# 02
※ 本日4話更新のうちの2話目です。
「深層生物 # 01」をまだお読み出ない方は、そちらを先にお読みください。
===
「ああ、助かった……! 早くこいつをどうにかしてくれッ!」
直接声を交わすのに不自由ない距離まで近づくと、レイ・アグレーンは泣きそうな顔のままクラウディオたちに縋りつこうとした。
――ブフォッ!
後ろの巨大生物が鼻息を強くする。
レイ・アグレーンは「ひっ」と体を固め、薄目のまま懇願するようにクラウディオたちを見つめた。
「まず、大声を出しちゃダメだ」
クラウディオは言った。
「深層生物は人間の声に敏感なんだ。そんなに大声を出してちゃ、次々新手がやってくる」
「じゃっ、じゃあどうすれば……」
「まず落ち着いて。深呼吸しよう。……吸ってー、吐いてー……」
クラウディオの掛け声に合わせて、レイ・アグレーンは素直に深呼吸する。
何、地形としては
深呼吸したとて、瘴気に肺をやられる心配もない。
「落ち着いた?」
コクコクと頷くレイ・アグレーン。
「えーと、おれの名前はクラウディオ。まずは所属と名前を教えてもらえるかな」
「レベル7のレイ・アグレーンだ。前調べたところ、この階層は難易度が低そうだったのでアタックしたんだが……ッ」
後ろにいる巨大生物を見る。
どうやらアクシデントさえなければ何とかなったと言いたいらしい。
「落ち着いて、レイ・アグレーン。まず、その生物は人を食わない」
「ほっ、本当か?!」
「バクは草食だから。そのかわり、人の恐怖を嗅ぎ取る」
「恐怖を?」
「うん。人間は恐怖すると独特の匂いを発するみたいでね。バクはその匂いに興奮するんだ」
「そっ、そんな馬鹿なことが!?」
「『そんな馬鹿な』のが迷宮。レイ・アグレーン、この階層について調べたって言ってたけど、調べたのは地形だけ?」
「ああ。難易度の割に最奥到達者が少ないのが気になったが……」
クラウディオは頭を軽く横に振ってレイ・アグレーンに注意する。
「迷宮の難易度は、
――ブフォッ!
「ひぃっ!?」
「深層生物が跋扈してたりね」
「そ、そうか……」
「でも、レイ・アグレーンは運がよかったね」
「運が良い?!」
「もしこれがアラクネの巣だったりしたら、今ごろ跡形もなく食われてたと思うよ?」
クラウディオの言葉に、レイ・アグレーンは顔面を蒼白にした。
まだ引けるだけの血があるとは、人間というのは大したものだ。
「何にせよ、今のあなたはバクにとって大変香ばしいわけだ」
「なっ……じゃあどうすれば……」
クラウディオは「はぁ」とため息をつく。
後ろから、声変わり前の少年の声が届く。
「ね? ぼくがついてきて良かったでしょ?」
「認めたくはないけどね」
「……子供?」
レイ・アグレーンは目を見開く。
こんな危険な場所に子供連れで来るとは、この男は何を考えているのだろうか。
クラウディオは少し悲しそうにハジに頭を下げる。
「ハジ。頼む」
「いいよ」
言うが否や、ハジはメインロープとクラウディオからハーネスを外し、バクの鼻先をそっと撫でた。
ハジの体には8の字に巻いたロープや大量のギアがぶら下がっており、小さな子供に不釣り合いなほどの重装備だ。
「?!」
レイ・アグレーンが目を丸くするが、ハジは落ち着いた様子で「じゃあ行ってくる」と言って、獣に飛び移った。
「なんだと……?!」
レイ・アグレーンの驚きをよそに、ハジはバクの鼻先に自分の鼻をつけ、何事かをつぶやく。
ブフォッ!――と一つ鼻息を散らすと、バクはおとなしくレイ・アグレーンから離れていく。
現実感のない巨体がゆっくりと歩き始める。
いささかも足音がしない。
それがますますこの風景を非現実的なものにしている。
「あ、あの少年は……?」
