い返しの呪法を行った。


 呪い返しとは、掛けられた呪詛を打ち破り、術の使用者に呪詛を返すことをいう。


 呪術師が術を扱う時、術師と術の間は、縁というか、因果というか、そういった繋がりがある。

 術が破られると術の力は逆流し、この繋がりを辿って術者の許に帰ろうとする。

 だから、術を破られると呪術師は多かれ少なかれダメージを受ける。


 それを意図的に起こすことが呪い返しの呪法だ。


 シノ様は遠見の術の力を逆用し、相手の術師に打撃を与えると同時に情報を盗むことに成功した。

 なんでも術師の名はガイエン・ナルコなる名前の人物で、アマミヤの高弟の一人らしい。

 

 ガイエンはおそらく、グルンさんたちがボクらとすれ違うだろうことを知っていた。

 知った上で、おそらくボクらと関わり合いにはならないだろう者に護符と偽って遠視の術の媒介を持たせたのだ。


 ガイエンは、ボクらのとるルートを知っている。

 ならば、進む先にあるのは罠だ。

 そして、ルートを知られているということは内通者がいるかもしれない。


 そう考えたシノ様は、グルンさんが受けていた死者の水辺の呪詛を自らの身体に引き受け、体調不良を自演した。


「ゴドーさんとセリナさんは、たぶん二人とも、少なくとも片方はアマミヤからの指示を受けてると思う。

 任務はおそらく、わたしの拘束。おそらくフミルの仲間の許まで誘導して連れ帰るつもりだったんでしょう」


 シノ様は小屋から下山する道すがら、これまでのことの種明かしをしてくれた。


「考えてみればタイミングが良すぎた。イヅルが誘拐されるのをたまたま見ていて、十分人さらいが逃げ切れそうな頃になってからわたしに知らせたってところがね。

 あの二人なら数人の盗賊程度、相手にもならないでしょう。本当にイヅルを助けたいならその場で助けておけばよかったのに、それをしなかった。

 わたしたちに同行したのもおかしい。

 わたしたちが盗賊に狙われていて、その上街道を使って普通に帰国した方が速いし安全なのも知った上で、何の縁もないわたしたちに同行するかな。それも報酬もなしによ。隊商の護衛でも引き受ければ、お金を稼ぎつつ楽に帰れたはずなのに」


 シノ様が言うことも分かる。確かに言われてみれば、二人ともボクらに都合が良すぎた、かもしれない。

 でも……。でもなぁ……。


「二人とも本当にただ善意で一緒に居てくれたわけじゃないんですか?」


「もちろん、その可能性もあるわ。今朝のわたしは戦える状況じゃなかったし、襲ってくるならあのタイミングかなと思ってたの。でも、何もしてこなかった。そうでしょ、イチセ」


 話を振られてイチセが頷いた。


「ええ。わたしの呪力感知が欺かれていなければ、ですが。

 ただ、わたしの警戒に気づいて襲撃を諦めた可能性もあります。安心するには早い」


「そうね。イチセがいればあの二人が相手でも少なくとも膠着状態までは持っていける。その間にイヅルとアズマが動けば、こっちの勝ちよ。

 あの二人がアマミヤなら、その程度の戦力分析はできるでしょう」


 どうやらシノ様はイチセのことを相当高く買っているようだ。

 確かに呪術もあれだけ使えて剣もアズマと渡り合うくらいに使える。アズマの突進を止めた謎の術も使っていた。


 シノ様が信頼するのは当然だ。当然なんだけど……、う~む。


「おそらく初めは、イヅルをエサにわたしをフミルへ呼び寄せるつもりだったんでしょう。呪術師を殺さず拘束して長い距離を移動するなんて大変なことだもの。

 でも、アズマの出現で計画が狂った。イヅルも想像以上に呪術を扱えた。強引にわたしをさらうのは骨が折れそうだ。

 けれどフミル行きが決まってほっと一安心。護衛するふりをしてついて行けばいい。

 そこから国内での待ち伏せに計画を練り直したんでしょう。フミルでなら護送もしやすいでしょうし、手紙を送って国内の仲間とやり取りして、わたしたちの様子を伝えていた。

 きっとあのまま行けばトモン峠を越えた次の村辺りで、たくさんのアマミヤの術者に囲まれることになるんじゃないかと思うわ」


 ゴドーさんとセリナさんがアマミヤかどうかはともかくとして、待ち伏せされている可能性が高い以上、どの道先には進めなかった。

 そして二人がもしもアマミヤの手の者であった場合、いくら道を変えたところで一緒に居る限りは再び待ち伏せされることになるだろう。


 でも、それを言うならアズマとイチセはどうなんだろう。

 二人とも、ゴドーさんたちと同じく急に現れて都合よく付いてきているじゃないか。


「おっ、お前、俺を疑うのか!」

 アズマがすごく嫌そうな顔をした。


 あ、あれ。なんかちょっと悲しそう?

 ま、待てよ。例えばの話だって。


「心外です。そういうイヅルは、お姉ちゃんのことをいつだってよこしまな目でなめるように見てるじゃないですか。怪しさで言えばあなたの右に立つ人なんてどこにもいませんよ」


 イチセがジトっとした目で睨んでくる。

 辛らつだ。けど、うーん、なんも言えねぇ……。


 シノ様はそんなやり取りを見て苦笑いをしている。


「二人は大丈夫よ。アズマが傭兵団に入ったのはしばらく前のことだし、そんなに用意周到な計画とは思えないわ。それにイチセは、わたしの妹弟子だし」


「きゃーっ、お姉ちゃん。妹弟子じゃなくて、妹って言ってくださいよ!」

 イチセが嬉しそうに騒いでシノ様に抱き着いた。


 いや、一応ボク、そいつに襲撃されてるんですけどね……。


「でも、知らないうちに呪物を持たされて探知されてる可能性はあるわね。荷物は調べたけど、服とかも一応、視ておくか」


 シノ様はそうぼやいてからなにかぶつぶつと呟きながら目の前で指をスライドさせた。


「イチセ、異常なし。アズマも、大丈夫そうね。……って、イヅル、あんた!」


 シノ様は急に形相を変えてボクの襟首を捕まえた。

 あんまりすごい勢いだったから、ぶん殴られるのかと思った。


 えっ、え……。何ですか。

 ボク、無実です。

 内通者はボクじゃありません!

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