第14話 襲撃
~前回までのあらすじ~
見知らぬ女に唇の貞操を奪われたボクはやけ食いに走り、シノ様は呆れ顔。
そんなボクらの身に追っ手が迫る!
***
気が付くとボクは暗い部屋の中にいた。
シノ様と暮らしたおやじさんの宿の部屋じゃない。
ボクはぼんやりと辺りの様子を見ていて、急に合点した。
ああ、そうか。
長い夢を見ていたんだ。
確かボクはシノ様っていう優しいお姉さんに買われて、シノ様の弟子になった。
シノ様はボクにおいしいものを食べさせてくれた。
温かな居場所をくれた。
大切だって言ってくれた。
天災で両親を失って村の大人たちに売り払われたボクは、そうして二度ともう戻らない幸せを、また手に入れることができたんだ。
出来過ぎた夢だった。
夢なら覚めないでほしかった。
それともいつか現実に返るなら、そんな夢は見なければよかった。
あの日々が幸福過ぎて、一度哀しみで塗り固めたボクの心はもう解けて、もう以前のように商品として扱われる日々には耐えられなくなってしまったんだから。
……でも、違うな。
ここはあの奴隷商の店の暗い牢獄の中じゃない。
あそこはもっと他にボクと同じ境遇の人がいっぱいいて、汗と糞尿と何かが腐るにおいがしていた。
今、ここにそんなにおいはしない。
第一、時折ごとごとと揺れている。
この感覚は覚えがある。
そうだ、もう二年も前になるのか。
ボクはあの村から馬車に乗せられて町に連れて行かれた。
ずっと長いこと乗せられて、周りも見えず、揺れ動く車内に吐きそうになって、けれど吐くと殴られたり蹴られたりしたから、必死で胃酸を呑み下していたんだ。
そうか。もうあんな頃から、ボクはずっと夢を見ていたんだ。
そうしてボクはしばらくの間諦めきった気持ちで目の前の木箱の少しささくれだった表面を眺めていたけれど、次第に頭が覚醒してくるにつれて、そもそも本当にシノ様とのことが全部夢だったのかと疑う気持ちが芽生えた。
……いや、待てよ。
よく思い出して見ろ。
どうしてボクはこんなところにいる?
ボクは後ろ手に縛られて、硬い木の板の上に転がされている。口には猿轡をかまされ、喉の奥がからからに乾いている。
立とうとしたけれど、ダメだ。上手く動かないと思ったら足も縛られている。
あの日の馬車の中で、ボクはこんなに厳重に縛られていたか?
それに見ろ、周りには誰もいない。
あの日の馬車にはボク以外の売られた子どもや、攫ってこられた人たちがたくさんひしめき合っていた。
この光景は、ボクが初めて見るもののはずだ。
この馬車は、あの日ボクを連れ去ったものとは違う。
それが分かると、ボクは頭に鈍く痛みがあるのに気が付いた。
そうか、ボクは殴られて気を失って連れ去られたんだ。
ああ、くそ。
どうしてボクはシノ様のことを夢だなんて思えたんだ。
記憶に引きずられるな。
易い絶望で思考を止めるな。
ボクはあの頃とは違う。
ボクはシノ様の従者で、弟子だ。
ボクが諦めれば、シノ様はボクを失うことになる。
ボクはシノ様のものだ。
だからシノ様がボクを要らないと言うまで、勝手にいなくなってはいけないのだ。
ボクはこっそりと身をよじらせて周囲の様子をもう一度確認した。
薄暗くてよく見えないが、いくつかの木箱の置かれたほろの被せられた馬車の荷台にボクはいた。
監視役は、いない。
でも前の席からは男二人が何か談笑する声がする。
車輪が軋む音がする。
馬の蹄鉄が石畳を叩いている。この馬車を引く馬のものだけじゃない。背後からも聞こえてくる。
ボクはもう一度気を失う前のことを思い出そうとした。
確かボクはいつもの場所で、一人で剣を振っていた。
シノ様が以前依頼のあった商家に経過を見に行くと言って出かけてしまったんだ。ボクも付いていくと言ったけれど、大したことじゃないから鍛錬を続けなさいと睨まれた。
別にサボりたくて言ったわけじゃないのに……。
そうするとしばらくして一人の男がやってきた。
彼はボクに精が出るね、と笑って茶を勧めた。
ボクはその茶を飲んだんだ。
そうしたら、身体の先が痺れるような感じがした。
ちょうど喉が渇いていたし、その男は昨日の夜に酒場に来て飲んでいたから、つい油断してしまったんだ。
ああ、シノ様からくれぐれも知らない人からご飯をもらわないように言われていたのに!
言いつけを破ったからこうなる。
まあ、でももらったのはご飯じゃなくてお茶だから、多少はね?
ともかくボクはその後身体にしびれを感じて、男に木刀でぶん殴られて気絶。
めでたく攫われて今に至る、と。
めでたくないやい!
しかし、こいつらはボクなんてさらってどうするつもりだろう。ボクは背中の呪印でシノ様に縛られている。
シノ様なら呪印との繋がりを追ってすぐにボクを見つけ出すだろうし、奴隷商に売るにしても解呪ができなければ商品にならない。
闇ルートで売って使い捨ての慰み者にでもするつもりだろうか。それともまだボクが奴隷であることを知らずにいるのか。
今すぐに知らせてやるか、ボクに商品としての価値がないことを。
いや、ダメだ。それは最後の手段にしておかなければ。
こいつらはボクが使い物にならないと知れば、せめて自分用のはけ口にでもしてボクを殺すかもしれない。
闇ルートを持っているほどの人さらいだとしたら、ボクがどこかに売り飛ばされるのをスムーズにしてしまうだけだ。
人買いの許に連れて行って、突っぱねられるルートをあらかじめ潰してしまうわけだから。
時間を稼がなきゃ。
シノ様がボクを助けに来てくれるまでの時間を。
いや……、でも。
いくらシノ様でも、何人いるのか分からないが、人さらいの一団とことを構えて無事でいられるわけがない。
よしんば勝ったとして、シノ様が腕の一本でも失っていればボクなんかとはつり合いが取れない損失だ。
そんなことになるならばここでボクが一人死んだほうがマシだろう。
思い出せ、シノ様に教えていただいたことを。
ボクはもう、あの日為す術もなく売られた子どもとは違うんだ。
ミドウさんはボクにシノ様が狙われていると言った。
だからボクは、シノ様を守れるくらいに強くならなきゃいけない。
いつまでもシノ様におんぶにだっこじゃ意味がないんだ。
シノ様はきっとボクを助けに来てくれる。
疑うまい、そういう人だ。分かっている。
だからこそボクはシノ様を危険にさらすわけにはいない。
逃げ出せれば最上、逃げ出せなくとも一人で死ぬのならばよし。
決めた。
ボク一人でやる。
自分で掘った墓穴だ、シノ様にしりぬぐいをしてもらう訳にはいかないんだ。
あ、もうお尻はリアルに何回も拭いてもらったんだった。
て、てへぺろ……。
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