結婚指輪

 隣国には、夫婦でお揃いの指輪をつけるという習慣があるらしい。

 それを聞いたルイボスは舞い上がってその日の朝早くにお仕事を全て終わらせて、お昼過ぎにアフォガード公爵家へとミルフィーユに会いに突撃していた。


「ーーーということでみーちゃん!!指輪、買いに行こう!!」

「はい!?というか、なんでルー君はいっつもこんなに突拍子がないの!?わたくし、今からお昼寝の時間だったんだけど!?」

「レッツゴー!!」

(ねえ!?聞いてるの!?)


 楽しそうなルイボスの背中を見て何も言えなくなってしまったミルフィーユは、困ったように笑った後、彼に連れられて王家御用達の宝石店へと向かった。


「結婚指輪が欲しいんだ。オーダーメイドは頼めるか?」


 唐突に現れた王太子に対してもそつなく反応した店長に、ミルフィーユは心の底から感動した。今日もいつも通り魔道具眼鏡をかけているミルフィーユは、眼鏡の下で穏やかに微笑んでいる。


「承知いたしました。では、デザインを決めましょう。何かご希望はございますか?」

「………ミルフィーユの指輪はプラチナのリングにアメジストの宝石のリングにして欲しいかな。普段使いできるように、宝石は小さめが希望だ」

(………独占欲丸出しね。流石の店主さんも苦笑してしまっているじゃない。恥ずかしいわ)


 赤い頬を押さえたミルフィーユは、心の中で何度も『女は度胸!!』と唱えた後に、店主さんにルイボスの指輪の希望をいうことにした。


「ルイボス殿下の指輪は、はちみつ色の純金にアメジストにしてください。デザインは、わたくしのものと対になるようにしていただけると嬉しいです」

「分かりました。少々お待ちください。今、指輪のデザインが得意なものを連れて参ります」


 消えた店主の背を見つめたミルフィーユとルイボスは、その後店の中を見て回った。たくさんの物を見て周り、お互いにこれが似合うんじゃないか、これはお得なんじゃないか、こんなデザインは斬新であるだとか、いろいろなことを話し合った。

 中でも、ミルフィーユは銀の花形の台座に、少し淡めの色彩のアメジストとピンクダイヤがころころと付いている髪飾りに見入ってしまった。


「みーちゃん、その髪飾りが気に入ったの?」

「え、あ、………昔、………出会って間もないころに、ルー君が髪に刺してくれたお花と似ているなて思って」


 可愛らしい桃色の小さなお花を思い出したミルフィーユは、へにゃりと笑った。よっぽど嬉しい出来事だったのだろう。


「あぁー、………、」


 だが、ルイボスは歯切れ悪くポリポリと頭をかいて顔を赤く染めた。


「カリンのお花やね!!花言葉は『唯一の恋』!!これ以上にない素敵なお花のプレゼントさね!!」

「ふがっ!!」


 2人の静寂を破るかのように元気の良い女性の声が聞こえて、ミルフィーユは目をぱちくりとさせ、ルイボスは顔を首まで赤く染め上げた。


「………ルー君、もしかして出会った当初からわたくしのことが好きだったの?」

「………………そうだよ!!なんか悪い!?」

「いいえ、嬉しいなって思っただけ」


 ミルフィーユは幸せそうに笑って、愛おしそうに髪飾りを眺めるのだった。


「それにしても、君は誰だ?」


 ミルフィーユの疑問をいち早く感じとって質問したのは、他ならぬルイボスだった。彼の質問を受けたカリンの花言葉を言った女性は、にししーと笑いながら、スケッチブックと万年筆を掲げて胸を張った。


「あたしはこの店1番の指輪職人さね」

「へえー、じゃあ、僕らの指輪のデザインをお願いできるかな?」

「任せとき。んでもってお嬢さん、メガネ外して。デザインできへんから」


 ミルフィーユは大人しく眼鏡をのけた。すると、店員さんはふむふむと頷いて、さらさらとスケッチブックにデザインを描き上げて色鉛筆を有り得ないところから出して色を塗り始めた。


(今、色鉛筆の入っている筒が谷間から出てこなかったかしら………?)


 ミルフィーユの心の疑問には誰も答えず、店員さんは描き上げた紙を見てふむふむと頷いている。


「こんなんはどうさね?」

「うん、いいね。僕は満足だよ」

「わたくしも、異議ありませんわ」


 うっとりするくらいに美しく繊細で、それでいて大胆な指輪に、2人は1発で合格を出した。


「まいどありー、んじゃ、できたら連絡するさかい、取りにくるさね」

「あぁ、恩にきる」

「ありがとう、えっと………、指輪のサイズは計らなくていいのかしら?」

「あ、忘れとった」


 そう言って2人の指のサイズを測ったおっちょこちょいな店員さんは、ささっと仕事場に戻っていった。


「それじゃあ、帰りましょうか」


 ミルフィーユの言葉に頷いたルイボスは、ミルフィーユを馬車までしっかりとエスコートしていった。その時、妙にくっついていることに気がついたのは、苦労性な従者タフィー・オランジェットだけだった。


「あ、忘れ物しちゃった!!」


 ミルフィーユを馬車に乗せた途端にそう叫んで店内へと戻っていったルイボスに、ミルフィーユは唖然として手を伸ばした。だが、その手は空中を切ってしまった。


(る、ルー君、どうしたのかしら?)

「………変ね」


 ミルフィーユの呟きに、タフィーは肩をすくめるだけで何も答えてはくれない。ミルフィーユは首を傾げながらも、ルイボスが戻ってくるのをじっと待った。


 ーーードタドタっ、


「みーちゃん!!たっだいまー!」

「おかえりなさい。忘れ物あった?」

「うん、ばっちり」


 そう言ったルイボスはミルフィーユの前に立って、ミルフィーユの横髪にヘアピンを1つ追加した。


「うん、やっぱり似合うね。可愛い」


 ミルフィーユは目をパチクリさせて、首を傾げる。


「どうしたの?ルー君」

「ほら」


 そう言って鏡を差し出したルイボスは、次の瞬間目を見開いたミルフィーユに、満足そうに頷いた。


「………これ、」

「買い忘れちゃったからね」


 ミルフィーユの髪には、アメジストとピンクダイヤがころころとついたカリンの髪飾りが付いていた。


「………ありがとう、ルー君」

「どういたしまして、みーちゃん」


 幸せそうに笑ってルイボスにもたれかかったミルフィーユは、すりっとルイボスに擦り寄った。


▫︎◇▫︎


 数週間後、無事に出来上がった指輪をもらいに行った2人は赤い頬で指輪の付け合いっこをしたらしい。

 そして、クラフティ王国で新たな流行、結婚指輪ができあがったというのは、また別のお話だ。

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