仲良し夫婦の大波乱


 結婚から1年経ったある日、白亜の美しいお城の中に耳をつんざくような悲鳴がこだましていた。


「みーちゃん!!死んじゃいやあああああぁぁぁぁ!!」


 真っ白な美しい鳥は暗雲漂うグレーの雲の中へと消え、木々は不安を煽るようなザワザワとした音を奏でる。グレーの雲からはごろごろという不安を煽るような音が鳴り響き、城内はザワザワとした落ち着きのない雰囲気を孕み始めた。


 白亜の美しいお城の奥深く。

 月の煌めきのような銀髪に切長のアメジストの瞳を持った青年ルイボスは、冷徹な美貌に似合わぬ必死な形相で大きなお城内をこだまするような叫び声を上げて、結婚1年の麗しくて愛おしい妻に泣きついていた。はちみつのような黄金色の丁寧に手入れされた長い髪に青年と同じアメジストの瞳を持った女性ミルフィーユは、そんな夫のことに気を使えないほどに真っ青な顔でソファーにうずくまっている。

 部屋からは嘔吐した時特有の胃液のツンとした匂いが立っていて、ここで起こったことを物語っていた。


「みーちゃん、みーちゃん」


 口元をタオルで押さえたミルフィーユを、ルイボスが涙目でぎゅっと抱きしめる。いつもは子犬のようにご機嫌に笑っている彼も、妻が真っ青な顔で嘔吐をしてうずくまってしまうと、うわ言のように妻の名前を呼びながら涙目で抱きつくことしかできないらしい。


「うぅっ、」


 またもやタオルに胃液をこぼしてしまったミルフィーユが、苦しげに息を吐いては吸っている。

 そんな彼女の元に侍女に呼ばれて全力疾走で女性の医者はやってきて、ミルフィーユのあまりの現状に顔色を悪くした。

 数分かけてやっとのことでルイボスはミルフィーユから引き離され、ミルフィーユは医者によって診察されることとなった。

 外では、窓を揺らすほどに大粒の雨が降り始めていた。


▫︎◇▫︎


 大粒の雨は静かになり始め、ルイボスがやっとのことで落ち着きを取り戻し始めた頃、神妙な顔をした医者がミルフィーユを診察していた部屋から出てきた。

 ルイボスの心臓が嫌な音を鳴らし始め、焦りが積み重なっていく。


「妃殿下がお部屋でお待ちです」


 促されるままにぎゅっと拳を握って部屋に入った彼の視線が真っ先に捉えたのは、煬帝が安泰したミルフィーユの姿だった。


「みーちゃん!!」

「心配をかけてごめんなさい、ルー君」


 まだまだ顔色が悪いミルフィーユは、ソファーに腰掛け、着替えたのか先ほどまでとは違う真っ白なネグリジェに身を包んでいた。心なしか嬉しそうな微笑みを浮かべているミルフィーユに、ルイボスは駆け寄って壊物を扱うかのように丁寧に丁寧に抱きついた。


「みーちゃん、大丈夫?大丈夫なの?」


 焦燥混じりに泣きそうな声に、ミルフィーユはくすっと笑ってそれはそれは優しい笑みを浮かべた。


「えぇ。わたくしもこの子も大丈夫よ、


 自分のお腹をこれでもかというぐらいに愛おしそうに撫でたミルフィーユに、ルイボスはぱちぱちと瞬きした。


「………え?」

「おめでただったのよ。今日戻したのは悪阻のせいみたい」


 にっこりと笑ってルイボスの頭をよしよしと撫でたミルフィーユは、あまりにびっくりしすぎて固まってしまったルイボスに苦笑を漏らす。


「うぅー………ひっく、よかったよぉぉぉ」


 けれど、ミルフィーユは次の瞬間にはぼろぼろと、これでもかというほどに号泣し始めたルイボスにあたふたとすることになった。

 ミルフィーユにだけ甘くて優しい彼は、『ありがとう、ありがとう』とうわ言のように呟きながら緊張の糸が千切れてミルフィーユの膝の上で泣き寝入りしたらしい。


「本当に、困ったルー君」


 外を暗く覆っていた大雨はいつの間にか止んでいて、外には大きな虹がかかっていたらしい。


▫︎◇▫︎


 ミルフィーユの妊娠はあっという間に国中に伝わった。

 そして、ミルフィーユはあっという間にルイボスによって完璧な軟禁生活を送ることとなった。お部屋から出ることは中庭のお散歩以外禁止されて、食事はルイボスと料理人以外が絶対に触らない身の安全性が確保されたものだけになり、お洋服も徹底的に調べられてからしか着替えが許されなくなった。

