第21話 休息
~前回までのあらすじ~
盗賊たちの追っ手を撃退したボクとアズマは、追ってきたシノ様とゴドー、セリナと合流する。ボクはシノ様との再会を喜ぶのだった。
***
眠る時、今回の誘拐にアマミヤ家が絡んでいるかもしれないことを知らせたら、シノ様は眉をひそめて黙り込んでしまった。
少しせり出した崖下が今日の野営場所だった。
服は着ているけれど身体の下は直接地面だ、ごつごつしてちょっと痛いけれど、まあ贅沢は言えない。
シノ様は、まるで手を放したらボクがどこかへ消えてしまうんじゃないかと恐れているみたいに、ボクのことを背中から抱きしめている。
アマミヤ家のことはあまり他の人に言わない方がいいような気がしていたから、ボクはシノ様だけにこっそりと報告した。
シノ様は、そう、とだけ言ってボクを抱く腕に力を込めた。
もちろん下っ端連中の噂話でしかないから、その言葉がどれだけ信じられるものかは分からない。
依頼人がアマミヤの名前を騙った可能性もある。呪術師の世界では有名な名前のようだし。
けれど誰かがボクかシノ様をアマミヤの名前を使って狙ったことは確かだ。殺すというわけでもなく、手元に確保するという目的で。
となるとやはり狙いはシノ様の中の強い霊力なのだろうか。
今まで半信半疑だった、ミドウさんが言っていた、アマミヤを名乗るものに狙われているという言葉が信ぴょう性を帯びてきた。
今回はボクがさらわれたけれど、もしかしたら何かの手違いで、本当はシノ様をさらうつもりだったのかもしれない。なにしろ大雑把な連中だったし。
それかボクを人質にシノ様を従わせようとした可能性もあるかな。
実際にシノ様がどう思っているかはともかく、奴隷のボクに人質としての価値があると考えるのかどうかは別として。案外そこまで調べなかっただけかもしれないけれど。
ともかく、これからはもっと注意して行動しなければならないということだろう。
シノ様は強いけど、アズマくらいの腕の人間が本気で襲い掛かってきたら勝てないかもしれない。
呪術師ってのは相手が妖魔ならともかく、人間の武人と戦うのは不得意だからね。どうしても発動に時間がかかって、先手で仕留められてしまう。
シノ様の剣術も、相手を切り伏せるためのものじゃなく呪術を発動するための時間を稼ぐものらしい。
シノ様は何か考え込んだまま何も言わなかった。
だからボクはしばらくするとうとうとして、いつしか眠ってしまっていた。
あれだけ眠ったのに、と思わないでもないが、山の霊力を無理やりに飲み込んだボクは、身体はなんともないけれど、魂が傷ついてしまっているらしい。
不寝番も免除されて、次の朝まで目覚めることもなかった。
ボクは何かがぶんぶんと振り回される音を聞いて目を覚ました。
アズマとゴドーだ。二人は向かい合って睨み合い、打ち合いを始める。
ケンカだ!
