第30話 神様たちのユーチューブデビュー
◇
十月は駆け足でやって来る。
来なくていいのになんて、たぶん生まれて初めて思った。
来なくていい。
汐たちのいない一か月なんて。
あの円卓会議の後、私は汐とはあまり話せないままに九月の半ばを迎えてしまった。
今日こそはあの夜の言葉の真意を問うぞ、と意気込んで神社に出掛けていくものの。
タイミングが悪かったり、話せそうな時であっても顔を見ると何から言えばいいのかわからなくなってしまったり。
自分がこんなに、じれったいような性格だとは思わなかった。
今日もあまり話せないままにバイトを終え、帰宅の途上にある。
陽が落ちるのが早くなったせいで、帰り道はもう真っ暗だ。
途中にある三重子さんのお家の明かりを頼りに歩く。
足元を照らすのに使っている懐中電灯の明かりに気づいたのだろう。
三重子さんが縁側からひょっこり顔をのぞかせた。
「里ちゃん。今帰りかい。お夕飯、おでんなんじゃけど一緒にどうじゃろ」
「いただきます」
もう、即答だよ。
だってすっかり寒いし、お腹は空いてるし、三重子さんの後ろで明るい部屋に温かそうな湯気が見える。
これをスルーして帰れるほど、私は意志が強くない。
まんまと縁側から上がりこんで、お邪魔する。
おでんだあああ。
お出汁のいい匂い。
大根のいい匂い。厚揚げに卵にこんにゃく、牛すじにゴボウ天、あ、じゃがいもなんて入れるんだ。
見るからにホクホクしてる。
早速、手を洗って囲炉裏を囲む。
くつくつと小さく音を立てる鍋から、あがる湯気までが美味しそうだ。
「いただきます」
「はい、おあがりなさい」
三重子さんの笑顔を見ると、倍おいしそうだ。
取り皿に、まずはお出汁を少しだけ頂いて、すする。
「あ、ちょっと甘い目なんだ。おでんの味って、家庭でそれぞれだね」
「うちは甘いのが好きな人が多かったんでねえ」
「美味しいよう、お出汁だけ飲み干しちゃいそう」
うちのお母さんとは全く違う味だけど、それぞれに良さがあるんだなって思う。
「これ鶏肉とかもあいそう」
「明日、残った出汁で親子丼でも作ろうかね。里ちゃんも、食べに来てくれるじゃろ」
それ絶対、おいしいやつ。
行きます行きますと頷いて、私はほこほこしながらおでんをいただく。
「そういえば、最近は汐ちゃんがよく来てくれるんじゃよ。今日はもう帰ってしまったけど」
「……んがくく」
急に汐の名前を出されて、私は卵を喉に詰める。
……びっくりした。
私の考えてること、読まれたのかと思っちゃった。
最近の私は、何をしていても頭のどこかで汐のことを考えている。
今も、おでん美味しいって思いながら、汐も食べたいんじゃないかなってふと考えるのだ。
「おかげで、ちょっと体調がいいんじゃよ」
「そっか……。三重子さんが心配で、来てくれてるのかもね」
汐をなでていると体調がいい、とお年寄りはみんな言う。
実際、氏子であるお年寄りたちに、生気を少し分けているのだそうだ。
三重子さんは退院してから、めっきり足腰が弱くなったと言って以前ほどには遠出をしなくなった。
それもあって、私はこっそり車の運転の練習をしている。
私がいろんな場所に連れていってあげられたらいいなって思ったから。
「墓参りくらいは、行きたいと思ってるんじゃけどねえ。汐ちゃんが来てくれると、行けそうな気がするし」
お墓参り……。
隣村の御両親のところかな。
そこまで考えて、私はふと箸を止めた。
「ねえ、三重子さん。三重子さんのところのテレビって、ネットには繋がってる?」
「ああ、たしか設置するときに繋げてくれたはずじゃよ。使ったことはないけどねえ。防災の連絡がどうとかで、契約だけはしときなさいって言われとるし」
そこはやはり機械には強くないようで、三重子さんは苦笑する。
お年寄りあるあるだ。
「ちょっと、ご飯食べながらでいいから、動画見てみない?」
「……動画?いいけど……私には使い方はわからんよ?」
「私が設定するから、大丈夫」
たしか昨日、松里さんが汐たちの作った動画を試験的にネットに上げたらしいのだ。
どういうものが出来たのか、私はまだ見ていない。
今日は帰ったら、それを見ようと思っていたのだった。
スマホより、大きな画面で見たい。
まずは設定をしようということで、ごそごそとテレビをいじる。
操作自体は簡単なもので、あっというまに設定が終わった。
さて、肝心の動画をどうやって探そうかと思ったのだけど、これもまた案外にすぐ見つかった。
地名で検索すると、すぐに候補が出る。
これだろうな、と思うものを選んでみたのだけど、私はその動画の時間を見て目を見開いた。
一時間ちかくあるけど……どんな大作になったの。
軽く、ちょっとしたドラマやバラエティくらいあるのでは。
ともあれ、この村の紹介なのだと思うとどんなものが出来上がったのか、楽しみではある。
「これね、このあたりの村の紹介の動画なんだよ。すごくない?」
うきうきしながら三重子さんに言うと、彼女はよく意味が分からないようだったが、うんうんと頷いてくれる。
「すごいねえ。こんなのが放送されるなんて、村は、お金かけたりしたんかねえ」
放送じゃないんだけど、そのあたりは説明が難しそうだったので黙っておいた。
ネットは使っていないみたいなのに、なんと三重子さんの家には、きちんと光回線がきていたのだから驚きだ。
うちより快適な環境なんじゃないかな。
そして私たちはおでんを食べながら、はじまった動画を視聴する。
「村の紹介」といった文字が出た後、画面にポメラニアンが映る。
氏康さんだー!