 毎日のように医者に診察をされて、公務は全面禁止。ミルフィーユはあまりのルイボスの徹底っぷりに、怒りを通り越して呆れしか抱けなくなってしまっていた。

 妊娠6ヶ月のミルフィーユのお腹はみるみるうちに大きくなっていて、今はもう歩くにさえも湯鬱になっている。正直言って、最初は文句を言いたかったお仕事禁止も今はとてもありがたい。そもそも、禁止されていなかったとしても悪阻があまりにも酷かったミルフィーユは働けなかった確率の方が高いから、ルイボスにあまり文句も言えない。


「みーちゃん、だいじょぶ?」


 毎日毎日ほんの僅かに時間を見つけてはミルフィーユの元にやってくるルイボスが、ミルフィーユのお腹を優しく触りながら、不安そうに尋ねてくる。

 妊娠初期、ミルフィーユが日に日に弱っていく姿に恐怖を抱いていたルイボスは、妊娠中期に入って体調が落ち着いて尚ずっと心配をしている。


「大丈夫よ。お父さまはそろそろお仕事に戻らないといけない時間でしょう?行ってきなさい」

「でもぉ………」


 泣きそうになりながら甘えてくる夫が可愛くてついつい甘やかしてしまうミルフィーユだが、今日ばかりはそうも言っていられない。優しく彼を撫でてから冷たい顔でプイっと横を向く。


「わたくし、お仕事をおサボりする男性は嫌いよ」


 その後、半泣きになったルイボスがお仕事に直行したのは言うまでもない。


▫︎◇▫︎


 妊娠8ヶ月に入ったある日、普通よりも大きくお腹が膨れたミルフィーユが激痛を訴えながら倒れた。医者や侍女たちがこれでもかというほどに怒鳴りながら汗だくになって全力疾走でお湯や布を運ぶ。

 ミルフィーユの呻き声や鳴き声が聞こえる部屋の前に立っているルイボスは何もできずにただただ涙目で座り込んでいるしかできない。

 けれど、そこに立っているだけでは急いでいる侍女の邪魔になってしまうのか、殺気立っている侍女に何度も何度も睨まれてしまう。

 ぎゅっと拳を握り込んでミルフィーユの無事を神に祈っていると、目の前に影が差した。立っていたのはミルフィーユの腹心の侍女だった。


「ルイボス王太子殿下、ミルフィーユ妃殿下からの伝言でございます。“腰抜けルー君。わたくしは大丈夫だから、さっさと今日あるはずの大事な会議に行ってきなさい。行ってこなかった場合、1週間子供には会わせないわ”だそうです」

「………僕の妻は僕よりも圧倒的に強いようだ」


 涙目でふらふらと立ち上がりながら、正気を半分失っているルイボスは頬を思いっきりよく叩いて気合を入れ直す。


「………最速で仕事を終わらせて戻ってくるよ」


 いつもの王太子の笑みを浮かべたルイボスはその日、人生最速にして今までの会議史上最速で議題内容を完璧に議決させるという伝説を残したらしい。

 5時間後、無事に仕事を全てこなしたルイボスは普段の品性方向さを遠くへ投げ捨ててミルフィーユのいる部屋へと全力疾走していた。護衛騎士をも置いていくスピードで城内を全力疾走する姿は、誰にも咎められなかった。それどころか、どこか緊張した空気が流れている王城内では応援される出来事となっていた。


「はぁー、はぁー、」


 部屋まではもうすぐ。息が乱れて、足がも連れ始めた頃、やっとのことでルイボスはミルフィーユの部屋へとたどり着いた。へなへなと扉近くに座り込んだルイボスは、子供が生まれる前に戻ってこられたと安堵する。けれど次の瞬間、


「おぎゃあああああぁぁぁぁ!おぎゃああああぁぁぁぁ!!」


 ルイボスの耳にとても元気な赤子の鳴き声が響いてきた。

 赤子の声に喜びを覚え、けれど誰よりも何よりもミルフィーユが大事なルイボスはミルフィーユの安否が気になった。


「君!ミルフィーユは!?」


 生まれたことによって他の布を取りに外に出てきた侍女を捕まえて、ルイボスは鬼の形相で尋ねる。いきなりのことにびっくりしながらも、侍女は一瞬で平静を取り戻して淀みなく返事をした。


