第31話 やっぱり人間も神様が恋しい
ただ、だらだらと続く長い動画。
それもずっとポメラニアンのお尻を眺めているだけっていう内容で、神様ズのとりとめもない会話を聞いている動画。
だけど三重子さんにとっては、もう一人では行くことのできない道を記録したもの。
なんの変哲もない田舎道だけど、三重子さんは折々に、このあたりには野イチゴが群生しててね、だとか、この辺では春には山桜が綺麗でとか。
様々なことを解説してくれた。
動画の中身は、たぶん他には見てくれる人もないだろう。
再生回数は期待できない。
でも三重子さんの嬉しそうな顔を見ていると、それだけでこの動画の価値はすごく高いって思えた。
私は動画より三重子さんの笑顔を見て癒されたんだもん。
長い動画の終わりに、汐と氏康さんは隣村に辿りつく。
ほとんど人の姿のない村は、静かで暢気で暗くはない。
秋の終わりの、どこか物寂しい明るさに満ちている。
僅かに残った田や畑の間のあぜ道を行き、最後に行きついたのはダム湖の畔に立つ小さな祠だった。
私が行ったときは嵐の翌日で水も濁ってしまっていたけれど。
水は澄んで、秋の色付いた木々の様子を映す。
凪いだ湖面は鏡のようで美しい。
小さな祠は半ば水際に立っていて、透明な水がすぐそこまで満ちた様子が綺麗だ。
──神々しい、という表現がぴったりなように見えた。
「……今は、こんな風になってしまったんじゃね……」
三重子さんはお墓参りには行っていたようだったけど、祠には行ってなかったようだ。
もはや参る人のいない様子に、少し肩を落としていた。
それで私は、今まで訊いてみたかったけれど訊けなかったことを問うてみる。
「……三重子さんは隣村からお嫁に来たんでしょう?旦那さんは、嫁いできてすぐに亡くなったって聞いたけど。どうして実家に帰らなかったの……?」
三重子さんにとって嫌なことだったら、どうしよう。
そうも思ったので、問いかけは小さな声になった。
それでも三重子さんは私を見て、そっと笑ってくれる。
よかった。気を悪くしたりはしていないみたい。
「……若い里ちゃんに、こんなこと言うと笑われるかもしれんけど」
「……うん?」
ぽつり、ぽつりとこぼれる言葉は静かで、私はうん、と笑って訊き返す。
三重子さんは、遠いところを見ているような目をしていた。
「──神様は、いるんじゃよ」
その言葉に、私は息を呑む。
そんな私の反応をどう思ったのかはわからないけれど、三重子さんは少し気恥しげに笑った。
「うちの人が亡くなった時にね、どうする自分が一番いいじゃろう、て。考えたんね。どうする自分が、一番かっこいいかなって。……神様は見ててくれるからね。私は欲張りじゃから。神様に褒めて欲しくて、ものすごく褒めて欲しくて……頑張ろう、と思ったんじゃよ」
「……」
「自分を犠牲にして、って……お義父さんもお義母さんも言うておられたんじゃけど。本当は、自分のためだったんじゃよ。神様に褒めて欲しくて頑張ったっていう、それだけのことなんじゃよ」
「……」
私は言葉もなく、三重子さんの顔を見つめていた。
三重子さんは、ただ穏やかに笑っている。
「……がっかりした?」
訊かれて私は首を振った。
神様はすごい。
見守っている、と、ただそれだけでこんなにも人の中の何かを奮い立たせるのだ。
私はなんだかもう、訳が分からない感情が込み上げてきて、三重子さんの傍に這いよった。
そのまま、ガバッと抱きしめる。
驚く三重子さんに、私は痛くなった喉の奥で言葉を詰まらせながら、言った。
「……行こうね。今度、お墓参り……。私、車の運転の練習、頑張るから……」
私がそう言うと、三重子さんはぽんぽんと私の背中を優しく叩いてくれた。
行こうね、隣村にお墓参り。
お弁当作って。卵焼きと唐揚げ入れて。
おむすびの中身は、梅干しとツナマヨと、それからお漬物も。
晴れた春の日に、あの祠の前でお弁当食べよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます