第25話 村の一夜


~前回までのあらすじ~

 シノ様が不機嫌です。ご機嫌を直してもらおうと木の実を取りに行ったら、悪化しました。アズマと喧嘩して、襲撃計画まで立てています。お元気そうでなによりです。


 ***


 シノ様の夜襲は決行されることはなかった。

 陽が傾く頃になって村に着いたからだ。


 ガラウイ山の白い岩峰を右手に眺めて細道を歩いていると、その村は突然現れた。


 山の斜面いっぱいに作られた段々畑と、石と木で作られた家々。

 どうやら裏道を使って来てしまったらしい、村人たちに驚かれた。


 旅人に興味津々の子どもたちにまとわりつかれながら村長の家に迎えられ、茶を振舞われた。


 村長さんは、長い間この地で暮らすうちに染み付いてしまったんじゃないかと思うほどこの土地の土と同じ色の肌をした、深いしわを刻んだ老人だった。


 村長さんはボクらのことを始め胡散臭そうな表情で見ていた。


 まあ怪しいよね。


 アズマは柄が悪いし、ゴドーさんは全身黒いし、セリナさんはさっきからボクくらいの年齢の男の子を見るとそっとほほ笑んでさりげなくマントの内側を見せている。

 ボクとシノ様だけだね、怪しくないのは。


 と思ったら、何だい、その目は。

 そんなにボクの血で黒ずんだ服が珍しいのかい。

 たはは……。


「突然の訪問、申し訳ありません。シノ・ツチミヤと申す旅の者です。一夜の間、村に滞在させていただくことをお許しください」


 シノ様がそう言って頭を下げると、村長さんは態度を変えた。どこの無頼漢どもかと思ったら礼儀を知った者がいて安心した、というところだろう。

 流石はシノ様だ!


 そういうわけで村の隅の飼い葉小屋を貸してもらえることになった。

 あまり素敵な住居と言うわけではないが、久しぶりに屋根のあるところで眠ることができる。


 アズマとゴドーさんは、馬を繋ぐとこれからの道を探るために聞き込みに出て行った。

 セリナさんもいつの間にか一人でふらっと出かけてしまった。

 自由な人だな、もう。


 夕食は村長の家で食べさせてもらえることになった。


 どうやら旅人など滅多に訪れない村らしく、家の庭に敷いた絨毯の周りには村人たちが集まって村の外の話を聞きたがった。


 ボクらも歓迎の礼にと干し肉を差し出して、茶と練り麦、茹でたイモのメニューにもう一品加えた。

 大切な食糧だが、アズマによると、物を持っていそうな旅人があまりケチくさいことをすると村が丸ごと盗賊に変わることだってあるのだそうだ。


 まあ、この人たちはボクら全員を殺して身ぐるみ剥ぐことだってできるんだからね。そうしたところで誰にも知られることはないんだし。

 アズマとゴドーさんがいるから、滅多なことじゃ襲われないとは思う。


 シノ様とゴドーさんが専ら村長の話し相手になっていた。

 旅先で見聞きしたこと、国家間の情勢、作物の出来。

 少し真面目な内容だ。


 一方でアズマやセリナさんは若い村人に囲まれて賑やかにやっている。

 なんだか機嫌がいいなと思ったら酒が入っている。いつの間にか誰かが持ち込んでいたらしい。


 ちなみにボクはもっと若い、年下くらいの子に話しかけられた。

 多分、背が低いから年相応に思われてない。


 ボクももう十二歳なんだけどな……。

 まあいいけど。


 お開きになる少し前、セリナさんがボクの隣に座った。

 おしりをまさぐられる。


「ひうっ……!」

「あら、可愛らしい反応」


 ボクが驚いて声を上げると、セリナさんはにんまりと笑った。

 どうやら大分出来上がっているらしい。ボクに睨みつけられてもどこ吹く風だ。


「あのですね、前にも言いましたけど、ボクは女の子なんです。セリナさんの好きな男の子じゃあないんですよ」

「そのことね。確かに大事なことではあるんだけど、よく考えてみたら、男の子に見えるなら別に女の子でも関係ないかなって」


 くそっ、この女……。


「確かにわたしは男の子のまだ発達途上のものが少し擦ってあげるだけでぷるぷる震えているのを見るのが大好きですよ。涙目で悔しそうにしたり強がって虚勢を張ったりしている姿を見るとそれだけで堪らなくなる……!

 でも女の子だって、おぼこなら似たような反応してくれるかもしれないものね。何事も食わず嫌いは良くないなって……。

 ありがとう、イヅルさんのおかげでそう思えました」


 ああ、ボクはなんてモンスターを世に解き放ってしまったんだ。


 セリナさんはボクの膝のあたりから太ももに手を這わせてくる。

 手つきがやらしい。ちょっとなんか、変な心地がしてくる。嫌なはずなのにもっとしてほしいような、妙な気持ち。


 ボクにだって、それが性欲ってものだということくらいは分かる。


 いつかもしかしたら、シノ様にもそういうことをして差し上げる時が来るかもしれないと思った。

 シノ様だって女の子なんだから、欲求くらいあるだろう。前に一回だけ、もしかしたら、って思ったこともあったし。


 そういう時に一人で処理させないで、発散させてあげるのも従者としての務めなのではなかろうか。


 であるならば、それに備えてセリナさんにやり方を教えてもらっておくのがボクの義務であるのではないだろうか。

 求められた時、へたっぴだと思われたら嫌だし。


 どうせキスの仕方も教えられてしまったんだし、セリナさんは教師としては申し分ないのかもしれない……?


 と、そこまで考えて、ボクは慌てて思考を打ち切った。


 いや、いや。

 ボクは何を考えてるんだ!


 シノ様はそういう気持ちになんてならないし、一人でしたりもしてない。

 ボクともそういうことはしない!


「そういうことって?」


 うるさいやい!


「触らないでください。ボク、まだ初めに会った日のこと、許してないですから」

 ボクががしっとセリナさんの手を捕まえて持ち上げると、セリナさんは余裕たっぷりにとろりとした視線を向けてきた。


「あら、結構力強いんですね。ますますそそる……」


 あ、ダメだ。この人と一緒にいると十八禁になっちゃう!


 ボクの周りの子たちも、年齢が上の子は気まずそうにしている。もっと上の子はさりげなく木陰に隠れている。


「止めてください。ボクは身も心もシノ様のために捧げるって決めてるんですから」


「身も心も……?あら失礼、二人はそういう関係だったのね。あの子は怒らせたら怖そうですね。寝込みとか襲ってきそう」


 よく見ているじゃないか、それはそう。

 でもそういう関係ではない。


「黙っていればバレませんよ。それに大事なご主人の隣でするのって、想像したら結構興奮してきません?」


 耳元でささやかれて、ボクは急速に頭に血が昇るのを感じた。

 具体的な想像はボクにはできないんだけど、でもなんか……、でもなんか!


「はい、お水です」

「ありがとうございます」


 一息に飲んだら、酒だった。白くどろりとした麦の発酵酒が喉の奥に流れ込んで、身体がカッと熱くなる。


「どうです、したくなってきたでしょう?」

「セリナさん、ホントに怒りますよ」


 こんな話をして、シノ様にばれたらどうするんだ。

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