第4話 タレ漬けヤギ肉の串焼き
~前回までのあらすじ~
シノ・ツチミヤに買われたボクは、これからどんな日々が待っているのかと戦々恐々としている。
でもなんか、そんなにひどいことはされなさそう……かな?
***
翌日は朝から、何か訳の分からないことを教え込まれた。
曰く、この世界には霊力だとか気力だとか呪力だとか、なんだか分からないけど確かにある力が存在している。そしてそういうものを総称して魔力という。
そしてシノは呪力の扱いに長けた呪術師なのだそうだ。
そんなもの聞いたことがなかったけれど、村の人たちも無意識的にか知らないけれど気力程度は使っていただろうとシノは言った。
気力は身体強化の力なので、普通に生活していても無意識に身につけやすい力なのだそうだ。霊力とか呪力は一般的な農作業をするのに必要ないのであまり使い手は多くない。
確かに、普段は温厚なお父さんも戦いとなればボクには何をしているか分からないくらいの動きで妖魔たちを切り伏せていた。あれが気力というものか。
「あなた、わたしの弟子ね」
シノは胸を張って言った。
「真面目に取り組まないと、じっくり煮込んで畑の肥やしに撒いてあげるから」
ボクのご主人様は結構怖いことをいう。やっぱり宿の主人の言っていた通り悪い呪術師なんだろうか。
シノはしばらく前からこの宿に滞在しているらしい。それで宿の主人とも懇意なのだろう。
「おう、あんた。シノにひでーことされてないか」
昼頃に宿を出る時におじさんに声を掛けられた。
「してないわよ!」
シノはぷりぷりと怒ったけれど、おじさんはボクのことを気にかけてくれているみたいだ。
ボクがぎこちなく笑みを作って頭を下げると、にっと笑って手を振ってくれた。
いい人そうだ。
シノがボクを連れて出かけたのは古着屋だった。
シノはボクを隣において、ぶつぶつ呟きながらいくつも服を当てる。ただボクの背丈に合うような服はない。みんな大人用の服ばかりだ。
この町の服は、きっとボクの住んでいた村よりも温暖な気候なのだろう、袖だけついたダボっとしたゆとりのある布を身体に巻き付けるようにして身につけ、それを腰元の帯で締めたものだ。
ワンピースタイプもあれば、下にもスカートやズボンを身につけるものもある。
シノはツーピースタイプの服を着こんでいた。
ただこの辺りの服とは少し布質が違って見える。シノの服は糸が荒く、その分、布がごわごわして固い。
よく着込まれて色もあせ、元々は赤いものだったと思うのだけど、今は茶色か臙脂に近い。
シノはボクにワンピースタイプの深い緑色の服を買った。ついでに帽子に使う布も。
試しに羽織らせるとつんとボクの額を突いて、
「ご主人様より派手な服を着るとはなにごとだ」
と満足そうに笑った。
次は靴屋だった。
藁編みの靴底に膝までのヤクの毛の織物。
こっちも少し大きくてぶかぶかだったけれど、爪先に藁を詰め込んでくれたので仕立て直す必要はなさそうだった。
さらに道端で商う理髪師の許にも連れていかれ、人買いの店で乱雑に切られた髪を短めに整えた。
ボクはあまり通貨の価値を知らないのだけれど、服も靴も、とても高価なものだとは想像できた。ボクを買った金額だって、そんなに安いものじゃなかっただろう。
こんなにしてくれて、一体何が目的なんだ。
ボクの疑念のこもった視線に、シノは何にも他意なさそうに、なに、と首を傾げた。
そうこうしている内に陽が暮れかけて、急ぎ足で宿まで戻った。
「おい、もう客来てるぞ」
「あ、はーい」
店主のおじさんが咎めるような目でシノを見て、そして髪を切ったボクに気が付いた。
「お、なんだよ。男ぶりが上がったじゃねぇか」
その言葉で、急いでエプロンを身につけようとしていたシノが足に急ブレーキをかけた。
「ちょっと。なに、男ぶりって」
「えっ、何がだよ」
「その子、女の子なんだから」
「ぬえっ!」
