第39話 イチセの尋問
~前回までのあらすじ~
イチセ・ツチミヤの超必殺究極完全奥義で窮地に立たされたボクたち。ボクとイチセの呪術対決っぽい感じになっていたけれど、結局アズマが後ろから殴って勝った。
勝てばよかろうなのだ!
***
夕方になってシノ様たちは、ロバ二頭の背中に食糧などを積んで帰って来た。
「えっ……。あなたたち、二人していたいけな少女をさらって何やってるの……?」
シノ様は縄で縛られたイチセを見てドン引きしていた。
えっ。ボク、疑われてる……?
なっ……、なにもしてないですよ!
精々、気を失っている内に危ないものを持っていないか裸にむいて確認したくらいです。ちゃんと元に戻したし。
っていうか、何でそんな誤解するんですか?
もしかしてボクって信用ないんですか?
ねえ、シノ様。ねえったら!
事情を話すと、シノ様は懐から一枚の呪符を取り出してイチセに張り付けた。
呪術師封じの符らしい。呪力を制御する感覚を共有し、乗っ取るのだそうだ。
流石シノ様だ、えぐい術を使いますね!
とは言えシノ様が帰って来るまで、ずっとイチセが何かしてこないかと気を張っていたので助かった。
呪術師は身体を拘束しても口を封じても反撃の手段はいくらでもあるので厄介だ。
ボクも盗賊たちの元から逃げ出したしね。
イチセは両腕を後ろ手に縛られ、足も縛られて繋げられた窮屈そうな体勢で、けれどふてぶてしい顔をしてボクのことを睨んでいた。
一応、ミドウさんの行方は本当に知らないし、ボクからミドウさんの気配がする、みたいなこともよく分からないと説明はしたのだけれど、納得してくれたのか、どうなのか。
ボクはシノ様に、イチセの話を要約して語った。
三年前……、シノ様とミドウさんがナンキの町で別れてからしばらく後、イチセはミドウさんに保護され、育てられた。
その生活は二年続いたが、ある時ミドウさんはイチセを一人前と認めてさらりと去ってしまった。
シノ様の時と一緒だね。そういうことばかりやっているのか、あの男は。
シノ様の場合はナンキの町で待ち続けたけど、イチセは、自分から探しに出かけることを決めたらしい。
そして方々訪ね歩き、ミドウさんの情報を探ったが分からない。
途方に暮れていると、自分の前の弟子だったというシノ様のことを思い出した。
そこで天外山脈を越えてシュベットへ入国。
ナンキを目指していると、ミドウさんの気配を感じるようになり、その気配を辿ってここまでやって来た。
でも、気配の中心にいたのはミドウさんじゃなくてボクだった。
そりゃあがっかりしたんだろうね、八つ当たりに斬りかかって来ても仕方ない。
頭を足でぐりぐり踏みつけたことは、許さないけど。
シノ様は初め、ミドウさんが自分をほっぽってどこかに行った後に別の女の子を育てていたと聞いていい顔をしなかった。
でもイチセの境遇を聞いて、ミドウさんを訪ね歩くくだりを話す頃にはすっかり同情してしまったみたいだった。
ミドウさんがらみってだけですぐに感情的になっちゃうんだよなあ。
シノ様って、ちょっとファザコンっぽいとこあるよね……。
あ。別に、シノ様がイチセに優しいのが気に食わないんじゃないよ。ちょっとこう……、思っちゃっただけで。
「あなたも辛かったのね……!」
シノ様はイチセに感極まって抱き着いた。
おっ、なんだ?
ライバル出現か?
今夜あたりその辺に埋めておいてやろうか。
と思ったのは一瞬のことで、イチセががぶりとシノ様の肩口にかみついたので、うっかり取り上げていたイチセの剣を抜いてしまった。
いや~、今夜あたり、なんて生ぬるいことを言ってたね。
どうやら今すぐに、というか昼の間にもさっさと始末しておけばよかったんだ。寝ている間にやっておけば、怖い思いもさせずに済んだのにね!
「ま、待って。待って、イヅル」
シノ様が慌ててボクの腰に抱き着くようにして止めた。
「ボク、テキ、コロス……」
「イヅル、ステイ。おすわり。アズマ、見てないで止めて!」
おもちゃじゃねぇぞ、とアズマに剣を取り上げられた辺りではっと我に返った。
危ない。怒りのあまりうっかり心のない殺人機械になってた!
