第29話 それはお告げじゃなくて神様からの言葉

「本気で言ってるんですか、松里さん」


 そもそも話の内容がわからなくて、きょとんとしている汐と氏康さんはともかく。

私は正気なので、なんとか止めようと努力してみる。


「アタシはいつだって本気よ」


「……」


 本気っていうか、ほぼもう狂気を感じます。

だいいち、神様ってそんなにほいほいと人の前に姿を現していいものなのかな。

会いに行けるアイドル案を出した私だけど、今更に気になった。

私は贄として神様と関わるから仕方ないとはいえ。


「まあ、人型の時は駄目ね、氏子相手ならともかく。でも、こいつらには猫と犬の姿があるじゃない。アプリ使って犬猫の画像に書き換えてますって言えば、誰もそれが神だなんて思わないわよ」


 言われてみれば、そういった実際の画像を使わないでアニメのキャラクターなんかになっているユーチューバーもいるんだっけ。

そこは確かに問題なさそうではある。

なさそうだけど……。


「……神様が、ユーチューバー……」


 呟いてみて、その語感のそぐわなさに眩暈を覚えた。

踊ってみた、とかいって雅楽にあわせて犬猫の汐と氏康さんが舞うのかしら。

見たいような、怖いような……。


「……よくわからんが」


 氏康さんがひどく思いつめたような顔つきで、居住まいを正した。


「俺は三重子のためなら、喜んで手を貸す」


 ……真面目か。

いや、本当に真面目な神様なんだけど。

三重子さんのためになる、という使命感で氏康さんは瞳をキラキラとさせていた。

その真っ直ぐな思いが、眩しすぎるよ。

あと、別に三重子さん個人のためではないんだけど。

とてもそんなことを言い出せない空気になってきた。


「……む。ならば俺も手を貸そう。今の三重子の氏神は俺なのだからな」


 汐も、なんでそこを張り合おうとするかな。

やきもち焼きなのは知ってるけども。

というか、この二人放っておいて大丈夫なの?


「あの……汐も氏康さんも、ユーチューバーがどういうものか、よく考えてから」


「よく言ったわ。あんたたち」


 落ち着かせようとする私の言葉に、かぶせるように松里さんが言う。

ああ、もしかしなくても松里さんてば面白がってない?

口の端が吊り上がって見えてますよ。


「資金もない。人手もない。こんな計画が成功できるかどうかは、あんたたちにかかっているッ!!」


 松里さんが言うと、使命感をあおられて氏康さんと汐が拳を突き上げた。

そ、そうか、問題なのは、お金か……。

それで安上がりな二人をけしかけたのね、松里さん。


 こうして円卓会議の結果。

もっとも安上がりで、もっとも人手のかからない、神様たちによるユーチューブを利用しよう計画が動き出したのである。

……お湯の出るホースじゃなくてね。





 会議の後は酒宴になった。

夜半に、ほろ酔いのご機嫌で氏康さんと松里さんが帰っていくのを見送る。

離れに戻ると、汐は松里さんが参考にしろと言って置いていったスマホで熱心に動画を見ていた。

私は後片付けをしながら、ちらりとその画面をのぞき込む。

お菓子作りをしている動画のようだった。


「……面白いものは見つかった?」


 そう訊ねると、汐は画面から目をあげないままこくりと頷く。


「この菓子。今度、作ってくれ」


「え、難しいのだと出来ないよ」


 さほど腕に自信があるわけでない私は、そう答えて見せられた画面をまじまじと見つめる。

パンケーキかな。でも生クリームやフルーツが乗ってて派手めな見た目で美味しそう。


「……頑張ってみます」


 そう言って、ちらりと笑った私を汐はじっと見つめてくる。

その視線が妙に真剣で、私は少し怯んだ。

え、そんなに食べたいの?このパンケーキ。


「……もうすぐ、十月がくる」


 不意に言われた言葉に、私は瞬きをして汐を見つめ返した。


 ──神無月。


 神様たちのいなくなる、月。


「……汐も、出雲に行くんだよね」


「八百万の神の決まり事だからな」


 私が訊ねると、汐は頷いて淡々と答えた。

神様にとってはそれは当たり前の行事みたいなものであるらしい。

会社で社長に呼ばれちゃった、ようなものなのかなあ。

それは逆らえないよね。


「行かなければならないが、その……」


「うん?」


 なぜだか口籠って、汐は言葉を途切れさせた。

スマホの画面から目を離さないまま、汐は少し表情を難しいものにした。

なんだろう。

そんなに言い難い事なんだろうか。

それにしては、私を見ようとしないけれど。

むしろ、意地でも見ないでいるといった感じがして、私は首を傾げる。


 今は別に喧嘩もしていないし、さっきまでだって普通にしゃべっていたんだけど。


「……」


 私は手を伸ばして、ひょいとスマホを取り上げた。

途端に汐は慌てたようにスマホを取り戻そうとしてから、すぐに諦めて視線を逸らす。

……どうしたんだろう、この反応。

汐が完全に横を向いてしまったので、私はその正面に立った。

腰を下ろして、正座する。


「……それで?」


 腰をかがめるようにして、下から汐の顔を覗き込むとのけ反るようにして避けられた。

……だから、なんなの、この反応。


「里は……その……」


「うん……?」


 言いよどむ様子に、私はますます不審に思って前のめりになった。

それを、さらに避けられる。

あ、なんかちょっと悲しくなってきた。

言い難いことがあるのかもしれないけど、そこまで避けることもないんじゃない?

思ったのだが、やはり合わせてもらえない汐の視線は私の表情にも気づいていないようだ。


「里が……ずっと俺と一緒にいたいと言ったのは、まことか」


「……ッッ!!」


 突然、言い出されたことに私は世界が真っ白になるのを感じた。

今、そんなこと言い出す!?

時間が止まったような気がしたけれど、実際には数秒の出来事だったに違いない。


 私は飛び退るようにして、壁際まで高速で後退りした。

どん、と背中に当たった壁が重い音を立てる。

そうして、立場は逆転する。

先ほどまで詰め寄るようだった私に、今度は汐が膝でいざり寄る。

不思議なもので、人も神も寄られれば引き、引かれれば寄るものらしい。


「──まことか」


 二度目、訊ねられて私は熱で溶けてしまいそうになった。

頭の中が焼ききれそうだと思いながら、けれど小さく頷いた。

汐は私の前に膝をついて、そっと手を伸ばした。


「人と神とは、本来ならば相容れぬ」


「……ですよね」


 想像はつく。

だって寿命ひとつ取ったって、私と汐はちがいすぎるのだ。

そんなの、わかってる。

わかってるけど……。


「俺には人と違って、戸籍というものも存在しない。だから、ずっと……と言われても、何一つ約束するしるしを与えてはやれぬ」


「……」


「……だが、高天原は少し事情が違う」


「え……」


「だから、この度の出雲行きが終わったら、俺……」


 ……待って。待って、汐。

何を言おうとしているのか、はっきりとは分からないけど。

ここまでのそのセリフ、どこから聞いても死亡フラグにしか聞こえないよ。

大丈夫……?


 私は言葉が出てこずに、ただ瞳をこれ以上ないほど見開いて汐を見ていた。

汐の指先が、私の髪にふれる。

するりと零れ落ちるより先に、捕まえられた一房。

その髪を引き寄せられて、低く汐が囁く様子を私は呆然と見ていた。

唇が動くのを、ぼんやりと。

告げられた言葉に頭の中が白くなった。言葉が何も出てこない。

私たちはしばらくそうして、互いにそのまま無言になってしまう。


「…………帰る」


 永遠のようにも、一瞬のようにも思えた時間のあと、汐が呟くように言った。

俯いて視線を合わせないまま立ち上がった汐は、すばやく猫の姿に変わる。

それ、ずるい。


 たっと駆け出した黒猫は、扉の隙間から夜へ溶けるように消えた。

私はそうなっても、まだ動けない。

今、聞いた言葉は幻聴とかじゃないんだろうか。


 ──ねえ、もう一度、言って。


 そう口に出来たのは、もはや彼の気配すら残っていない程に後のことだった。

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