「ミルフィーユ妃殿下には2人赤子がいたようです。第1子が先程の泣き声の赤子で、今現在妃殿下は第2子の出産に励んでおられます。今現在は母子共にお元気な状態です」


 それだけを伝えた瞬間に全力で走って新たなお湯を取りに向かった侍女を見送りながら、ルイボスは安堵と共に喜びを覚えた。早く子を抱きたい。ミルフィーユに会いたい。気持ちばかりが膨らんで、抑えが効かなくなってくる。

 扉に向かって突進しそうな勢いのルイボスの元に、ミルフィーユの腹心の侍女が真っ白な布を持って出てきた。もぞもぞと動いている布に、ルイボスの視線は釘付けとなる。


「ミルフィーユ妃殿下からの伝言でございます。“お疲れ様、ルーお父さま。1人目、頑張って産んだのよ。2人目までもう少しかかりそうだから、侍女以外でわたくしの次はルー君に抱かせてあげるわ。頑張ってもう1人産むから、待っている間わたくしが頑張って産んだ可愛い女の子はルー君が預かっておいてね。そうしてくれたら、わたくし安心できるから。わたくしを応援していてね、ルー君”。………妃殿下はお強い方です。普通のお方ならばまともな判断をできなくなってしまう場面でここまで殿下のことを気遣っています。殿下もしっかりとしてくださいませ」

「ぐすっ、」

「………落とさないように下から支えてください」


 泣いているルイボスの手に渡された赤子はびっくりするぐらいに軽くて、ルイボスはぐっと息を呑んだ。真っ赤なくしゃくしゃの顔なはずなのにとっても愛らしい白金の髪を持った女の子は、すよすよと眠っている。


「頑張って、みーちゃん」


 ぼそっと呟きながら、たった今この世に生まれた我が子の額に、ルイボスは優しいキスを落とした。


 それから1時間後、無事に第2子の出産を終えたミルフィーユの元にルイボスは赤子を大事に大事に抱きながら駆け寄った。


「みーちゃん!!」


 押さえた声ながらも喜びや安堵、心配を隠しきれない叫び声を上げたルイボスに、ミルフィーユは疲れ切った顔をしながらも第2子である第1子と同じ白金の髪の男の子を抱っこしてやりきったと満足そうな笑みを浮かべていた。


「褒めて」


 甘えるように赤子を抱いていない方の手を伸ばして、ミルフィーユはルイボスに珍しいおねだりをする。目を一瞬だけ見開いたルイボスは、赤く腫れた瞳でくしゃっと笑って、彼女を赤子を抱いていない方の腕で優しく、けれどしっかり抱きしめる。


「言われなくてもめいいっぱい褒めるよ。それに、抱きしめる。大好き、みーちゃん。それから、ーーーありがとう。元気な子を産んでくれてありがとう。無事でいてくれてありがとう。全部全部、ありがとう」

「ふふっ!」


 心底嬉しそうに笑ったミルフィーユは、本当に美しくて、綺麗で、愛おしくて、我慢できなかったルイボスはミルフィーユの暖かなくちびるに、自分のそれを重ねたのだった。


 その日生まれた赤子2人はそれぞれバームとクーヘンと名付けられた。

 2人の名前は繋げるとバームクーヘンとなる。赤子が生まれた際の贈り物として適するバームクーヘンは、バームクーヘンの特徴である年輪模様が「成長」や「繁栄」の象徴とされていて、とても縁起が良い。

 生まれた双子の治世はその名に相応しく、賢王と呼ばれた先王の治世を発展させ、成長と繁栄に満ち溢れているものにしたらしい。


 けれどそれは、ずっとずっと未来のお話である。


▫︎◇▫︎


 赤子が生まれてからの日々は短いと聞いたことがあったが、ミルフィーユはここまで時が経つのが早いとは思っていなかった。

 1日かけてやっとのことで双子産んでから5年、毎日が疾風の如く駆け抜ける日々をミルフィーユはどうにかして乗り越えていた。

 今日はここ最近の悩みである商業の停滞についての会議を行っている。皆言い分があって、やっぱり会議の議案内容が拮抗してしまう。ミルフィーユは頭痛を感じながらも、やりがいのあるこの仕事に今日も一生懸命に打ち込んでいた。


 ーーーばあぁぁん!!