おじさんはバツ悪そうにボクを見て、すまんな、と手を合わせた。
「信じらんない。そんなかわいい子を男なんかと間違えるなんて!」
シノが大声で言うと、店内の三人組の客が、そうだ、そうだと手を叩いてはやし立てた。
もう酒が入っているようだ。
でもボクは男の子に間違えられたことなんてどうでもよくて、彼らの座っている丸テーブルの上で湯気を立てる料理に夢中だった。
何かの肉にたれをつけて焼いたものに見える。なんて料理かは分からないけれど、食欲をそそるいい匂いが店の中には立ち込めている。
思わず生唾を呑み込むと、後で作って持って行ってやる、とおじさんが言ってくれた。
「いいんですか!」
つい、大声が出た。
なんか、食いしん坊みたいで恥ずかしい。
おじさんは、なんだ、そんな大きな声出せたのかよ、と笑い、シノはなぜか不機嫌そうにそっぽを向いた。
もしかしたら、服を買ってあげたよりも嬉しそうにしていたのが気に入らなかったのかもしれない。
先に上がって待ってなさいと言われて部屋にいると、美味しそうなにおいと共にシノが入ってきた。
パンとさっきの肉料理、それから野菜くずの浮かんだスープ。
「あら、なんで床に座ってるのよ」
ボクがぴょんと立ち上がるのを見て、シノが不思議そうに言った。
「えっと……。だって、シノの椅子だから」
「ふーん。一応主従関係にあることは理解してるのね。ご主人様に配膳させておいて」
それはそうだ!
シノがあんまり優しくしてくれるから、つい甘えてしまっていた。
たぶん、普通はこんなに良くはしてくれないだろう。そのくらいのことはボクにも分かる。
でもボクは今のところ弟子になれとしか命令されていないから、シノがしてくれていることに対して何を返していけばいいのか分からなかった。
シノはボクが慌てるのを見てくすくすと笑いながら机の上に料理を置いた。
「冗談よ。あんたみたいなチビ、こき使ってられないわ。わたしは仕事があるから、先に寝ててね。食べ終わったら食器はおやじに渡せばいいから」
「シノは一緒に食べないんですか?」
ボクは普通に言ったつもりだったけれど、シノには寂しそうに見えてしまったらしい。
シノはボクを椅子に座らせると、ボクの首許をきゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ、わたしは下で食べるから。イヅルはしっかり食べて、よく寝て、体力を戻しなさい。でないといつまた旅に出るか分からないんだからね」
あ、ちゃんとベッド使いなさいよ、と言い残してシノは部屋から出て行った。
一人になったボクの心に、昨日の夜と同じような孤独感と憂鬱感が忍び寄る。
一緒にいてほしいな、とぽつりと思う。
目の前で湯気を立てる料理も、さっき見たよりもおいしそうじゃないように見えてしまう。
ボクは冷めた気分で、スプーンでスープをすくった。
あ、なにこれ。めっちゃうまい。
少し油の浮いたスープには塩気が効いて、飲み干した後に香辛料がぴりっとする。
肉にもしっかりと香辛料が効いて、噛むと肉汁がじゅわりと舌の上をなめる。少し甘みがあるのは、これは……、杏か!
なんだ、これ。
なんだこれ。
えっ、めっちゃうまいんですけど!
料理は瞬く間にボクの胃袋の中にすっかり納まってしまった。
名残惜しく骨までしゃぶった皿をおじさんのところに持って行ったら、うまかったか、と聞かれた。ボクはつい興奮気味に、あれがどれだけ美味しい料理で、どれだけ感動したのか熱弁してしまった。
おじさんが言うには、聞いていた客から追加注文があったらしい。
翌日おじさんが、ありがとよ、と頭を撫でてくれた。
それとシノが、あんたってあれだけ喋れたのね、と微妙な表情でボクの脇腹を小突いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます