第22話 行方


~前回までのあらすじ~

 アズマの野郎、ボクを助けた見返りにシノ様を差し出せってマジふざけんな夜道に気を付けろこの半裸野生児!ってシノ様が言ってました。


 ***


 お昼のことだ。

 シノ様は唐突に宣言した。


「フミル王国に行こうと思う」

「ふえっ……?」


 それはボクにとって寝耳に水な発言で、びっくりして間の抜けた声を出してしまった。

 なにしろボクは、これからまたナンキの町のあの懐かしい宿の一室に戻るものだと考えていたからだ。


「え……、フミルってことは、えっ……。もうおやじさんのとこには戻らないんですか?」

「ええ。元々あんなに長く世話になるつもりはなかったもの」

 シノ様は平然として頷いた。


 確かに、あの場所は宿だ。いずれ町を離れることを前提にした場所で、貸し家でも何でもない。

 シノ様は、ただ以前別れた場所で、ミドウさんが戻ってくるのを待っていただけだったのだろう。


 ボクはおやじさんの人の良さそうな顔を思い浮かべた。

――そっか……、もうあの料理も食べられないのか……。


 せめて今までお世話になりましたって、挨拶だけでもしたかった。


「と言うか、戻らない方がいいでしょうね」

 そう話を引き継いだのはセリナだった。


「野盗どもはあなたがあの町にいたことを知っているし、あの宿の店主とも懇意だったことも調べればすぐに分かりますからね。間違いなく網は張っている。

 イヅルさんは相当腕の立つ呪術師のようですが、世話になった人に迷惑をかけたくなければ戻らないのが吉です。事情説明はもうシノさんが済ませていましたから。

 あ、でももし忘れ物があるなら、顔の割れていないわたしかゴドーが取ってきてあげてもいいですよ」


「つーか、この国に長居は無用だな」

 アズマは歯に引っかかった肉をその辺の枝で掃除しながら言った。


「あいつら、っつーか、俺のいたセブ傭兵団だが、あんなんでも大本はでかい。

 仲間を殺した俺のことはもちろん追いかけてくるだろうし、お前も金貨何枚だかの賞金首みたいなもんだ。コケにされて怒ってるだろうしな。

 しばらくこの国からはおさらばして、ほとぼりが冷めるのを待つのがいいってもんだ」


 どうやらこの二人の薦めらしい。


 そう言われれば、戻ってはいけないというのは分かる。国外に脱出した方がいいということも分かる。

 いくらシノ様だって、組織的な相手に勝てる目はないだろうし、ボクもわがままを言ってシノ様を危険な目に遭わせるつもりはない。


 けど、どうしてフミル王国なんだ。

 シュベットと国境を接する国は多い。北はタイアン、西はカルガリ、東はセン、南はトルキ、ウアリア、フミル。

 確かそんな感じだったはずだ。


 フミル王国と言えばシノ様を狙っているというアマミヤ家の本拠地がある国だ。

 ボクとシノ様以外には狙われていることは知らないから、フミルに行く意見があることも分かる。

 でもシノ様はどうしてそんな考えを起こしたんだろう。

 わざわざ天外山脈を越えるなんて危険を冒してまで。


 ボクが内心反対しているのが分かったのか、シノ様はあからさまに不機嫌な顔をした。


「なに、イヅルはわたしの言うことが聞けないの?」


「えっ、そういうわけじゃ……」


「なによ、これまでわたしの言うことに逆らったことなんてないくせに。さてはご主人様よりおやじの料理の方が大事ってわけ?

 それとも……。そうね、イヅルったらわたしが折角助けに来たのに自力でなんとかしてるし、もうわたしのことなんて必要ないのかもね!」


「ええ……」

 ボクは困惑して口を開けた。


 邪推にも程がある言い草だった。ボクはただ、シノ様の身の安全を考えただけなのに。

 一体何を拗ねているんだろう。


 ボクは困って辺りを見回した。

 アズマ、ゴドー、セリナ。

 みんな、知ーらね、みたいな顔をしてる。


 くっ、しらばっくれる気か。

 この中に、なにか余計なことを言ったヤツがいる……!


 ボクは視線で自首を促したが、誰も名乗り出ない。

 どいつもこいつも保身である。

 仕方がない、どうにか後で宥めておくとして。


「フミルに行くのは分かりましたが、道は分かるんですか?」

 尋ねると、セリナが手を挙げた。


「わたしたちが分かるわ。ちょっと緊急の用事でね、フミルからナントまで旅をしたから。

 向こうの首都から半年ってところかな。わたしたちは隊商と一緒に来たし、途中で雪解けを待ったりしたから余計に時間がかかってるかも」


 それを聞いてアズマが首を振った。


「ダメだな。隊商ってことはでかい道を通って来たんだろう。確かに通りやすくて比較的安全な道だとは思うが、当然傭兵どもの目も光ってる。無事にたどり着けるとは思えねぇ」


「なら他にいい案があります?」


 ちょっと眉をひそめてセリナが言うと、アズマはふんっと不遜に笑った。


「奴らも見入りのないような道までは見張ってねぇ。ろくに人が通わないような道が狙い目だ」


「と言うと?」


「俺も行ったことはないんだが、赤峰サイラスの西の方にトモン峠ってのがあるらしい。フミルの東の方に出るって話だ。

 サイラスならここからふた月ってところか。街道をなるべく使わないとなると倍以上かかるかもしれねぇが、俺はこっちのルートを薦める」

 アズマは自慢げに言ったが、セリナはふんと笑い飛ばした。


「なんだ、偉そうに言って知らないんじゃないの。サイラスの峠とか言って、結局迷うのが目に見えていますね。行ったこともない人が天外越えを甘くみちゃいけませんよ」


 なんだと、とアズマが眉間にしわを寄せる。

 まあまあ、どうどう。

 どうどうどう。


「って言うか、皆さんも一緒に行くんですね」


 一番ツッコみたいところをツッコんだら、何を今更、みたいな目で見られた。

 ボクが眠っている間にいろいろと話が済んでいるみたい。

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