(またか………)


 大きな音を立てて、この国の重鎮が集まっている会議室の扉が開かれる。

 そして、耳をつんざくような泣き叫び声が扉を超えて入ってきた。


「おとぅさまあああぁぁぁ!!クーヘンが虐めるううううぅぅぅ!!」

「おかぁさままああぁぁぁ!!バームが虐めるうううううぅぅぅ!!」


 ミルフィーユにとって、子供たちはなによりも可愛い。

 そして、自由気ままに思うがままに成長するということはいいことだと思っている。

 けれど、ものには限度というものが存在している。

 そう、双子は毎日毎日双子で殴り合いの喧嘩をして髪を引っ張り合いながら泣き叫んで、毎度毎度この国の未来を決める会議に乱入をしてくるのだ。

 鼻を伸ばして子供たちを猫可愛がりしているルイボスとは違って、ミルフィーユにとってこのことはいささかやめてもらいたいものであった。

 ピキピキと額に青筋を立てながら、特に驚くことがなくなった大臣たちが休憩に入り始めたのを横目に、ミルフィーユは大きなため息をついた。


(今日も会議が中断されたわね………)


 もう何を言っても無駄だと分かっているからこそ、ミルフィーユは可愛い可愛い娘と息子、そして夫に視線を向けた。


「おとぅさまあああああぁぁぁぁ!!」


 長女バームはミルフィーユのそっくりの顔立ちに白金の髪を持った少女で、王家の象徴のアメジストの瞳が溶けてしまうんじゃないかというほどに号泣しながらつい先日王位を引き継いだばかりのルイボスに抱きついた。

 控えめに言ってやめてほしい。ルイボスはミルフィーユのものだ。ルイボスの腕の中はミルフィーユ居場所だ。

 可愛い娘相手に嫉妬心を燃やしていると、自分の足元に可愛い息子がやってきて、ドレスのスカートに顔を埋めた。


「おかぁさまあああああぁぁぁぁっ!」


 弱々しい声を上げているのは、バームの双子の弟で長男クーヘンだ。愛しのルイボスそっくりの顔立ちに白金の髪を持った少年で、王家の象徴のアメジストの瞳をうるうると涙で揺らしていた。控えめに言って愛らしい。可愛い。ルイボスの小さい頃を見ているかのようだ。

 よっこいしょとクーヘンを抱き上げて、ミルフィーユはルイボスの隣に腰掛け直す。

 ミルフィーユに苦笑をしたルイボスは、少し溜め息をついてから大臣たちに10分の休憩を告げる。1時間ぶっ続けで話し合いをし続けていたから皆の集中力も切れてくる頃だろう。

 ルイボスは自分達にちょうどよかったのだと言い聞かせながら、ぐずぐずと泣いている双子の言い分を聞くことにした。クーヘンがミルフィーユのお膝の上を独占しているのは物申したいが、可愛い息子が甘えているが故にあまり強く言えない。でもやっぱり、ミルフィーユの膝の上はルイボスのものだ。


「で?バームどうしたんだい?」

「クーヘンがね、バームにおもちゃ貸してくれないの」

「へー」


 やっぱりすぎる内容に、もうなんだか疲れてくる。

 けれど、自分の胸元にぐりぐりと額を押しつけて泣いている愛しの妻そっくりのバームのことを、ルイボスはべたべたに甘やかしてしまう。くりっとした目で上目遣いにルイボスを見上げてくる姿など、ミルフィーユの昔を思い出すようで本当に可愛すぎる。


「クーヘンはどうしたの?」


 ふわふわとクーヘンの頭を撫でながら、ミルフィーユは夫そっくりの可愛い息子に問いかけた。


「バームがね、クーヘンのおもちゃとってこわしたのっ。クーヘンのおもちゃなのにっ、」


 ぼろぼろと泣いてひっくひっくとしゃくりあげる姿に、ミルフィーユは首を傾げた。


「バームはクーヘンのおもちゃを壊したの?」

「こわれたんだもん」


 目に涙を溜め込みながら夫の胸元に甘える姿は流石パパっ子でちょっと嫉妬しそうになりながらもとっても可愛いのだが、今はそういうところを愛でている場合では無い。今回はというか、今回もどうやらバームが主犯っぽい。


「つまり壊したと」

「ちがうもん」

「………バームがクーヘンのおもちゃを取ろうとして引っ張った結果、おもちゃが壊れたと言ったところかしら」

「そーだよ。ひっく、だからバームわるくない。クーヘンがかしてくれなかったのがわるい」


 悪びれもなくぷいっと横を向いたバームの可愛らしいツインテールが横にふわっと揺れた。毎朝ミルフィーユが丁寧に結っている髪は、お昼頃にはいつも喧嘩で引っ張り合うせいでぐちゃぐちゃだ。