「うん。ハジは深層生物を誘導するのが得意なんだ。おれじゃああはいかないよ」
「では……」
「深層生物は頭がいい。うまくすれば、意思の疎通もある程度可能なんだ」
「そ、そうなのか……」
「あんまりこんなことを頼みたくなかったんだけどね」
のしのしと迷宮の奥へと消えていくバクとハジを目で追いながら、クラウディオは「さて」と気持ちを切り替える。
「じゃあ、レイ・アグレーン。ビバークの準備をしましょうか」
「ビバーク?!」
「うん。ハジを置いていくわけにはいかないからね。数時間は待つことになるだろうし、どこかツェルトが貼れる場所ないかなぁ……」
「かっ、帰らないのか?!」
「帰るよ? ハジが戻ってきたらね」
そんな……とオロオロするレイ・アグレーンをよそ目に、クラウディオはあたりを観察する。
少し向こうに小さな
クラウディオが岩肌にハーケンを打ち込むカァン、カァンという音にレイ・アグレーンが首を縮こませた。
「そんな音を立てて大丈夫なのか?!」
「深層生物にとっちゃ、人間の声のほうが目立つんだよ」
レイ・アグレーンは思わず黙り込む。
何もかもが地上とは違う。
迷宮とは、かくも魔窟であるのか。
そんなレイ・アグレーンの気持ちを感じ取ったのか、クラウディオは言った。
「深層生物に人を襲うやつは少ないし、
「ああ――地上で冒険者をしていた」
「
「21だ」
「ほほー、そりゃ大したもんだ」
「だが、迷宮にはまったく通用しなかった……ここは恐ろしい場所だ、本当に、恐ろしい……」
「まぁ、地上とはまったく違う
かくいうオレは、地上に出たらからっきしだと思うよ、とクラウディオは笑う。
自身の弱さを曝け出すことには勇気がいる。
しかし、迷宮でこれほど安定した潜行を見せるクラウディオは「だってオレ喧嘩弱いし」などと言って恥じる様子もない。
(強いな)
レイ・アグレーンはクラウディオという男の強さの一端を見せつけられたようで、迷宮を甘く見た自身の傲慢さを恥ずかしく感じた。
▽
小さなツェルトだが、
もちろん一歩先は死の地面へ直行便である。
「じゃあ、レイ・アグレーン。お茶でも飲みながらハジを待ちましょう」
「あ、ああ……」
一応二人用らしいツェルトだが、大男二人が入るにはかなり狭い。
それでもこの強烈な風を少しでも遮ってくれるならありがたい。
這うようにツェルトに入った二人は小さく座りながらお湯が沸くのを待つ。
迷宮専用のバーナーは、地上の冒険で使うバーナーよりもずっと小さく、火力も小さい。
シュコシュコとポンプで圧力をかけて火をつけるバーナーを、原始的だと馬鹿にしていたが、ツェルトのような狭い場所で使うなら理にかなっている。
何もかもが自分の常識と違う迷宮の現実に、レイ・アグレーンはすでにヘトヘトに疲れ切っている。
ビョオ、と風が吹き、ツェルトがバタバタと音を立てる。
ふぅ、とようやく息をつくと自分の膝に何かが止まっていた。
30センチメートル近くはある、糸のように細く、大量の羽のついた生物だった。
「うおあっ!?」
思わずそれをはたき落とそうとするレイ・アグレーンだが、「待った!」とクラウディオに止められる。
フワッと宙に浮く、長い糸くずのような虫。
ほとんど羽ばたきもせず、体をくねらせながらツェルトから出ていく。
「な、な」
「殺したらダメだ。あれも害はない生物だよ」
「何だあれは?!」
「名前、何てったかなぁ……なんとかフィッシュ……オレもあんまり詳しくないけど、ちょくちょく見かける蟲だよ。今のは一匹だったけど、時には何十匹も繋がって、何メートルにもなるんだ」
「お、おお……!」
「それが群れを成すと、なかなか壮観だよ」
それにしても
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