第34話 疑念とやきもち
~前回までのあらすじ~
ガラウイ山系を抜けて平原へとおりたボクらは、西に向けて街道を行く。
町にたどり着いて美味しいものを食べたので、準備万端、がんばるぞ~!
***
シノ様とゴドーさんは、一日中天幕の下でごろごろしていたボクらと違って買い出しの傍らで情報収集にも走っていたらしい。
今回寄った街は首都ハウイから西にあるオモンと呼ばれる町だ。
赤峰サイラスへの道はここから街道をさらに西に二十日ほどの場所にある。
途中にも町があるので、ここでの補給は次の町までの最低限でいい。
ちょうど翌日に西に向けて出発する隊商があるということも分かったので、その後について行くことになった。
それからの旅はかなり快適だった。
道は踏み固められて歩きやすいし、隊商の後ろについて行くとなると索敵は隊商の護衛に任せられる。
危険な獣は集団を避けて通るし、妖魔が何度か現れても護衛たちは危なげなく対処していた。
問題があるとすれば、馬車の群れを襲うと猛烈な反撃に遭うと知った仕留め損ねられた妖魔たちが、隊商の後ろに付き従っている旅人たちに襲い掛かってくることか。
ボクらの一行は余裕で対処できるような相手でも、普通の人間には厳しい。
一度影狼の群れに襲われた時には五人ほどやられてけが人が大勢出た。
妖魔も盗賊も、ある程度の戦果さえあればわざわざ危険を冒して守りを固めた隊商に手を出さず、納得して帰っていく。
隊商の護衛たちが寄らば大樹の陰と寄ってくる旅人たちを追い払わずにおくのは、いざという時のトカゲの尻尾切りのためらしい。
なんともはや、である。
この国の旅人たちの大半は巡礼者だ。
目指すは西の地の霊峰ケスと、その周囲に点在する八つの峰々。
ボクはよく知らないのだけど、これらの霊地を目指して旅をすることによって功徳を積んでよりよい来世を目指すのだそうだ。
そういうわけで、高齢になると生まれ育った町や村を出て巡礼に出る者も多い。
そうした人たちが旅路の途中で傷つき、倒れていくというのは忍びない。
助けてやれないのかとアズマに聞いてみたら、あほか、と言われた。
「たまたま手の届く範囲にいるなら助けてやってもいいが、報酬なしで戦えるかよ。俺もゴドーのおっさんも、不死身ってわけじゃねえんだ。
それに、巡礼者なんてどうせ遅かれ早かれ野垂れ死ぬんだし、それが本望だと思ってる奴らだ。ほっとけよ」
だそうです。
アズマは厳しいね。
でもまあ、その通りだ。
余計な人助けをしていていざという時にシノ様のことを守れなければ、ボクは生きている意味もない。他人にかかずらっている余裕なんてない。
と思っていたら、シノ様が少し離れた一団に襲いかかろうとした怪鳥の足を切り落としていた。
「しっ、シノ様。さっきまでここに……」
ボクは慌てて駆け出した。すぐ横に槍を担いだアズマが追いつく。
「こら、あぶねーだろうが。急に走るな」
「ボクのことはいいから、シノ様を!」
「大丈夫だよ、あいつは」
怪鳥はアズマが両手を広げたくらいの大きさの鳥だった。
それだけならまあ、普通にもいそうなものだけど、目を引くのはその太い足だ。あの爪に掴まれば、そのまま身体を引きちぎられてしまいそうだった。
そんなのが空を見上げれば三羽いる。
ただ、連携して襲ってくるわけじゃないのが安心材料か。一体が足を斬り落とされても、知らぬ顔で別の人間を狙っている。
シノ様が斬った鳥は、怒り狂って次の攻撃を仕掛けようとしていた。
シノ様、危ない~っ!って思ったけど、じきによろよろと少し遠くの平原に墜落していく。
ボクとアズマがシノ様のそばに走り寄ると、シノ様は何かを拾い上げるところだった。
うわ、鳥の足だ。
「これ、食べられるのかしら」
「煮てみるか?」
あ、そういう感じ?
