第33話 ヒツジ肉の香草焼きとヤギ肉の煮込み


~前回までのあらすじ~

 そろそろ平原にたどり着きそうな折、手ごろな水場を見つけたボクらはそこで一休みする。シノ様は、ずっとボクを危険にさらしたことを気に病んでいたらしい。

 ごめんなんて言わないで。ボクは守られたいんじゃなくて、守りたいんだ。


 ***


 ガラウイ山を取り巻く山々の隙間を通り抜け、次第に低くなっていく周囲の山にその瞬間がもうじき来ることは何となく予想はできていたんだけれど、平原がボクの目の前に広がったのは、本当に唐突なことだった。


「はい、お疲れさん」

 アズマが振り返って笑うと、一行全体に少し気の緩んだ空気が流れた。


 十日程度の山旅だった。


 とは言え終わったのはフミルまでの旅程のほんの一部だ。

 旅はまだ続いていく。


 まだしばらく傾斜の続いた先に、大きな川が見えていた。

 川に沿って小道が伸びていて、おそらくこの道を一日も歩けば街道にぶつかるだろうとはアズマの談だ。

 しばらくは街道を使うつもりでいるらしい。


「街道は傭兵たちが監視してるんじゃないの?」


「さあな。

 ずっと街道を歩き続ければ目を付けられる可能性は高くなるが、セブ傭兵団はもっと稼ぎが良さそうなところしか見ていないと思う。この辺に出るのはもっと小さい盗賊どもだろうぜ。

 だとしたら、見つかっても俺とイヅルを狙ってるわけじゃない」


「ちょっと。適当なこと言わないでよ。矢でも射かけられたら抵抗できないんだから」

 シノ様がアズマをじろっと睨んだ。


「そうは言っても、少人数で旅をするならリスクは負うもんだ。道なき道を行ってもいいが、たまたま見つかることもないとは言えない。

 俺としては、ゴドーのおっさんがいりゃあ、しばらく街道を行っても大丈夫だと思ってる。小さい盗賊団程度なら避けて通ってくれる気もするね。

 大きな町に行って、しばらくは適当な隊商の後をついて行くのが安全だろうぜ」


 その言葉にゴドーとセリナが同意したので、川沿いにしばらく北西に進路をとることになった。


 シュベット国首都ハウイから南東に下ったところに、ボクとシノ様が暮らしていたナンキの町がある。


 ナンキから大典山とガラウイ山地の間を縫って東西に大きな街道が伸びている。

 その街道はやがて天外山脈の西端の山々にたどり着くのだが、この街道から背骨のように天外山脈南の峠道へ伸びる道がいくつかある。


 ボクらの目指すのはこの道のうちの一本で、フミル王国東部に繋がる赤峰サイラスのトモン峠を目指す道だ。


 天外山脈越えのルートで一般的なものとは外れているらしいし、不安だ。


 アズマの言う通り、まる一日歩くと街道に行き当たった。


「アズマ、すごいね。計算ぴったりじゃん」

「へへっ。どんなもんだ」

 ちょっとおだてておけばよく働くし、本当に便利なやつだな、こいつは。


 丁度いい隊商は通っていなかったが、その次の日にはナンキほどの大きさの町に着いた。

 食糧なども心許なくなっていたのでシノ様とゴドーさんは買い出しに出かけた。


 ちなみに買い出しの中にボクの服は含まれていない。

 結局血の黒ずみは残ってしまったものの、目立たなくはなったので続投を許された。

 元通りにならなくて残念ではあるけど、思い出の服を替える羽目にならなくてよかったー。


 ボクとアズマは盗賊に見つかっては大変と大事を取って、町から離れた場所に天幕を張ってお留守番だ。

 アズマがボクに不貞を働かないようにと、シノ様の言いつけでセリナさんも残った。


 あれっ、いっそう不貞を働きそうな人ですけど?