「クーヘンはなんで貸してあげなかったんだい?」


 クーヘンに尋ねたルイボスは優しくクーヘンの頭を撫でようとして、クーヘンにぷいっと手を避けられてしまった。結果クーヘンはミルフィーユに頭を撫でられている。ママっ子のクーヘンは、いつもルイボスではなくミルフィーユにべったべたに甘えている。可愛い妻と可愛い息子という眼福な光景に浸りたいのは山々だが、時間が許してくれない故に、ルイボスはクーヘンの返事を待つ。


「………バームにかしたらかえってこないから」

「あー、うん。そうだね」

(バームは物をすぐに壊すから、返ってこないよね………)


 悪を許さない少し?過激な性格のミルフィーユと温厚で一途なわんこ気質のルイボスの子供であるバームとクーヘンは、どちらにもあまり性格が似ていない。

 バームはやんちゃで勝ち気が強く、物凄く大雑把だ。将来は騎士になって王になったクーヘンを守りたいと現時点で豪語している、なんというかとても可愛らしい見た目にそぐわぬやんちゃ坊主のような女の子だ。

 クーヘンは弱虫で、静かで、1歩引いたところにいつもいる。将来は宰相として王になったバームを裏で操りたいと豪語している、なんともブラックな男の子だ。表舞台に立つのがあまり得意では無いゆえに、みんなの前で堂々と立つことが得意なバームを矢面に立たせて、自分は頭脳が必要なことを自由気ままにしたいらしい。


「バーム、クーヘンはおもちゃを壊されたくないんだって」

「うーん、よわっちいおもちゃがわるいんだよ?」


 もう泣き止んだバームは、ルイボスの服を引っ張りながら、こてんと首を傾げた。


「えっと………、」

「………もういいよ、おとぅさま。バームにいってもむだだから」

「………分かった」


 呆れたようなため息をついたクーヘンは、ぐりぐりと頭をミルフィーユの胸元に押し付けながら、頬を膨らませて諦めたように言った。そして、ルイボスの返事を達観した表情で受けた。

 双子の姉の暴君に慣れてっきいる弟は、双子の姉に譲ることも慣れきっているらしい。ミルフィーユはそんなクーヘンをよしよしと撫でて、嬉しそうに目を細めている彼をめいいっぱい甘やかした。


「バーム、………つぎクーヘンのおもちゃをこわしたらおかぁさまにあさかみゆってもらうの1しゅうかんきんしね」


 にっこりと笑ってバームに釘を刺したクーヘンは、自分が母親に甘やかされているように父親に甘やかされている双子の姉バームに『そのくらいはできるよね?』と無言の圧力をかける。

 そんな様子を、国王夫妻は穏やかに見守っていた。


「クーヘンはあたまがかたいなぁ。いいよ、おかぁさまに1しゅうかんあまえないであげる。それでまんぞくでしょ?マザコンクーヘン」

「そうだね、ファザコンバーム」


 笑顔でにこにことお互いに毒を吐きかける双子に、ルイボスはひくっと頬を引き攣らせた。


「………そんな言葉をどこで覚えてきたんだい?バーム、クーヘン」

「「どっかのだいじん」」

「うん、締めとこっか」


 にっこりと笑ったルイボスによって。“どっかの大臣”が数日後に大臣職からいなくなっていたのは言うまでもなく、この後クーヘンの青天の霹靂発言によって会議が普通よりも早く終わったのも言うまでもないことだった。


 将来宰相になりたいと言っているクーヘンの頭脳は、ミルフィーユとルイボスの息子であるということを差し引いても鬼神付きであり、数年後には大臣や学者と混ざって正々堂々話していたそうだ。ちなみにその頃、バームは騎士団で団長と互角に剣をぶつけ合っていたらしい。

 この国を束ねるちょっと、否、大分普通から外れた王族夫妻の子供は、やっぱり並はずれていたのだった。


 ps.3日後、泣きながらクーヘンに『あさはかぁさまにしたくしてもらわなきゃいやなのおおおぉぉぉ!!』と泣きつくバームの姿があったらしい。壊したのはクーヘンの知恵の輪だったそうだ。

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ふむふむ成る程、わたくし、虐めてなどおりませんわよ? 桐生桜月姫 @kiryu-satuki

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