第26話 ガラウイ山麓行


~前回までのあらすじ~

 道中の村に一泊することになった。セリナさんは知らない内に心を入れ替え、ロリもいける人になっていた。

 やったね、レベルが上がったよ!

 って誰がロリだ。


 ***


 翌朝、シノ様の腕の中で目が覚めた。


 それはいつも通りなんだけど、違うことがひとつ。

 いつもは背中から抱きしめられているだけなんだけど、今日はボクがシノ様のおなかに顔を埋める感じになっていた。


「なんかイヅル、昨日は積極的だったね……」

 目覚めしなにシノ様がちょっと顔を赤らめて言った。


 えっ……、なにした?

 酔った勢いでなにした、ボク!


「別になにもなかったですよ、ちょっといつもより甘えん坊だっただけで」

 ボクが一人で慌てていると、セリナさんがそう教えてくれた。


 ボクはとてもほっとした。

 別に、なにも残念なことはないですよ?


 そんなボクの様子を見て、セリナさんはにまにま笑っている。


「そんなに心配なら、わたしが手ほどきして差し上げてもいいんですよ?」

 朝から何を言っているんだ、この人は。


 実はセリナさんのことをボクはちょっと苦手に思っていた。

 初対面でキスされたし、なんというか、どんな人なのか、いまいち掴みかねていた。

 でも、昨日話してみてちょっとだけ分かった気がする。


 ゴドーさんの雑なあしらいを思い出す。

 なるほど、ああいう扱いで十分なのか。




 ボクたちは全員、何事もなく朝を迎えた。

 アズマに、こういう寒村では村人総出で旅人を襲うこともあると言われていたので少し心配していたんだけど、村人たちに囲まれてたき火の中に放り込まれるようなことはなかった。

 馬も荷物もなにも盗られた様子はない。


 ボクらは村長さんに礼を言って朝早く出発した。

 入ってきたのとは真逆の道を通って、再び灌木に囲まれた小道へ。


 しばらくは子どもたちが何人か周りをちょろちょろとついて来ていたけれど、一旦下った道が再び登りに差し掛かったところで別れた。

 ばいばい、と手を振っているのに手を振り返すと、みんなで背を向けて走って行った。


「アズマの心配しすぎだったんじゃないの」

 ボクがアズマの背中に話しかけると、バカ言え、と鼻で笑われた。


「お前とシノだけなら今頃どっかに売り払われてるさ。ったく、無警戒で気持ちよく酔いやがって。その能天気さが羨ましいよ!」

 なにか言い返したいところだったけれど、正直、みんなでご飯を食べている内に警戒心も薄れてしまっていたとは思う。


 ボクは旅なんてしたことがないし、シノ様だってミドウさんに連れられていただけだ。ボクとシノ様だけじゃフミル王国にたどり着くのは困難だろう。

 だからアズマやゴドーさんたちにはもっと感謝をしてもいいのかもしれない。


「って言うか、アズマはどうして一緒に来てるのさ」

 尋ねてみると、アズマはちらっとボクの顔を振り返り見た。


「俺は無一文だ。急いでこの国を出る必要があるが、装備も何もねぇ。だから金持ってるお前の御主人にくっついてる。護衛の代わりに俺の衣食を保証するって契約だ」

 するとシノ様がふんっと顔を背けた。


「別に護衛なんてあんたじゃなくてもいいんだからね。口には気を付けなさい。あんまり失礼なこと言ってるとほっぽりだすから」


「ほお。なら俺はお前らの情報を持ってその辺の盗賊のとこに駆け込んでやるよ。死なばもろともってな」


「ふうん。その脅し文句、足りない頭で一生懸命考えたのね。脳みそまで筋肉でできてそうなのにご苦労様」


 ボクは言い合いを始めた二人の間に挟まれて曖昧に笑っている。

 どうせ止めてもまたすぐにおっぱじめるのだから仕方ない。


 あとなんだかシノ様とアズマが喧嘩する景色も見慣れて、意外と仲がいいのかも、とかって思ってる。


 シノ様は今日、なんだか機嫌が良さそうだった。言い合いはしても剣を抜きそうな雰囲気じゃない。

 二人のことは放っておいて、ボクはゴドーさんとセリナさんの元に行った。


 同じように尋ねると、セリナさんがボクの頬に手を遣って、あなたのことを食べちゃいたいからよ、とか言い始めた。

 ボクはさっとゴドーさんの陰に隠れる。


「ゴドーさん、狼がいるので退治してもらっていいですか」

「ああ……、そうだな。長い付き合いだったが、仕方ないか」

 ため息交じりに槍の鞘を外したゴドーを見てセリナが身構えた。


「あら、邪魔するつもり?」

「子どもに助けを求められてはな」

「そうですか。そう言えば旅の間中、あなたはうるさいことばかり言ってくれましたね」

「お前は、面倒ばかりかけてくれたな」


 あれっ……、なに。なんか険悪な雰囲気?

