# 02

※ 本日3話更新のうちの2話目です。

「アラクネ繊維 # 01」をまだお読み出ない方は、そちらを先にお読みください。


===


「採取したての生糸には、向きがある」

「向き?」

「うむ、一定方向へはよく滑り、反対方向へは滑らない。一般には糸を撚る際に混ぜてしまうが、採取したての糸は混ぜられておらんからな。だからこうして……」


 カーチスが糸を撫でると、ほとんど抵抗なく指が滑る。


「逆向きだと……」


 逆向きに動かすと糸は滑らず、まるで指に張り付いたように付いてくる。


「へぇ、アラクネ繊維ってそうなんだ」

「うむ。これを均等に揃えてやれば、かなり丈夫になる。だが、今開発しているものはちょっと違う」

「というと?」

「全て目をそろえた状態で撚ってやれば、一定方向にしか滑らないロープができる」

「おお!」

「かもしれん」

「なんだ」


 まだ開発中じゃな、とカーチスが言う。


「じゃが、ある程度の手応えはある。今はまだ開発段階じゃな」

「ふぅん、でも迷宮潜行で役立つシーンは多そうですね」

「そう思うか?」

「もちろん。例えば今日も Lレイヤー9 から地上へ上がるのに、アッセンダーを使ってもかなり時間がかかりました。アッセンダーがなけりゃ、何倍の時間が必要かわかったもんじゃない」