そんなこんなでその日の晩には次の町に着く。
どうやら街道沿いにはちょうど馬車が一日に走る距離ごとに町があるようだ。
朝に町を出れば夜には次の町に着いて、外で明かりもなしの野営をする羽目にならずに済むようになっている。
全部の町が大きいわけじゃなくて、村よりは大きめ、くらいの町が多かった。
でも、あるのとないのとじゃ全然違う。
町には専門の呪術師が何人も常駐していて妖魔除けの結界を張っているからだ。
シノ様が斬った、動物が変異した程度の妖魔は、基本的には入って来られないようになっているらしい。
ただ、そういった町には当然盗賊たちが網を張っている。
妖魔に対しては安全な町も、同じ人間からは守ってくれないのだ。
結局ボクとアズマは町の過ごすことになる。
二人だけで外に残すのは忍びないということだろう、町に着いてもいつも外に天幕を張って五人で過ごしている。
なんだか巻き込むようで申し訳ない気もするけど、なにかあった時に対処ができないでは困るから、仕方ないと思っておこう。
そんな日々が幾日も続いた。
ボクが心配していた盗賊の姿は影も形もない。
街道が、広い平原のただ中を続いているからだろう。
アズマによると、大きな隊商を襲う場合は襲う側のメリットを捨てないためにもっと身を隠しやすい場所から奇襲をかけるものらしい。
今警戒すべきは何の関係もなしに襲ってくる妖魔と、ピンポイントでボクらを狙ってくる奴らだ。
「盗賊も、アマミヤ家の追っ手も全然見かけないですね。撒いたと思っていいんでしょうか」
シノ様にだけこそっと話してみると、シノ様は軽く首を横に振った。
「さあね。案外近くにいたりして」
ボクは慌ててきょろきょろと辺りの様子を見回した。
ボクらの周りには大勢の巡礼者たちがいる。
この中にもしかして追手が紛れていて、人目の無くなったところでいきなり……。
うーむ、ぞっとする。
「ずっと考えていたんだけどね、どうして今になってアマミヤは急にわたしを追って来たのかしら」
言われて言葉に詰まる。
それはそうだ。
シノ様はミドウさんと別れてからこれまで四年もナンキの町にいた。
ミドウさんと旅をしている間も、別れてからの四年間も何もなかったのだ。
それなのに、どうして今になって急に。
そもそも、どうしてシノ様は狙われているんだろう。
シノ様の中に強い霊力が眠っているのは分かる。でもその力ってなんだ?
どうしてシノ様の中にそんなものが?
っていうか、本当に狙われているんだろうか。
ミドウさんに言われて疑心暗鬼になっているだけで、シノ様はまだ実際に危険な目に遭ったわけじゃない。
ボクは、なぜか大金で買われようとしていたみたいだけど。
「ずっと探してたけど、たまたま見つかった、とか?」
ボクが言ってみると、シノ様は静かに首を横に振った。
「師匠が意味深なことを言って去ってからそろそろ一年が経つわね。それって……、何の関係もないことなのかな」
えっ……、とボクは口をぽかんと開けてしまった。
「それって、ミドウさんが何か関係あるってことですか?」
「分からない。けど、わたしの中の霊力について知っている人間はイヅルと師匠の二人だけ。もしかしたら、とは思ってる」
ボクは言葉を失って何も言えないでいる。
だってミドウさんは、シノ様にとって家族だ。
幼い頃からずっと育ててくれた親みたいな存在で、呪術の師匠で、尊敬している人なんだって、ボクは知ってる。
そんな人がアマミヤに自分を売ったなんて、どうして考えられるんだろう。
ボクの表情を見て、シノ様は冗談めかして笑った。
「そんな顔しないでよ。可能性として言ってみただけ。
ただ、この間あなた、言ってたでしょ。水の夢で出会った男の人が、師匠のこと、友だちだって言ってたって。
