第28話 神様と人間の円卓会議はくるくる回る
◇
「では第一回、神と贄による円卓会議を始める」
「……」
円卓って、このちゃぶ台のことかな。
おごそかに宣言した松里さんを見つめて、私たち残りの三人はきょとんとした。
私と汐と、あと氏康さんが巻き込まれました。
場所は私のおばあちゃんが孫のために作っていたと思われる、ログハウス風の離れである。
まさか、こんな用途に使われることになろうとは、おばあちゃんも想像もしていなかっただろう。
母屋だと、いきなり村の人たちが訪ねてきて人型の汐と氏康さんの姿を見られる可能性があるため、中を覗けない作りのここが選ばれた。
孫たちがここで遊ぶことはなかったけれど、神様たちが集ってくれたよ、おばあちゃん。
これはこれで名誉なことだよね。
「……会議とは」
「……」
「ええと、どんな話し合いをするんですか、松里さん」
「もちろん、土地神が過疎集落で生き残るすべを」
「……」
「ちょっと、汐、ゲームやめなさい」
「……生き残るすべとは」
「……」
何かこう……場は混乱気味だけど。
氏康さんは初めて入る部屋が物珍しくてたまらないらしく、真面目に話そうとしてるけど、そわそわしっぱなし。
汐は設置された大画面テレビを使ってのゲームに夢中だった。
……格闘ゲーム、下手なんだね。
松里さんは松里さんで、何か色々と持ち込んでいる。
そのお酒の包まれた風呂敷と、つまみらしきものの数々。
やる気はあるのか、君たち……。
まあ、私もちょこちょこと持ち込んではいるので神様たちのことは言えないけど。
「まずいよね。ここの秘密基地っぽい雰囲気が」
私が呟くと神様たちは一斉に、こちらに注目した。
「里ちゃん、それ何」
「……いい匂いがする」
「湯気が」
えへ。
だって集まったらやっぱり美味しいものが必要じゃない?
会議も真面目にするつもりだけど。
「栗いりの中華ちまきでーす」
ドンと大皿をちゃぶ台に置くと、おお、と神様たちがどよめく。
季節は秋も深まった頃合い。
一足先に寒くなり始めた山間の里は、秋の食材であふれている。
梨柿栗に御芋の類やキノコ類。猟が解禁になった猪肉に鹿肉。
そんなわけで栗をたくさん頂いたし、お正月用にってモチ米も分けてもらったので、お試しにちまき作ってみました。
「レシピは三重子さんに教えてもらった奴だから、期待して」
言うと氏康さんが目を輝かせた。
色んな意味で愛だね。
三重子さんは、つい先日退院してきたばかりだ。
念のための検査入院で、まったく意図していなかった別の場所に悪いところが見つかり、その治療のために入院していたのだ。
まるで、悪いところを早期に見つけるために倒れたみたいだ運がいい、とお医者さんは言っていた。
発見が早かった御蔭で、大変なことにはならなかった。
「あと、卵をたくさんもらったのでバケツプリンも作っちゃいましたー」
今度は汐が目を輝かせる。
「好きなだけ食べていいのか、好きなだけ取っていいのか……」
大事なことなんだね、ほぼ同じこと二回も言ったよ。
はいはいどうぞ、とバケツというか巨大タッパーに入ったプリンを手渡す。
その時、ちょうど私と汐の指先同士がふれた。
「……!」
途端に、汐の白い頬のあたりが赤くなる。
釣られて私まで耳元が熱くなる。
慌ててタッパーを渡して手を引くと、その様子をじっと見ていた松里さんが胡散臭そうな顔つきになった。
「……あんたたち、なんかあったの。夏の終わりぐらいから、変よね。二人とも」
「……」
別に、変じゃないと思う。
汐の反応に私が釣られるくらいのことは日常茶飯事だ。
起因しているのはたぶん、私のあのやけっぱちに近い告白のせいだとは思うけど……。
「揉めるなら揉めるで、もっとドロッドロした感じにできないの?小学生のお付き合いじゃあるまいし。見ててつまんなーい」
「不倫ドラマを楽しみにする主婦ですか」
そんな方向性のものを求められても、困る。
別に揉めてないし。
松里さんは本当につまらなさそうに言い放ったのだが、すぐに表情を改めた。
その隣で夢中になってプリン食べている汐。
シュールだなあ。
