第40話 姉妹弟子


~前回までのあらすじ~

 赤峰サイラスへの分岐の町で補給をしている最中、ボクとアズマはイチセ・ツチミヤと名乗る少女に襲撃を受ける。なんとかその攻撃を退けて捕まえたけれど、どうやらシノ様はイチセのことを気に行ってしまったみたいだった。

 昼間の内に始末しておけばよかった……。


 ***


 翌日には、予定通りサイラス山へ向けて出発した。


 サイラスへの道は街道から分岐して南へ伸びている。

 イチセの話によると、五日ほど進むと道は一旦西へ折れ、そこから次第に山岳地帯へ入っていき、やがてトモン峠へと至るのだそうだ。


 一行は今までの五人と馬三頭から、六人とロバ二頭、ラバ一頭に変わっている。

 馬三頭がロバ二頭に代わり、イチセと、イチセの連れてきたラバが加わった格好だ。


 イチセは拘束も外され、呪術封じも解呪されて晴れて自由の身になった。


 ボクは反対したんだけど、どうやらアマミヤとは関係なさそうだし、むしろミドウさんを一緒に探すことにしようとシノ様が決めてしまったのだ。

 ボクは反対、したんだけどね……。


 どうやらシノ様とイチセは、昨夜のうちにミドウさんの愚痴で意気投合してしまったらしい。


 やれ言葉が足りないだの、何でも自分一人でできると思ってるだの、ふらっとどこかに行って帰ってきたり帰ってこなかったりするだの、二人の議論は白熱した。


「わたしは、初めは復讐のためだったけど、お父さんとずっと一緒にいたくて、お父さんの邪魔にならないようにって、剣も呪術も頑張ってきたんです。それなのに、一人前だから僕はもういらないよねって、ひどい……。

 そんなわけないじゃないですか!」


 イチセはばしんと敷物を拳で殴りつけて言った。

 誰かお酒でも飲ませたのかな。


「うん……、そうだよね。分かる。わたしの時もそうだった。帰ってみたら置手紙が一つ置いてあって、一人前だね、おめでとう、さよなら、って。

 拾ったなら最後まで面倒見やがれって話よ!」


 あれ、シノ様泣いてます?

 誰かシノ様にお酒飲ませました?


 ボクは二人の様子をぼんやり眺めながら、おやじさんの酒場で給仕の仕事をしていた頃のことを思い出していた。


 おやじさん、バルトさんたちも、元気でやってるかな……。


 そうして熱い一夜を過ごしたシノ様とイチセは、仲良さげに並んでボクの前を歩いている。

 ミドウさんについての思い出話は尽きないようだ。


 ボクがその背中をぶすっとした表情で睨んでいると寄って来るのはセリナさんだ。

 この人は、どうやらボクがシノ様にやきもちを焼くのを見て面白がるところがある。


「あらら。新入りちゃんにかっさらわれちゃいましたね」

「黙っててください。今のボクは機嫌が悪いんです」


「あらま、冷たい。話し相手もいなくて寂しそうだから来てあげたのに」

「間に合ってます。帰ってください」


 とは言ったものの、ずっとシノ様とイチセの背中を睨みつけているよりはセリナさんと雑談でもしていた方が幾分建設的だ。


「セリナさんは、あのイチセについてどう思いますか?」

 尋ねてみると、セリナさんはあごに人差し指を指しあてて首を傾げた。


「そうね~。個人的には、あなたくらい中性的な子の方が好みかな。顔はかわいいと思いますけど、ちょっと育ちすぎです」


 違う、そうじゃない!

 っていうか、あの子が意外と脱がせたらあるって何で知ってるんだ。女の勘か?


「どうもこうも、要は師であり親代わりでもあるミドウ・ツチミヤを探しに、兄弟弟子の許にやってきたってことでしょう?

 確かに行き違いはあって、あなたは危険な目に遭ったかもしれませんが、そんなに警戒することはないのじゃありません?」


 ボクはアマミヤの息がかかっている可能性を心配しているのだけれど、それを言いかけて、慌てて止めた。

 シノ様の許しなしに話していいことじゃない。


「まあ……、そうなのかも、しれませんが。ボクは気に入らないんですよ!」

 ポンスカと頬を膨らませて言ったら、セリナさんはくすくすと楽しげに笑った。


「まあ、まあ。今はシノちゃんも思い出話ができる相手が見つかって嬉しいんでしょう。すぐにあなたの許に戻ってきますよ」


 その時前の方から、お姉ちゃんって呼んでもいいですか、とか聞こえてきて、ボクははっと顔を上げた。


 あっ……、イチセの奴、シノ様の腕に胸とか押し当てて。

 止めろよ。シノ様、困ってるだろ!


「まあ……。いい、よ」

 えっ、いいの?


「やった。ありがと、お姉ちゃん」

「えーと……、へへ。なんか、呼ばれてみると照れくさいね」


 シノ様、どうしてそんなまんざらでもなさそうに頬っぺたとか掻いてるんですか!


「妹弟子だし、わたし、お姉ちゃんで間違いないよね。実は、妹とか欲しかったんだ」

「わたしも、シノみたいなお姉ちゃん欲しかったんですっ」


 仲睦まじそうに寄り添う二人。

 麗しの姉妹。

 ボクの入り込む隙間なんてそこにない。


 ああ、シノ様。妹が欲しかったなんて……。


 どうしておっしゃってくださらなかったんですか。

 ボクじゃダメなんですか。

 ボクって一体何だったんですか。

 ボクの存在意義ってなに?


 ガーン……。

 ガーン……。

 ガーン……。


「うおっと、急に止まるな」

 アズマの胸板にぶつかってボクははっと我に返った。


 イチセが一瞬だけ振り返る。

 ボクと目が合った。


 にっ、と一瞬だけ勝ち誇った笑みを浮かべて、それからまた甘えた声で、ね、シノお姉ちゃ〜ん、とか言い始める。


 ボクは、何でだろう、負け犬、という言葉が頭の中に思い浮かんだ。

 多分イチセが視線と一緒に投げつけてきたんだと思う。


 でも、そうだな……。今のボクには似合いの言葉だ。

 最早怒る気にもなれない。


 ボクはアズマ……は止めて、ゴドーさんの黒い装束に縋り付いた。


「ゴドーさん。ボク、もう耐えられそうもありません。今夜一緒にあの女を夜討ちしてもらっていいですか?」


「……止めておけ。人は皆、思い出に縋って生きるものだ。時には同じ思い出を語り合える仲間も必要だよ」


 至極まっとうに返された。

 泣きっ面に蜂だ。

 うええ……。


 でもゴドーさんはぽんぽんとボクの頭を軽く撫でてくれた。槍ダコのある大きな手に包まれていると、なんだかちょっと安心する。


 どおりでシノ様がゴドーさんに懐くわけだ。

 あのファザコン娘……。


 あっ、あっ……。しまった、ちょっとなんか漏れた。そんなこと、ちっとも思ってないですよ?


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