第9話 回復
~前回までのあらすじ~
シノ様の師匠に病院(宿のベッド)送りにされたボクは、シノ様の看病で次第に快方に向かっていく。
シノ様は看病の間、昔のことをボクに教えてくれた。
そっか。シノ様は、ボクに家族になってほしかったんだ。
***
七日くらいして朝起きると、急に頭がすっきりした。
ボクはベッドから起き上がって伸びをする。
耳の奥にざわざわと蠢くような雑音は、聞こうとすれば聞こえてくるけれど、無視しようと思えば無視できる、そんな程度のものに治まっている。
枕元ではシノ様が、すうすうと静かな寝息を立てている。
今日もベッドには入らずに、床の上に座って眠ったようだった。
寒いし、そんなんじゃ疲れも取れないだろうに。
シノ様の目許にはうっすらとくまが浮かび、肌艶も悪く見える。多分、傍から見ればボクなんかよりずっと体調が悪そうに見えるだろう。
朝からボクの看病をして、夕方からは酒場に給仕に出て、夜中に帰ってからボクの看病をする。
ずっとそんな生活をしていたんだから、疲れているに決まっている。
「ありがとうございます、シノ様」
ボクはそっとシノ様の長い髪を撫でた。
シノ様は小さく呻いて目を覚まし、ぼやけた視線でボクを見た。
「……大丈夫なの?」
「はい。シノ様のおかげです」
「……そう、良かった」
シノ様は立ち上がって、少しふらついた。
ボクは急いで駆け寄って、ベッドの上に押し倒した。もうしばらく眠っていてほしかったからだ。
シノ様は胡乱な目でボクを見た。
「なによ。奴隷の分際でご主人様を襲うつもり?」
ひどい言い草だ。
でもこういう言い方をする時、シノ様が何か照れ隠ししているのだとボクはもう知っている。
だいたい使い捨てのおもちゃだと思っている相手を、こんなに甲斐甲斐しく看病なんてするものか。
ボクはシノ様の上に毛布を掛けて、そっと瞼を閉じさせた。
「しばらく寝ていてください。ひどい顔してますよ」
「生意気よ。昨日までわたしにお尻ふかれてたような子が……」
言われて、顔から火が出るかと思った。
「寝てください」
固い声で言ったらシノ様は楽しそうに笑って、それからじきにまた静かな寝息を立てだした。
ボクはシノ様の眠っている様子を眺めながら、この七日程度の間に何が起こったのかをしばらく思い起こしていた。
ボクはほとんど何もできないくらい弱っていたから、身の回りのことは全部シノ様がしてくれていた。
着替えさせてもらって、身体を拭いてもらって、トイレにも連れて行ってもらって。
あと情けない泣き言も言ったと思う。
抱きしめて、とか、一緒にいて、とか。
あっ……。シノ様って、お母さんみたいですね、とかも言ったかもしれない。
やっ、止めてー!
ボクのなけなしのプライドがみんな粉々だよ……!
これ以上思い出すとまた体調が悪くなりそうだったから考えるのは終わりにすることにした。
ボクはシノ様の乱れた髪を、そっと手櫛で整えた。毛布もきちんと首までかけて、少しはみ出た指先に軽く触れる。
唐突に、胸の奥からなにか感情が溢れそうになって息を詰めた。
ボクはそっとその指を毛布の内側に入れて立ち上がった。
ずっと横になっていたせいだろう。まだ身体は重いけれど、冷たい水で顔を洗えば幾分マシになるだろう。
部屋を出て階下に降りると、宿屋のおやじがいつものパンを焼くいい匂いがただよう。
ここのパンはいつも具材が違っていて、毎日が楽しい。
しばらく食べられていなかったから楽しみだった。まあ、ボクはお金を持っていないので、シノ様が起きるまでおあずけなのだけど。
と思ったら、すぐにありつけた。
酒場の外に出ると、ミドウさんがパンをかじりながら仲良さげにおやじと談笑していたからだ。
そのしわの寄った顔を見て一瞬、逃げなきゃ、と思ったけど、その前にミドウさんがパンを一つ放って寄こしたから、そんな場合じゃなくなった。
「や、おはよう。気分はどうかな?」
めちゃくちゃおいしいです!と答えたらおやじが大笑いして、本当にいい子だな、とガシガシ頭を撫でられた。
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