第24話 不機嫌なシノ様とナツメの実
~前回までのあらすじ~
盗賊たちとアマミヤ家の追っ手から逃れるため、ボクとシノ様はフミル王国を目指すことになった。そして旅の仲間に、アズマ、ゴドー、セリナの三人が加わった。
やったね、仲間が増えたよ!
***
最近、シノ様の機嫌が悪い。
時々機嫌が悪くなるのは以前からのことだ。
急にカリカリ苛々しだして、わたしは不機嫌ですとでも書いてあるような顔で黙り込む。
何を怒っているんですか、と聞いても、別に、と大抵は答えてくれない。
教えてくれる時も、ささくれが痛いとか、そういう些細なことなので本当のことを言っているのか分からない。
そっとしておいた方がいいこともあるし、構ってあげないとボクに矛先が向くこともある。
多分、ボクが何かしちゃったわけじゃないと思うんだよね。
だってシノ様、ボクになにか気に入らないことがあったらすぐに言うから。
言ってくれればやりようがある。
体調が悪いのならそれなりの接し方をするし、甘やかしてほしいなら全力でちやほやするし、一人になりたいなら酒場の隅っこで膝でも抱えていよう。
でも原因が分からないことでカリカリされていると、何をしてあげればいいのか分からない。
はあ、全く。
困ったお方です。
とはいえそういう時の不機嫌さは一過性のものだ。
長くても次の日にもなればけろりとしておはようとほほ笑む。
しばらく不機嫌な顔を見た後のシノ様の笑顔はまた格別で、身体の奥に突き刺さるみたいな感覚がして、なんだかふわふわしてきちゃう。
可愛い。
好き。
頬ずりしたい!
というボクの願望は置いておいて、最近のシノ様の不機嫌はどうにもこれまでとは違うらしい。
だってその不機嫌はずーっと続いているのだ。昨日も今日もむすっとした顔をしてほとんど口を開かない。
ゴドーさんとセリナさんには愛想よく接しようとしているみたいだけど、ボクとアズマにはぶすっとしている。
シノ様がそういう顔をするようになったのはいつからだったか。
正直、ボクが目覚めてからのシノ様はちょくちょくアズマとケンカして不機嫌だったから、よく分からない。
町では普通にしていたと思うんだけれど。
ボクらは今、ガラウイ山系の山道を馬を曳いてとぼとぼと歩いている。
今、ボクの右手に陽の光を浴びて白く誇り高くそびえるのが峻険ガラウイの威容だ。
遠くから見ているとその大きさはよく分からなかった。
けれど三日も歩いて少し高いところから見てみると、ガラウイが周囲の山と比べても一際高く険しく、そして幅広く大地からせりだしていることが分かった。
天外山脈の山々の中にあってもきっと見劣りはしないだろう。
ボクらはこのガラウイ山系の山々の間をすり抜けて西へ向かっている。
本当ならナンキまで戻り、そこから大典山の南を抜けて西へ向かう街道を通るのが楽なのだが、街道を極力使わない方針のボクらは、道だったり道じゃなかったりする場所を強行突破するルートを取っている。
そんなルートを通って遭難しないのかと心配していたが、アズマは昔、戦争奴隷の立場から逃げだした時にこういう旅をしたことがあったらしい。
星を見たり道の感じで判断したりして案内してくれた。
便利なヤツだなと思う。
ゴドーさんも旅慣れた様子で、ほとんど何も書いていないような簡単な地図と方位磁石を持ってアズマのナビゲートをサポートする。
道中二人であれこれ言っている場面も多く見かけた。
筋肉同士、気が合うのだろう。
ちなみにセリナさんは、わたしには関係ありません、みたいな態度で仲良さげな二人を一歩引いて眺めている。
セリナさんって、ちょっとよく分からない。初めはゴドーさんの奥さんか何かかと思ったけれど、もっとドライな関係にも見えた。
それに小さい男の子がいれば機嫌がいいってゴドーさんが言っていた。
う~ん……、子ども好き……?
歩いていて時々草の茂る場所に来ると、立ち止まって休憩をとった。
馬にもエサを食べさせなきゃいけないからね。
三頭の馬の上には穀物粉やバター、イモ、干し肉などの食糧と天幕などの道具類が乗せられている。
満載、というほどじゃないけれど、そこそこ重そうだ。
それらの品はフミル王国行きが決まった後、ゴドーさんとセリナさんが一旦川沿いの町まで戻って買い出してきたらしい。
いや、待て。
今のラインナップ……、なにか気になる。
はっ、そうか。
シノ様の好物の果物がない!
謎は全て解けた。
なぁんだ、シノ様ったら甘いものが食べられなくて怒ってたのね。ボクが買い出しについて行っていれば、こんなことには絶対にならないのに。
まぁね、みんなまだ、シノ様のことよく分かっていないものね。シノ様も、広い心で許してあげなくちゃいけませんよ!