と一瞬思ったけれど、互いに当てる気はなさそうだった。
と言うか、アズマの槍をゴドーが見事にさばいている。
アズマは当てる気で打ち込んでいるのかもしれないが、ゴドーがそれを、余裕を持って弾いているので互いに当てる気がないように見えたのかもしれない。
ボクはその様子を寝ぼけ眼でぼんやり見ていた。
身体を起こそうとして、シノ様の腕がぎゅっと抱き着いていることに気が付いた。
そっとその腕を置くと、許さないから……、とかむにゃむにゃ言っているのが聞こえた。
どんな夢を見ているんだろう。すごい怖い。
しばらく打ち合いの音が響いて、止めだ、とゴドーが言った。アズマはすっと槍を引いて、ふぅ、と地面に崩れ落ちた。
「ダメだ、届かねぇ」
「力任せに振り回しすぎなんだよ。一撃で決めようとせず、相手を崩すことを考えればもっと強くなれる」
ゴドーは手に持った黒い槍でとんとんと肩を叩きながら笑う。
ボクにしてみればたった一人で複数人と渡り合ったアズマは呆れるほど強いんだけど、そのアズマよりゴドーは強いらしい。隊商の護衛っていうのは生半可じゃやれないってことか。
助け起こそうと手を伸ばしたゴドーの腕をアズマは握り、ボクが起きているのに気が付いた。
ボクが近づくと、よう、と少しきまり悪そうに言った。
「偉そうなこと言って、結局助けられちまったな」
言われて、驚く。
ボクはそんな風に言われるほどのことをやってない。実際に危険を冒して、傷ついたのはアズマだ。
ボクは後ろに隠れていただけ。ほとんど何があったのかも分からなかったから、あの土砂崩れをボクがやっただなんて、そんな実感もなかった。
「なら、お互い様か」
アズマは槍を肩に立てかけてにやりと笑った。ボクも笑い返した。
「うん、そうだね」
お互い様、と言えるほどのことはできていないけど、そう思ってくれるならそれでいいと思ったのだ。
アズマとはこれから仲良くできると思った。
のだけど。
「でも忘れてねぇだろうな。馬に乗せてやったのは貸しだぜ。金か身体か、どっちかで払ってくれよな」
そう言えばそんな話、したっけ。
すっかり忘れてた。
ボクは頬を膨らませてアズマを睨んだ。
「お互い様だから貸し借りなしって話だったでしょ!」
「バカ言えよ。俺ぁ一文無しなんだ。稼げる仕事もなくして、金ヅルまで逃がしたらこれからどう食って行けばいいってんだよ!」
「知るか、この筋肉!」
騒いでいるとシノ様が起きだしてきた。
「もー、なんなの。騒がしい」
アズマは目元をこするシノ様を見て、ぐいとボクの腕を引っ張った。
耳元でささやく。
「おめーよりあのシノ様の方が好みだな。どうだ、あいつで手をう……!」
知らない内にアズマの横っ面をぶん殴っていた。
「言っていいことと悪いことが……っ、うがーっ!」
なにこれ硬っ、岩かと思った!とは頭の隅で思ったことで、ボクは頭に血が昇っていたから殴った方の手が痛むのも気づかずに襲い掛かった。
けれどもめちゃくちゃに振り回しただけのボクの拳は簡単に受け止められて、ひょいと肩に担ぎあげられた。
急に世界が逆さまになった。頭がクラクラする!
「へっ、へなちょこパンチだな」
アズマがバカにして笑う。
なにを!とガンガン背中を殴りつけていると、そのままぐるぐる回された。
セカイが、変わっていく。流れていく……。
それでもやがては同じところに戻る。
この世に満ちる、精霊の、力の本源は、同じものだから……。
万物流転、輪廻転生。
そうか……、これが、真理……!
うえ……、キモチわるい……。
下ろしてもらってもよろよろと目を回したままのボクを、シノ様がアズマの手からさっと取り戻した。
「ちょっと、うちの子になんてことするんですか!」
「なんてこと、じゃねえよ。そっちこそそのサルにきちんと教育しとけよな。人に殴りかかっちゃいけませんって」
「……ほお」
シノ様の雰囲気が冷めたものに変わった。
「イヅル、自分で立てる?」
「ふえ……っ。何するんですか、シノ様」
「そこの野生児にひとつ教育してやろうかと」
シノ様が剣の鯉口を切る。
いかん、キレてる!
「やっ、止めてください、シノ様!」
ボクは慌てて抱き着くようにシノ様を抑えた。
シノ様は普段は理性的なのに、たまにこういうことになる。
「放しなさい、イヅル。放せぇえ!」
シノ様はすごい力で振りほどこうとしてくる。
ああ、折角の可愛い朝のぼんやり顔が台無しですよ……。
「へっ、弟子が弟子なら師匠も師匠だな。その様子ならご自慢の剣も呪術も大したことなさそうだ」
「ぎぅぃ……っ!」
こら、アズマ。挑発しないで。シノ様、聞いたことない声出してるから!
シノ様とアズマはどうにも相性が悪そうだった。
シノ様ってなんだかんだぞんざいに扱われ慣れてないっていうか、育ちがいいんだよね。
ミドウさん、なんだかんだ言ってシノ様に甘そうだったからな~。
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