わあ、なんだか興奮する、こういうの。
『ではワシの村まで案内する』
あのいつもの低い耳に心地よい声が言う。
すごいよ、動画だと思うと完全に犬の氏康さんがイケボでしゃべってても、違和感がない。
どうやら、犬の姿の氏康さんが先導していて、それを神主の汐がスマホで撮影しているらしい。
時々、画面の端にちらちらと神主の装束らしい着物の端が映る。
「あら、このワンちゃん、いつもうちに来てくれるあの子じゃないかねえ」
「えっ……あ、いや、ど……どうかなッ」
三重子さんにはバレていいものなんだろうか。
わからなくて、とりあえず誤魔化してみる。
画面には、ずっと、先をとことこと歩いていく氏康さんのお尻が映っている。
「……」
「……」
これ、もしかしなくてもこの村から出発して、隣村に行こうとしてないかな。
まさかと思うけど、出発するところから向こうにつくとこまで、延々と映してるの?
なんのカットもなしに?
『飽きてきたから、何か面白い話をしろ』
汐の声だけが、前を行く氏康さんにかけられた。
汐……三分で飽きないでよ……。
というか、全く同じ画面を見させられてる私たちの方が飽きそうなんだけど。
「……あ、紙芝居じゃないんじゃね」
「……」
三重子さんに、止め絵だと思われてたよ。
フォローのしようもないよ。
だって、画面ずっとポメラニアンのお尻と変わり映えしない山道しか映ってないもの。
どうするの、こんな動画作っちゃって。
『そんなことより、腹が減った』
「……」
そんなことって言うな。
君たちは今、大事な仕事をしてるんだぞ神様ズ。
もっと責任感というものを持ってだな……。
『弁当を作ってもらった。おむすびだそうだ』
『具はなんだ』
「……」
イケボ神様ズ、食べ物の話しかしないし。
もっと色んな人の興味を惹く話とかできないの。
具は梅干しとツナマヨと塩昆布よ。
私が作ったんだから知ってるわ。
『卵焼きはないのか。唐揚げも』
しょんぼりとポメラニアンの尻尾が下がっていく。
こっちがしょんぼりだよ……!
はじまって十五分ほどだけど、ここまでずっとこんな調子だった。
三重子さんに見せて自慢したくて、わくわくしていた私は少しテンションが下がってきた。
呆れてるだろうなあと思って、そっと三重子さんの表情を窺う。
だが三重子さんは予想に反して、食い入るように画面に見入っていた。
「……?」
それがあまりに真剣な表情だったものだから、私は戸惑ってしまう。
そんなに真剣に見入るほどの何が、このポメ尻動画に?
「……あの……三重子さん」
おそるおそる声をかけると、ハッと我に返ったように瞬いた三重子さんが、ああ……と小さく息をつく。
「里ちゃん……これ……隣村までの道を映したものじゃね」
「……うん」
「──もう、見られることはないと思っとったよ……。ありがたいねえ……今はこんな風にして見ることができるんじゃね」
「……!」
そうだ。三重子さんは、もう遠出はあんまりできなくて。
道の険しい隣村までを、自力で歩くことは難しくなってしまったのだ。
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