ああ、全く。シノ様にはボクがついていてあげないと。
もうホント、仕方ないな~。
と都合よく不機嫌の理由を合点したボクは、それからしばらく果物のなっている木がないか探して歩いていた。
たぶん、毎日歩き詰めで代わり映えのしない景色が続き、ボクもちょっと飽きていたんだと思う。
果物を見つけるという手近な目標を見つけると、単調なだけの旅も少しだけ楽しくなった。
赤い実をつけた木を見つけたのは、探し始めてから一度休憩をとった後のことだった。
岩の転がる細い山道を歩いていると、少し斜面を下った道から外れた場所にナツメの木を見つけた。緑の葉を茂らせる間に、指先ほどの小さな実をいっぱいにつけている。
間には灌木が生い茂っていたけれど、たぶん行って帰って来られそうだ。
シノ様が機嫌を取り戻してくれるかも、と思うとボクは居ても立ってもいられなくなった。
「ちょっと待っててくださいね」
ボクはシノ様にそう声をかけて斜面に跳び下りた。シノ様が呼び止める間もなく、ボクは灌木の間をするすると抜けて木の下までたどり着く。
ボクは山育ちだから、こういう道を歩くのは結構慣れているんだ。
ナツメは棘だらけで木登りなんてとてもできないけど、幸いボクの手の届く場所にも実はなっていた。
赤くてつやつやした親指ほどの小さな実だ。
ボクは少しの間夢中になってナツメの実をもいだ。
すぐに二十個ほど集まって、服の裾で赤く光り輝く。
ボクが異変に気が付いたのは、収穫の成果に満足して視線を下に落とした時のことだった。
あれれ、おかしいな。
さっきまで固い地面だった場所がぬかるんで、ボクの足はもうくるぶしの辺りまでめり込んでいる。
あっ、あ。抜けない……。
そう思った時、昔お父さんに似たような話を聞いたことを思い出した。
涼しい木陰や動物が好みそうな果実の成る木の下には、それに誘われてやってきた人や獣を襲う妖魔が出るのだと。
確か、ぬかるみをつくって地面に飲み込むタイプの妖魔もいたはずだ。
ちょっと焦ったけれど、お父さんは対処方法も教えてくれていた。
靴の紐を緩めて、ジャンプ。
そしてぬかるみから靴を引っこ抜くだけでいい。
ありがとう、お父さん。
今もボクのことを守っていてくれてるんだね……!
空に浮かんだ父の面影に涙しながら靴を履き直した辺りで、藪がごそごそ揺れた。
新手の妖魔か!と思ったらシノ様だった。
「あ、シノ様。待っててくれればよかったのに」
ボクが言うと、シノ様はちょっと目を丸くしていた。
どうしたんだろう、息を切らせて……。
ってそれより、ほっぺたや腕に擦り傷ができている!
「だっ、大丈夫ですか、シノ様!」
ボクが折角集めたナツメを放り出さんばかりの勢いで飛びつくと、いきなり頭突きされた。
目の前に星が散った。
「痛ったあ~。なんてことするんですか、突然!」
「こっちのセリフよ、いきなり飛び出して行かないで!」
どうやら心配させてしまったらしい。ちょっと反省。
でも、なにも頭突きすることないじゃないか。シノ様のためにしたことだったのに。
「……シノ様の石頭」
聞こえないように呟いたつもりだったけど、ぎろりと睨まれた。
……シノ様の地獄耳。
それからしばらくはお説教だった。
たるんでるとか、ちょっと強くなったからっていい気になってるとか、突飛な行動は全体に迷惑だとか、いろいろ。
あとで文句を言ったことも良くなかった。シノ様はそういう時、十倍にして返してくる。
不機嫌を直してもらおうと思ってしたことなのに余計に怒らせてしまった。
たぶん、ボクが危ないと思って擦り傷までこさえて慌ててやって来たのに、着いてみたら一人でどうにかしていたことも、不機嫌さを加速させている。
華麗に助け出させてあげていれば少しは満足したのかもしれない。
いやぁ、ボクのご主人は世話が焼けますなぁ。
「まーそれくらいにしてやれよ」
アズマがナツメの実をかじりながら言った。
するとシノ様は、今度はアズマにぎゃいぎゃいと言い始める。あんたみたいな適当な奴と一緒にいたからどうだとか、こうだとか。
アズマは前を歩きながらしばらくそれを聞き流していたけれど、シノ様が言葉を切った時に振り返った。
「あんたさ、しばらく思ってたが、そいつに依存し過ぎなんじゃねーのか?」
シノ様は目をむいた。
「はあ?わたしのどこが!」
「そいつはお前の犬っころじゃねえんだぜ。
そりゃあお前の買ったお前の奴隷だろうよ。けどな、奴隷だって自分でものを考えるし、そいつはなんにもできねぇバカなガキってわけじゃない。
あんまりなんでも思い通りになると思ったら大間違いだぜ」
ちょっとストップ。
アズマ、ストップ!
それ以上言わないで。
確かにちょっと……うるさいなとは、ちょっとだけ、思ってたけども。でも同じだけ嬉しいって言うかさぁ……。
とにかく、シノ様ガチギレ注意報だから!
「……何が言いたいのよ」
シノ様がわなわなと震えながら言うと、アズマはぷっとナツメの種を吐き出した。
「あんまり鬱陶しくしてると、逃げられるぜってこった」
はい、終わった。
アズマさん、アウトです。
もう安心して眠れる夜はないでしょう。
ボクはいつシノ様が剣に手を掛けても押さえられるようにさりげなく右手の袖を掴んでおいた。
あと手綱も。馬がいなくなったら大変だ。
けれどシノ様は奇声を上げて斬りかかるような真似はしなかった。
むしろ脱力して黙り込んでしまう。
「……シノ様?」
ボクは心配になって呼び掛けてみた。するとシノ様は小さな声で囁いた。
「イヅル、今夜よ。今夜あの男が寝入ったらあの生意気な口を二度ときけないようにしてやるから、手伝いなさい」
あ、よかった。
いつものシノ様だ。
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