「ほっほっほ」


 カーチスは笑って「それはご苦労じゃったな」とクラウディオを労った。


「なら、ボーナス代わりに少し試してみるか?」

「試す?」

「試作品だが、方向を揃えて撚ったロープはいくつかある」

「おお、是非!」

「かわりに、使用感を教えろよ?」


 カーチスは倉庫の中心へと歩き始める。

 その足取りには迷いがなく、何十ものロープが吊るされている中でも、目的のものがどれかは探すまでもなくわかっているのだろう。

 後ろをついて歩くクラウディオは、目を輝かせながら一つ一つのロープを観察する。


「カーチスさん、これは?」

「エイト環(ロープを使った下降用の潜行道具)用に新開発したロープじゃな。キンク(捻れ)が発生しづらいようになっておる」

「へぇ! じゃあこれは?」

「ポーターレッジ用に引っ張り強度を向上させてある。ストランド……まぁ、撚り方を工夫して、半分の細さでも長期間重さを支えることができる」

「じゃあ……」

「もうええじゃろ。今のテーマはこれじゃ」


 カーチスは彩色もされていない2本のロープを掴み、クラウディオに手渡した。


「これが新製品?」

「そうじゃ。同じロープで、吊るす方向を逆にしてある」


 どちらが正位置かわかるか? と言って、カーチスは目で笑っている。

 クラウディオはロープを触り、引っ張ったりして、驚愕に目を見開いた。


「こっちが正位置――というか、上方向へ向かうには向いている」

「登ってみるか?」

「喜んで!」


 クラウディオは破顔し、グッとロープを握りしめる。

 と、腕の力だけでグイグイと上に上がっていく。


「お前さん……なんちゅう馬鹿力じゃ。足も使え、足も」

「カーチスさん、これすごいよ! 本当に滑らない! 下方向に滑らないから握力をほとんど使わなくてもいいし、その分上るほうに力を使える!」

「待て待て、あまり上まで行くな」

「すごい! こんなに楽に登れるなんて……!」

「クラウディオ。お前さんどうやって降りるつもりだ?」


 カーチスの言葉に、クラウディオはキョトンとする。

 降りるたって、そんなのはいつも通り……


「ああっ! どうしよう、滑らないから降りる時も腕の力で降りないと!」

「だからあまり上に行くなと……このロープは専用のエイト環がないと滑り降りるのは無理じゃ」

「ああ、なるほど……とうっ」


 ズダン! とクラウディオは飛び降り、足が痛かったのかしばらく固まっている。

 カーチスは呆れた顔でクラウディオに言う。


「普通のロープと間違えると事故が起きそうじゃな」

「確かに、使い所をしっかり分けないとだめそうだ。一眼見てすぐにわかる特徴を決めておくといいかもね」

「ああ、それは良さそうじゃな。そんで、こちらのロープはどうだ?」


 カーチスは滑る方向が逆のロープをクラウディオに指し示す。


「貴様に登れるか?」

「やってみましょう」


 クラウディオはグッとロープを掴み、一気に登ろうとして慌てて足でロープを挟むと「だめだ!」と叫んですぐに飛び降りる。


「カーチスさん、これ危ないよ」

「じゃろうな。で、なんとかして方向を間違えないようにせんとならんのだが、まだいい方法が見つかっておらん」

「なるほど」


 確かに、落ちるイコール死である迷宮で、このロープの貼り間違いは致命的だろう。


「なるほど……オレも普段から『ジングワット・カーチス』のロープを愛用してるけど、ただのロープにもいろいろ工夫があるんだなぁ……」

「そうとも。貴様ら潜行者たちの命綱じゃからな。生半可な製品は世に出せんよ」

「こりゃ、当分はロープは『ジングワット・カーチス』の天下かもね」

「最近は『パーレル』に押され気味じゃがな」

「ああ、『パーレル』の製品もいいですね」

「そこは気を使わんか」


「パーレル」は元々、二枚のアラクネ暴風布の間にアラクネの綿を挟み込んだ高機能防寒迷宮潜行着ウェアで一世を風靡した新興衣料メーカーだ。

 特に肌着は蒸れにくく、かつ汗の吸収が早く、冷えないハイテク素材の特許を持っており、インナーはクラウディオも愛用している。

 最近はロープやハーネスにも手を出し始めており、じわじわとシェアを伸ばしている。


「『パーレル』の製品は安くて品質もいいけど、ロープとハーネスはまだまだかな」

「そうかい。まぁこう見えてロープはハイテクの塊じゃからな。そう簡単に真似はできんじゃろ」

「いまのところ『ジングワット・カーチス』の製品の圧勝だと思いますよ」

「そうだといいがな」


 そう言って、メモに何やらかき入れるカーチス。

 どうやらクラウディオとの会話で思いついたことをメモしているらしい。

 

 そもそも、アラクネ繊維を使った製品は多岐にわたる。

 それを扱うブランドも数多くあり、迷宮潜行者が愛用する専門的な製品をリリースするブランドは他にもある。

 

 ロープとハーネスは「ジングワット・カーチス」と「パーレル」のほぼ独占状態だが、ウェアともなれば高級ブランドの「ポラリス」や、古いタイプのブランドとして有名な「デンファーレ」など、さまざまなブランドが存在する。

 クラウディオは「デンファーレ」の靴下を愛用しているが、「ポラリス」は値段が高すぎるため利用していない。

 ただしデザイン性が高いため、趣味の潜行者や駆け出し冒険者には人気がある。


「まぁ、競争相手がいることは、我々にとっても、潜行者にとっても悪いことじゃないわい」

「そうですね。古くからあるメーカーにも、新しいメーカにも、それぞれいいところがありますし」


 メモを書き終えたカーチスはメモ帳をポケットに収める。


「そろそろ昼飯じゃな。どうじゃ、お前さん。よかったら一緒に」

「ありがとう。でも連れが待ってるんで、昼飯はまた今度」

「なんじゃ、振られてしもうたか。まぁいい。もしロープやハーネスのことで何かあれば、いつでも訪ねてこい」

「ありがとう、そうさせてもらうよ。そうそう、さっきのロープのことだけど、何か思いついたらギルド経由で伝わるようにしておくよ」

「そうしてくれ」


 カーチスはすちゃっとメガネをかけるや否や、クラウディオを「しっしっ」と追いやる。

 クラウディオは笑って、


「じゃあ、また。カーチスさん」

「ああ、またな。クラウディオ」


 そう挨拶を交わし、倉庫を後にした。

 

 ▽

 

「もうこんな時間だ」


 クラウディオはポケットから時計を取り出すと、頭をかく。

 ハジと約束した1時はとうに過ぎている。

 

 腹も空いている。

 携行食を齧っても構わないが、そんなことをすればきっとハジが怒り狂うだろう。


(ハジは「食の楽しみ」とやらが大事なタイプだしな)


 クラウディオは肩をすくめると、ハジになじられることを覚悟しつつ、なじみの軽食屋である「マコーズ」への道を急いだ。

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