第13話 嵐の前
~前回までのあらすじ~
謎の女にベロチューされて落ち込んでます。
***
ボクは次の日、市場の屋台でやけ食いをしていた。
「ねえ、それおいしそうだね」
「なんだ。どれがほしいんだ」
「そっちの肉と、煮込みと、あとクルミも付けて」
「はいよ」
褐色の肌をした青年が手慣れた手つきで丸い薄焼きパンに具材を乗せて、ボクの手に渡してくれる。しめて銅貨四枚になります。
噛み付くと少し味気ないパンの内側からたっぷりと羊の出汁の沁み込んだほくほくのジャガイモと刺激のある唐辛子の味。
ちょっと辛いかなと思えば、クルミの仄かな甘みが口の中を優しくケア。
あ、この濃い味の肉はヤクかな。噛みつくと甘い肉汁が染み出して、少し痺れるような辛さの味付けがしてある。
う~ん……、うまい!
ボクはふらふらと歩いて来る水売りからお茶を購入。
少し塩味のあるまろやかな風味を飲み干して、素焼きのコップを勢いよく地面に叩きつけた。
おお、自由に使えるお金があるって最高!
ちなみにコップを叩き割ったのは不機嫌だからじゃないよ。そうするものなのだ。
うかれたようなボクの様子を、シノ様は若干ひいた目で眺めている。
「さあ、もう満足したでしょう。そろそろ行こうよ。今日の分のノルマ、まだ終わってないよ」
「今日はそういうの無しです。シノ様だって言ったじゃないですか、たまにはいいねって。
あ、もしかしてシノ様も食べたかったですよね。お兄さん、もうひとつ……」
「いーって。もうわたしはおなか一杯。あんた変よ、昨日帰って来てから」
昨日と言われて、ボクはおいしいものを食べて忘れかけていたものが、また胸の中にむしゃくしゃと戻ってくるのを感じた。
もう随分前からお腹はふくれているのだけれど、食べずにはいられない。
今日は昨日もらった銀貨三枚を全部使い切るまで帰らないと、ボクはそう心に決めてきたのだ!
むっと唇を結んだボクを見て、シノ様はちょっと怯み、ごめん、と謝った。
いや、シノ様が謝ることじゃないです。むしろボクの脇が甘かったせいで、奪われてしまったんです……。
ボクはシノ様のものだったはずでした。
だからボクのおしりも、唇も、当然シノ様のものです。
もちろんシノ様がそんなもの欲しがっていないのは知っています。
けれどそれでも、シノ様のものをボクはむざむざと奪われてしまったのです。
ああ、許せない。許しがたい、あの女!
本当はシノ様に同じことをするように頼んで上書きしてもらいたい気分です。
ボクの身体にもう一度シノ様の印を刻み込んで、所有権主張してもらいたいところです。
ボクはまだ自分の失態をシノ様に話せていない。
だって怖いから。
もしかしたらそのことがシノ様の逆鱗に触れ、とうとうボクのことを放り出してしまうかもしれないから。
誰か別の人間が手を付けたものを、シノ様は手元に置いておくことをよしとするでしょうか。
いや、許してくれるでしょう。
だってシノ様は優しいから。
ああ、でも、許してほしくない自分がいるのです。
あんたはわたしのものだからって、シノ様以外に奪われたボクのことをめちゃめちゃにしつけてほしいボクがいます。
そしてボクは言う。
ではあなたの手でボクを、この身体も魂も、永遠にあなたのものにしてください。
そして振り下ろされる剣。
死んだボクを踏みつけて立ち去るあなた!
……いや、流石に死にたくはないかな。
踏まれるのはまあ、ちょっといいかもしれないけど。
いやいやいや、なに考えてるんだ。
シノ様はボクのことを踏んづけたりしない。っていうか、暴力的なことは何一つしない。
そんなことを考えるの事態が不敬だ。
止めよう、ボクはちょっと気が動転してるんだ。
他のことを考えよう、他のこと。
あ、いい匂いがする。
あの店からだな。ふたを開けると湯気がぶわっと立ち上がって。
何だろう。
行ってみよう。
そしてふらふらと別の店に歩いて行くボクを困り切った表情で見て、もう、とシノ様は深いため息を吐いた。
そしてそんなボクらの様子を干し杏の山の陰で見ている者が二人。
ゴドーとセリナだ。
「本当にあの子どもが?」
ゴドーが疑わしげに言うと、ええ、とセリナは一つ杏をかじりながら頷いた。
「どう見ても魂がおかしい。昨日の子のやたら大きな魂蔵が気になって張り付いていたけれど、こうもすぐに見つかるなんて。わたしの日頃の行いがいいからですね」
セリナがいけしゃあしゃあと言うのを聞いて、何を言っていやがる、とゴドーは内心でため息を吐いた。
フミル王国からここまでの長い旅の最中、一体何度こいつのショタコンに困らされたことか。
隊商に護衛として潜り込んで、商人の子に手を出して隊を追い出されたことも一度や二度じゃない。
昨日だって好みの子どもがいるから手を出したら、たまたま当たりが近くにいただけだ。
今回ばかりはこいつの悪癖がいい方向に働いたようだが、だからと言って免罪符にされても困る。
とは言え、この町にアマミヤ家の至宝が眠っているとは言われても、どう探したものかと途方に暮れていたところだ。
早く仕事を終わらせて国に帰りたいゴドーにしてみれば、やり方はどうあれ結果は喜ばしい。
ゴドーは故国に残してきた家族の顔を思い浮かべた。
妻のレツ、可愛い三人の娘たち。
ああ、早く帰ってあいつらに会いたいな。
そして一刻も早くこいつとのタッグを解消したい。
ゴドーは愛妻家で苦労人だった。
そして二人は、本気でイヅルのことを男の子だと勘違いしていた。
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