「そんなことより、会議よ」
そんなことを言い出した当人が、言うんだ……。
思ったが、突っ込むとまた脱線しそうだったので黙っておいた。
松里さんは、どん、とちゃぶ台を叩いて私たちに視線を一巡りさせる。
「過疎をとめる村おこしについて、何か案のある者はいないか」
「……」
しん、となってしまった私たち。
松里さんがそれを見て、眉を吊り上げる。
「円卓会議というのは、それぞれが完全に平等な立場で発言するためのものであって」
「……はい」
手をあげると、松里さんは嬉しそうに私を指さした。
「はい、里ちゃん」
「松里さん自身は何か意見はないんですか」
「議長は平等な立場で判断するためのものなので意見はありません」
しらっと自分を圏外に置く姿勢に、他の三人は口を噤んだ。
ずるいやん。
けど私は最大限に頭をひねって、案を絞り出してみる。
「はい」
「里ちゃん」
再び手をあげると、今度は胡散臭そうに指さされた。
どうやらさっきの質問で、議長の信頼を失ってしまったようだ。
ちょっと訊いてみただけなのに。
「……汐が人型になって神社でバイトをしてみるというのはどうでしょうか」
「……」
「イケメン神主がいると評判になって参拝者が増えるかも」
「発想が水商売じゃないの!」
「会いに行けるアイドル系のつもりだったんですけど……」
「神様に会いに行けて、どうする」
アイドルとは違うのよ的に言い切られて、私はしょんぼりと肩を落とす。
悪くないアイディアだと思ったんだけどな。
「……働きたくないでござる」
「……」
どこでそんな言葉を覚えたの、汐。
無感動な顔つきでさらりと言われ、私は幼稚園で悪い言葉を覚えてくる子供を持つ母親くらい動揺する。
神様は、そんな言葉使っちゃいけません。
とはいえ猫が本性なのだから実際に勤勉なタイプではないよね。
汐がバイトにきたら、蓮川さんが気を使って自分で掃除とか始めてしまいそうだ。
「ダメか……」
「駄目よね……」
私と松里さんは溜息をついた。
汐の隣では氏康さんが、ちまきを食べながらこっそり、ばいとってなんだ、と汐に訊いていた。
そこからか。そこからだったか……。
神様たちは、どうにもアテにならなさそうだった。
「あとさあ。参拝者も増えればいいなとは思うけど。一番増やしたいのは、村に住もうと思ってくれる人たちなのよね。……そういう案はないかな」
む、難しい……。
通勤とか、そういうことがネックになって来るものね。
「村そのものを観光目的で来てもらえるようにできれば、その仕事の関係で住んでくれる人も増えそうだけど……」
「観光か……。それっぽいもの、特にないしね」
松里さんは憂鬱そうに呟いて、それぞれにちまきとプリンを食べている神様ズを見た。
「……あんたたち、何か特技とかないの?」
汐と氏康さんが顔を見合わせる。
そして首をひねった。
「──猫になれる」
「──犬になれる……」
「ごめん、訊いたアタシが馬鹿だったわ」
松里さん、だんだんと言葉に遠慮がなくなっていくなあ。
私は苦笑いしながら、テレビの方を見た。
さっきまで汐がゲームをしていたため、今はネット回線に繋がっていて、何かの動画が映っている。
「ユーチューバーになるとか、ないかなあ……」
困った挙句の私の呟きに、松里さんがきょとんと瞳を瞬きさせる。
「ユーチューバ―……」
おうむ返しに呟かれた言葉に、汐が首を傾げた。
「ユーチューバーとは、なんだ」
「湯の通るホースのことだろう」
氏康さんが真面目な顔をして答えてたけれど、どこからつっこめばいいものか。
……チューブって言いたいのかな……。
だが私たちの与太話を一切スルーして、松里さんが言った。
「……それ、いいかも。ユーチューバ―」
「え……」
「ユーチューブで、村の紹介をするのよ。それなら、この二人でもできるでしょ」
え、この、湯の通るホースとか言ってる神様たちに、そんな真似をさせられると思ってるの?
……無理でしょ。
私と汐と氏康さんは、困惑して松里さんを見つめた。
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