あ~あ、シノ様の綺麗な肌に薄っすら歯形がついちゃってる。
あ~あ、シノ様に、ボクじゃない人の印が……。
心の内に真っ黒な炎が燃え上がる。
今なら黒い炎の術が使えそう。通常よりも強力だけど、使用者の魂とかむしばむやつ。
くっ……、この力、抑えるには……。
「シノ様、ボクも噛み付かせてもらってもいいですか?」
「は?いい訳ないでしょ」
あっさり拒絶された。
「あんたたちってそーいう関係?控えめに言ってキモいです」
イチセがボクとシノ様を横目で見ながら呟いた。
なんだとこの野郎。控えめに言わなかったらなんなんだよ。
それと、ボクはともかくシノ様はキモくない。
ボクが眉間にしわを寄せるのを見て、シノ様が小さくため息を吐いた。
「どういう関係なのか分からないけど、状況分かってる?
考えなしに挑発してもいいことないわよ」
「そこのちんちくりんに負けて術まで封じられた時点でわたしに望みはないですし。煮るなり焼くなり慰み者にするなり、好きにしてください」
「ちんっ……、お前だって大して変わらないだろ!」
「イヅル、うるさい」
あ、はい……。
おいアズマ、なに笑ってんだ。
「あのね、イチセさん。イヅルからもう聞いてると思うけど、師匠の居場所はわたしたちも知らないの。むしろわたしが教えて欲しいくらいよ。
イヅルから気配がするっていうのは、たぶん、昔イヅルが師匠の霊力を受けたからだと思う。まだその痕跡が残ってるのかもね」
「そうなんですか?」
ボクが尋ねると、シノ様は振り返って頷いた。
「近くにいれば分かるかな。わたしにはそれで気配を辿ることなんてできないけど、この子にはそれができるみたいね。
霊力の探知に長けて、金霊の術のエキスパート。剣もアズマと渡り合えるくらいに使える。たった二年で師匠はどれだけこの子に仕込んだのかしら」
「この子じゃない、イチセです。お父さんはわたしに一人前だって言ってくれた。だからもう子どもじゃない」
ぷくっと頬を膨らませて不貞腐れたその態度はどう見ても子どもだったけれど、まあボクも人のことは言えないので黙っておこう。
ただ、イチセは褒められてちょっと気をよくしたらしい。さっきまでより大分口の回りがよくなった。
「お父さんが付きっきりで鍛えてくれましたからね!
わたしは強くなりたかった。これまでわたしのことをバカにして、石を投げて、苛立ち紛れに蹴ったり殴ったりしてもいいと思っていた奴らに復讐してやりたかった。
そう言ったら、ばっちりその通りにしてくれました」
「それでここまで?」
シノ様は若干呆れ気味に言ったけれど、イチセは胸を張っている。
「そうです。お父さんは、人間相手に勝ちたければ剣術と、金の術を極めるのがいいって教えてくれました。
呪術では接近戦に対応しきれないことが多いから剣術は必須。人間相手に確実で速攻性に優れて攻守に使えるのは金の術、剣のサポートもできるって。
まあ、教え方が良かったのだと思いますが、わたしは天才ですからね。並みの人間では、たった二年でわたしのようにはいかなかったでしょう。お父さんもよくそう言って褒めてくれました」
おっ。こいつ、調子に乗り始めたぞ。
「ちなみにあなた、呪術を習い始めて何年になります?」
問われてシノ様がたじろいだ。
「えっ……。たぶん、十年以上……」
あっ、シノ様が目に見えて落ち込んでる。
大丈夫ですよ、シノ様がすごいのはボクがよく知ってますから!
イチセはその様子を見てさらに得意になったようだ。
勝ち誇った表情で笑い、ボクに視線を移す。
ボクはこの笑顔を曇らせていいものかちょっと迷ったけれど、正直に答えることにした。
シノ様をバカにした報いを受けさせてやらねば。
「えと……。一年ちょっと、かな」
すると、得意げだったイチセの顔が驚愕に固まった。
「い、一年……?」
ちょっとなんか、悪いことをした気がする。
やっぱ適当に嵩増ししとけば良かったかな……。
「えっ……、いち……。いち……?」
助けを求めるようにシノ様を見たイチセは、諦めた表情で首を横に振ったシノ様を見てがっくりと肩を落とした。
「あんなのが弟子で、わたしも困ってるのよ」
「あ……。そう、なんですね。大変ですね……」
ちょっとシノ様、あんなのってなんなんですか。
まあでも、こうおだてられるのは悪い気分じゃない。
ははは、もっと称えろ。近う寄れ。その絶望の顔をとく見せよ!
「心配すんな。呪術じゃ知らんが剣術じゃお前らの足元にも及ばねーから」
ボクの伸びきった鼻をアズマが無慈悲にばっさりと切り捨てた。
ははっ……、まあね。全くその通りですね。
今回も、アズマがいなきゃ勝てる目はなかったし。
「そうですね、確かに。術を使わせる前に切り伏せればいいだけですものね」
イチセはけろっと立ち直って言った。
そう言えばシノ様も、ミドウさんに問答無用で斬りかかってたもんね。
ツチミヤ門下ってそういうのしかいないの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます