# 04

 結果的には、残念ながら深層のアイスシュヴァンツとやらは手に入らなかった。

 植物探索の専門家たるヒューズ・ロングランド助教授の協力もあり、かなりの広範囲を探索したが、目当ての薬草は見当たらなかったのだ。

 

「ごめんよ先生、付き合わせちゃって」

「何、構うものか。残念な結果ではあるが、そこに至る過程は素晴らしい体験だった」


 ガシッと握手するクラウディオ。


 ついでに、ヒューズ・ロングランド助教授はクラウディオがギルドの正式な救護隊員レスキューではないことを見抜いていた。


「あちゃー、先生、ギルドには黙っといてよ」

「もちろんだ。キミの横紙破りのおかげで丸一日震えたりせずに済んだんだ。文句を言う筋合いじゃない」

「そう言ってもらえると。ああそうだ、ギルドにはたまたま見かけたから趣味で救護したと伝えておくよ。おれの費用、めちゃくちゃ高いんだよ」

「おお、正直それは助かる。実はもう研究費が底を尽きそうでね。次の潜行はいつになることか……」


 ヒューズ・ロングランド助教授の潜行調査の費用は、大学からの支給では到底賄えていない。

 自費を注ぎ込むことでなんとか続けてこれたが、そのために結婚はおろか、恋愛すら一度も経験していない。


 ヒューズ・ロングランド助教授は目の前の青年を見て思う。

 この青年も自分と同類だな、と。

 そしてそれはまさに正鵠を射ている。

 

 クラウディオは迷宮のことしか考えていない。

 

 人付き合いが苦手で、でも迷宮に関わる人々のことが好きで、孤独が好きで、その素晴らしさを誰かに伝えたい。

 そんなクラウディオにとって迷宮は、目標ではなく人生そのものだ。

 たくさんの愛すべき友人たちも、クラウディオにとっては迷宮の一部分という認識でしかないのだ。


 ヒューズ・ロングランド助教授は、自分を背中に担いだまま高難易度のルートを横断したクラウディオに心からの賞賛を送る。


(すごい男だ)


 しかし、それをわざわざ口に出したりはせず、お互いの連絡先を交換することすらせずに、二人は笑顔のまま別れた。

「もし機会があれば、また一緒に潜ろう」などという、当てもない約束を交わして。

 

 ▽


 商人ロブ・アンカーは、依頼失敗の報せを聞いて肩をすくめる。


「かなり広範囲を探したけど、それらしいものはなかったよ」

「もともと眉唾の話だったからな……すまんな、無駄足を踏ませた」

「いや、十分実りはあったさ」

「実り?」


 クラウディオは笑って親指を胸にトントンと突きつけた。


「面白かった、ってことか」

「うん。いい出会いもあった」

「そうか」

「……また会えるといいな」


そう言ってクラウディオは笑った。



「ただいま、ハジ」

「おかえり、クロ」


 L16 の拠点に戻り、荷物を下ろして服を脱ぎ散らかしたクラウディオは、そのままバタンとベッドに倒れる。

 

 浅層とはいえ、長時間のタンデムはなかなかに体力を使った。

 

「ちょっとクロ、なんで体も拭かずに寝るのさ」

「ごめん、限界」


 もはやヘトヘトだ。泥のように眠りたい。

 そして明日になったら L20 の 7150Dデプス に再挑戦するのだ。

 

「飯は食ったの?」

「携行食を食った」

「またアレなの? 少しは食を楽しもうって気は……」

「ない。寝る」

「あっ、クロはもー……」


 そして数分も経たないうちにいびきを掻き始めるクラウディオ。

 ハジは「こんなにうるさくて、今晩は眠れるのだろうか」と心配になったが、クラウディオが降ろした荷物の脇に、深層で摘んできたのであろう小さな花があることに気づき、とりあえず機嫌を直すことにした。

 

 珍しくもない深層植物だが、この部屋には潤いがなさすぎる。

 

 ハジは空のポーション瓶を探し出し、水を入れると花を挿してテーブルの上に置いた。

 そしてゴーゴーといびきを掻く同居人にチラリと視線をやり、肩をすくめて「おやすみ、クラウディオ」とつぶやいた。

 

 ▽

 

 ジリリリリリ。


 枕元の通信機器がベルの音を鳴らし、クラウディオは飛び起きる。


「……ふぁ〜〜〜」

『おはようクラウディオ。こちらギルド。昨日は大活躍だったようだな』

「〜〜ぁ……。ああ、うん。そんなこともあったかも」


 どうやら無償で救護活動レスキューを行ったことはギルドにばれているようだ。

 とはいえ、もともと潜行予定だったルートに近い場所でもあるし、別に犯罪性があるわけでもない。

 少し嫌味を言われることくらいはあるかもしれないが、そんなことを気にするクラウディオではないのだ。


「で、何? 救難信号Dシグナル?」

『いや、ただの報告だ。お前宛に荷物が届いている』

「誰から?」

『昨日、救護費用を取り損ねた先生だよ」


 へぇ、とクラウディオは関心する。

 昨日の今日で用意するとは、さすが学者先生。冒険者と違って律儀である。


「モノは何かな」

『ちょっといいブランデーのようだ。LC1 で預かっている。取りに来い』

「ありがとう。でも、今日は無理」

『休みじゃなかったか?』

「うん、休みだよ。だから今から L20 に潜る」

『……正気か?』

「至って正気。だから LC1 には、そうだな……行けるのは五日後くらいかな」

『……死ぬなよ? もし死んだらこの酒は俺が飲んじまうぞ』

「了解」

『検討を祈る。通信終了』

「通信終了」


 クラウディオはもう一度大きく伸びをして、それから昨日放り出した荷物を見る。

 どれも最低限の手入れが終わっており、綺麗に並べられている。

 どうやら自分が爆睡している間にハジがやってくれたようだ。

 

 見れば、ハジへのご機嫌とりに採ってきたまま忘れていた花もポーション瓶に活けられている。

 効果てきめんだったらしい。


 そのハジは向かいのベッドで毛布に包まっている。

 クラウディオは笑って、ハジを起こさないようにクソまずい携行食だけの朝食を開始した。


(了)

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