 アズマはシノ様の言い分に腹を立てて、けっ、不機嫌に寝転んでいる。


「ごめんね、アズマ。いくらシノ様でもひどいよね」

 ボクがアズマの身体に手を置くと、触んな、と突っぱねられた。


「今、あのお嬢さんをふんじばって、目の前でお前に股座開かせたらどんな顔するかなって思ってたとこだ」


 うわっ、下衆!

 フォロー入れようとして損した。


「止めなさいよ、アズマ。手に入らないからと傷つけようとしても、後悔が残るだけですよ」


 セリナさんが珍しくまっとうなことを言った。

 っていうか、へ~っ。アズマ、シノ様のこと好きなの~?


 絶対ダメ、あげません。


「それはそれとしてその計画、わたしが実行してあげてもいいですよ」


 ん……?

 セリナさん、いつもの笑顔でとんでもないことを言い出したぞ。


「アズマさんが自分でするから後悔するんです。わたしがやるなら問題ありません。アズマさんは身を隠して、新鮮な悲鳴を存分に楽しめばいいのです」


「それ、あんたがしたいだけだろ」


「シノさんを動けなくするのは簡単ですけど、ゴドーを押さえるのは一人じゃ無理だなって思ってたんですよ~」


 思ってたんですよ~、じゃないんですよ~。

 

 ……やばい、危険を感じる。

 シノ様、やっぱり人選ミスです!




 そんな楽しいハプニングもありつつ、夕方になると馬に食糧を積んでシノ様とゴドーさんが帰って来た。


 なんだか嬉しそうな顔をしてますね~、そんなにゴドーさんとのデートが楽しかったですか~、とか内心でぐちぐちと言っていると、シノ様の開けた包みの中から、むわっといい匂いが漂ってきた。


「えっ、えっ。シノ様、これは!」

「ふふん。イヅル、嬉しいでしょう。ヒツジ肉の香草焼きになります」


 どうやらボクが喜ぶかと思って嬉しそうにしていたみたいだった。


 ごめんなさい、シノ様……。


 油紙を開くと器代わりのパンにたっぷり肉汁を染みこませた焼き目のついた羊肉。

 ついごくりと喉が鳴る。


 かぶりつくと少し冷めていたけれど脂ののった肉のうまみが口の中にとろけだす。

 香草のちょっぴり癖のある香りが鼻をついて食欲が止まらない。

 たれの染みこんだパンも美味しくて、それだけで十分ごちそうになるくらい。


 夢中になってかぶりついているうちに一つぺろりと食べ終わってしまって、悲しくなった。

 こういう時、諸行無常の意味を思い知る。

 どうして美味しいものって、すぐになくなってしまうんでしょうね……。


 そんなボクを見て、シノ様があははっと笑い出した。


「もう、イヅルったら。言いたいことは分かってるわ。実はもう一つ買って来ておいたの」


 そしてシノ様の服の袂から美味しそうなにおいをさせる包みがもう一つ。

 思わず息を呑んだ。


 シノ様天才。素敵っ。抱いてほしい!


 次もパンを器代わりに、煮込んだ肉を置いた料理だった。

 この肉は……、ヤギだね。とろりとして、酸っぱいけどちょっと甘くて、後味は辛い。

 う~ん、どっちもおいしい!


 ボクと同じくらい嬉しそうにしていたのはアズマだった。


「俺の分もあるんだろうな」

「当然みんなの分も買ってきたけど、あんたは食べなくていいわ」


 シノ様がつんと意地悪を言った。

 アズマはうんざりした様子でボクを見た。


「ったく、何だってお前はいちいち俺に突っかかって来るんだよ。なあ、イヅル。なんか言ってやってくれ」


「シノ様、ご飯はみんなで食べた方がおいしいです」


「……分かったわ。イヅルに感謝して食べなさい」


 そんなことを言いつつも、シノ様は二つ目の半分はアズマにあげていた。

 し、シノ様の食べさし……。


 まあでも、これでセリナさんの怪しげなたくらみはひとまず回避された、かもしれない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る