 もしかしてボク、争いの種を撒いて歩いちゃってる?

 いやぁ、参ったな。ボクってば罪な女!


 それはそうとして、二人にはボクらと一緒に来る理由に大したものはないようだった。


「まあ、乗りかかった船だよ。俺たちもフミルに帰るところだったし、旅は人数が多い方が安全だからな」

 ゴドーは曖昧に言った。


 盗賊に狙われているボクらと一緒に歩くよりは二人で街道を行く方がまだマシな気はしたが、それこそ善意なのだろう。


「わたしはともかく、この男は腕が立ちますから、護衛としては頼れると思いますよ」

 セリナはそう言うと声を潜めた。


「それにあなたとシノじゃ、アズマが変な気を起こした時に抵抗できないでしょ。あの男も気は良さそうですが元盗賊。警戒して悪いことはないと思います。まあ逆に、ゴドーが変な気を起こす可能性もありますが……」

 ごつっ、とにぶい音がしてセリナさんが頭を押さえてうずくまる。ゴドーさんに槍の柄で殴られたらしい。


「見ました?この男、都合が悪くなるとすぐ暴力で黙らせようとして……」

「お前に言われたくないだけだ」

 ゴドーさんは唸るように言った。




 話す間にもゆっくりとだが着実に道を進んでいく。


 緩やかな登りを過ぎ、急傾斜を避けて迂回すると下り、また登る。

 上り下りの連続ではあったけれど、多分総合すると登っているような気がする。


 ガラウイの銀壁は近づいたり遠のいたりしつつ、次第に形を変えていく。

 ここの山の中で万年雪の積もっている山はガラウイだけなので、形が変わってもすぐに分かった。どの角度から見ても、白い峰が陽の光を浴びてきらきらと輝くさまは綺麗だなって思う。

 あ、シノ様ほどじゃないですよ!


 村を出てからの旅路は、そんなに大きな事件もなく進んだ。


 妖魔に襲われる、ということもたまにあったけれど、大抵は先んじてセリナさんかシノ様が見つけ出して対処した。倒したり、通り過ぎるのを待ったり。

 ヒョウや狼は、遠くに姿を見かけることはあっても、夏の食糧の多いうちからわざわざ武装した五人組を狙うことはないようだ。


 道は細いが緩やかで、たまに途切れてもアズマがじきに見つけ出してくれる。


 アズマはいずれ馬の通れない道に突き当たるのではないかと心配していたが、今のところはそんな気配もない。村人に聞いてもそんな難所の話は聞かなかったらしい。


 朝晩と火を焚いて練り麦と茶の簡素な食事をとる。

 味気ない食事ではあるけれど、旅の身の上では仕方ない。

 ちなみに夜にはこれにイモを煮たものが加わる。


 お肉が食べたい。

 おやじさんのぴりっと香辛料の効いた料理が恋しい。


 そんな風に思いながら食事を済ませ、軽く身体を拭いて眠る。


 水浴びがしたいと思うこともあったけど、水量のある川が見つからないから仕方ない。一度見つけたけれど、急斜面の下を流れていたので断念した。

 普通の旅人ならこうした沢に下りていくのだろうが、呪術師が三人もいる一行は飲み水を確保する必要がない。

 そうなると、どうしても優先順位は下がってしまう。


 ちなみに呪術で水を大量に作ろうとすると疲れてしまうので却下だ。


 だらっと力を使い続けるのが一番しんどい。


 アズマなんかはシノ様が飲み水を作り出すのを見て、便利なもんだな、とか呑気なことを言ってるけど、盗賊の村から逃亡した日の晩に夜通し温めてあげたおかげで、ボクは次の日歩けなかったんだ。


 あの時は背負って歩いてくれたことを感謝したけど、よく考えてみればそもそもアズマのために力を使って歩けなくなったんだ。

 マッチポンプだ。


 ボクは服を洗いたくて仕方がなかった。


 ボクのまとっている服は血で汚れて黒ずみ、元の緑色も土ぼこりでくすんでいる。

 アズマは、ズボンはともかく上着には使い古してはあるけれどそんなに汚れていない服をまとっている。

 この一行で一番汚い恰好をしているのが誰かと言われれば、まあ間違いなくボクだった。


 シノ様は何も言わないけれど、まあ、イヅルさんったら、わたしのあげたものなのに、大切にしてくれてないのね、とか思っているに違いない。

 もう次からはなにも買ってあげないわ、とか思っているに違いない。


 だから、ちゃんと大切にしてますよ!ってアピールしたいのだ。


 ああ……、川。

 川、ないかな。

 こう、道端とかに手ごろでいい感じの。


 そんなことをぼんやり思いながら機械的に足を動かして三日目の夜、ボクは水の夢を見た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る