それでね。わたし、師匠のこと、何にも知らないなって思ったの。
わたしね、師匠と小さい頃から長い間ずっと一緒に旅をしてきたわ。
でもわたし、師匠から身の上話とか、昔のこと、あんまり聞いたことがないんだ。師匠が話さなかったから、わたしも聞かなかった。
わたしは多分、師匠に全部、委ねきっていたんだと思う。
信じ切って、頼り切って、この人について行けば大丈夫なんだ、ずっとこの先もこの人の隣にわたしはいるんだって思ってた。話してくれないことも、いつか話してくれるんだって、呑気に構えてた。
でも、師匠は急にいなくなって……」
シノ様は言葉を切って小さく唇を噛んだ。
「きっと師匠は、わたしの知ってる師匠だけじゃない。だから、疑わなきゃいけないんだと思う。
別に、わたしのことが疎ましくて……、とか思ってるわけじゃないの。
師匠はずっとわたしのことを大切にしてくれていた。あの日々だって、きっと師匠の本当だったと思ってる。
だから、もしもわたしたちの居場所をアマミヤに漏らしたのが師匠だったとしても、わたしの為にしたことだって信じてるわ」
シノ様は胸を張って言った。
その姿を見て、ボクはほっと息を吐いた。
シノ様の言葉が、後ろ向きの疑念ではなく、前を向くための思考だと分かったからだ。
ただ次の言葉で、ボクは思い切り眉をしかめてしまった。
「前にアズマにも言われたわね、あなたに依存してるんじゃないかって。
わたしは師匠に頼り切っていたし、きっと今は、イヅルに対してそうなんでしょう。
……重くなったら、逃げていいんだからね」
……この人は。
いつも自信ありげに振る舞っているくせに、時々こうして弱さを見せる。
失うことへの予防線を張ろうとする。
親に捨てられたかもしれないと思っていることや、ミドウさんが唐突に姿を消したことを、きっと心の重荷に思っているんだろう。
そういうとこ、可愛いとは思うけど、ちょっとイライラする。
例えシノ様のくれた優しさや気遣いが、ボクを失いたくないがための欺瞞に過ぎなかったとして、ボクはシノ様の傍から離れない。
そんなこと、何の関係もない。
そうとっくの昔に決めているのに、その決意をちっとも信頼してくれていないのが分かってしまう。
シノ様は、ボクに対してはもっと強気でいてほしい。
付いて来なさいって、一言命じるだけでいいんだ。
ボクは絶対に、あなたのことを裏切らない。
「シノ様がどんなに陰気で嫉妬深い女でも、ボクはそばにいますよ」
ちょっとした意趣返しのつもりの言葉だったけれど、シノ様はなぜかきまり悪そうに目を逸らした。
「……気づいてたの?」
「……何がですか?」
「わたしが、あんたとアズマが仲良さそうで、もやもやしてたこと」
あっ……。へ~。
……へぇ、そうなんですかぁ~。
なんだろう、身体がむずむずする。
正直、意外だった。
シノ様って、もっとさばさばしてるタイプかと思ってた。なんでもできて、大胆果断で、勝気な負けず嫌いで、姉御肌って感じ。
でも嬉しい。
人目も気にせず跳び上がってしまいそうなくらい、嬉しい。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ」
シノ様は恥ずかしそうに頬を染めてボクを睨みつける。
「ボクも、シノ様とゴドーさんが仲良さそうでちょっと……。ええと。すごく、嫌でした」
ボクは正直に言った。
シノ様は指先で口元を覆って、知ってる、と答えた。
なんだよ、確信犯かよ。
くそっ、関係ないけど可愛い顔してるな。
「でもあれはイヅルが悪いんだよ」
ボクがよこしまな目で見ていると、シノ様はそう言って睨みつけた。
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